宣戦布告 前編



 5



 笑っていた。

 あの咆哮を聞いても、その不気味な微笑みは消えていない。むしろ深まっているような気がした。


「どうして……「あぁ、やっと始まりましたか」 ……え?」


 ようやく口を開いたかばんは、そう言いながら視線を火山の方へ戻す。


 刹那。


 ドオォンッッ!! と、サンドスターの山から爆発にも似た大きな轟音が発せられた。それと同時に、その火口部分から何か噴き出しているのが見える。

 それは山頂にある結晶の虹色とは違って真っ黒で、四方八方に散らばるように、ジャパリパーク中に降り注ぐ。

 サンドスターの山から噴き出す、サンドスター以外の物質。黒く禍々しいサンドスター。


「サンドスター・ロウ……?」


 以前かばん達と協力してフィルタリングしたはずの悪夢の元凶が、目の前で降り注いでいた。



『オオオオオォォーーー!!』

『オォォオオオオオーーーーー!!』

『オオオオオーーー!!』



 黒セルリアンの咆哮の数が増えている。それもそのはず。あれほど大量のサンドスター・ロウが降り注いだのだ。パーク中で黒セルリアンが生まれても不思議ではない。

 かばんは未だに火山を見上げており、何か考えているように見えた。

 おもむろに、彼女は言った。


「そろそろですかね」


 火山の頂上がまばゆく光る。数は四つ。その光が灯った瞬間、徐々にサンドスター・ロウの噴出は弱まり、やがて完全に噴出が止む。光もそれに対応するように消えていった。

 横でかばんが少し残念そうに口を開く。


「やっぱり遠隔操作だとこのくらいが限界ですか。まぁ、間接的な干渉でここまで出来るなら上々ですかね」


 笑っている。どこが面白いのか、何が愉快なのかは分からないが、かばんはずっと笑っている。

 やっとの思いで、サーバルは震える口を動かすことが出来た。


「かばん、ちゃん……?」

「すみません、ずっと放ったらかしでしたね」


 信じられない。信じたくない。

 でも、目の前に現実として鎮座している。

 聞かなくてはならない。確かめなければならない。

 たとえ怖くても。知りたくなくても。


「ねぇ……今のって……」

「あぁ、サンドスター・ロウの噴出についてですか? 結構苦労しましたよ。自分で塞いだものがあれほど強固なものだったとはね」


 そんなはずがないと否定したい。

 そんな事する子じゃないって大声で叫びたい。

 もしかしたら他の誰かに何か細工か、吹き込まれでもしたのかもしれないと目を逸らそうともした。

 でも、かばんのその言い方はどう考えたってその結論にしか辿り着かない。


……? 嘘、だよね……? かばんちゃん……だって、それじゃあまるで──……」

「僕が仕組んだみたい、ですか? 当たり前じゃないですか。だって──」


 かばんがこちらに近付いてくる。先程から浮かべている不気味な笑顔のまま、後ろで手を組みながら歩いてくる。

 呼吸が荒い。

 鼓動が早い。

 足が震えて動かない。

 そして近くで、自分の息が相手にかかるかもしれないと思うほどの至近距離で、かばんは今にも歌いだしそうな調子で言ったのだ。











「全部、僕がやったことなんですから」











 音が死んだ。時間が止まった。

 その言葉を、最初は理解出来なかった。

 違う、理解したくなかったのだ。

 受け入れたくなかったから。信じたくなかったから。


「あれ、サーバルさん? 固まっちゃってるんですか?」


