【番外編】避難拠点防衛戦線 中編
6
実際のところ。
新種のセルリアンと真正面から渡り合うことなど不可能だったのだ。
新たに現れた影は六つ。
ギンギツネと、PPPと呼ばれるアイドルユニットだった。
しかしその六人が加わろうと、彼女たちが有利になることはない。
無数の触手の一つを横殴りに振るう。遮蔽物などなく、そのままの速さで迫り来る。
屈み、飛び跳ね、転がることで各々が回避した。
「このままじゃジリ貧だよ。相手は多勢に無勢なんて言葉が通じない化物なんだ」
タイリクオオカミは自力で立つこともままならないためギンギツネの方を借りている。PPPの面々がセルリアンの周囲を動き回り、出来るだけ注意を惹こうとしているがあまり効果はないだろう。
どう見たって不利な状況だ。
でも、そのはずなのに。
「…………?」
隣の横顔を見て、小首を傾げた。
その表情は一般的には喜びや慈しみなどから現れる。時には残虐の象徴として描かれることもあるが、どう見てもそういう顔には見えない。
つまり、平たく言うとするならば。
ギンギツネは笑っていたのだ。
「相手に合わせる必要なんて無いのよ」
不敵に笑っていた。
その目は自信で満ち溢れていた。
追い詰められている者ではなく、追い詰めていく者の顔だった。
「何を、言って…………」
「分からない?」
その時だ。新種のセルリアンの足元が僅かに歪んだ。そのせいで攻撃が逸れ、明後日の方向へ飛んでいく。
「真正面から戦うつもりなら、自分たちが得意な場所で戦うほうが良いに決まってるってことよ」
刹那。
新種のセルリアンを囲むように地面が割れた。
一瞬だった。
瞬きなんて許さず、何かをする暇など与えない。
一方的な変化が、セルリアンを奈落の底へ叩き落としたのだ。
それだけではない。
ポッカリと空いた大穴の壁、そこにもヒビが入り、やがて別の穴と貫通する。
そこから流れ出るものを、タイリクオオカミは途切れ途切れで口にだすことでしか認識することが出来なかった。
「み、ず………………?」
相手に合わせる必要なんて無い。
戦うつもりなら自分の有利な環境のほうが良いに決まってる。
頭では分かっていても、理屈は理解していても、それを実行するのはやはり難しいことだ。
出来ないわけではない。ただそれをしても潰される。
なら、潰されない環境にすればいい。
地面の上に存在するものは破壊されてしまえば使い物にならなくなるが、大穴に水を入れた巨大なプールは関係ない。壊しても壊しても、穴が広がるだけで水は抜けない。それどころか空間を広げ、更に優位に立つことが出来る。
元々ある自分にとって得意な環境が潰される。
だから、周囲の環境を変えることにした。
タイリクオオカミはもう一度、傍らのフレンズを見た。
沈み、這い上がれないセルリアンにPPPが凄まじい速さで攻撃を加えていく。
元々陸で活動するような構造なのか、水中ならではの抵抗力で触手の動きは格段に鈍くなっていた。
それを、彼女は見守っている。
優しく、しかし臆病な心を立ち直らせてくれるような逞しさも混じっていて。
きらきらと輝いていた。
思わず目が奪われた。
無意識に笑みをこぼし、そして。
その美しい横顔に、こう言わずにはいられなかったのだ。
「……………………………………いい
7
形勢は逆転した。
水中はペンギンにとって最も動きやすい環境だ。種類にもよるが、ジャパリバスの速度を優に越す事も出来るのだ。
泳ぎの得意なジェーンと、潜水が得意なコウテイが注意を散漫させ、それでも攻撃してくる触手をプリンセスやイワビー、フルルがはたき落としていた。
言葉による意思疎通は必要ない。歌や踊りで培われてきたコンビネーションは既に完成している。決定的な一打にならずとも、その攻撃は着実に相手を追い込んでいく。
それに対し、新種のセルリアンは水中は最悪の環境だった。だからなんとかして脱しようとしているが全ての触手はPPPの面子に弾かれ続けている。
セルリアンは完全に敗北の道へ足を踏み入れた。
いや、足を踏み入れさせたのだ。
周囲に破壊しか巻き起こさない怪物は、決して周りを理解しようとはしない。
だからどうやっても攻撃するという選択を迫られる。
そう、だから。
絶対に負けない。
沈む。沈む。沈んでいく。
黒セルリアンを取り込んだのが災いしたのか、新種のセルリアンの所々が溶岩化していくのが見えた。
勝てる。
その場の誰もが心の中でそう考えていた。
油断大敵とは誰が言い出したのだろうか。
一つ。
そう一つだけ失念していた。
少し考えれば分かるはずなのに、その可能性を考慮しなかった。
状況を整理しよう。
何故、凶悪なセルリアンに対し対等以上の戦いができている?
