【番外編】避難拠点防衛戦線 後編
10
「一人じゃ、ダメなんだよ」
急かすように早口だった。
目標を外したセルリアンが、別の触手で彼女たちを狙う。
「させるかよ!!」
「コウテイは右から回り込んで! フルルは左!!」
「分かった!」
「はーい」
邪魔をさせはしない。
キタキツネは起き上がり、ギンギツネに手を伸ばす。
「二人じゃなきゃダメなんだよ! だってぼくたち、家族だもん!! 家族って、ずっと一緒にいるものでしょ!」
「キタキツネ……」
何と声をかければ良いのだろうか。
慰めだろうか。
謝罪だろうか。
いや、どれも違うはずだ。
最も、言うべき言葉は。
最も、伝えるべき事は。
「ありがとう。えぇ、そうね。貴女の言うとおりだわ」
頬が緩んだのを自覚した。
少し小っ恥ずかしくもあるけれど、だけどそれは恥じゃない。
伸ばされた手を取って、立ち上がる。
「一緒に戦いましょう。キタキツネ」
「うん!!」
今まで掛けてきた言葉とは真逆の意味を示すその言葉とともに。
二人のキツネは戦場に躍り出る。
11
セルリアンは何も語らない。
ただ結果だけが残る。
絶望だけを残す。
それだけの存在なのだ。
きらきらと輝く力を持ってしても、その暗闇を振り払えない。
触手を縦横無尽に振り回す。
空気を引き裂き、大地を砕く。
疲労によって動きが鈍くなったPPPは、避けきれずに吹き飛ばされた。
交代するように多少回復したタイリクオオカミとアミメキリンが前に出る。
「先生!」
「分かっている!!」
アミメキリンが誘導し、タイリクオオカミが切り落とす。
触手の切断にセルリアンは悶えるが、何事もなかったかのように復活した。
「ギンギツネ、来るよ!」
「それだけじゃ分からないわよ! 方向は! 距離は!?」
「あっち!」
「分かりづらい!!」
地中からの攻撃をキタキツネの指示で躱していく。ギンギツネとキタキツネを比べると、見えない相手への感知能力に関してはキタキツネに軍配が上がる。だからこその采配だった。
「オオカミとキリンは出来るだけセルリアンの左後方! PPPは右をお願い! 怪我してる子は無理しちゃダメよ!!」
「「「「「はい!!」」」」」
統制の取れた群れというのは厄介だ。
各々が不足な要素を埋める。それは確実に相手を削り続けるのだ。
セルリアンは何も語らない。
ただ結果だけが残る。
ドッッッッ!! と大地が揺れた。
セルリアンは攻撃をやめ、触手を一斉に振り下ろす。
決定打だった。
空でも飛んでいない限り、誰もがそれによりバランスを崩した。
「しまっ……!」
そして。
真っ直ぐ、曲がることなく。
触手が迫る。
12
黒セルリアンとフレンズ型セルリアン。
恐らく、確実に分断させに来たのだろう。どちらかが攻撃を行えなくなった瞬間に、纏めて片付けるつもりなのだ。
「そうはいくもんですか」
「こっちはね、まだまだやらなきゃいけないことがいっぱいあるのよ」
お客様に最高の笑顔を。
それを胸に動いてきた二人は、志の芯は同じだった。
だからかもしれない。
ここまで息の合った連携を取れたのは、そんな彼女たちだからこそなのかもしれない。
しかし相手が悪かった。
三対二。数も戦闘力も向こうのほうが上だ。
その状態で、マーゲイは体を震わせていた。
怖いから、ではない。
「私はね、あの子たちを笑顔にしたかったの。そのためにPPPと一緒にたくさん頑張ってきたわ。でも、それも全部水の泡。ホント、情けないわよね。笑顔にするなんて息巻いておきながらこのザマなんだもの。こんな言い方、普段なら絶対にしないんだけど…………」
強く拳を握る。強く、強く。自分の爪で血がにじむほど。
「私はキレてるわ。これ以上もなく!」
メガネの奥が光る。
けものプラズムが溢れ出す。
それは一人ではなかった。
「えぇ、私も同じ気持ちです。マーゲイさん」
セルリアンが動く。
振るわれる爪を躱し、逸らし、反撃に移る。
だが当たらない。洗練された、戦うために生まれたそれらは一撃も当てられない。
(手数が足りない、ということですか……っ!)
