コワス、燃エ上ガル激情ガ侭ニ
7
生き埋め作戦。
状況は絶望的なのは現実として目の前にそびえ立っていた。
こちらの戦力はサーバル、博士、ツチノコ、そして別行動しているヘラジカ。
穴掘りが得意なけものは置いてきた。だから、穴を掘って落とすという手法は現実的ではない。
「ま、そんなこといつものことだろうよ」
あっけらかんとツチノコが言った。
そうだ。いつだって不可能と思っていたことを何とかしてきたのだ。
だから、今回も何とかしてみせる。
「今から作戦……と呼べるものじゃないんだが、これからの方針を話す。気付いたこととかがあったら言ってくれ」
陽動を繰り返す。既に博物館の内部はボロボロだ。見かけた柱はほぼ全て恐竜型セルリアンに破壊されていた。壁もひび割れており、何故潰れないのか不思議なほどだった。
「生き埋めは知っての通り生きたまま埋めることだ。だが穴を掘って落とす以外にも方法がある」
「………………建物で押しつぶすつもりなのですか」
無言でツチノコは頷いた。
つまり、地下に空間を作り蓋をするのではなく、博物館をそのまま棺桶にするということだった。
「あのセルリアンの破壊力を逆に利用する。暴れれば暴れるほど墓穴を掘って、自ら沈んでいくように仕向けるんだ」
底なし沼で藻掻けば藻掻くほど体が埋まることと同じことだ。一撃で全てを壊し、あらゆる障害物を取り除くセルリアンにとって周囲のものは脆い壁に違いない。ツチノコはそれを利用して生き埋めにしようと考えていた。
「ヘラジカにはあとで指示をする。オレたちがするのは生き埋めの下準備だ。だが館内を回る以上どうしてもあのセルリアンを退けながらやらなきゃならない。正直、危険度は今までとは比にならないぞ。オレは一人でもやるつもりだが……どうする?」
「何言ってるのツチノコ! わたしも付き合うよ!」
ツチノコは呆れたように、しかしどこか嬉しそうにそうかと呟いた。
一方、博士は険しい顔でジロリと二人を睨んでいる。
「満身創痍なお前たちに、それが出来るというのですか? 特にサーバル、お前の足は素人目で見てもまだ無理をしてはいけない状態なのです。その状態で、得意のジャンプすらまともに出来ない状態で一体何が出来るというのですか?」
「でも…………」
「博士は、反対なんだな……?」
明らかに、怒っていた。
眉間に皺を寄せ、しかし静かに博士は言の葉を紡ぐ。
「当たり前なのです。これからのことを考えればサーバルをこれ以上消耗させるわけにはいかないのですよ。いいですかサーバル。私は、何が起きようと、お前をかばんのもとに送り届ける覚悟でここに来たのですよ。そのためにもリスクの高い作戦にむざむざ参加させるわけにはいかないのです」
「でも……でも! わたしは「だから──」 え……?」
眉をハの字にさせ、まるで我が子の小さな失敗を許す親のような顔で、博士は言った。
「一人で突っ走ろうとするのはいい加減やめるのですよ。お前は一人ではないのですから、少しは周りを頼ってほしいのです」
その言葉の意味を、ゆっくりと受け止めた。
きっと、自分はまだ変わっていない。
誰かのために何かをしたい。その心意気だけで前に進もうとする性分は、きっとこれからも変わらない。
己の力の限界など知っている。
そして、今の自分の状態も。
そう、だから。
「……わたしだけじゃ、わたしたちだけじゃあのセルリアンは倒せない。倒せないから、力を貸して、博士」
やれやれと首を振って、やがて胸を張るとその賢者は宣言するように口を開いた。
「当然なのです。あの島の長なので」
8
そのセルリアンは全てを遍く破壊する。それ以外に存在意義を持たないからだ。
コワシツヅケル。燃エ上ガル激情ガ侭ニ。
価値ガ見出ダセナイ有象無象ヲ、草ノ根残サズ滅ボス為ニ。
目に映る者は排除する。
たとえ相手が何者であっても、与えられた『咎』に従って。
それ以外に持つ感情は無い。
それ以外に抱く欲望は無い。
壊し。
蹂躙し。
粉砕する。
許すことが出来ない。
認めることなど出来ない。
醜く、愚かで、卑劣な者どもを。業火のような感情に身を任せ、烏合の衆を細大漏らさず撃滅する。
その感覚器官は目標を捉えた。
この匂い。
この気配。
あの姿。
間違いなく、先程取り逃した虫けらどもだ。
体の奥から沸騰するような感覚がある。