……それは、フレンズには有利で、セルリアンには不利な環境だからだ。
何故、反撃を許さず、少しずつでもダメージを重ねられている?
……それは、水中という三六〇度から攻撃ができていて、全ての触手を防げるからだ。
水中。
大穴。
人数。
沈没。
溶岩。
それらのうち、どれか一つでも欠ければ形勢は再び傾くかもしれない。
即興で作り上げた戦術だからだろうか。
間に合わせの戦略だからなのだろうか。
しかし、だからこそ。
この可能性に関してはもっと深く考えておくべきだった。
新種のセルリアンは、大穴の底面に着地した。
(((((まずい!!)))))
PPPの全員が同時にそう思った。
しかし、遅い。
新種のセルリアンはその触手を巡らせる。
そして。
ドンッッッッッッッッッ!! と、大穴の周囲に大きな亀裂が幾つも入った。
水は流れ出し、地面は泥へ変わり、大穴へ引きずり落とす。
一足先にそれを察知したギンギツネは、アミメキリンの力も借りながらその場を離れていた。
それでも、目の前の状況を見れば彼女の表情を直接言わなくても察せるだろう。
土と水。その相反する二つの元素で構成された檻は壊された。
やがて、それはのし上がる。
『──────、』
視線が下ろされた。
限界だと考え、陸に上がってきたPPPが息を切らせて苦虫を噛んだような表情を浮かべていた。
「どうすんだよ……あれ……」
「……決まってるでしょ。戦うしかないじゃないっ」
「諦めるわけには、いかないからな!」
形勢は、逆転した。
戦いの流れは完全に逆流と化した。
ギンギツネの頭には感情のノイズが吹き荒れるが、それを強引に抑え込む。
切り替えろ。
最善を探れ。
まだ、負けていないのだから。
抗うための指示を出す。戦場を俯瞰できる場所で、PPPを誘導する。詳細まで語る必要はない。そんなことをしなくても、彼女らは自分たちだけで判断できる。
押されていても、拮抗は出来ていた。
今までの戦いで使わなかった、指揮をする者がいるから。
それを、新種のセルリアンは気付いていた。
気付いていたことに、フレンズは気付かなかった。
故に。
「あれぇ……? セルリアンの触手、一つだけ地面に刺さったままだよ~?」
「……? ──っ!? ギンギツネ逃げなさい! セルリアンの狙いは貴女よ!!」
遅い。
気付くのも。
伝えるのも。
既に。
セルリアンのワニのような大口を持つ触手は、ギンギツネの足元まで迫っているのだから。
逃げる、という行動にすら移れなかった。
ギンギツネは動けないまま、彼女がいた地面はバックリとその大きな口に飲み込まれた。
8
生の終わりを想像したことがないだろうか。
死ぬときの感覚。フレンズで言えば、サンドスターを食べられて動物に戻るときを指すことが多い。
それを、時々ギンギツネは考えることがあった。
例えば、深い海に沈んでいくような、暗く寂しいもの。
例えば、何も感じず、抵抗すら出来ず、気づけば終わっているもの。
例えば、苦しみ、悶え、孤独で、救いのないもの。
色々と想像してみたが、やはり、これと言って納得できるようなものはなかった。
どれも有り得そうで、どれとも違うような気がした。
そして、ギンギツネは今も想う。
旅館に残してきたあの子は、今でもちゃんと出来てるのだろうか。
ゲームばかりで、お風呂に入らず、やんちゃしてはいないだろうか。
死ぬ間際に考えていたのは、そんなことだった。
(キタキツネ……約束、守れなくて……ごめんね)
直後だった。
足元の全てが崩れ──、
「………………………………………………………………………………?」
疑問だった。
ギンギツネが最初に感じたのは寂しさでも悲しさでもなく、小さな一つの疑問だった。
確かに足元が崩れたのを確認した。
でも、死ぬという瞬間はこうも温かいものなのだろうか。
上から、何かがのしかかっているような感覚があるが、やはりどこか現実的で見覚えのある感覚だ。
ゆっくりと、瞼を開ける。
「……………………………………………………え?」
そこに、いたのは。
自分の上で、泣きそうな顔をして、怒ってるようにも見える表情を浮かべているのは。
「……キ、タ……キツネ…………?」
置いてきたはずの、キタキツネだった。
9
それは、ギンギツネが旅館を出てから少し経った後のことだ。
ギンギツネが出ていった扉を、キタキツネはしばらく眺めていた。
止められなかった。
止めることが出来なかった。
「ぼくも、動かなきゃ……」
ギンギツネとずっと二人きりだった。
この館を見つけるまで、ずっと雪山を練り歩いていた。
時々フレンズと出会っても、人見知りのキタキツネが仲良くなることは少なかった。
傍らの、自分に似た大切な誰かはもういない。
何故だろうか。
目頭が熱かった。
唇は震えていて、何かが胸の奥から溢れてきていた。
一つ一つ個室を周り、貯蔵していたジャパリまんを配っていく。
時間を見ると、いつの間にか日頃風呂に入っていた時間になった。
しかし、そんな小言を言う誰かはもういない。
入らなくても良い。
バレやしないのだから、仕事もサボってゲームしても文句を言われない。
でも。
「お、風呂……入らなきゃ……」
出来なかった。
いつも出来ていたことが、出来なかった。
軽く体を流し、以前教えてもらったように毛皮を籠に入れる。温泉へ少しずつつま先から入れると、お湯の暖かさが染み渡っていた。
「…………、ぅ」
ちゃんと、いつも言われていた通り一〇数える。
一。
「……ひぐ、ぁ……っ」
誰もいない浴場の中で、少女の声だけが響いていた。
二。
「……ギン、ギツネ……っ、ギンギツネぇ…………」
大丈夫。
きっと帰ってくる。
でも、絶対にそうであると何故言える?
