第一章
ヒトの縄張り
1
かばん、サーバル、アライグマ、フェネック──と腕輪の状態になっているボス──を乗せたバスは、ゴコクエリアに着陸する。
様々なフレンズと出会いながら、それでもやはりヒトは見つけられなかった。残された痕跡と、フレンズの話を頼りに次のエリアに向けて四人は旅を続けていく。
「なかなか見つからないねー。どこにいるんだろう……」
「別のエリアかもしれないね。次のエリアに行ってみようか」
「アライさんもついていくのだー!」
「アライさーん、そんなに慌てると転んじゃうよー?」
先走るアライグマが派手にすっ転ぶのを三人は笑いながら追いかける。
この賑やかな旅がずっと続くと思っていた。
この楽しい旅がずっと続けばいいと思っていた。
だが、何事にも終わりは来る。
何個目かのエリアに着陸し、かばんたちは探索を開始する。
そのエリアにはヒトがいた。
ゴコクエリアでは寂れていたが、空高く伸びる木のような石の〝家〟が至るところに生えている。尻尾も耳もないフレンズに似た動物〝ヒト〟がそこら中を
喜びや感心の歓声を上げる四人の中で、アライグマが元気よく声を上げた。
「ボス! ここがヒトの縄張りなのか!?」
「アライさん落ち着いてー。ほらかばんさんも困ってるよー?」
興奮を抑えきれず、
かばんは改めてボスに質問すると、緑の光を放ちながら説明した。
『ソウダヨ。ココハ街ッテイウンダ。ヒトノタメニ作ラレタ施設ガイッパイアルヨ』
それを聞いてアライグマはまた興奮し始める。
その様子に困りながらも笑っているかばんを見ながら、サーバルはその音を聞いた。
『何? コスプレ?』
『うわぁ可愛い! 写真撮っちゃお』
『おいあれ例のフレンズって奴じゃないか?』
ヒソヒソとヒトが何か聞き慣れない単語を並べながら話している。どうやら自分たちのことを知ってるヒトと知らないヒトがいるようだ。
そして、意味は分からなかったが聞き逃してはいけない声が聞こえた。
『フレンズって指名手配されてるあのフレンズか?』
その時、改めてサーバルは周囲のヒトを見る。最初は気付かなかったが、自分たちを見る目がおかしい。好奇心を含めた視線だけでなく、明らかに敵意のある視線も向けられている。
「ねぇかばんちゃん、なんか様子が変だよ……?」
「何だろう……フレンズさんのこと、皆知らないのかな?」
「それならヒトにアライさん達のことを知ってもらうのだ! おーい!」
アライグマがヒトに向かって駆け出していく。それをフェネックが追いかける。いつも通りの変わらない光景のはずなのに、妙な胸騒ぎがサーバルを襲った。隣ではかばんが不安そうに二人の名を呼んでいる。
そして、その予感は的中することになる。
「うわあああああああああああああ! く、来るなぁあああああああああ!」
アライグマが近づいたヒトが突然大声を上げて逃げていく。それは波紋のように広がっていき、その場にいた大勢のヒトが逃げ惑う。
ヒトについてサーバルは詳しく知らない。でも、それでも理解は出来た。
拒絶された。除け者として扱われた。
理由は分からない。訳なんて知らない。でも、自分たちはヒトに拒絶されたのだ。
かばんも、アライグマもフェネックも混乱している。自分たちより離れた場所にいたアライグマをフェネックが引きずるようにして連れてきた。
「かばんさーん、なんか知らないけど逃げたほうが良いみたいだよー。取り敢えず隠れられる場所を探そうよ」
話し方はいつも通りでも、雰囲気でフェネックが真剣なのが伝わってきた。かばんは了承するとサーバルたちを連れて街を走り抜ける。その間、ラッキービーストは『アワワワワ』と言ってフリーズしていた。
場所は変わり、四人は建物の隙間にある空間へ隠れていた。逃げてる間、自分たちの後ろから聞こえてきた『待て! 逃げるな!』という怒号が、今もサーバルの耳にこびりついて離れない。
「どうしてボクたち追われてるんでしょう……。ラッキーさん、何か分かりますか?」