あらゆる部位が燃え上がるような感覚がある。
何も考える必要はない。
ただ、目の前の身の程知らずを薙ぎ払うために。
そのセルリアンは激昂する。
『グオオオオオオオオオオオオオオオォォォォーーーーーーーーーーーーーーー!!』
9
生き埋め作戦が始まった。
準備は早々に整え、サーバルたちはそれぞれの位置に待機している。
博物館は三階構造になっており、三階は中央部分が吹き抜けがあるため下階、つまり二階の広間が見えるようになっている。サーバルは三階にいて、爪を構えた状態でその時を待っていた。
『誘導はオレがする。博士はいざという時のために上空で待機していてくれ。セルリアンの誘導はオレがする』
『それはいいけど……ヘラジカはどうするの?』
『忘れたのか? オレたちには画期的なアイテムを持っているんだぞ。これを使わないでどうするんだ』
そう言って、およそ直方体に近い黒いそれを掲げるように持ち出す。
ようやく、サーバルは合点が行った。
『むせんき、ですね。……ライオンはこの時を想定していたのですか』
『さぁな、だがファインプレーであることには間違いない。これで、何処にいようとヘラジカに指示ができる』
これはツチノコも後から聞いた話なのだが、博士が動物園でライオンとヘラジカに合流した時にはもう無線機の受け渡しが行われていたらしい。
サーバルは色々と腑に落ちたことで少し前の光景を思い出していた。
『そういえばさっき指示出してたね。「待機してろ」って』
『なっ、聞いてたのか……。クソ、相変わらず良い耳だな』
恥ずかしさからなのかそういった悪態をつきながら、
『この博物館の照明を利用する。ちょっと上を見てみろ』
言葉のままに上を見上げると、吹き抜けの先に大きな光を放つオブジェがあった。博物館を照らすには充分な光源だが、明るすぎることもなく、ヒトにとっては丁度いいのだろう。
『シャンデリアだ。アレをオマエに切ってもらいたい』
『わたし?』
『あぁ、オマエなら切れるだろ』
『……やってみるっ!』
サーバルが意気込むのに頷きつつ、ゆっくりと立ち上がる。
『プレッシャーをかけるわけじゃないが……いいか、チャンスは一度だけだ。誰かのタイミングがズレれば作戦は失敗する。だがアイツを放っておく訳にはいかない。何としてでもここに閉じ込めるぞッ!』
先程のやり取りを思い出して、静かに息を吐く。
チャンスは一度きり。
被害をこれ以上広げないためにも、ここでセルリアンを無力化する。
やがて。
その時は来た。
ドゴォッッ!! と壁を破壊して恐竜型セルリアンがその姿を現す。
「来たか……ッ!」
距離は充分。ツチノコは目的の地点に向けて走り出す。
今までの行動から察して、パークのセルリアンに比べればその場を根城とするセルリアンはお世辞にも賢いとは言えなかった。まるで与えられた何かに従うように、一定した行動を取り続けるだけだ。
恐竜型セルリアンはその中でも顕著だろう。
ロボリアンや
触れることは許されない。だが、逆に言えば触れなければ良いのだ。
恐竜型セルリアンが迫る。
『グオオォォーーッッ!!』
「博士ッ!!」
大顎が開かれ、目と鼻の先まで近付いたところで視界が上空へ逸れた。
その意味を理解し、そのまま叫ぶ。
「今だ!」
サーバルの耳がピクンと跳ねる。
片方の足は使えない。
でも、そのけものは跳ぶ。
「みゃああああああああああああああああああっっ!!」
その場からではなく、転落防止のために設けられた柵に一度足を乗せ、片足だけで跳躍する。
小さな金属の音が響き、サーバルは落ちないように切れた鎖に捕まった。
シャンデリアは重力に従って落下する。
つまり、今しがた口を開いた恐竜型セルリアンの鼻っ柱に。
『グガァ……ッ!』
怯んだ。
顔面に金属の塊をぶつけられた恐竜型セルリアンは一歩後退する。
それを確認したツチノコは懐から無線機を取り出し、
「出番だヘラジカ! そこにある支柱をありったけ破壊しろ!!」
それがサーバルの耳に届いた直後、姿勢を整え再度追おうとする恐竜型セルリアンの足場が歪み、恐竜型セルリアンがバランスを崩す。
その耳はしっかりと聞いていた。
下方。その先で。
頼れる仲間が暴れまわる音を。
直後だった。
ボゴォォォッッッッ!! と恐竜型セルリアンは崩壊した足場とともに落ちていく。