三。
「嫌だよ…………寂しいよぉ……」
もし、帰ってこなかったら?
一日だけではない。
一週間。一ヶ月。一年。一生……。
この戦いが終わって、全てが元通りになっても、彼女だけ帰ってこなかったら?
四。
「はやくっ、はやくかえってきて……ギンギツネ!」
声は届かない。
反響するばかりで、煩わしい音にしかならない。
五。
「ぁぁぁぁ、ぅぁあああ」
そこが、彼女の限界だった。
「ぁぁぁぁああああああああっ、あああああぁぁあああああああああああ、ぁぁぁぁっ、ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
我慢していた何かを吐き出していく。
絶叫に近いそれは、キタキツネの心を表していた。
「ぁぁぁ、うぅ……」
喉が枯れて、涙も枯れて。
くしゃくしゃになった顔を両手で覆う。
「誰か……誰かギンギツネを守ってよ……」
その時だった。
トントンと、誰かに肩を叩かれた。
ギンギツネかと思い振り返ると、
「どうしたののの?」
カピバラだった。いつもこの温泉に浸かりに来ているフレンズだ。
いつもののんびりした顔に、心配の顔色が浮かんでいる。
キタキツネが何かを言う前に、カピバラは微笑んだ。
「行きたければ行けばいいよよよ」
「えっ……?」
「二人のこと、ずっと見てきたよよよ。だから心配しなくても大丈夫ねねね」
「だから、行ってきなよ」
声が、もう一つ。
風呂場の外、扉を開けた先に声の主はいた。ゆきやまちほーに住むフレンズの一人だった。
彼女だけではない。
「そうですよー! ここにはこんなにフレンズがいるんです! きっとみんなの力を合わせたらへっちゃらなんですよー!」
温泉旅館に集まっていたフレンズたちだ。先日までの暗い顔は何処へやら、彼女たちの顔は輝かしい笑顔が浮かんでいた。
「…………、」
立ち上がっていた。
両手に小さい拳を作り、ぐしぐしと涙が流れた頬を拭う。
フレンズが持ってきたバスタオルで体を拭くと、素早く毛皮を着整えていく。
そして、沢山のフレンズを背中に。
キタキツネは扉を開ける。
「じゃあ、行ってくるね」
「きみならきっと大丈夫だよよよ」
こくりと頷いて、穴の中を走る。
(ギンギツネ!)
ただ一人のけものを想って。
走って、走って、走って。
キタキツネの頭を妙な感覚が駆け抜けた。
目の前には、見たこともないセルリアンが猛威を振るっている。
そして、その奥。
会いたかったけものがいた。
こちらには気付いていない。
いや、気付いていないのは自分だけではない。
地面を進む一本の触手の存在を、キタキツネは確かに感じ取った。
音。磁場。第六感。
形容するのは何でも良い。
でも、間違いなくこのままいけば──、
「ダメ、絶対にそれだけはっ!」
脇目も振らず駆け抜けて。
知らないフレンズの忠告を完全に無視してまで。
(間に、合ってッッ!!)
跳ぶ。
大切な家族を守るために。
そして、その直後だった。
ギンギツネをキタキツネが押し倒したのと同時に、その背後で轟音が鳴り響いた。
こうして。
一人のけものは戦場へ辿り着いたのである。
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