宣戦布告 後編



 9



「えっ……?」


 頓狂とんきょうな声をあげたのは他でもないサーバルだ。

 自分はここにいる。ヒグマを止められず、手を伸ばすしか出来なかった自分はその場から動けずにいる。

 でもかばんのそばにも自分がいた。

 ヒグマを難なく押し返すその黒サーバルに対し、かばんは呆れたように溜息ためいきをついた。


「ダメじゃないですか。向こうで待っててくださいって言ったはずですよ?」

「しんぱいだった かばんちゃん すぐむちゃなことするから」

「……やっぱり他のセルリアンとは違うみたいですね」


 辺りが静まり返る。

 そんな中、一人だけ、タイリクオオカミだけはその黒いサーバルを見てこう呟いていた。


「フレンズ型の、セルリアン……?」

「そうですね。言い方としてはそうなりますかね」


 サーバルはもう頭が真っ白だ。受け入れることが難しい問題が山のように積み重なっているため処理しきれずにいる。


「ふふっ、すごいでしょう? 色以外は本物そっくりなんですよ。まぁ喋り方とかちょっと片言かたことですけどね」

「わかった わたしがんばるよ サーバルに近づくために」

「でもサーバルさんが二人だとちょっと不便ですね……。うーん……セルリアンのサーバルだからセーバルなんてどうでしょう。……安直すぎますかね?」

「セーバル セーバル うん わたしはセーバルだよ あれ それだとサーバルキャットだから セーバルキャットになるのかな?」

「ふふふ、確かにそうなるかもしれませんね」


 自分によく似たセルリアン──黒サーバルはかばんとそんなやり取りをしながら笑い合っている。


「その、子は……いったい……」


 聞きたいことは沢山あるのに、声が震えてうまく喋れない。それを、かばんはどうやら汲み取ったらしい。


「先程も言った通りセルリアンですよ。僕が意図しない形で生まれたので僕自身も分からないことが多かったりします。まぁ本人に敵意がないから傍に置いてるんですけど……でも彼女のおかげで良いことを思いついたんですよ」


 今のかばんが思いつく良いことは絶対にろくでもないことだ。それだけは分かっていた。それが何なのか、聞くのに躊躇ちゅうちょし、誰もが口を閉じている。

 その時だった。




『「女王」トノ接続ヲ確認。個体”ラッキービースト”カラ全サーバーヘ干渉ヲ開始。…………成功。全システムオールグリーン』




 ボス、あるいはラッキービーストと呼ばれる個体から無機質な声が響く。ただ淡々と、その機械はプログラムを進めていく。


 顔を出す太陽が遊園地を眩しく照らす。

 寒気をもよおす気持ち悪い風が辺りを吹き抜ける。


 変わらずそこには大勢のフレンズが揃っている。あの時、かばんを救い出し、全員で『無事セルリアン倒せたandかばん何の動物かわかっておめでとうの会』を開いた時と同じように。

 その時と明らかに違うのは、友としてではなく、止めなければいけない脅威としてそのフレンズが目の前に立っているということ。


「やっとヒトが発展させたネットワークも、セルリアンも掌握出来ましたか。……よし、ちゃんと思い通りに動きますね」


 違う。同じことのほうが少ない。共通点はフレンズが集まっている点しかない。

 一部の黒セルリアンが規則的な動きをするのを確認すると、かばんは再び大勢のフレンズへ向き直る。


「セルリアンの存在意義は再現と保存だと、先程説明しました。そして、セルリアンは進化するものだとも。この島のセルリアンは独自の進化をげ、そのあり方に少しの誤差が生まれたんです」


 かばんは悠長ゆうちょうに説明を続ける。自分の作品を堂々と発表する子どものように、その声はどこか弾んでいる。


「そこで僕はそれを正し、その結果あることを考えました。と」

「どういう、意味なのです……」

「ヒトが様々な物を作ったのはご存知のはずです。僕は試しに、そのうちの一つを『再現』することにしたんですよ」


 パラパラパラパラと、生物が発してるとは思えない音が聞こえ始める。その場にいた全員が、音の方向を向いた。

 それはわば空を飛ぶ船。たいした大きさではなくともその無機質な黒いボディはフレンズたちに漠然ばくぜんとした恐怖を植え付けた。


「ヘリ、というらしいです。空を飛ぶバスと言ってもつかえません。僕はこれ以外にも色々なものを『再現』させました。ヒトが積み上げた叡智えいちを、余すこと無く利用するために」


