壊滅都市 ~繁華街~ 中編



 5



 そこは戦場だった。

 倒壊したビルが規則的に羅列し、硬い大地の上には瓦礫が散乱している。そしてどこもかしこも真っ赤な炎が空に向かって舞い踊っていた。

 ヒトは空を向いている。何かを叫んでいるようだが、劣化した耳では上手く聞き取れない。

 その場にいた全員が何もない空を見上げているのだ。だが黒い雲以外には視界に映ることはない。

 ツチノコが周りに釣られて頭上を見上げ、ポツリと呟く。


「まずい……」


 そして。

 異変は直後に現れた。

 それはツチノコの叫び声とともに。


「まずい!! 伏せろぉ!!!!」


 爆音と閃光。

 が感覚器官を麻痺させた。

 背中に衝撃が走る。

 揺れる頭を強引に引き戻しながらサーバルは前を確認する。吹き飛ばされたことにようやく理解が及ぶと、首筋に走る冷たい感覚に従って身を屈めた。

 音が死んだ。

 その華奢な体は簡単に宙を舞い、再び吹き飛ばされる。今度はすぐには止まらず硬い地面の上をゴロゴロと転がっていった。


「大丈夫か嬢ちゃん!! おい! しっかりしろ!!!!」


 耳元で呼ぶ声がする。

 その声は野太く、フレンズのものではなかった。

 男、つまりヒトだ。


「だい、じょうぶ……何が…………」

「おぉ生きてたか。頑丈で何よりだ。ここは危険だ嬢ちゃん。女の子がこんなところにいたら冗談抜きで一瞬で挽肉になっちまう。避難場所まで案内するからそれまで頑張れ!」


 やっと認識が追いついてきた。

 サーバルの傍で屈んでいるのはやはりヒトで、緑を基調とした服を着込んでいる。頭に被っているのは帽子のようだが、自分のものよりも硬く、頑丈に見えた。その肩には長い拳銃を背負っている。確かライフルだっただろうか。その奥にはもう一人の男がこちらを眺めていた。

 男はサーバルへ肩を貸し、半ば強引に立ち上がらせる。


「ダメ…………」


 きっと、この先にはヒトが避難した場所がある。今そこに行くことを提案するということは、まだ無事なのだろう。

 だが、一時の平穏なんて興味はない。

 安全地帯から眺めることに意義など無い。

 避難させようとするのをサーバルは腕で静止する。肩を押し、自力で立つことでその意志を提示した。


。だから前に進むの。大丈夫、セルリアンならいっぱい見てきたからきっと力になれるよ」

「嬢ちゃん、あんた、いったい……」


 目を白黒にさせながら男は問いかける。

 それを鼻で笑ったものがいた。


「ま、ソイツじゃポンコツ過ぎて役に立たないだろうがな。だが迷ってる暇はないはずだ。どうせこのままじゃ負ける。利用できるものは全部利用するべきだろ?」


 ツチノコだった。挑発するように笑いながら博士と並んでいる。どうやら爆撃を上手くやり過ごしたらしい。


「……確かにこのままじゃボロ雑巾みたいに殺されるだけだ。いや、正確には半殺しか。どうにも奴らの大将は俺らを殺そうとは思ってないからな」

「信用するのですか、隊長」


 傍らの、おそらく部下と思われるヒトがそう問いかけると、隊長と呼ばれた男は不敵にも豪快に笑う。


「あぁ、信じてやるよ。どうせ勝ち筋なんて鼻っから無かったんだ。使えるもんはどんなもんでも使ってやる」


 部下は呆れたようだった。

 隊長はツチノコに顔を向けると、


「それで、あんたらはどう呼べばいい? あぁ、俺のことは好きに呼んでくれていいぞ」

「こいつらは補助だから気にすんな。オレのことはそうだな……ノヅチとでも呼んでくれ」

「ノヅチ、ね……。あぁ、分かった。じゃあそう呼ばせてもらうぜ」


 そして、ふと空が瞬いた。

 それが何の予兆なのか、その身を以て知っている。


「まずいよ! 来る!!」

「「ちぃっ!!」」


 爆音が空間を揺るがした。丁度サーバルの真上で炸裂したのだ。

 サーバル、博士、ツチノコ、隊長、そしてその部下。そこにいた全員が衝撃を直に受けて足が地面から離れた。

 ヒトではないことをバレてはいけない。それを前提に動かなければならないため空を飛ぶなどの行動には移れなかった。

 時間は止まらない。瓦礫やビルの壁に叩きつけられ落ちていく。

 痛みで顔をしかめながら、ツチノコは叫ぶ。


「教えろ! 今度の相手は何だ! そもそもセルリアンなのか!?」

「セルリアンがあの一つ目のことなら多分そうなんだろうよ。だがアレは凶悪だ。俺も遠目から見ただけだから確証は持てないが……おそらくはステルス戦略爆撃機の類だ。あんた達がどんな修羅場を潜り抜けてきたかは知らないが、一筋縄で行く相手だと思うなよ」


