終わりノ足音ハ確実ニ



 10



 上を見上げても青空は見えない。

 地上を見てもそこにあるのは崩壊したビル群と戦いを続ける有象無象の愚者だけだった。


「……、」


 その光景を、誰よりも近く、誰からも遠い場所で眺めている者がいた。

 黒髪の、大きな鞄を背負った一人の少女。

 崩れていない高層ビルの一つ。その屋上の末端に腰掛けて、ぶらぶらと足を振っていた。

 ただただ、眺める。

 建造物を破壊するセルリアン。

 上空を飛行するヒトが生み出した戦闘機。

 地上で銃火器を用い応戦するヒト。

 燃え上がる炎、立ち込める煙。

 悲鳴と発砲音、物を壊す音だけが辺り一帯を包み込んでいた。


 まさに戦争。

 故に地獄。

 誰も幸せにならない戦いを、いつ終わるか定かではない戦争をただ続けている。


 彼女にとって活殺は自在だった。

 気まぐれに指示を出せば手を下さずとも殺せる。腕を振れば灰と化す。どれだけ抗おうと、その少女の意向一つで目の前の戦いは終わる。

 その場にいたヒトの群れが、全員死亡するという結末で。

 だが少女はそうしない。ヒトの縄張りを本当の地獄にするには、それでは足りないのだ。

 どこで死んでもおかしくない。いつ殺されても不思議ではない。

 でも、誰も殺されていない。

 矛盾する状況がヒトの頭を掻き回す。考えるだけ出口のない迷宮に迷い込む。抜け出せなくなり、やがて思考を放棄する。

 だが、悲劇の戦いは終わらない。

 矛盾だらけで、恐怖と絶望が世界を包み込む現状こそが、考えるという機能を持ってしまった動物にとっての本当の地獄そのものだった。


「そろそろ青空が恋しくなってきましたね……最近はこの灰色の空しか見てませんし。貴方たちもそう思いませんか?」


 ふと、顔を見上げてそう言った。その問いに、答える者は誰もいない。彼女の背後には従うように息を潜めるセルリアンたちが立ち並んでいた。

 嘲るように笑いながら、視線を街に戻す。


「……って言っても誰も答えませんよね。やっぱりセーバルさんが異常だっただけですか。話し相手が出来れば多少は退屈も紛れるんですけど」


 その時だった。プルルルルと、電子的な音が鳴り響く。

 発信源は腕に取り付けられているロボットから発せられているわけではない。彼女の背中にある鞄の中からだ。

 かばんはその中から二つ折りの構造になっている四角い何かを取り出し、迷うことなく開く。

 上部に数字の羅列が並ぶ液晶、下部に沢山のボタンが取り付けられているそれを、ヒトは携帯電話と呼んだ。

 通話ボタンを押し、耳に当てる。


「……僕です。何か問題でも起きましたか? えぇ、えぇ。……なるほど。流石ですね、早かったじゃないですか」


 口角が上がる。通話の先にいるのはフレンズではない。意思疎通できるセルリアンは黒サーバルだけだが、彼女はその端末を持っていない。

 であるとするなら、通話の相手は絞られる。


「そうそう、対象、殺していませんよね? ……結構。えぇ、ご苦労様でした。今からそちらへ向かいます。報酬も支払いますので、その場に待機していてください。見張りも続行するように」