(誰か、あと少し! もう一手!!)
黒セルリアンの踏みつけを間一髪で見切る。
フレンズ型セルリアンが動いた。
アリツカゲラの形をした化物は、確実にその首を狙う。
その時だった。
「伏せてください!!」
凛とした声だった。
ほとんど反射で、頭を抱えるように上半身を下げる。
頭上を何かが通過した。
「危なかったですね」
それはアリツカゲラのセルリアンを吹き飛ばし、ゆったりと着地した。
そしてもう一方。
「大丈夫ですか? 間に合ってよかった」
片や、細長い棒のような、如意棒と呼ばれる武器を携えた金色のフレンズ。
片や、武器を持たない、白と黒のフレンズ。
マーゲイとアリツカゲラには覚えがあった。
パークを見回っている、セルリアンハンターの二人。
リカオンとキンシコウが参上した。
『オオオォォォォーーーー!!』
くるくると如意棒を回し、構える。
リカオンも臨戦態勢を取った。
「フレンズ型セルリアンをお願いできますか。大きい方は私たちでも戦えるのですが、あっちは少し厳しくて……」
キンシコウとリカオンは嫌とは言わなかった。
ただ笑い、それぞれの標的に向き合う。
「えぇ」
「オーダー、了解です」
四つの影が三つに分かれた。
マーゲイとアリツカゲラは黒セルリアンへ。キンシコウはアリツカゲラを模したセルリアンに、リカオンはマーゲイを模したセルリアンと対峙する。
13
キンシコウは早々に仕掛けた。木を登り、跳びはねることでアリツカゲラ型セルリアンに接近する。
それを読まれ、ひらりと回避するがそれも織り込み済みだった。
ここはまだ木々が多い。攻撃を外してもその向こうにはまだ森林が広がっている。その一本に足を付け、もう一度セルリアンへ突撃する。
それも躱された。
いいや躱させた。
何度も繰り返す。エネルギー切れは狙っていない。そんな曖昧なものに頼るほど、セルリアンハンターのキンシコウは弱くない。
たった一撃だけだった。
その如意棒を後頭部に当て、その衝撃でバランスを崩したアリツカゲラ型セルリアンの関節を的確に抑えて叩き落とす。
「──ふっ!」
起き上がろうとしたセルリアンの顎を上へ弾き、その威力を利用して立ち上がったそれの胸部の中央を思いっきり突く。
まだ倒せない。
しかしセルリアンは生物としての器官も再現しているのか、それに対し怯んで飛び立とうとした。
「再現しすぎるというのも考えものですね……!」
しかし逃さない。飛び立つ寸前、傾いた重心をずらすことでバランスを崩す。体勢を整えようとするのを妨害していき、ゆっくりと削っていく。
そして何度めかの攻撃。
振るわれる爪を如意棒を回して受け流し、至近距離まで近づいたところで最後の一撃と言わんばかりに胸の中央を突き刺した。
バコンッッッ! と生物ならあり得ないような音を出すと共に、キンシコウは確かに石を破壊する感触があった。
次の瞬間、アリツカゲラを再現したセルリアンは粉々に砕け散っていった。
14
マーゲイ型セルリアンの爪を手首を抑えることで防ぐ。振り払われ、別方向から再び来る攻撃を同じように受け流した。
「さて、次はこちらの番です」
言っても素直に譲ってくれるわけがない。
それを分かっているリカオンは一歩前に足を出してくるマーゲイ型セルリアンのつま先を横に逸れながら踏んで抑える。そのせいでマーゲイ型セルリアンはつんのめり、倒れかけたその首に腕を引っ掛けて投げ飛ばす。
『ギィィィ…………』
「………………、」
神経を研ぎ澄ます。
マーゲイ型セルリアンの連続攻撃を、受け止め、躱し、受け流す。まるで流れ作業のように、片手間でするような大したことない仕事のように、簡単にあしらっていた。