『グオオオオオオオオオオオオオオオォォォォーーーーーーーーーーーーーーー!!』
体勢を整えようとしたのだろう。恐竜型セルリアンが
邪魔するモノを排除しようとする度、何かを破壊し崩壊が加速する。
瓦礫が恐竜型セルリアンの上へ重なるように倒れ込んでいく。
当然だ。恐竜型セルリアンはその意味のままに破壊を繰り返していた。そうなれば建物が脆くなっていても不自然ではない。
もっとも、
そして、恐竜型セルリアンの力の前にはコンクリートで出来た床は無力だった。
振るわれる力の前にやがて地面は巨大な穴を作り出す。
後はツチノコの言ったとおりになった。
壁は瓦礫に、瓦礫は砂礫になり、泥沼で藻掻いた時のように恐竜型セルリアンは沈んでいき、やがてその姿は瓦礫の中に消えていった。
「終わ、った……?」
ほっと胸を撫で下ろす。突如として、サーバルの体を支えていた力が消えた。
「みゃっ!?」
手元を確認する。さっきまで掴んでいた鎖はまだ手の中にある。
(もしかして、切れちゃった!?)
脆くなった天井がサーバルの体重を支えられなくなったのだ。視界の端に、ツチノコを下ろした博士が血相変えてこちらへ飛んでくるのが見えた。
しかし間に合わない。
伸ばした手は既の所で届かず、サーバルは落ちていく。
それを、横から飛び出した黒い影が受け止めた。
「……みゃぁ……っ?」
少しずつ目を開き、その姿を確認する。
「危なかったな。無事か、サーバル」
二本の大きな角が特徴で、黒い毛皮のフレンズだった。
サーバルは彼女に抱きかかえられたまま、その顔を綻ばせた。
「うんっ、ありがとう、ヘラジカっ!」
10
恐竜型セルリアンは沈黙した。暴れれば暴れるほど沈むことへの対処法を持たない以上、二度と地上へ姿を見せることはないだろう。
そして、ヘラジカと合流したサーバルたちは一階の大広間にいた。
「これで一件落着だな!」
「疲れたぁ……」
「…………、」
サーバルたちが胸を撫で下ろしている中、ツチノコだけ浮かない顔をしていた。
「どうしたのですか? ……まぁ、博物館はお前にとっても因縁深そうなところではありそうですが「違う」 ……?」
訝しげに、ツチノコはじっと下を見て俯いている。いや、正確には地面だろうか。
ツチノコはサーバルへ顔を向けると、
「おい、地下のセルリアンはどうしてる?」
「え? うーんと……何もしてないよ?」
「……っ?」
胸をざわつかせる何かがあった。
今まで暴れたから体力切れになった?
それとも動くのが無駄だと分かったから行動をやめた?
(本当にそうなのか……? 破壊しか能がないようなヤツだ。本能のままに暴れることを、無駄だからやめるのか……?)
どうしても思い出せないことがあった。
脳裏で何かが叫んでいる。それはどうやら、他も同じのようだ。きょとんと首を傾げているヘラジカを見るに、彼女は例外なのだろうか。
分からない。でも一つだけ確信があった。
何かが、来る。
セルリアンではない。ヒトがしゃしゃり出るようなことでもない。
そんな、工夫次第でどうにか出来そうなものではない。
何か、忘れてはいけないものを忘れてはいないか。
それこそ、長い年月の中で風化した記憶の中で。
しかし、思い出す前にそれは来た。
ッッッドン!! と足元が跳ねたのだ。しかもそれは文字通りに。
それは止まない。大地の震えは止まらない。思わずその場の誰もが膝を付いた。
そうだ、忘れていたのだ。それがあそこでは馴染みの浅いものになってしまったから。それがあまりにも遠い現象になっていたから。
その名を、叩きつけるように言い放つ。
「地、震……ッ!!??」
博物館が軋む。ミシミシと嫌な音をたてる。倒壊を予感させる、災厄の音色を奏でていた。
しかし脱出は勿論、立つことすら出来ない状況でどうにか出来る術はない。
そして、とうとう破壊に破壊を重ね建っていることすらやっとだった博物館は音を立てて崩れ始めた。
「頭を、頭を守れ!!」
そして。
そして。
そして。
ズンッッッ!! という聞いたこともない轟音とともに、その建物は壊れ去った。
11
博物館は倒壊した。サーバルたちを道連れに。
瓦礫の奥から轟く咆哮のような声があった。
「うおおおおおおおおおおおおおあああああああああああっっ!!」