 了承の声を聞くと通話を切る。二つ折りの携帯電話を閉じて鞄に仕舞い、背中に背負い直した。


「では行きましょうか」


 それだけ言って、高層ビルから飛び降りた。重力に従って落下するかばんを、横から掻っ攫うように飛行できるセルリアンが受け止める。

 屋上にいたセルリアンも形を変え、曇天の空を更に暗く、もっと黒く染めるようにセルリアンの群れが上空を横切っていった。



 11



 一〇分もかからなかった。ヘリコプターを再現したセルリアンはその驚異のスピードをもって目的地に着陸する。

 ハッチの構造が元になっている側面の壁が開き、中から無表情のままかばんがゆっくりと地面に足をつけた。

 その背後に次々と飛行するための形から元の姿に戻るセルリアンを並べながら、頂点に立つ少女はその建物を見上げる。


「……またビルですか。馬鹿と煙は高い所が好きと言いますが、ヒトの実権者は総じて愚か者のようですね」


 かばんは後ろを振り向かないまま片手で合図するように頭の高さ辺りで振りながら、


「すぐ済ませてきます。貴方たちはここで待っていてください」


 階段を避け、上下に移動する箱を使って移動する。大きな鞄を背負う少女は時間とともに変わる数字を眺め、手を顎に当てて興味深そうに目を細めた。


「エレベーター、以前壊れた物を見たことがありましたが便利なものですね」


 甲高い機械音が目的の階層に着いたことを告げる。エレベーターから下り、無表情で、何も言わないまま真っ直ぐ廊下を進むと一室の扉を開けた。

 目の前に管理室と思われる景色が広がる。そこにヒトが数人、縛られた状態で転がされていた。その近くには体格から男と思われる覆面の集団と、数体のセルリアンが待機するように並んで整列している。

 両手を左右に広げ、少女は笑う。


「ごきげんよう。い様ですね。どうですか? 同じ人間に縛られる気分は。おかしいですねぇ、僕は貴方たち人類の敵であるはずなんですけどねぇ?」

「お前がけしかけたんだろ! 命だの何だのを引き合いに出して……っ!」

「えぇ、まぁ。人間を操るなんて簡単ですから。煽るだけ煽って、報酬を用意して、野に放つだけでいい。それだけで醜い人間は容易に利用できます」


 声を荒げる男の傍まで近づいて、目線を合わせるようにしゃがみ込む。その状態のまま頬杖をつきながら、可愛らしい笑みを浮かべていた。


「………………はは、……」


 それを見て、男は短く笑いをこぼす。恐怖のあまり気が狂ったのかと思ったが、次に続く言葉は予想の斜め先を行った。


「私を捕らえて勝った気になってるようだがそれは間違いだ。ここは私の会社だ。システムの権限は全て私が持っている! どういう意味か分かるか? お前の行動は全てモニタリングしてあるんだよ。被害が増えないようにその情報全てを垂れ流してるんだ。プロのハッカーが集団で手を尽くしても突破できない完璧なセキュリティーのネットワークでな。……もうこれ以上好きにはさせんぞ。今頃他の有権者は高飛びする準備を整えてるはずだ。クッハハハハハハハ! お前は終わりだ! 目的を果たせず、中途半端な状態で、世界中から最大級の憎悪を向けられてなァ!!」


 勝ち誇った笑いだった。

 ここで殺しても、虚しい気分しか残らない愚者を嘲る高笑いだった。


 それに対し、かばんは冷たい目を向けるとわざとらしく大きな溜め息を吐き出した。


「身の程知らずもここまで来ると哀れですね。僕の情報を垂れ流している? 強固なセキュリティーのネットワークの上で? ?」

「……っ?」


 見下す態度から怪訝な表情に変わる様を見て、かばんは嘲るようにその顔を歪める。


「あ、理解出来てませんか? それとも思考を放棄してるか、目の前の現実から目を背けてるだけですかね?」


 その笑顔のまま少女は立ち上がり、手を背中で組んだ上でゆっくりと窓に近づいて歩き出す。


「貴方たち人間のセキュリティーは大雑把ですが調べがついています。その中でも最高クラスのセキュリティーを使用されているのは政治のトップシークレットや宇宙関係、特に人工衛星ですね。まぁそれもそのはずです。下手にハッキングされて軌道を変えられたり、情報を改竄されてしまえば大混乱に陥りますから」


 窓の外から黒セルリアンの猛攻が見える。立ち向かう者や逃げ惑う人々も丸見えだ。それを楽しそうに目を細めて一瞥すると、今も転がったまま顔を上げる実権者の方へ振り向いた。


「ではその人工衛星を自由にコントロールできると証明したら、流石に先程の言葉が理解出来ますよね?」


 満面の笑みだった。一点の曇りもなく、自信満々に言っていた。

 前提が覆る。

 先程までの余裕が消えていく。


「嘘だ……そんな、そんなはずは……っ!」

「僕はヒトのフレンズです。人間あなたたちに出来て、僕に出来ないとお思いですか? 作り、操り、破壊する。無限とも言える桁数のプログラムを解析するのは骨が折れましたよ。まぁ、実際にやったのは僕ではありませんが」