『ケンサクチュウ……ケンサクチュウ……。ドウヤラ全テノフレンズニ対シテ捕獲命令ガ下サレテイルミタイダネ』
「えぇー! 何でなのだ!? アライさんたちまだ何もしてないのだ!」
「そうですよ。それに全てのフレンズって……」
『コレ以上ハ僕ノ権限ジャ見ラレナインダ。カバン、トニカク今ヒトニ捕マッタラ大変ダヨ。頑張ッテ捕マラナイデ』
せっかくヒトに会えたのに。せっかくヒトのちほーを見つけたのに。
待っていたのは歓迎ではなく拒絶だった。
かばんがどんどん落ち込んでいくのが分かる。
小さく疑問の声を発しながら、その瞳は揺れている。
「大丈夫だよ! 何でわたしたちを追いかけるのかは分からないけど、きっと何か理由があるはずだよ! お話してみればきっと──」
「それはオススメできないかなー」
アライグマをずっと気にかけ、今まで黙っていたフェネックが口を開く。
「何で? きっとちゃんとお話すれば分かってくれると思うんだけど……」
「さっきね、聞こえたんだー」
それはアライグマを追いかけた時だった。ヒトが多く、どこから発せられたかは分からなかったが、確かにフェネックは聞いたのだ。
『これが聞こえるなら逃げてください。捕まったらダメ。お願い……どこか遠くへ──』
「私も確かにヒトは話し合えば分かってくれると思うよー。でも、そのヒトが『捕まったらダメ』って言ってるんだよー。きっと、群れの中で偉い人から命令されてて、逆らうことが出来ないんじゃないかなー」
フェネックはずっと考えていた。ボスの言葉と、あの時聞こえた声の意味についてを。
おそらく話せば仲良くなれる。かばんがヒトである以上、友だちになることは出来る。
でも、誰かがそれを禁止しているのだ。
「だから今私たちにできるのはヒトに捕まらないようにここから黙って離れることだよー」
フェネックの言い分は
「それじゃあかばんちゃんが可哀そうだよ……」
やっと自分の縄張りを見つけたのに、そこで否定されてしまった時のかばんの気持ちを考えると、サーバルはそう言わずにはいられなかった。
「大丈夫だよ、サーバルちゃん。ヒトが絶滅してなかったことが分かっただけでボクは充分だから」
当の本人を見ると笑っていた。一番辛いはずなのに、それでも友だちを心配させまいと無理に振る舞っているのだ。
「でも、どうしてフレンズさんが捕まらなくちゃいけないのかは知りたい。ミライさんはフレンズさんたちのことが大好きだったはずなのに、どうしてこうなったのかは知りたいんだ。皆さん、協力してくれますか?」
「当たり前だよ! かばんちゃん!」
「アライさんもなのだ!」
「あんまりオススメしないけど……でもかばんさんのためならどんと来いだよー」
ミライのことも気になるが、それよりも気になることがある。目標を定め、決意を新たに四人は立ち上がる。
『カバン、ソノ前ニバスヲ移動サセタホウガ良イト思ウヨ』
……取り敢えず、バスを移動させることになった。
2
ギリギリだった。ボスに言われるのがもう少し遅ければバスはヒトによって自分たちの手の届かない所に行ってしまっていただろう。
それから行動は単純だった。逃げては隠れるのをひたすら繰り返すだけ。そして、ボスの案内で研究所に辿り着いた。
だが、そもそも多くの文字を読めないサーバルたちはかばんを頼りに探索するしかなく、そこでも手掛かりは掴めないまま、かばんの指示でサーバルたちはヒトに見つかる前にヒトの縄張りを去った。
「…………、」
それ以来、かばんはずっと浮かない顔をしている。話しかければ笑顔を向けてくれるが、目を離せば暗い顔をしていた。
そんなかばんが心配で、きっと元の彼女に戻ってくれることを信じながらサーバルは明るく振る舞った。
それが功を成したのか、かばんは日に日に明るさを取り戻していった。
旅立ちの日から
3