そして、ある程度受け流した時、ようやくリカオンが口を開く。
「貴女のパターンは覚えたよ」
直後だった。
受け流した腕を捻り、体を強引に傾かせる。素早く腕を引き抜くと、下から上へ、拳を腹部に向けて振り抜いた。
『ガ…………ッ』
終わらない。
空中で浮いた一瞬で足を振り上げ、後頭部に向けて力いっぱい振り下ろす。
バゴンッ! とマーゲイ型セルリアンの頭部が地面に埋まった。
起き上がらせやしない。
そのまま襟首を掴み、強引に立ち上がらせる。
牙を剥くセルリアンの顎をアッパーで黙らせ、そのまま頭突きを鼻っ柱に決めた。
フラフラとセルリアンが後ずさる。弱々しくその爪を向けるが簡単に腕を捕まれ、そのままぐるりと一周回された後近くの木に叩きつけられる。
そして。
ガンッ! という音が響いた。
マーゲイ型セルリアンはゆっくりと下を見る。
胸の中央から、セルリアンのものではない誰かの腕が伸びていた。
その腕の持ち主は。
セルリアンハンターの肩書を背負うリカオンは不敵に笑っていた。
「オーダー、完了です」
それを告げると共に、マーゲイ型セルリアンはパッカーンと弾け散った。
「リカオン、お疲れ様です」
「そちらこそお疲れ様です」
キンシコウを労って、リカオンは黒セルリアンの方へ向く。
動きが鈍く、石もひび割れている。サンドスターの供給も限界だろう。
そして、二つの影が上空に上がった。
マーゲイとアリツカゲラ。
二人の一撃は黒セルリアンの石を捉え、黒の巨躯は崩壊した。
四人は合流し、同じ方向を向く。
「さて、私たちも向かいましょうか」
「えぇ、ヒグマさんが行ってるのに、黙って待ってるなんて出来ません」
おずおずと、アリツカゲラは話しかける。
「あの……私たちもついていっていいでしょうか」
「…………、」
思考を巡らせた。
本来であれば逃がすのがセオリーだろう。
しかし、状況が状況だ。
だから逆に考えてみることにした。
自分が彼女たちの立場であればどうなのか、と。
それで答えは出た。
二人は口を揃え、我儘な立役者に返答する。
「「勿論」」
15
ギンギツネとキタキツネの前に突き刺さったそれは、僅かだが新種のセルリアンの触手を逸らさせた。
熊の手を模ったような、ハンマーのようなそれ。
「無事か!」
背後からその声がした。
セルリアンハンターの一人。キンシコウとリカオン、その二人を纏めるような役目を持つ、リーダー的存在。
ヒグマ。
彼女はギンギツネの前に出て、突き刺さったハンマーを引き抜いた。
「助けに来て、くれたの……? でも……」
正直、あまり効果がないのが現実だ。
相手が強大すぎる。一人二人増えたところで変わらないだろう。
しかしヒグマは笑った。その言葉には棘があったけど、確かに彼女は笑っていた。
「馬鹿な奴らだよ。逃げればいいのに、戻ってくるなんてな」
「えっ?」
振り向くヒグマにつられて後方を確認する。
確かに、いる。
曇天のせいで見えないけれど、その殆どが影になっていて、どんな動物か分からないけれど。
でも、そこには大勢のフレンズが集まっていた。
「あーあ、こんなの、私の柄じゃないんだけどなぁ。まぁ、ここで帰れっていうのも失礼か」
やがて、ヒグマの一言で。
フレンズの群れが同時に動く。
「対象は目の前の新種のセルリアンだ! 深追いはするな、攻撃の妨害だけにしろ! 行くぞ! 総員、突撃ーーー!!」
嵐のような軍勢が。
色々なけものによって出来た大きな群れが。
新種のセルリアンへ突撃していく。
無論、新種のセルリアンが何もしないわけがない。
一撃横薙ぎに触手を振れば、それだけで全滅するだろう。