 思考が止まった。

 爆撃をする飛行物なんて限られている。その中でも思い当たる節はアレしか無い。

 無限の地獄で最初に放り出された『世界』。

 そこで聞いた、ラッキービーストの声。

 爆弾にミサイル弾。いや、そんな大層なものではない。この戦場は、頭の奥底にこびりつくアレに比べればまだ生温い。ともすればそれに準ずるもの。


「ステルス戦略爆撃機だと? いや、待て。待てよ……」


 ツチノコの顔色が変わった。それは博物館の時と同様か、それ以上。

 隊長も思わず笑っていたのだ。その表情には、僅かに怒りも見て取れた。


「おあつらえ向きだろうよ。。あぁ畜生っ、クソったれが!!!!」



 6



 かばんはヘリを再現した。であれば他に再現したヒトの遺物があっても不思議ではない。しかしそれは実物がなければその再現度はオリジナルに劣ってしまう。だからこそヘリを再現したセルリアンには飛ぶことと乗れる機能しか備え付けられていない。

 だが、かばんはそれを知っていた。

 実物も見たことがあった。

 今ではもう懐かしい記憶。フィルターを貼り直すために登ったサンドスターの山。その山頂に、それは墜落したまま残されていた。

 研究するための実物と資料は手元にある。ならば再現することも遥かに容易だろう。

 その公式名称はスピリット。

 ヒトの言葉で幽霊や精神を表す、とある最終戦争の切り札であり秘密兵器になるはずだったもの。

 爆撃機でありながら戦略機。

 光学迷彩と呼ばれる視界から消えるステルスが最大の特徴であり、最大の凶悪性。

 以前あのジャパリパークにも持ち込まれた、拳銃に並ぶヒトの叡智から生まれた他者を傷つける牙。


 その名をB-2。


 それが。

 それこそが。

 かつての侵略者へ贈る皮肉を込めた復讐の矛である。



 7



「どうすん……っ!?」


 疑問の声は塗り潰された。それは紛れもない、空からの襲撃によるものだ。

 何度目かの爆音が鳴り響く。どうやら標準は外れていたようで、サーバルたちの被害は比較的大人しかった。

 博士が静かに問いかける。


「お前たちはその爆撃機に対抗する手段を持ち合わせているのですか?」

「ねぇよ。そもそも姿を消したまま爆撃してくるんだ。爆心地を元に狙いを定めても当たらない位置に移動しちまう。だから一方的にやられてたんだよ」


 相手の武器は二つ。

 姿を消すステルス機能と攻撃の届かない空中からの爆撃。

 その二つをどうにかしなければこちらは何も出来ない。

 そして、隊長は胸にある明らかに何かがあったポケットを指で小突くと、


「こっちの連携は完全に封じられた。あの野郎、こっちの無線機を完全に殺しやがったんだ。周波数をハッキングする方法でも持ってんのか? クソッタレがっ」


 かばんは港街で同じようなことをしてきていた。こちらが無線機を確保しているのを知らないはずなのに、的確に介入してきていた。

 だが、ヒトとサーバルたちでは決定的に違うところがある。


(こちらは『聞かれている』かもしれないとはいえむせんきを普通に使えている……何か狙いが?)


 それは、サーバルたちを敢えて先に進ませるために用意された一種のトラップなのか。

 或いは、妨害するほどの勢力ではないと切り捨てられた結果なのか。

 いずれにしてもそこに隙がある。蟻が通るような小さな抜け穴でも、完全に塞がれたわけではないのだとすれば、突破口だってあるはずだ。


(いや、それよりも今はこっちか)


 頭上。

 不可視の『鳥』は今も悠々と飛んでいるのだろう。

 しかし。

 だけどだ。

 ツチノコはその灰色の雲が覆う空を見てあることに気づいたのだ。


「おい隊長、動けるヒトの人数と武装を全部教えろ」

「構わねぇが、どうするつもりだ? まさか、奴を洗い出せるとでも言うのか」

「まぁな。こっちにはとっておきがある。あぁ、あともう一つ」

「……?」


 フードの奥で不敵な笑みを浮かべていた。

 サーバルはその顔を見てすぐに察することが出来た。

 そのギラギラと輝く瞳は。

 何処か頼もしさを感じるその笑みは。

 勝利を確信した、そこにいる誰もが希望を抱く表情だった。


「オマエが持ってる命令権、一度オレに託してほしい。食い違いを防ぐためにな」

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