『女王』かばん
5
上層部が焼き払われ、もはや屋上と化したビルの一室で少女は頬杖をついてため息をつく。
静まり返った地上を眺めながら、ポツリと呟いた。
「遊びすぎましたね……」
背後にはうめき声しかあげられなくなった焦げた何かが複数散乱しており、目と思われる部位は見開かれ、既に枯れ果てたはずの涙を流そうとヒクヒク痙攣していた。
それを行った元凶、かばんは軽く背を伸ばす。
一歩ずつ、ゆっくりと外へ歩いていく。
「せっかく時間削減になったのに、これでは意味がありませんね。まぁ計画に支障が出ないよう計算してはいるのですが」
また一歩。
かばんは右手の親指を中指の腹に当て、力を込める。
「さて、参りましょうか」
やがて。
小さい少女の一歩は空中に達し、それと同時に右手から空気を弾く音がした。
かばんの椅子代わりを務めていたセルリアンの姿が変わる。
ヘリコプターを再現した、無機質なボディを持つセルリアンの機内へ、かばんは飛び込むように乗り込んだ。
6
そこは限られた空間だった。
限られたとは言っても窮屈と感じるほどではない。寧ろ広さで言えば公共施設のロビー程度の面積はあった。
しかし薄暗い。
場所が場所であるため街灯は存在しない。非常口の灯りと点々と存在する蛍光灯が心もとない明かりを灯していた。
つまり、そこは地下室だった。
壁には以前は使われていたであろう機械の類が並んでおり、崩れるのを防ぐためか一定の距離で柱が何本も立ち並んでいる。
「──すぅ……はぁ……。大丈夫……大丈夫よ……」
その中央で、女性のヒトが待ち構えるように立っていた。
紺に近い深緑色の長髪を後ろで束ね、白衣を上から着込んでいる。俗に研究者と呼ばれるその女性は胸の前で小さな握り拳を作っていた。
その体は震えている。深呼吸を繰り返し、うわ言のように大丈夫と何度も言い聞かせていた。
カツ、カツ……と、革靴の足音が響く。
「──っ!!」
あと少しでも心に余裕がなければ情けない声を上げていただろう。それを辛うじて飲み込み、キッと眼前の人物を睨む。
黒く短い、艶のある髪。赤いシャツと短パンを着込み、象徴とも言える大きな鞄を背負う少女。
傍らには誰もおらず。
そして、自身の姿を誇示するように両手を広げて。
恐らく、今までの権力者の誰もが聞いた、破滅の始まりを表すその言葉をゆっくりと告げる。
「ごきげんよう」
ピクリと研究者の肩が跳ねた。
震えが止まらない。
鼓動は更に加速する。
それに気付いていながら、敢えて知らないふりをしてかばんは口を動かす。
「地下室とはまた極端な場所を選びましたね。今までは高層ビルが多かったのでちょっと新鮮です。それで? 爆発一つで生き埋めになり、火を出せば煙で窒息死するような場所で何をするつもりなんですか?」
にやにやと気味の悪い笑みを浮かべ、ゆっくりと一歩ずつ近付いてくる。
怖がっている場合ではない。腰に巻いていた黒い革のホルスターからある物を素早く抜き、間髪入れずに少女へ向けた。
何度も見た広告を目の前で見せつけられたかのようなうんざりした様子で、少女は短くため息を付いた。
「拳銃ですか。今更そんな
「思ってないわ……今のままではね」
ガラガラガラッッッ!! とかばんの後方、階段の前に重いシャッターが降ろされた。地上の灯りが唐突に消え失せる。
「…………?」
慌てた様子はなく、無表情だが余裕が消えない態度で首を回して、かばんが後方を確認した。怪訝な顔をする彼女に、研究者は震えた声のまま精神を揺さぶりに掛かる。
「セルリアンを詳しく知っているのは貴女だけじゃないの……。私も、色々調べてたのよ。元々そういうのも研究してたっ、家系でもあったからね。これは、その研究の成果よ。この地下室は、セルリアンの共鳴を打ち消す仕掛けがしてあるわ。貴女はもう、ここではバリアを使えない。助けを呼ぶことも出来ない……っ」
「……冗談では無さそうですね。アンチ・セルリウムでしたっけ。しかし僕の推測が正しければそれも完璧では無いのでしょう? 時間制限があるはずですよ」
