壊滅都市 ~工場~
5
地平線の彼方から顔を覗かせる太陽の日差しで、サーバルは目を覚ました。元動物の名残なのか、四つん這いのまま背中を伸ばす。眠気眼を擦りながら、朧気に周りを見渡した。
ライオンとヘラジカはまだ眠っている。アライグマは入口付近で倒れ込むように寝息を立てており、フェネックはその傍で壁に背中を預けていた。
どうやら柄にもなく熟睡していたようだ。夜行性なのになぁと笑いながら、帽子の紐を首に回す。
ガチャ、という軽い音と共に扉が開き、近くで寝ていたアライグマの頭頂部にぶつかった。開いた扉の隙間から、博士とツチノコの姿が見える。
痛そうな音を立てながら、涙目で飛び起きた。
「痛いのだ! 何するのだ!!」
「お前がそんな所で寝ているのが悪いのです。扉の前にいたらどうやったって当たるのですよ」
「うぅー……確かにそうなのだ……」
心なしか博士がドヤ顔をしている気がした。
その騒ぎで眠っていたフレンズたちが目を覚ます。
「~~~っ。……おはよう、何の騒ぎぃ~?」
「敵襲……ではなさそうだな」
「みんな起こしちゃってごめんねー? いつものアライさんだから気にしないでいいよー」
「フェネックーーっ!」
涙目のアライグマをいつもの調子でフェネックがあしらい、その様子をライオンたちは微笑ましく見守っている。反面、騒がしい状況を苦手とする博士とツチノコは何とも言えない顔をしていた。
それが一段落すると、ツチノコが扉を開けながらぶっきら棒に言う。
「ほら、休憩が終わったなら追跡を再開するぞ。こうしてる間にもかばんの計画とやらが進んでるんだからな」
口調は乱暴だが、そう言ってる間も周囲への警戒を緩めないツチノコへ、サーバルは疑問に思ったことを指摘する。
「ツチノコたちは休まなくて大丈夫なの?」
「お前たちほどではないですが我々も休息はしっかり取ったのです。心配はいらないですよ」
博士曰く、アライグマとフェネックが巡回を行っていた時に仮眠をとっていたらしい。
為すべきことを為した上で、必要最低限のこともこなす二人を、サーバルは素直に感心していた。
リュックを背負い、首元にある帽子をそっと撫でる。
アライグマを先頭に、黒サーバルの追跡が始まった。
6
歩く。
「くんくん……こっちなのだー!」
「何で行き止まりの方向に全力疾走してんだよ! どう考えてもあっちだろォ!!」
歩く。
「このまま真っ直ぐなの、だあぁぁぁぁぁぁあああああ!!?? 何でこんな所に穴が開いてるのだー!?」
「アラーイさーん。ちゃんと周りを見なきゃダメだよー?」
「出してくれなのだー!」
「まったく、世話が焼けるのです……」
既に壊滅した都市の中を歩いていく。
そして、それは眼前に広がっていた。
「本当にここなのですね?」
「そうなのだ! バッチシなのだ!」
その建造物は一際大きく異質だった。窓のような物は何一つ無く、代わりに多くのパイプが繋がれている。その建物のほぼ全てが金属で構成されていて、とても住むような場所には思えなかった。
「こうじょう、というらしいのです。物を作る場所として挙げられるのですが……セーバルはここで何を……」
「…………、」
ここに着いた途端、ツチノコはずっと黙り込んでいる。黒サーバルと鉢合わせる可能性を考えているのだろうか。
やがて、口を開く。
「中にセーバルの気配はないな。だが大きなセルリアンと、小型のセルリアンが数え切れないほどいる。入る時は慎重になったほうが良いぞ」
忠告。黒サーバルがいないということは彼女は目的を達した後なのだろう。となればその目的はこの工場で大量に出現しているセルリアンと、大きなセルリアン。
その正体は何であれ、確かめる必要がある。
「ツチノコ、先導を頼むのです。セルリアンに見つからず、且つその大型セルリアンを目視できるくらい近付いてほしいのですよ」
「注文が多いな……だがいい。ついてこい。離れるなよ?」
ツチノコを先頭に、工場へ入っていく。中は単純に見えて入り組んでおり、今まで使われていたであろう形跡が残っていた。
ベルトコンベアの上に積まれた流されることのない瓦礫。
鉄板で作られた通路を塞ぐ、破損したロボットとも呼ばれる機械。
床に散乱する円形の板に歯が付いた物。博士はそれをギアや歯車と呼んでいた。