しかし動かなかった。
「私たちPPPを忘れてもらっちゃ困るのよ!」
五人のフレンズによって初動が封じられた。
後の戦況は、完全にこちらに傾いた。
新種のセルリアンが攻撃を繰り出そうとする度、誰かにそれを封じられる。
ようやく放たれたとしても、大人数で防がれた。
まさに多勢に無勢。
「もう逃げられないぞ、セルリアン」
誰かが言った。
ギンギツネとキタキツネはそれを圧巻と眺めていた。
「さぁ、行こう。ここまで頑張ったんだ。最後まで戦ってやろうじゃないか」
「そうよ。今回の主役は貴女たちなんだから」
タイリクオオカミとアミメキリンが二人を起こす。
その時、地面が急に膨らんだ。
「ま、間に合ったでありますか!?」
「ギリギリ、間に合ってないみたいっすね……」
ビーバーとプレーリー。おそらく大穴を広げ、水を開通させたあとビーバーとともに今ようやく戻ってきたのだろう。
タイリクオオカミとアミメキリンが顔を見合わせ、不敵に微笑んだ。
「いや、ナイスタイミングだ」
「力を貸してほしいの」
「おぉ! そういうことなら!!」
「是非、お願いするっす!」
PPPは疲労が溜まっていた。司令塔がおらず、それぞれの判断で戦っている。大勢のフレンズが参戦したことにより狙いが分散しているが、それでも立ち回りに雑さが目立ってきていた。
だからこそ、その声は彼女たちを大きく奮い立たせたのだ。
「プリンセスさんはもう少し下がってください! コウテイさんとイワビーさんが前に出て、フルルさんとジェーンさんは後方で反撃に対応できるようにしてください!!」
「「「「「マーゲイ!?」」」」」
アリツカゲラに抱えられ、マーゲイは上空にいた。
PPPを導く、マネージャーの真骨頂。
その彼女を妨害するように触手が襲うが、鳥系のフレンズに防がれた。
マーゲイはPPPを撹乱するように指示を出す。
それはここに来る前に出会った、タイリクオオカミとアミメキリンの要望によるものだった。
(舞台は整えたわよ。あとは任せたわ)
タイリクオオカミとアミメキリン。ビーバーとプレーリーが所定の位置につく。
新種のセルリアンは消耗している。これだけの大人数で叩かれれば、いくらセルリアンとはいえ軽症では済まない。
しかしそれでは足りない。ちまちま攻撃するようでは、あのセルリアンは倒しきれない。
セルリアンハンターは今までの経歴を聞いて、自ら身を引いた。
ギンギツネとキタキツネは二人並んで爪を構える。
「行くわよ、キタキツネ」
「うん、いつでもいいよ」
全員の瞳と全身が輝かしく瞬いた状態で。
ヒグマの一言を合図に全てが動く。
セルリアンを取り囲んだフレンズが一斉に道を開けた。
触手を振るう。それをPPPがマーゲイの指示で攻撃を逸らす。
タイリクオオカミとアミメキリン、ビーバーとプレーリーが二人で一つのジャンプ台を作った。
そして、ギンギツネたちはそれを使って跳躍し。
PPPに気が向いてるセルリアンに流星の如く突き刺さった。
夜のような真っ暗闇に、キラキラしたサンドスターが散っていた。
それは星空のように。
儚く、美しく。フレンズの胸に刻みこんだのだ。
16
戦いは終わった。
フレンズは勝利した。
しかし暗雲が晴れたわけではない。
それでも、こうして手を取り合って歩んでいけば。
きっと素晴らしい未来が待っている。
そう、信じているのだ。
そして、二人のキツネは顔を見合わせて。
お互いに笑い合って手を繋ぐ。
「……帰ろっか」
「うんっ」
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