「えぇ、その通り。共鳴を打ち消すのも長くは続かないし、強力な多重共鳴には押し負ける。保って一〇分ってところかしら。でもね、それでも数分の間だけでも時間があれば、貴女をなんとかすることくらい出来るはずよ」
少しずつ落ち着いてきたため話すことに支障が無くなってきた。引き金に指を掛けたまま、少女の様子を窺う。
「確かにセルリアンとの接続が確認できません。してやられたと見るべきですか」
「えぇ、貴女はもう袋のネズミ。お得意のバリアも無ければ、セルリアンも呼べない。ただの女の子なのよ」
嘲笑うようにかばんは鼻で笑い飛ばした。銃口を向けられているにも関わらず、一切の恐怖を感じていないようだった。
「そう言って焦げ肉になった人間がいたのをお忘れですか? まさか、バリアを無効化しただけで僕に手立てがないと思ってるなら侮りすぎですよ」
「忘れてないわ。だから、もう手は打ってある」
「…………ほう」
「この地下室全域に一定の熱を感じたら反応するセンサーがあるのよ。弾丸を溶かしたり、ヒトを焼けるほどの熱量があれば即座に支柱に仕掛けてある爆弾が爆発するわ」
ハッタリだ。そんな都合のいいセンサーなどあるわけがない。弾丸を溶かす炎に限れば可能だが、ヒトを焼いて発砲そのものを止める手法だけは防ぎようがない。
目の前の少女が知らないはずがない。拳銃が発砲する時の熱量で、簡単にヒトを焼くことが出来ることを。
だから、次に来るかばんの問いは虚言を重ねることで切り抜けることにした。
「……そのセンサーは貴女の持つ拳銃には反応しないのですか?」
「発砲みたいに一瞬で、小さな範囲なら大丈夫なように調整してあるの。だから貴女にこれを撃つことが出来るのよ」
「…………………………………………………………………………あぁ、なるほど」
かばんの口から漏れた言葉を聞いて、研究者は失敗したと直感した。
やがて、少女は銃口すら意に介さず口元に笑みが浮かんでいく。
「なるほど、なるほど、なるほど。そういうことですか。……ふふふふふ」
「何が、おかしいのよ」
「いえすみません。つい、嬉しかったものですから」
「嬉しかった……?」
「えぇ。今まで出会ってきたヒトと言えば己の身しか案じず、無様に助けを乞うばかり。だからお望み通り命以外の全てを奪ってあげていたんですが……そう来ましたか」
分かっている。目の前の少女は、まるで模範解答の冊子が手元にあるかのように、それらが何を意味しているかを。
もし、今までの言葉が虚言ではなく真実であれば、研究者のしていることは自分の命を生贄にかばんの目的を殺そうとしていることになる。
かばんが自身の防御を選べば、不殺の誓いは意味を無くす。
かばんが誓いを守るなら、かばんは弾丸を己の身体能力だけで対処するしかない。
少女が不殺に執着していなければこの目論見は破綻する。でも、研究者にはそうはならないという自信があった。
何故なら、目的のために手段を選ばず、余計な犠牲をも厭わないということは堕ちた人間そのものだからだ。
故に、人間嫌いのかばんはその道を選ばない。
少女の肉体が死ぬか、心が死ぬか。
これは命を賭けたギャンブルだった。
「僕が不殺を貫いていることを利用して、自分の命すら交渉の材料にする。素晴らしい……気に入りました、気に入りましたよ人間!」
それを瞬時に理解したのだ。
笑っている。少女は嬉しそうに、楽しそうに。
「自己犠牲を美しいと見るか自己満足と見るかはヒトによるでしょうが、えぇ、この場においては認めましょう。貴女は今まで出会ってきた
余裕は消えない。嘘だと見抜かれていたとしても、それでも虚勢を貼り続けなければならない。
油断する、ただ一瞬。その時まで。
「
「そうですか? では確かめてみましょうか。…………………………ラッキーさん、聞いてましたね? 付近のスキャニングをお願いします。爆弾やセンサーの類を全て洗ってください」
「えっ……?」
虚をつかれた。
未知の単語が聞こえてきた。
少女は右手首に巻かれた腕時計のようなものに話しかけている。