どれも目新しく、新鮮だったが、それでも魅力的に見えなかった。
それはここに来た時と変わらない印象で、崩壊しているからだとか、セルリアンが徘徊しているからなんてことは関係なく、何を見ても何も感じなかった。
「なんか……つまらないね。こんなにいっぱい新しいものがあるのに、楽しそうって感じないや」
「……当然なのです。おそらくこの街全体は既にセルリアンに輝きを奪われているのですよ」
「かがやき? サンドスターのこと?」
「違うのです。あぁいや、確かにパークのセルリアンから見たサンドスターは輝きと同じだと思うのですが」
「???」
博士にとって失念だった。これから先、セルリアンと戦っていくのに自分と、おそらくツチノコ以外はセルリアンについて何も知らないのだ。知っていても限られたもので、サンドスターを食べる、光を追う習性がある、海を嫌がる程度しかないだろう。
ツチノコにまだ大型セルリアンまで掛かりそうであることを確認すると、道すがら簡単に説明を始めた。
「本来セルリアンは輝きを奪う生き物だったのです。輝きというのは魅力、活力、記憶、絆などのプラスの意味を持つ形の持たない概念的なモノと言われているのです」
「よ、よく分からないのだ……」
「思い出とかー、元気とかー、そういうキラキラしたものを輝きっていうんだってさー」
「な、なるほどなのだ……?」
理解したのかしていないのか、アライグマは曖昧な相槌を打つ。かく言うサーバルもあまり理解できず、取り敢えず素敵なものだということは理解した。
「以前のセルリアンはその輝きを奪い、再現することが出来たようなのです。ですが時が流れ、そのあり方が大きく変わり、パークにいる今のセルリアンはサンドスターや火など、そう言った目にも見える輝きを食べるようになった、と私と助手は結論付けたのです。おそらくこれが、かばんの言っていた『あり方の誤差』だと思うのですよ」
あの時かばんはこの島のセルリアンは独自の進化を遂げて少しの誤差が生まれたと言っていた。そして彼女はそれを正したため、セルリアンは以前の能力を取り戻したのだろう。
「じゃあ私やヘラジカの形をしたセルリアンもその延長だったのかな~?」
「だろうな。力も戦い方も本物と同じように動くんだろう……しかし妙だ。何故かばんはヒトのちほーにフレンズ型のセルリアンを配置しないんだ?」
「これも推測ですが見た目の問題だと思うのです。巨大という称号は、それだけで相手から戦意を削ぐものなのですよ」
その感覚に覚えがある。
パークに現れた超大型セルリアンを最初目撃した時、サーバルはこの先どうなるのかと肝を冷やしたことがあった。
見ただけで、敵わないという絶望を与える。それもかばんの考える戦術の一つなのだろう。
「しかし味方だと心強いが敵に回ると強大に見えるな。かばんの建てる作戦には私も以前助けられたが……」
「だからこそ、我々はセーバルを追うべきなのですよ。目的が分かっても手段がまだ判明していないので、まずはこのこうじょうを調べることがその第一歩になるはずなのです」
そこまで言い終わると、ツチノコが足を止めた。
「静かに。この奥だ。中央に大型セルリアンと、取り囲むように小型のセルリアンがいる。覗くなら慎重にな」
通路の先は曲がり角になっている。音の反響具合的に、この先には広い空間があるようだ。
バレないように、慎重に、サーバルたちは先を見る。
それは当然かの如く鎮座していた。まるで自分の家であるかのように、その場にそびえ立っていた。
五、六メートルはある直方体。背面には巨大な歯車と、その手前に半分程度の大きさである一組の歯車が噛み合って回転し続けている。
側面にあるのは腕の役割を果たす二本のアーム。一方は物を掴むことが出来るようにになっており、もう一方は溶接するための機関が取り付けられている。そして側面上部、そこにはサンドスター・ロウをまるで蒸気のように噴き出すパイプが伸びていた。
セルリアンの目は前面の上部にあり、その視線は何処をみることもなく虚空を見つめている。
「かばんのヤツ……とんでもないことをしてくれたな」
吐き捨てるようにツチノコが言った。
目の前の惨状を見て、全て合点がいった。
何故工場に黒サーバルを向かわせたのか。
数が多いに越したことはないはずなのに、何故数体のセルリアンだけ引き連れたのか。
