第九章

研究室



 1



 助手はその紙を睨むように読んでいた。それにはフレンズの名前が綴られており、その大部分の横にはチェックマークが書き込まれていた。

 ジャパリ図書館から顔を出し、外にいるフレンズに声を掛ける。


「そっちは間に合いそうですか?」

「問題ないっス」

「というよりも既に出来てるであります!」


 ビーバーとプレーリーが作り上げたそれを見上げる。耐久性などはテストをしていないため不安が残るが、この二人が作ったものなら大丈夫だろうという信頼がそれを押しのける。


「……まだ許可をもらってないフレンズがいるっぽいっスね……」

「まぁ、こっちはボランティアみたいなものですから当然なのです。今はパークが最優先、本人の意志を尊重するのですよ」


 そう言って、助手は上空に飛び上がり、そこから地平線を見ようとして失敗する。

 そこからでは海は見えない。

 負傷したフレンズの治療は終わらせた。本調子とまではいかなくとも、従来のセルリアン相手であれば問題なく立ち回れる程度までは回復しているはずだ。

 無線機の開発も進んだ。博士不在の中で進めたので多少は劣っているが、それでも充分な性能で、各地のフレンズに配られている。

 堀や塀を用いた防衛機関の修繕も適宜行っている。ビーバーとプレーリーだけでなく、力自慢のフレンズにも手伝ってもらったのだ。

 きっと、保つ。

 空を見上げる。

 何度目かなんて覚えていない。

 そこに青空はない。

 でもきっと、見れるはずだ。

 それを、それだけを望みに無線機を手に取る。

 誰に? リストの中にあるフレンズだ。

 そのフレンズの応答が無事であることを伝え、助手は早速本題を切り出した。



 2



 暗黒の意識の中で、明滅する光がある。

 それは心許ない明かりなのに、眠りを妨げるには充分なほどの光量だった。


「っ、……みゃぁ……?」


 瞼を開く。

 辺りを見渡すと工場とはまた違う、無機質な一室だった。

 天井にある棒状のそれが光源なのだろうが、その大部分は消えていて、機能している一部分も点滅している。

 壁際には文化会館で見たモニターが何枚も設置してあり、それに接するようにサーバルではよく分からない機械がごちゃごちゃしている。

 見たことがある。最初に来た時、かばんはパソコンか何かかなと言っていたような気がする。


(ここは、どこ……? わたし、確かセルリアンに食べられて……)


 そこまで考えてハッとする。

 あの後どうなった? 博士とヒトは無事なのか?

 サーバルには分からないことばかりだった。

 今いる場所の把握よりも優先して、サーバルは大声でその名を呼ぶ。


「博士? 博士どこ!? はか──

「うるさいのです。そんなに叫ばなくても聞こえているのですよ」


 思ったよりも近くから声は聞こえてきた。どうやら、中央にある機械で死角になっていた向こう側にいたらしい。

 その姿を見て、サーバルはぎょっとした。

 博士はボロボロだった。

 毛皮は泥まみれで、あちらこちらに擦り傷が目立つ。見えるだけでもこれなのだから、おそらくその下には痣なんかがいくつもあるはずだ。

 極めつけはその両手。

 擦り傷ではない。

 打撲でもない。

 言うなれば火傷。真っ赤にただれているのが離れていても分かった。


「博士、その手……いったい、何が……」


 一度博士は顔を曇らせると、正直に話してくれた。

 サーバルが食べられた後、ヒトを協力させてサーバルを救出したこと。

 その途中、あのセルリアンと戦い、見ての通りボロボロになってしまったこと。

 そして、ここが研究所で、研究データを漁っていたこと。

 自分が食べられてしまった罪悪感もあるが、救ってくれた感謝も勿論ある。

 だが上手く口に出来ず、変な言葉になったところで博士は笑ってくれた。

 どこか優しい、笑顔だった。


「お前の気持ちは分かっているのです。無理に口に出さなくても伝わっているのですよ」

「う、うん……ごめんね。それと、助けてくれて、ありがとう」

「仲間を助けるのは長として当然なのですよ」

「うん。そうだ、博士の両手治療しなきゃ! 見せて見せて!」


 きっとこの状態ではまともに動かすのすら難しいはずだ。アライグマやツチノコとまでいかないが、消毒して包帯を巻くだけならサーバルにも出来る。

 消毒して、博士が痛がり、サーバルが慌てて、消毒液を更に掛けてしまい博士が悶絶する。……なんてやり取りをしたが、なんとか包帯を巻きつけることに成功する。

 ……不慣れなのがバッチリ分かるほど巻き方が汚い。

 両手を床につけて謝るしかなかった。


「ご、ごめん博士……。上手く出来なくて……」

「まぁこれで少しはマシになったのです。両手がこの状態じゃ、満足に手当することも出来なかったので」


 フォローしようとしているのが伝わってきて辛い。

 その優しさが逆に辛い。

 そして、博士は唐突にこんな事を言ってきた。


「ところでサーバル。ここがお前の言っていた研究所で間違いないですね?」

「え? うーんと」


 改めて見渡してみる。今度は死角ができていないようで、全体的に見回せた。

 とはいえ印象はあまり変わらない。

 無機質で、光源は天井にある棒状のもの。

 四方の壁にはモニターがあり、その下には機械がある。同様の機械が中央部分にも集中していた。

 四方の隅には本棚もあり、資料と思われる紙束が床に散乱している。

 そしてヒトもいた。どうやら気を失っているらしい。理由なんてすぐに分かる。


「あのヒトたちは……」

「呼びかけても反応はありませんでした。輝きを奪われているのだと思います」

「…………、」


 ヒトがいるという差異はある。

 資料が散乱しているという違いはある。

 だが覚えている。

 ここは、間違いなくあの場所だ。


「うん、ここが前に来たけんきゅうじょで間違いないよ」

「………………そう、ですか」


 ちゃんと言うなら研究室だったかな? とサーバルは厳密にはその中の区画であることを付け足す。

 博士の顔に僅かに影がかかった。しばらくすると、博士はきびすを返し紙の束を持ってくる。

 紙は縦長で、文字が大量につづられていた。

 それをサーバルに、読みやすいように向きを変えて手渡す。


「なら、ここに書いてあることは真実である、ということなのでしょうね……」


 受け取って内容を見る。どうやらサーバルでも読みやすいようにルビが振ってあるらしい。

 二つに分かれたじ方で、大まかに二種類に分かれているのだろうと察することが出来た。


「……博士」

「えぇ、あまり信じたくはないのですが……」

「いや、そうじゃなくて」

「?」


 真剣に。

 本当に真剣な顔で。

 そのぶち当たった問題を口にする。




「………………………………………………読めない」




 空気が凍った。

 そう、残念ながらサーバルには読めない。辛うじて『サンドスター』の文字が載っていることを感覚的に分かったくらいだ。その状態で数枚に及ぶ研究資料(?)を読み解けなんて海のフレンズに空を飛べと─出来るフレンズも一部いるが─言っているようなもの。

 無茶というより無理。

 出来ないのだ。

 博士は不覚、と言った感じで顔を手のひらでパチンと叩き、その後火傷から生じる痛みで若干悶絶しながらサーバルから資料を返してもらう。

 読み上げることで理解してもらうことにやり方をシフトした。分からない言葉はその時で注釈を入れられるため、確実で効率も良いだろう。

 だから、その紙面に載っている一つ目の題名タイトルを告げる。


「報告書。サンドスターについて」


 名の通り、サンドスターについての報告書なのだろう。

 そしてもう一つ。

 それに、サーバルは驚きのあまり思考が完全に停止した。




「レポート。

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