それはすぐに応答した。
『ケンサクチュウ、ケンサクチュウ……。確カニコノ地下ヲ支エル全部ノ柱ニ爆弾ガ仕掛ケテアルミタイダネ。デモ熱センサージャナクテ遠隔操作デ起動スルタイプミタイダヨ』
自分の血の気が引いていくのを感じた。
盤上に詰みの一手を指されたという現実が、全身から嫌な汗を吹き出させる。
理由は言うまでもない。ラッキーと呼ばれたロボットが言ったことは全て紛れもなく真実だからだ。
少女はほらね? とでも言いたげな顔で小首を傾げる。
「まぁ、種が分かれば大したことのない
そして、次に出た言葉は予想だにしないものだった。
「一発だけ、撃たせてあげましょう。逃げも隠れもしません。好きな時、好きなタイミングでその引き金を引いてください」
時間が過ぎれば、アンチ・セルリウムの疑似フィルターは破られる。その事も用心するようにと付け足しながら、飄々と振舞っていた。
その意図を考えている暇などない。
その裏に何が隠されているかを勘繰ることも必要ない。
今まで何人ものヒトを欺き、騙し、自由に操ってきた者のことを深く考えればそれだけで術中に嵌る。
かばんという少女は、そういう相手なのだ。
だから両手で構え直す。
震える両腕で標準をある点に持っていく。
一発で、確実に命を刈り取れる場所。
つまり。
狙うは脳幹。
即ち鼻先。
銃口を合わせようとして震えるのは彼女にヒトを撃った経験が無いからだ。
それをからかうように、少女は鈴を転がしたような声で舌の根を回す。
「ほら、逃げも隠れもしませんのでよく狙ってください。外してしまってはそちらも不本意でしょう?」
覚悟を決めろ。
目を背けるな。
ただ一発、当ててしまえば良いだけだ。
「貴女がした蛮勇とも勇敢とも言える所業の数々。それを僕はそれなりに評価しているんです。本当ですよ? だからその敬意を表し、僕から一つ助言をしてあげましょう」
引き金を引く。
弾丸が銃口から射出される。
その寸前で。
届いた言葉が何を意味しているかも分からずに、ただ現実として目の前に現れた。
それは希望か絶望か。
そんなことすぐに分かることだったのだ。
「進歩しているのが自分たちだけだと思わないことです」
パァン!!
ガン、ギィンッッ!!
「……ぇ、ぁ…………?」
弾丸は射出された。
間違いなく少女に命中した。
震えて標準が逸れ、首の側面目掛けて撃ち出されたがそれでも外すことはなかった。
だが、今も少女は無傷のままで笑っている。
自分の目をこれほど疑ったことはない。
研究者は確かに、自分の中で時間が止まったかのような感覚に見舞われた。
避けもせず、防御もせず、盾も無いまま弾丸を防ぐ。
そんなあり得ない現実の正体。
あらゆる疑念の答えは目の前にあった。
「…………う、そ」
思わず口から言葉が出てしまっていた。
かばんは笑っている。変わらず不気味で狂気を孕んだ微笑みは消えるどころか深かった。
でも。
確かに、変わった箇所が一つある。
不変の中でただ一つ、
かばんの首から頬にかけて、肌が黒く変色しているところだろうか。
少女の形は少女のままだ。別の何かが彼女に化けていたなんて展開は訪れない。
いや、そうであればどれだけ良かったことか。
かばんの黒化は止まらず、じわじわとその面積を広げていく。
黒い肌が目を全て覆うと、その瞳が燃え上がるような紅に染まった。
黒い肌が髪まで達すると、その髪色からあらゆる色素が消え、ただ白一色となった。
黒い肌が全身を覆い尽くすと、背中にある大きな鞄は真っ黒に変色した。
知っている。
差異はあっても、その面影を知っている。
封じ込めるのが精一杯で、倒すことは不可能とされた絶望の化身。
黒と白で
「女、王──?」
今では資料にのみ記された悪夢の権化。
それに最も近い姿で、少女は笑っていたのだ。
『アンチ・セルリウム、四神のフィルターの再現でしょうね。ですがその程度では防げませんよ? だって、
声が歪んで聞こえる。まるで複数の声を同時に再生して聞いてるかのように、少女の声はどこか歪で不気味だった。