絶対の自信があったわけじゃない。
負けないという確信があったわけでもない。
理由なんて単純だったのだ。
数が少ないのであれば増やせばいい。かばんはそう考えた。
工場は物を大量生産する。そのイメージや役割を、セルリアンに模倣させたのだ。
つまり、その大型セルリアンにはその機能があった。
直方体の下方。そこにはベルトコンベアが備え付けられており、流れるように歯車の形をした小型セルリアンが二つ一組として作られている。
石もある。動きも遅いし小さい。
量産型セルリアンは大したことがないようだが、数があまりにも多すぎた。
「一旦
ライオンの言葉に全員が賛同した。
あのセルリアンを野放しには出来ない。あれを放置していればヒトのちほー全域にセルリアンが行き渡ってしまうのだ。それだけは阻止しなければならない。
七人は情報を挙げていく。
大型セルリアンの特徴。能力。機動力。
能力については言わずもがな、小型セルリアンの大量生産だ。
そして機敏性。見た所足もなく、その場でセルリアンを作り続けることからあの大型セルリアンは動けないという弱点があった。
そんなことを話していたうち、サーバルがふと言いだした。
「何かいちいち大型セルリアンとか小型セルリアンとかだと長くない? もっと短い名前にしようよ」
「じゃあオマエ、なんか挙げてみろ」
言いだしっぺの法則。
少し面食らいながらもサーバルは少し考え、その名前の案を提示する。
「ロボットのセルリアンだからロボリアン、なんてどうかな?」
「安直なのです……」
「もう少し、こう……捻った名前つけられなかったのかよ……」
「かばんの『セルリアンのサーバルだからセーバル』っていう単純なネーミングセンス、実はサーバルからじゃないの……?」
サーバルはいい名前だと思ったのだが、どうやら周りには不評のようだ。
「何で!? 分かりやすくていいじゃない!」
「まぁ……そうなんだけどな……?」
「じゃあ小型の方はー?」
「ギアリアン」
「「「………………、」」」
もはや何も言うまいと言った空気が漂う。但し分かりやすいのは変わらないので、博士たちはその呼称を採用することにした。
考察しながら対策を考えている時、ふとツチノコが小声で言った。
「ロボリアン、さっきからこっちを見てるのか?」
おそらく独り言のつもりだったのだろう。なぜなら今サーバルたちがいる位置は完全に死角だ。一枚の壁どころか通路の先まで移動して円陣のように七人が座っているのだ。距離もあるため、声が届いたとも考えにくい。
そう、思っていた。
突如としてツチノコが慌てたように叫ぶ。
「オマエら全員伏せろ!!」
ほぼ反射。言葉を返すより先に全員が頭を下げた。
次の瞬間、薙ぎ払うように先程までサーバルたちの頭があった場所を眩くも暗い、一筋の光が通過した。
「ビームだと!? セルリアンがそんな技を使えるのか!?」
光が通った場所を見る。赤く焼け、溶けるように壁が崩れている。あれが直撃していればどうなっていたか、そんなこと考えたくもなかった。
「のんびり考えてる時間は無さそうだね。外に逃げよう!」
「こうじょうの外に出てもバレるんじゃないの!?」
「おそらくそれはない。見たところあのビームの射程は精々この工場内だけだ。いいから走れ! 撃ち抜かれるぞ!!」
脱兎の如く、サーバルたちは通路を全力で駆け抜けていく。
何番目かの通路を通り、扉を開け放った瞬間だった。
『ギィィィ!』
小型セルリアン、通称ギアリアンがその道を塞ぐ。
舌打ちと共に、ツチノコが吐き捨てた。
「このクソ忙しい時に……ッ!」
ギアリアンが跳ねる。
歯を噛み合わせるように回り続ける体を離し、サーバルたちを挟もうと襲いかかる。
そこへ、横一線に青い一筋の光線が放たれた。
的確に石を捉え、大量のギアリアンが砕けていく。
後ろから怒号が飛ぶ。
「オレが後ろから道を開ける! オマエらは止まらず走れ!!」
立ちはだかるギアリアンの群れをライオンとヘラジカが蹴散らし、残党をツチノコが排除する。
前衛と後衛で役割を分けながら、ギアリアンの大群とロボリアンのビームを掻い潜りながら、工場を抜け出した。
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