瓦礫の山の一角が吹き飛ばされた。そこには一人だけ、槍を模る武器を携えて佇むフレンズの姿がある。
「みんな無事か! 怪我はないか!!」
活力が溢れた声だった。その視線の先に、三人のフレンズがいる。
「流石、というべきなのですか、これは……。地震に倒壊、それらから我々を守るなんて……」
「滅茶苦茶だッ!!」
サーバルも周囲を見渡す。と言っても瓦礫ばかりだったが、少なくともさっきまで強かった雨が小雨になっていたのは確認できた。
四人はそのまま瓦礫を乗り越え、博物館を後にしようとする。
再び地震が起きたのはその時だった。
膝を付くほどではなく、立っていることは出来たがその場から動くことを封じられる。
「余震か! その場から動くなよ!」
揺れは長い。じわじわと体力を削られる。
しかし、それだけではなかったのだ。
曰く、それは振動することで個体が液状化することを指す。
曰く、故に地震とともに引き起こされ、建造物が大きく傾くなどといった事例が確認されている。
曰く、その現象により地下深くに設置されていたものが地上に出てくることがある。
だから、それは再び姿を現した。
もはや原形を留めていない瓦礫の山が大きく膨れ上がった。
余震が止み、地上が安定するとその山が莫大な暴力によって薙ぎ払われる。
黒い表面、無機質な一つの目。
大きな顎、一〇メートルを超える巨躯。
見るだけで、命の危機を知らさせる爪と牙。
造形は
即ち絶対的な暴力を振るう者。
倒壊した瓦礫の中に、刀剣の部類が混じっていたのだろう。体のあちこちに突き刺さっており、針のむしろという言葉を連想させる。
その姿は以前よりも凶悪に見えた。
『グオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォーーーーーーーーーーーーーー!!』
恐竜型セルリアンは咆哮する。その復活を知らせるように。
その表面が小雨により硬化するのが見えた。
何となく、分かってしまう。
「これは……」
勝てない、どころではない。状況は最悪だった。ツチノコが恐れていた通りになった。
博物館という檻が無くなった以上、恐竜型セルリアンは自由を手に入れた。
止められない。破壊という災厄を。
そして、恐竜型セルリアンは動く。
ただまっすぐ、その大口を開けて。
刹那。
サーバルたちの後方から恐竜型セルリアンの大顎へ引き寄せられるように何かが通過した。それは逸れることなく恐竜型セルリアンの大顎でつっかえ棒のように口内で固定される。
だが、
『ガ、グッッッ!!』
バギンッッ!! といとも簡単に噛み砕かれた。何食わぬ顔で、さも当然かと主張するかのように。
しかし。
しかし、だ。
確かにその瞬間、明確に空白の時間が存在したのだ。
轟ッ!! という風を切る音が背後から前方へ一直線に駆け抜けた。
角のような髪が特徴で、力が強い、ライオンと並ぶ王を冠するフレンズが。
「はァァァァああああああああああああああ!!」
僅かな数瞬の時間を縫い、鋭い一閃を下方から上方へ、その拳を振り上げた。
反応できなかった恐竜型セルリアンは力に抗えずそのままひっくり返って飛ばされた。
サーバルは分かってしまった。二度も経験したのだ。
そして。
やはり。
彼女は特にこれと言って気にした素振りをしないままだった。
「置いていけ。こいつは私が引き受けよう」
それに対し、反義の声を真っ先に上げたのはサーバルではなくツチノコだった。
「無理だ! そいつは今までのセルリアンなんて比にならないんだよ! オマエには悪いがはっきり言わせてもらうぞ。その選択は無茶じゃなくて無理なんだ! 戦うという選択が最大の間違いで、一番やっちゃいけねぇことなんだよ!!」
それはきっと知ってる者だから、脅威というものを正しく理解しているから言える言葉なのだろう。
分かった上で、ヘラジカはその口元を緩めながらその姿勢を前傾姿勢に変えていく。
「しかしな、私は
ヘラジカは、自身のことを誰よりも心得ていた。
良く言えば何事も真っ直ぐで、悪く言えば深く物事を考えない愚か者。
力は強くとも戦術というものを知らず、ただ真正面でぶつかりあうことしか出来なかった。
今までも、そしてきっと、それはこれからも。
それしか出来ないのだから、分かるのだ。
自分の役割はここで終わりだということを。