ようやく頭が現実に追いついてきた。
発砲音の直後に聞こえた、金属を打ち付けたような音。あれは少女の肌に弾丸が当たった時、貫通できずに表面を滑って向こう側のフィルターに当たった音だったのだ。
認識が甘かった。
勘繰れば術中に嵌まるだけではない。思考を放棄すれば誘導されることによってただの操り人形にされるのだ。
「──っ!!」
もう一度引き金を引こうとハンマーに指を掛ける。
少女は赤い目を細め、体が凍りつくような声で告げた。
『一発だけと言ったはずですよ』
ボゴォッ! と足元からコンクリートで出来た床を突き破ってワニクリップのような触手が拳銃を咥えるようにして奪い取る。
やがて逆再生するようにそのまま穴に戻り、かばんの付近に空いていた入り口から顔をのぞかせた。
増援を呼んだのかと思って慌てて少女へ視線を戻す。
その触手の付け根を見て、とうとう研究者は腰を抜かしてへたり込んだ。
触手のその先にいたのはセルリアンではなく。
かと言って地上から降ろされたわけでもない。
そう、それは。
真っ直ぐ、真っ黒に変色した鞄に繋がっていたのだ。
ワニ口の触手を顔の近くに寄せ、広げていた右手の上でその口を開く。拳銃は吸い込まれるようにかばんの手に落ちた。
かばんは改めて拳銃を握り直すと、今度は触手を後方に振るう。
まるで布や紙のカーテンかと思うほど、簡単に金属製のシャッターを破壊した。
少女がくつくつと笑う。研究者は彼女がすぐ近くまでゆっくりと歩み寄るのを震えて待つしか出来なかった。
『さて、アンチ・セルリウムの技術は流出されると面倒です。ここで始末してしまおうと考えているんですが、それには何が適任か分かりますか?』
その問いで真っ先にデータの消去が思い浮かぶが、優れた技術者が削除したデータを復旧したという話は珍しくはない。
なら。
もっと簡単で、単純な方法といえば。
『全て破壊することですよ。あぁ、何という偶然! そういえばここには沢山の爆弾が仕掛けてあるんでしたね!』
わざとらしい主張だった。
かばんは研究者の両肩に手を置き、下手をすれば唇と唇がくっつきそうなほど近くまで顔を寄せた。
愉悦に綻ぶ表情のまま、空いた左手で研究者の体を撫でるように下げていく。
そして腰辺りにある物を掴み、耳元で囁くように告げた言葉で研究者の顔は完全に恐怖で歪んだ。
『見ぃつけた……っ』
慌てて奪い返そうと伸ばす手をするりと躱しながら、左手にあるスイッチが付いたそれを顔の横まで掲げると、
『僕はバリアを取り戻しましたし、それ以前にこの状態であれば爆発程度どうってこと無いんですけど……貴女はそうではありませんね?』
見下して、嘲る笑みは消えることを知らない。
かばんはボタンに指を添えると、道を開けるように横へ移動する。
『ごぉーー』
何を言っているのか理解出来なかった。
『よぉーん』
カウントダウン。
それに気付いた時、震える足を引きずるように床を蹴った。
『さぁーん』
地下室は広い。間に合えと心の中で念じて、地上の光が僅かに差し込む階段を目指す。
『…………にぃー』
階段に辿り着いた。あとは駆け上がるだけ。
『……いぃーち』
あと少しで階段を登りきる。
体は半分以上地上に出た状態だ。
あと二、三段のところで、次の声が後ろで木霊した。
『はい、時間切れです』
耳を劈く爆音が聞こえた時には既に遅く、抵抗を許さない衝撃が体を空中に投げ飛ばした。
高く放られた肉体は固いアスファルトの上に叩きつけられ、そこからまた数メートルの距離をゴロゴロと転がってやっと勢いが止む。
ふと地下室の方を見た。
地下室の階段から先が無い。おそらく柱を失ったことで崩れたのだろう。
そして、その大穴からは巨大な炎が立ち上っている。
「はや、く……逃げっないと…………」
少しでも遠くへ。
あの少女に追いつかれる前に出来るだけ離れる。
そのために逃げ道を探そうと、地下室があった場所とは反対側へ顔を向けた時だった。
──絶望を知った。
思い出せ。それは確かに必然だったはずだ。