かばんたちがジャパリパークに帰ってきた。そのことはあっという間にパーク中に知れ渡り、数日後には『かばんたちお帰りなさいの会』が開かれた。フレンズたちは旅の感想を聞きたがるが、ヒトの話題を出すと顔に影が差すかばんたちを案じ、『かばんたちにヒトの話題を出すのは禁止』という暗黙のルールが生まれた。
そして、それからまた数日後。かばんとサーバルは図書館に泊まっていた。本来であればさばんなちほーに戻るところだが、かばんの『調べたいことがある』という意思を尊重したのと、料理を作れとせがむ博士たちに押し負けたためである。
「みゃ~~~~っ、ふぅ……。うみゃ?」
サーバルは夜行性の動物で、起きるのもかばんよりずっと早い。そういう時は散歩などで時間を潰すのだが、今回はすぐ違和感に気づいた。
(かばんちゃん……もう起きてるんだ)
いや、今回だけではない。あの騒動以降、かばんはずっと何かを調べている。文字を少ししか読めないサーバルには分からないが、とても真剣で、邪魔してはいけないような気がしていた。
そして、調べ物をするようになってから火山近くにふらっと立ち寄ることが多くなった。かばん曰く、四神の位置がズレていないか、またあの黒セルリアンが発生していないかを確かめに行っているらしい。自分もついていくと言ってみたが、バスで移動するしラッキーさんもいるから大丈夫だと断られてしまった。
(わたしも文字の勉強しようかな……)
かばんと旅をするようになってから、少しずつだがサーバルは文字を読み書きできるようになっていた。と言っても本当に限られた文字だけで、文章を読むにはまだ程遠い。
あの時、研究所で自分が文字を読めていれば何か見つけることが出来たかもしれない──。そう思うことが時々ある。
一度考えてしまうと頭から離れず、胸をざわつかせるからそういう時は走り回ったり、勉強をすることで気を紛らわしている。
文字の勉強は楽しい。読めることができるととても嬉しい。だけど……。
(かばんちゃんとお話できる時間が少なくなっちゃったのは寂しいな……)
かばんはちゃんと寝ているのだろうか。無理をしてないだろうか。何を調べてるのだろうか……。
心配と疑問しか浮かんでこない。
でも、それでもいつか、かばんと以前のように話をすることが出来ると信じて……今日もサーバルはいつも通り、みんなを笑顔にするために元気よく寝床から跳び降りた。
そして、それからしばらく経ち、かばんはサーバルにこう言った。
「調べ物終わったよサーバルちゃん。さばんなちほーに戻ろっか」
「いいの? ここの方がかばんちゃんにとっては過ごしやすいんじゃない?」
「ヒトって意外とどんな環境でも過ごせるんだって。だからサバンナでも大丈夫だよ」
本当は嬉しかった。いつも自分が読めない文字と睨めっこしてばかりで、構ってくれることが少なくなったから。また以前みたいに沢山お喋りすることが出来ると思うと嬉しくて、サーバルは元気よく頷いた。
博士と助手は料理が食べられなくなるのを残念がっていたが、それでも笑顔で送り出してくれた。最後に「料理を作りたくなったらいつでも戻ってくるといいです」と告げたのは流石と言ったところだろうか。
バスでもう一度、今度はパークを逆回りに周っていき、二人はさばんなちほーに帰ってきた。
「ここに戻ってくるのも久しぶりだね」
「ホントだねー。あの時から何も変わってないや!」
「ごめんね。ボクの都合で色々付き合わせちゃって……サーバルちゃんの縄張り、大丈夫かな」
「わたしが気になったから勝手に付いていっただけだもん! 謝る必要なんて無いよ! 前の縄張りは……取られちゃってたら別の所探せばいいしね!」
二人は笑い合いながらさばんなちほーを歩いていく。幸いにも以前の縄張りはそのままだったが、かばんのことを考えて場所をかつて休憩に使った木陰に移動した。
それからの日々は楽しかった。かばんと一緒に文字の勉強をし、紙飛行機を飛ばしたり、狩りごっこをしたり、偶にはさばんなちほーを散歩して過ごした。
そんな、ある日のことだった。
(あれ? かばんちゃん、もう起きてるの……?)