この悲劇を止めるのは自分ではない。出来る出来ないは問題ではなく、相応しくないのだ。
だとすれば、いつ、どこで、何をすべきか。
答えはきっと、ずっと前から知っていた。
「こいつを止めよう。何、私だってこいつとの戦い方くらい分かっているさ。他の奴には勝てなくても、それでもな!」
恐竜型セルリアンが動く。
振るわれる尻尾。繰り出される大顎。それを、あと少しで当たるというギリギリの距離を保ちながらその腹部に今度は膝蹴りを叩き込む。
ッッッドン!! という鈍い音とともに、恐竜型セルリアンの腹部は剛力で歪んだ。
「簡単なことだ。一発も当たらずに攻撃を続ければ良いのだろう? それだけ分かれば、それ以外に何も無いのなら! 私は! お前とだけは同等の戦いが出来るぞ! セルリアン!!」
『グオオオオオオオォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーッッッ!!!!』
無茶苦茶だった。
ツチノコの理論であれば、真正面から戦えば間違いなく負けるのだ。一発も当たらずに戦い続けるなんて出来るわけがない。
でも。そのはずなのに。
確かにヘラジカは五体満足で立っていた。言葉通り一度も攻撃を受けることなく、溶岩になっていないところを的確に狙って力で捻じ伏せている。
その戦いの合間、僅かに出来た隙間の中でヘラジカは微笑みながら言った。
「この旅はまだ終わらないだろう。苦難は続き、挫けそうになることもあるはずだ」
恐竜型セルリアンがパターンを変えて周囲を蹴散らしながら迫る。
それを回避して、サーバルたちへ注意を向かないように頭部を殴ることで顔を背けさせながら、
「お前はセルリアンの大群を相手にしても、この世界全てが戦場になろうとも……そして、あのかばんに裏切られても、決して諦めはしなかった」
巨大な瓦礫、それを恐竜型セルリアンはその尻尾で叩きつけ、細かな石の礫を雨のように撒き散らす。
ヘラジカはそれを近くにあったヒトの遺物でもある槍で叩き落としながら、泥を掬って恐竜型セルリアンの目を潰した。
「胸を張って前に進め。自分の信じることに従って、したいことをするといい」
悶絶する恐竜型セルリアンは捉えるための器官を視覚から嗅覚へ変更した。匂いを頼りに、己の激情を煽り続ける者へその牙を向く。
しかし見ていないため狙いの精度や反応速度は格段に劣る。
受け流すように、その下顎を蹴り飛ばした後両手を組んでその上顎を地面諸共打ち砕いた。
「それでもその心が曇るというのなら、今ここで私が保証しよう。お前の努力は、想いは、願望は! 何一つとして間違っていないと!!」
数歩下がり、恐竜型セルリアンはフラフラした状態で立ち上がった。
黒い一つ目が再び開く。
貫くようにヘラジカへ向けられる。
それを気にせず、今度は後ろを振り向いて激励した。
「お前なら出来る! 私はそう信じてる! だから! お前も私を信じてそのまま真っ直ぐ行け、サーバル!!」
力強い言葉だった。
置いていきたくない。でも、それが最適解であることも同時に認識していた。
だから、きっとこの言葉を告げることが最も正しいはずだ。
「頑張ってヘラジカ! きっと止めてみせるから、きちんと全部終わらせて、みんなで、みんなで笑って
ヘラジカの心が暖まるような何かがあった。
全身から力が湧いてくる。
諦めるなんて選択は既に存在していない。
後ろでサーバルたちが先に進んだのを感じていた。
『グルルルルル…………』
恐竜型セルリアンが低く唸る。既に標的は自分一人しかおらず、それ以外に狙うものなどこの場にいない。
「待たせたな、セルリアン。さぁ、
返答はない。
強敵と戦う興奮。それを幾度も感じてきたが、これほど落ち着いたことなどなかった。
或いは。
それは強敵と手を合わせる喜びではなく、別の感情なのだろうか。
(まぁ、そんなことはどうでもいいか)
両者が構える。
二つの王が対峙する。
動物園で今も戦っているライオンも、こんな気持ちだったのだろうかと今更ながら思い知った。
そして、高らかに。
森の王と呼ばれる者が開戦を告げた。
「やぁやぁ私はヘラジカだ! いざ勝負だ!!」
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