殺害を除いた無力化の手段は幾つかあるが、その中でもかばんは『輝き』を奪うという手段をとってきた。
思い出せ。かばんはどういう状態で地下室に来たか。
セルリアンはいなかった。女王化したかばんが『輝き』を奪う能力を手に入れた可能性もあるが、人間という醜い動物の『輝き』を奪うためにそれを行使するわけがない。
そう、だから。
眼前に立ち並ぶ黒セルリアンの群れを予想出来なかったのは、単純に研究者の考えが甘かったからなのだろう。
やがて、悪夢の音色は鳴り響く。
『あぁ死ぬかと思いました。酸素奪われるとこっちも辛いんですよ。地下での多重爆発って思ったよりも厄介ですね。まぁ、やろうと思えばどうとでもなりますが』
後ろ。
魔王の足音が静まり返った街の中で嫌にはっきりと聞こえた。
そして。
振り向いた時の恐怖はきっと忘れないだろう。
曇天の下で、炎の逆光に照らされた黒き王。
鞄から更にもう一本の触手を生やし、自由に彷徨わせるその姿。
そして、邪悪に、凶悪に、極悪に、口元を三日月の形に歪めてこちらに銃口を向ける彼女の姿を。
ハンマーを下ろす、カチリという音が聞こえた。
叫び声なんて上げられなかった。ヒトは心の底から恐怖を感じると声を出せないという話があるが、それを自分の体で実体験するとは思わなかった。
「……ぁ──…………」
『結構楽しめましたよ。ありがとうございました』
そして、引き金に指を添えて。
ゆっくりと。
「───ひっ」
『ばーん』
「…………………………………………ぇ」
引かれた。
なのに、ガチャリという金属音以外は何も起こらなかった。
『あはは、いい
つまり、弾丸は装填されてなどいなかったのだ。
弾を全部抜いた上で、恐怖に駆られた自分を使って遊ぶために。
「な、んで……」
『……?』
手の中で拳銃を弄ぶ少女へやっと声が出た。
心臓を落ち着かせて、掻き回された頭を強引に平常に戻しながら、
「どうして……あの子たちを裏切ったの……」
炎のような目を細めて、拳銃を下ろすとジッと研究者を睨むような目を向ける。
『…………………………あの子たちとは?』
「私たち人間を許せないのは分かるわ。セルリアンを利用するっていうのも……でも、どうしてフレンズまで、危険な目に遭わせているの?」
『…………、』
重く、低く息を吐く音がした。
少女は蔑むように見下げたまま、
『邪魔な存在を力で弾圧するという手法は
「矛盾してるわ……」
『……………………………………………………何ですって?』
地獄の底から唸るような声だった。
怯むな。
言え。言ってしまえ。
どうせここで終わるなら、最後に置き土産を残していけ。
「人間を愚かだって主張するのに、貴女はそれを模倣してる。だから……貴女、本当は人間を見下したり……嘲笑っていたりしても…………」
眉間に皺が寄るのが見えた。
赤い目が爛々と燃え上がるのが見えた。
それでも、この一言だけは、絶対に。
「嫉妬、してるんじゃないの? 理由は分からないけど、でも、貴女は──」
続かなかった。
直後に全てが奪われた。
かばんの姿が元に戻っていく。黒く変色した肌は波を引くように、生気を感じるあの肌へ巻き戻る。
触手が消えていき、背中の鞄も元に戻ると研究者の腰に巻いてあったホルスターを自分の腰へ巻き直した。
かばんは拳銃に弾を装填し直しながら、
「……それを安全な場所へ」
きっと、その行為に慈悲の類は含まれていない。
瓦礫に潰されてしまっては意味が無くなるから。それだけの理由でしかない。
装填し終え、拳銃に指を引っ掛けたまま手の中でくるりと回しながらホルスターに仕舞い込む。
少女より一回り大きい、中型のセルリアンが研究者を担いで運ぶのを横目で見ながら、誰にも聞こえない声で呟いていた。
「…──、」
次の権力者を地獄に叩き落とすために。
その先にあるものは希望か、絶望か。
──きっと、それは誰にも分からない。
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