 黒セルリアンが動く。まるで、かばんにひれ伏すかのように関節を折り曲げ、こうべを垂れている。


 誰も笑っていない。

 誰も楽しんでいない。

 ただ一人、背後に数多あまたのセルリアンを従えるかばんを除いて。


「何を、するつもりなのですか……。ヒトの築いた叡智と、セルリアンを利用して……」


 震える声で、絞り出すように博士が問いかける。

 対して、かばんは笑ったままだった。帽子が飛ばされ、表情が隠れない彼女は自分の知ってる無邪気な笑顔ではなく、ただ背筋が凍るような凶悪さをはらんでいた。


「……ヒトの罪咎ざいきゅうを知った。フレンズの技も身に付け、セルリアンも従えた。これで、僕はようやく目的のために動くことが出来る」


 あの時、生まれたばかりで何も知らなかった彼女に教えた自分のように、両手を左右に広げる。

 そして、その場にいる全員に宣言した。











「──僕は、この世界の王になる」











 何故、こんな事になってしまったのか。

 何故、こうなる前に気付けなかったのか。

 後悔と疑問だけがサーバルの頭を掻き回す。

 だが、いくら嘆いた所で時間が巻き戻ることはない。

 そんな彼女の目の前に、パサリと、飛ばされたかばんの帽子が着地する。


「僕はこの不完全な世界を作り変える。中途半端でいびつなこの世界を、完璧で理想の世界にする。そのためには王になる必要があるんです」

「オレはいくらオマエでもそれが出来るとは思わんがな。少しおごり過ぎじゃないのか?」

「さっきも言ったでしょう? 自分の欲望のために驕り、騙し、食い潰すのがヒトという動物なんですよ。貴方たちが動物として生きているように、僕はヒトとして生きているんです。ほら、本質的には何も変わらないでしょう?」


 おそらく博士や助手の次にヒトのことを知っているツチノコへ、かばんはそう切り返す。フードの奥で青く瞳を光らせながら、ツチノコはそれ以上言及しなかった。


「さて、僕はこれからヒトのちほーへ向かいます。追えるものなら追ってみてください。ここにもセルリアンを残しときますが……今までお世話になった恩もあります。あの太陽が沈むまではこちらから動かないでおきましょう。ただその隙に攻撃するのであれば……分かっていますね?」


 何度も見た凍りつくような笑顔。無慈悲で冷徹なその表情から、かばんは嘘でも冗談でもなく、本気でそうするつもりだということが伝わってくる。

 上空で待機していたヘリ型のセルリアンがかばんの背後、地面から少し浮いた所で停止した。側面の一部分がまるで口のように開き、内部には数人乗れる程度の空間がある。

 かばんはその中に入ると、太陽を眺める黒サーバルへ呼びかけた。


「こっちですよ。セーバルさん」

「分かったよ かばんちゃん」


 二人がヘリ型のセルリアンに乗り込む。かばんは入り口からこちらを眺め、心底楽しそうに笑った。


「そうそう、さっき言ったセーバルさんのおかげで思いついた良いことって、こういうことですよ」


 パチンと乾いた指の音が響く。直後、ひれ伏していた数体の黒セルリアンが凝縮ぎょうしゅくされ、それは人型になっていく。


「なるほどねぇ、そういうことか」


 ライオンはいつものおどけた口調で喋りながらも、それを睨む。

 自分と瓜二うりふたつの黒いライオンが、目の前にいる。

 それに並ぶように、他の黒セルリアンもヘラジカやヒグマへその形を整えていく。


「そのセルリアンも基本的にはオリジナルと同じ行動をするはずですが、気性が荒くなってるかもしれないので気をつけてくださいね」


 ヘリ型のセルリアンは上昇を始める。それと同時に、遊園地を取り囲む黒セルリアンが少しずつ離れていく。数体の個体が、同じように空を飛ぶ船へ形を変え、先に海を超えていくのが見えた。

 最後まで、かばんは笑っていた。


精々せいぜい足掻あがいてください。では──ごきげんよう」


 かばんは腰を曲げ、まるでダンスの前にするお辞儀のように優雅に一礼した。後ろではそれに習い、黒サーバルもこちらに頭を下げている。

 開いた口が閉じていき、ヘリ型のセルリアンがジャパリパークから去っていく。

 朝日が昇り、暖かな日差しがフレンズを照らす。




 これが始まり。

 これがこの物語の原点。


「全ての輝きは、やがて消える──」


 空の上、ヘリの振動に揺られるかばんは、小さくなるジャパリパークを見ながら呟いた。
















「見せてください。貴方たちの輝きが、絶望という暗闇の中でどれほど輝き続けられるかを────」
















 終焉へのカウントダウンが、始まった。

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