 そこまで言って、一度区切って焦らせて、災厄は天使のような笑顔とともに、その顔を傾けた。


「絶望してください。貴方たちの努力が何一つ実らないことに」


 直後だった。黒セルリアンとヒトが戦っている戦場の更に奥。そこに一筋の流星が落下する。


 ドオオオォォッッ!! と大地は軋み、窓は砕け、空気全体を揺るがせる。


 かばんは窓の近くにいたにも関わらず、かすり傷一つしなかった。

 無表情で携帯電話を操作し、男たちのいる場所に放る。

 投げられたそれに目を向けて、そして言葉を失った。

 それは上空から撮影された映像だった。画面に表示されている【LIVE】という文字が、生中継であることを現実として押し付ける。


 そこに映し出されていたのは、落下の衝撃で出来たクレーターの真ん中で壊れている、人工衛星と呼ぶヒトの技術の結晶だった。


「敵を騙す時はまず味方から。常に相手に勝っていると思い込ませろ。相手を円滑に騙す時、こういった手段を用いればある程度簡単に欺くことが出来ます。さて……」


 再び、近づいてくる。その声で、その笑顔で。ゆっくりゆっくりと、少女が近寄ってくる。


「勝ったと思いましたか? 僕を追い詰めた、出し抜いてやったと、そう思っていたんですか? 遊んでいただけですよ。わざと泳がせてることにすら気付けないなんて滑稽ですね」


 そして男の前で再び腰を下ろすと、その右手で男の顎を撫でるように持ち上げ、互いの息がかかりそうなほど近くで、艶かしく、それでいて邪悪にその少女は微笑んだ。


「僕が動きやすくなるように自分から捕まって、逆転劇を宣言する英雄を振る舞ってくれてありがとうございました。お望み通り、全ての努力は水の泡ですよ」


 男の顎から手を離し数歩歩いた直後、頭の上を青い炎が舞い踊り、天井が消えた。

 放った携帯電話を拾い上げ、パチンとその指を鳴らす。覆面の集団がそれを合図に男を持ち上げた。離せ離せと喚いても、覆面の集団が耳を貸す事などなく、今となっては壁が砕け散り、一歩踏み外せば地上に落ちてしまうギリギリの位置に転がされた。

 その男の胴体を、少女はまるでボールを扱うように足で踏みつける。


「……お前は間違っている」

「はい?」

「お前の真意なんて知ったこっちゃないが、お前は間違っている! 世界中を危機に晒し、大勢の人々の命を弄ぶなんて人間として正しいはずがない!」

「……いつ言われるかと思いましたが貴方に言われるとは思いませんでした。……間違っている、ねぇ。貴方のその判断は、何を基準に考えていますか?」

「何……?」


 縛られた状態で首を傾げる権力者にかばんは薄く笑ってみせる。そんなことも言えないのかと嘲るつもりだったが、その男は顔を引きつかせながらも、絶対の覇者へ回答した。


「……基準も何も、少し考えれば分かることだ。お前のやり方は間違っていると、世界中の誰に聞いても答えるはずだ」

「世界中の誰に聞いても……つまり民意ですか」


 かばんの表情から感情が消えた。

 まるで本編が始まる前に流れる興味の無い予告を見せられる観客のように、心の底からつまらないと言いたげに目を細めながら、


「民主政に囚われた、実に人間らしい回答ですね。では民意であるなら何をしても正しいと? へぇ、……反吐が出る」


 声色が、変わる。

 嘲るようなものではない。

 見下すようなものでもない。

 聞くだけで背筋が凍る、その冷淡な声で、


「民意であれば全て正しいと言うのなら、例えば自由を奪い、気に入らないからという理由で罪のない誰かを迫害するという行いも、民意であるなら正しくなるわけですか。……ッハハハ、そんなわけないでしょう!」


 笑っている。口角が上がり、その表情は笑みと呼ばれるものを浮かべているが、彼女から伝わってくるのは愉悦や快楽の感情ではない。


「正しさなんて民意によって形作られた固定観念げんそうなんですよ。『周りがそうしているから、合わせておけば自分は善人なんだ』なんて逃げ道を作りあげるためのね。だから、もしかしたら本当に正しいのは貴方たちではなく、僕の方である可能性だってあるんです」