 違和感があった。



 かばんは変わらない調子で、こちらの顔を覗き見る。

 その姿は自分が知っているかばんのものだ。

 その匂いは自分が知っているかばんのものだ。

 でも、違和感がある。






『あぁ、やっと始まりましたか』

『そろそろですかね』


 違和感がある。






『すみません、ずっと放ったらかしでしたね』

『あぁ、サンドスター・ロウの噴出ですか? 結構苦労しましたよ。自分で塞いだものがあれほど強固だったとはね』


 ──違和感がある。






『僕が仕組んだみたい、ですか? 当たり前じゃないですか。だって──全部、僕がやったことなんですから』


 かばんが主犯であるという発言よりも、胸をざわつかせる違和感が、ある。
















『あれ、サーバル? 固まっちゃってるん?』
















 ──気付いた。理解した。


「何で……」

「質問ですか? 質疑応答の時間は後で設けますからちょっと我慢してくださいね」


 そんなの知らない。構うもんか。

 聞かなくては。それだけは、絶対に答えさせなければ……。






「かばんちゃん……。何で、喋り方……元に戻ってるの……?」

「……、」






 その瞬間、初めてかばんの表情かおから笑顔が消えた。



 6



「ハッ、ハッ、ハッ!」


 肩で呼吸しながら地面を蹴る。セルリアンハンターの一人、リカオンは森の中を駆け抜けていた。


「森の外まで誘い出せなんて……オーダーきついですよっ!」


 弱音を吐きながら後ろを振り向く。標的は今も追いかけている。


『オオオオオオォォォォーーーーー!!』


 巨大な黒セルリアン。以前は海に沈めなければ倒せないレベルまで巨大化していたが、今回はまだ仕留められる大きさだ。その巨体を揺らし、今もリカオンを追いかけている。

 しばらく走ると、少しひらけた所に出た。


「ヒグマさん! キンシコウさん! お願いします!!」

「任せろ! リカオンは息が整うまで下がってろ!」


 目の前で武器を構える仲間が見えた。それを確認すると、勢いを止めず二人の横を通り過ぎ、すぐさま反転して止まる。

 少し先で黒い大きな目がこちらを見下ろしている。


『オオオオォォォォーー!!』


 大きな咆哮とともに、巨体に見合った腕を振りかぶる。ヒグマとキンシコウはそれを回避しながら、露出する石に武器を振り下ろした。

 パッカーンッ! と黒いセルリアンは砕け散っていく。


「今回もなんとかなりましたね」


 そう言ってリカオンはヒグマたちの元へ近づくが、様子がおかしい。何か考え事をしているようだ。


「……おかしい」

「へっ?」


 間抜けな声を出すリカオンに対し、ヒグマは難しい顔をしていた。


「リカオン、キンシコウ。あのセルリアン、妙だとは思わなかったか?」

「妙、だったですか? 走るのに必死で私は何も……あっ」


 それは、そもそもの疑問点。走って誘い出す、なんて無茶なオーダーだと思う原因の一つ。


、ですか……?」


 キンシコウが恐る恐るといった調子で回答を待つ。ヒグマは武器を仕舞い、腕を組んでこう言った。


「もしあのセルリアンが前回と同一個体だとすれば、こんな作戦は使わなかった。いくらなんでも危険すぎるからな」


 ヒグマたちはこれまでに数体の黒セルリアンを倒してきた。大きさもほぼ同一で、戦闘力も以前のものに比べれば格段に劣る。だからこその作戦だったが、そもそもおかしい点がある。