夜に目が
妙な胸騒ぎがした。
あの時、アライグマとフェネックがヒトに近づいていったときと同じ焦燥感がサーバルの背中を
4
「ハァ、ハァ……」
気付けばサーバルは駆け出していた。
持久力は無くても、見えない何かに体を引っ張られるような感覚を覚えながら、サーバルは無我夢中でさばんなちほー中を探し回った。
いない。
普段はカバがいる水辺に行った。
─いない。
一番最初に出会った場所へ向かった。
──いない。
途中で遭遇したフレンズに協力をお願いしながら、サーバルは疲れも知らず走り続ける。
──見つからない。
「どこ……どこにいるの……かばんちゃん…………」
寂しさと疲労で足が重くなる。暗い所でも見えることが自慢の目は、歪んで周りの景色がよく見えない。
そんな時だった。
「???」
何か、惹きつけられるようにそちらを向く。目元を拭ってそれを見る。
「そこにいるの……? かばんちゃん」
その方角に覚えがある。
その場所を知っている。
遊園地。ボスはかつてそう呼んでいた。様々なアトラクションがあり、二度もフレンズ総勢でお祭りのように騒いだ場所。
理由は分からない。でも、そこにいるような気がした。
「待っててかばんちゃん、今行くから!」
行動は早かった。疲れてるはずの体を必死に動かし、遊園地に向かって走る。
走って、走って、走って……。休憩する時間すら惜しくて、一番の友だちの顔を早く見たくて。それだけを考えて疾走する。
「はっ、はっ、はっ……」
呼吸はすぐには整わない。足は震え、今もサーバルは肩で呼吸している。
でも辿り着いた。
「かばん、ちゃん……」
やっと、見つけた。
遊園地の中心で火山を見上げながら、その人影は立っていた。
そこまでかなりの距離がある。そのため姿は真っ黒で不明瞭だったが、シルエットと匂いでかばんであることは分かった。
ゆっくりと、その影がこちらを向く。
「ダメだよかばんちゃん……かばんちゃんは夜行性じゃないんだから、夜はちゃんと寝ないと……」
何も言わない人影は、こちらを向いたまま動かない。サーバルは少しずつ、呼吸を整えながら近付いていく。
何故ここにいるのかという疑問と、無事だと分かった安堵感。
そして、未だ拭いきれない妙な胸騒ぎ。
少しずつ近付いて、やっと顔が見えるようになってきた。
「えっ……?」
その表情を最初は理解できなかった。あまりに不釣り合いだったから。あまりに不可解だったから。
かばんは不気味に笑っていた。
直後だった。
『オオオオオオオオォォォォーーーーーーーーー!!!!』
ジャパリパークのどこかで、大地を揺らすかのような咆哮が聞こえた。
その咆哮をサーバルは知っている。忘れもしない、忌々しいその鳴き声。
だが、それだけでは終わらない。
『オオオオォォォォーーーー!!』
『ォォオオオーーーーー!』
『オオオオオオオーーーーーー!』
パークの至るところで、その咆哮が
「何で……」
その咆哮は聞こえるはずがない。
だって、それは自分たちが沢山の危険を冒してやっと倒せたのだから。
だって、それは自分たちがフィルターを貼り直したおかげで阻止することが出来るはずなのだから。
だからありえない。ありえないのだ。
あの黒いセルリアンの咆哮が聞こえるなんて──。
「かばんちゃんどうしよう! このままじゃ──……」
一刻も早く解決策を考えなければならないと考えたサーバルはそこで固まってしまう。
これはパークの危機のはずだ。
かばんもあのセルリアンの脅威を知っているはずだ。
でも、なのに。
「かばん、ちゃん……?」
問いかける。親友の表情、それはあまりに非情すぎる。
だから、サーバルは震えた口を動かして問いかけた。
「……何で、笑ってるの……?」
最悪の悲劇が、幕を上げる──。
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