「そんな、はずは……」

「まだ納得できませんか」


 せせら笑いながら、少女の口は止まらない。


「では貴方自身はどうなんですか? 今までいくつの法を犯しました? これまで何人の愛人を作りましたっけ? 自分がのし上がるために周りを蹴落とし、策謀によって人々を貶めてきた。逆らう者にはそれ相応以上の罰を与え、異を唱える者をお金と権力で黙らせてきたのが貴方という人間なんです。誰に聞いても答えるでしょうね、その行いは間違っていると。しかし僕が何もしなければ、貴方は今も高級マンションの一室で高い食べ物に舌鼓を打っていたんでしょう。そんな貴方にも大切な家庭を持っていましたね。綺麗な奥さんに可愛い娘さん、どこからどう見ても幸せそうな家族でした。ふふふ……さて、ここで話題を変えましょうか」


 かばんが男の頭の直ぐ傍にしゃがみ込む。覗き込むように、その凶悪な微笑みを向ける。


「何故、そこまでのことをしても報復されないのか。理由は一つです。貴方は他の誰よりも秘密主義でした。個人情報は名前だけ。メディアに流すのは殆どが偽物で、情報は常に書面でやり取りをし、全て終わった後にその痕跡を消し去る。そうやって貴方は誰にも狙われずに生きてきました。では何故、そんな人間がこうやって縛られてるんですかね?」


 鞄の中に手を突っ込み、紙の束を取り出した。

 それは写真だ。一〇や二〇では足りないほどの女性の顔が、その写真に映し出されている。


「計四二名、貴方と関係を持った女性の方々です。全員探して捕まえるのは大変でしたよ。僕は眺めてただけなんですけどね」

「そ、そいつらを……どうしたんだ……」

「聞く必要、あります? まぁ大体想像通りです」


 かばんはゆっくりと立ち上がる。ばら撒くように写真を頭上へ放り投げ、直後一瞬で燃え尽きた。


「焼いてあげました、一人残らずにね。全身焼きただれて、もう以前の面影もありませんよ」

「…………ぁ、…………」

「にしても流石ですね。誰一人として口を割らなかったんですよ。本当に知らないだけかもしれませんでしたが、そうでないとしたら大した執念です」

「…………っ?」


 男には明確な違和感があった。

 おかしい。その結果は絶対におかしい。


「繰り返しますが、貴方の愛人は、誰一人として、口を割らなかったんです」


 だって、結果と状況が一致しない。


「では何故僕がここにいるのか。どうやって居場所を突き止めて、あの覆面の方々に捕らえさせることが出来たのか……もうお分かりですよね?」


 だって、情報は漏れていないとすれば、男の居場所がバレるはずがない。しかし現実として、会社は焼き払われ、男は覆面の集団に拘束された。

 そう、つまり。




「貴方のことを喋ったのは、他でもない、貴方の妻ですよ」




 男の思考が止まる。魚のように口をパクパクさせて呆然としている。


「ふふふ、ちょっと指先を炙っただけであっさりと漏らしましたよ。どんな気持ちですか? 守りたかった大事な家族に裏切られた気分は」

「娘は……娘だけは……」

「まだ期待してるんですか」


 やれやれと首を呆れたように振ると、携帯電話を操作してこちらに向けてしゃがみ込む。

 そこに、映し出されていたのは、






「もう、遅いですよ」






 一枚の画像。

 原型のない、人型のような何か。

 焼きただれていた。面影なんて何処にもなかった。

 それを包み込んでいるのは、男の記憶の中では妻と一緒に選んだ子ども用の服だったはずだ。

 ボロボロに、焦げている。

 

 

 それを認識した途端、何かが壊れていくのを感じた。


「……ぁ……、…………あぁ……っ!!」

「そう! その顔です! その顔が見たかったんですよ!!」


 少女は狂ったように顔を歪ませる。残酷で、残虐で、ヒトとは思えないほど深く、深く。


「家族に裏切られ、愛人を失い、未来も奪われた絶望の表情! 実に素晴らしい表情です! ッハハハハハ!! ……でも、因果応報とうぜんですよね? だって、貴方だって散々そうしてきたじゃないですか」


 ゆっくりと立ち上がって。

 力強く踏みつけて。

 そして、告げた。




「さようなら。周りを騙し、蹴落として、頂点まで上り詰めた愚か者さん」




 それが最後だった。静止の声すら発せられないまま、少女は足を使って下が見えるように転がしながら突き落とした。


「ああああああああぁぁぁああああああ!! ぁあぁぁぁあああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああぁぁぁあ!!??」