「以前みたいに吸収して巨大化しなかった。それだけじゃない。硬度も攻撃力もどう考えたって弱すぎる」


 だが、数は恐ろしいほどある。今は見当たらないが、戦ってきた周期を考えればもっと沢山のセルリアンが闊歩かっぽしているだろう。


「不自然なのはもう一つある。だがこれは──」

「ヒグマさん! 危ない!!」


 地面が黒く染まったことに遅れて気づく。それが大きな影であったことは避けてから気付いた。


「キリがないな……」


 武器を構え直しながら目の前の黒いセルリアンを見据みすえる。大きさも形も先程と同じ、だが決定的に違う部分があった。


「ヒグマさん! あっちにもセルリアンが!」

「なっ!?」


 気付けば囲まれていた。

 周囲が暗く、木も多いから隠れていたのだろうか。そんな予測が頭をよぎるが、今はそれを考えている暇はない。


「こっちは薄そうです! 逃げられそうですよ!」

「ここは一回引きましょう。分が悪すぎます」

「くっ……!」


 数が多い上、戦い続けてきた疲労もある。確かにこのままでは危険だろう。ヒグマはそう判断すると、リカオンが手を振っている方向へキンシコウとともに走り出した。



 7



「はっ、はっ……!」


 横から飛び出てくるセルリアンの足に気を付けながら森の中を走る。だが途中、キンシコウがあることを呟いた。


「あれ……? もしかして、誘導されてる……?」


 もう遅い。どのみち逃げ道は一本しかなく、引き返すことも進路を変えることも出来ない。ましてや戦うとなると一度に何体ものセルリアンを相手することになる。

 この先にあるものが絶望でないことを祈りつつ、ヒグマたちは必死に足を動かし続けた。

 そして、茂みを出て、辺りの景色が明らかになる。


「なっ、ここは……」


 それを見て、三人は言葉を失った。



 8



「かばんちゃん……何で喋り方、元に戻ってるの……?」


 その質問をしてから、どれほどの時間がったのだろう。いや、正確にはそれほど経っていないのかもしれない。ただ緊張などで時間の感覚がおかしくなっているのだ。

 かばんは今も、真顔でこちらを見つめている。

 その瞳からは何も感じられない。何を考えているか、何をしたら喜ぶのか、そのことなら沢山思いつくはずなのに、今は何も思いつかない。


「どうして戻ってるか、ですか……」


 変わらない。口調も、態度も、不気味さも。

 だが再びその口角を上げると、かばんは言った。


「簡単でしょう? 普通の喋り方は友だちにするものだって、サーバルさん言ったじゃないですか」


 そうだ。だからこそ聞いたのだ。だからこそ確かめたいのだ。

 でも、薄々どこかで気づいていた。目を背けたかったから、その回答だけは聞きたくなくて、すぐに指摘できなかっただけかもしれない。


 かばんが口を開く。

 その言葉は、予想した通りの、最悪の答えだった──。






「だって、もう僕たち友だちでもなんでもないでしょう?」






 全身から力が抜ける。

 目の前の景色がにじみ、かばんの顔が見えなくなる。

 胸が苦しい。

 呼吸が辛い。

 必死に、無理に笑おうとしても、目から何かがこぼれていく。


「うぅ……ぁっ……ひぐっ」


 抑えられない。脳裏をかばんの言葉が反芻はんすうする。

 頭の中はぐちゃぐちゃだ。

 何か、怒らせるようなことを言ってしまったのだろうか。

 何か、気にさわることでもしたのだろうか。


 辛い。

 逃げたい。

 今すぐにでもここから遠ざかりたい。


 でも、それでも。


「何で……」


 優しく、残酷なことに、サーバルは目の前の少女を放っておくことなど出来ない。


「どうして……? わたし、何かしたの……? かばんちゃん……」

「……、」


 何も言わない。目からあふれているそれが、かばんの顔を映さない。

 そして──。






「なっ、ここは……」


 遠くの茂みから、ヒグマ達が姿を現した。






「あぁ、ようやく来ましたね。となると揃うまであと少しかな?」


 頭上でかばんの声がする。

 泣いてる場合ではない。くじけてる時間は無い。

 サーバルは涙を拭い、抜けた力を入れ直してふらふらと蹌踉よろめきながらも立ち上がった。


「かばん! サーバル!」


 慌てたようなヒグマの声が届く。背後には巨大な黒セルリアンが何体もおり、遊園地のすぐ傍で止まっていた。


「あれ、セルリアンたち遊園地には入ってこないんですね」

「海が近いからでしょうか……。それともサンドスターの枯渇こかつ……?」


 理由は分からないが、少なくとも遊園地の内部は安全なのだろう。明かりが無ければ黒セルリアンは遊園地には入ってこないのかもしれないという予測を立てつつ、ヒグマたちはかばんとサーバルへ近付いていく。


「こんばんは。セルリアンハンターの皆さん。セルリアンは遊園地の中には入ってこないので安心してください」

「らしいな。だがこの数は流石に……何で笑ってるんだ、お前」


 ヒグマもかばんの異変に気付いたらしい。声のトーンが下がり、目つきが険しくなっている。


「あぁ、今戦うのは勘弁してくださいね。僕、戦うのそんなに得意ではないので」

「……何を言って「おーい!!」 ……?」


 かばんの言葉に疑問を持ちつつも、声がしたほうを振り向くとジャガーとコツメカワウソが走ってくるのが見えた。その向こう側にも数体の黒セルリアンがこちらをじっと見つめているのが見える。

 いや、それだけじゃない。

 空から、山から、地中から……フレンズたちは自分が得意とする方法で遊園地の中へ集まっていく。


 それはまるで、集められたと言ったほうがいい状況だった。


「してやられましたね、博士」

「えぇ、どうやら我々はセルリアンに誘い出されたようなのです」


 空から音もなく着地する博士たちがそう分析する。

 そう、フレンズは集められたのだ。黒セルリアンの脅威は誰もが知っている。だからそれを利用して、逃げ道を作ることで遊園地へ誘導したのだ。それはフレンズが遊園地に入ると動きが止まる黒セルリアンが証明している。

 そして、その中心にいるであろう人物ははっきりしていた。


「さぁ、これがどういうことなのか説明するのです。かばん」

「そうですね。フレンズさんも集まったことですし、そろそろ始めましょうか」


 不気味な微笑みを浮かべたまま、かばんの種明かしが始まる。


「お察しの通り、セルリアンを使ってここに集めたのは僕です。そのためにフィルターを一時的に無効化し、パーク全体で黒セルリアンの量産を成功させました。……まぁヒグマさんたちの状態から強さに関しては改善すべき点ですね。知性に振り分けすぎたかな?」

「やっぱり賢くなってたんだな。あのセルリアンは……」


 今の黒セルリアンは単体で見ればたいした強さではない。石も露出し、動きも遅いため、何かに注意を向かせるか一つの動作が終わればその隙に石を破壊することが出来る。

 だが、問題は二体以上になった場合だった。お互いに隙を埋めるように動くため、難易度は格段に跳ね上がる。ヒグマが不自然に思った点と、囲まれた時に大した強さではないと判断したにも関わらず撤退した理由はこれだった。


「……僕はね、ヒトのちほーで知ってしまったんですよ。ヒトがどれほど利己りこ的で、自分勝手な動物かということを」

「でもあれは──」

「サーバルさんは気付かなかったでしょうね。ですが、僕は研究所で見てしまったんです。ヒトが生み出したとがと、それがもたらした結果を」


 良いヒトと悪いヒトがいる。そんなことは分かっていたが、かばんが研究所で見つけたという発言に疑問を抱いた。


「『研究所で見つけた』? そんなもの見つからなかったはずだけどなー?」

「そうなのだ! かばんさんは『ここには何も無いようですから戻りましょう』って言ってたのだ!」


 かばんとサーバルの旅に同行していたアライグマとフェネックから反論があった。だが、かばんはそれが馬鹿馬鹿しいとでも言いたげに、短く笑う。


「知っていますか? 嘘はヒトの専売特許なんですよ。ヒトのフレンズである僕が嘘をつかないとでも?」

「だからかばんちゃんは帰る時に……」


 サーバルはそう言いかけるとその場にいたフレンズは合点がてんがいったかのように目を見開く。


「えぇ、当時は僕もショックでしたよ。だから色々調べたんです。ヒトのこと、ヒトがしたこと、セルリアンのこと」

「…………何故そこでセルリアンが出てくるのです」

「あぁ、それは簡単なことですよ」


 引き裂くように笑うかばんは、冷酷にもセルリアンをそう評価した。






「扱いやすいからですよ」






「扱い、やすい……?」


 その言葉に耳を疑った。あの災害のような存在を、かばんは扱いやすいと言ってのけた。


「知性がない……というと語弊ごへいがありますね。良心──心がないセルリアンは行動が単純です。自分にり込まれている本能に従って動きますから」


 例えば、光を目指す。

 例えば、海を嫌う。


 例えば──フレンズを呑み込みサンドスターを食べる。


「どうして……そんなことになってしまったんですの……? 何を見れば……貴方はそんなことを考えるように……」


 サーバルの次に会ったフレンズ、カバは彼女にそう投げかけた。自分の知ってるかばんは、強い意志を持ち、友だちのために死力を尽くす優しい子だったはずだ。それが、今はセルリアンを利用する脅威になり始めている。