 落ちていく。風圧が口や目の皮膚を捲るように押し上げ、閉じることを許さずその痛みと恐怖と苦痛で皮膚の隙間から体液を垂れ流す。

 その時、視界が定まって下を見てしまった。

 近付いていく道路。

 狭まっていく景色。

 その先にあるもの。

 その先にいたもの。


 黒く、巨大で、一つの目だけが明確に見えた。

 男は絶叫し、発狂し、恐怖と絶望が心を蝕む感覚に酔いながら。


 大きく口を開けるように裂けたその怪物の中へ、吸い込まれるように消えていった。


 それを、もはや屋上と化したビルの一室から眺めていた。

 少女は空を見上げ、恍惚に顔を緩ませる。


「理想の玉座まで……あと少し」



 12



 実権者は始末した。目的は達成し、ここにはもう用はない。

 立ち去ろうとするかばんに、呼びかける声があった。


「ボス……」

「ん? あぁ、すみません。僕としたことが忘れてましたよ。改めて、お疲れ様でした。おかげで比較的簡単に事を済ませられましたよ。報酬のことですよね?」


 浅く頷くのを見ると、かばんはまるで飲食店で店員が注文した商品を繰り返すかのように、契約内容を復唱する。


「こちらが提示した条件は二つ。一つは僕の邪魔をしないこと。もう一つはあの実権者を生きたまま出来るだけ無傷で捕らえること。二つ目の内容を円滑に進めるためにセルリアンも貸し与えましたね。そして報酬は貴方たちの命を保証する、で合ってますよね?」

「はい。ですから我々は……」

「えぇ、少なくともセルリアンで輝きを奪うなんてことはしませんよ」

「そうですか……………………くく」


 覆面の奥で、一人が周りには聞こえないくらい小声で笑いをこぼす。

 そして、直後に後悔する。


 大空のように真っ青な炎が覆面の集団の足を的確に焼いた。


「ぐ、あああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!??」


 悶え、転げ回る彼らに少女は呆れたようにため息をつく。


「気付かれていないとでも思ってたんですか? どうせ、僕のような小娘相手だったら集団で囲めば力づくで押さえることが出来るとでも考えてたんでしょう? まぁ、確かにその通りです。筋力だけの話なら、集団でなくても男一人に為す術なく負けてしまうでしょうね。火を警戒しているから不意をついて薬品か何かで眠らせて、手段はまぁ、色々あるでしょうが何かしらで無力化するつもりだったことくらい想像がつきますよ」


 白い手袋を脱ぎ捨てて、携帯電話と一緒に放る。それらが床に付く前に青い炎が灰にした。

 少女は新しく取り出した黒い手袋を嵌めながら、


「移動中に計画してたことくらい筒抜けでしたよ。あっ、言ってませんでしたっけ? 僕は全てのセルリアンと感覚を共有できるんですよ。先程言ったように予想通りすぎてちょっと拍子抜けでしたけどね」


 セルリアンを椅子代わりに軽く腰掛けて、くるくると人差し指を回す。


「ですが僕はどっかの誰かと違って契約は破りません。たかが裏切ったぐらいでセルリアンに捕食させたり、火で焼いて灰にしたりなんてしませんよ。いやぁ、僕ってば理想的な雇用主ですね!」


 明るく笑うかばんとは対称的に、覆面の集団はカタカタと震えていた。

 少女の言葉をそのまま受け取れば、多少の慈悲が残されてると思うだろう。

 だが違う。そう言ってるのではない。

 契約の報酬は命を保証すること。だとすれば、この言葉を裏返せばこういう意味にもならないだろうか。




 




 彼らは間違えた。保証するのは命ではなく、身の安全にしておくべきだった。単純に愚かなのか、はたまた誘導された結末なのかは小柄な少女だけが知っている。


「さて、貴方たちのおかげで時間に少し猶予があります。裏切り者には罰を与えなければいけませんよね。たっぷりと甚振ってあげましょう。その心が壊れるまで」


 その言葉の後、騒音が止んだ地上とは別の場所で。

 狂ったような悲鳴と何かを燃やす音だけが木霊した。

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