「……ヒトは中途半端です」

「……?」

「ヒトだけではありません。フレンズも、セルリアンも、中途半端と言わざるをえません」


 かばんがその笑みを消し、無表情のまま語り始める言葉の意味を初めは理解出来なかった。かばんは近くの舞台に上りながらも続ける。


「『自分の力で生きること』というおきてがありながらラッキーさんからの供給が無ければ生きていけないフレンズ。種の再現と保存が目的で進化したはずなのに、明確な弱点を持つセルリアン。──そして、自分の手で滅ぼしておきながら数百年後にそれを後悔するヒト」


 その指摘に、誰も反論することが出来ない。

 その評価に、誰も言い返すことが出来ない。


「特にヒトは酷いですよ。絶滅した原因が自分たちにあることにも関わらず、いざ絶滅すると『何故絶滅してしまったのか』なんて嘆くんです。滑稽ですよね」


 わらう。わらう。嘲笑わらう。

 ヒトを、セルリアンを、フレンズを。かばんはただ見下している。


「醜くて自分勝手なヒトを軽蔑します。自分の欲望を満たすために誰かを食い尽くすくせに、無責任にも『自分は悪くない』と逃げるあの動物に吐き気がします」


 その声色には明確な怒りが見えた。自分がその一員であることに対し何を感じているのか、それは本人にしか分からない。


「サーバルさん……いえ、フレンズの皆さんに一つだけ教えといてあげましょう。これが、僕が辿り着いたこの世界の真実です」


 星々と月明かりが遊園地を照らす。その周囲には今も大量の黒セルリアンが居座り、舞台の上、そこにかばんは立っている。

 そして、告げた。











「この世界は──食べるか、食べられるかなんですよ」











 弱肉強食。それは誰が言った言葉だったか。弱者は肉となり、強者はそれを食べる。それはヒトも同じで、知識を持たないヒトは狡猾こうかつなヒトに食い尽くされるまで利用され続ける。

 無情にも、それが辿り着いた真実だとかばんは言った。


「サーバルさん。貴方は初めて会ったあの日、僕に言いましたよね」

「えっ……?」

「フレンズによって得意なことは違う。えぇ、まったくその通りです。僕は他のフレンズさんに比べれば力も無いし、貴方のように大きく跳躍することも出来ません」


 でも、とかばんは再び笑った。凶悪に、冷酷に。背筋が凍るその笑みを深くしていく。


「自分の手は汚さず、誰かを騙し、利用する。それが僕が得た、人間ヒトとしての得意技なんですよ」


 騙す。嘘をつく。ヒグマには心当たりがあった。それは以前、サーバルが黒セルリアンに食べられた時、かばんはヒグマを確かに騙したのだ。自分の確固たる意志を遂行するために。だが今の言葉とは意味がまったく違う。

 かばんは変わってしまった。そう判断せざるを得なかった。

 胸の奥が熱くなる。頭が沸騰するような感覚がある。今のかばんは誰かをおとしめることに躊躇ちゅうちょしないだろう。それが、正義感の強いヒグマには許せなかった。

 だから──。


「お前ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」

「ヒグマさん!」

「待って! ダメだよヒグマ!!」


 サーバルたちの悲痛の叫びは届かない。

 ヒグマは背中の熊の腕をした武器を取り出し、かばんに向けて一直線に突進する。

 目は発光し、全身から虹色のけものプラズムが溢れ出す。それを、力いっぱい振り下ろした。


 ガンッ!! と、それは途中で停止している。その衝撃で先程までかぶっていた帽子が飛ばされた。しかしかばんには傷一つ無く、無表情でその様子を眺めている。

 当たっていない。途中で妨害されているためだ。

 では、それは誰か。




「かばんちゃんを きずつけるけものは ゆるさないよ」




 それは片言かたことに近い言葉で話していた。

 それの色にいろどりはない。肌や髪、毛皮に至るまで、まるでそれは彩度を失っているように見えた。

 特徴的なのは、大きな耳と、その赤い目。その者は片手でヒグマのハンマーを受け止めている。

 その姿に、誰もが見覚えがあった。

 ヒグマはその圧倒的な腕力に驚きながら、その名を呼ぶ。






……!!??」






 サーバルと瓜二うりふたつの黒いサーバルが、かばんの前に立っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る