後日談

ようこそ、ジャパリパークへ



 1



 そして、これはもう一つの蛇足の話。

 それはさばんなちほーで起きた、小さなモヤを掻き消すちょっとした雑談だ。


 サーバルは珍しく、本当に珍しく非常に悩んでいた。

 かばんはそれに気づいているものの、話しかけて良いのか判断に悩む。

 そんな時だった。


「うみゃーーーー!! やっぱり嫌!」


 ビクッとかばんの体が跳ねる。心臓が止まるかと思ってプルプルしていた。サーバルもあっと声を出してアワアワし始めた。一緒に過ごしているからなのか、最近サーバルもボスに似てきたような気がする。


「ど、どうしたのかばんちゃん!? 大丈夫!?」

「だ、大丈夫大丈夫……そ、そっちこそどうしたの? 何か考え事してるみたいだっただけど」

「え、あー……えーっとね?」


 歯切れが悪い。隠し事でもあるのだろうか。

 かばんは自分でも恥ずかしいほど胸にモヤを抱えながらそう考えていた。

 直後、ピピピと音がする。


『異常発生、異常発生。サーバル、今スグ考エテルコトヲ言ワナイトカバンハ手段ヲ選バナイッテ考エテルヨ。早ク話ソウネ』

「えっ、え!? ラッキーさん!?」

「ホントなのかばんちゃん!?」

「落ち着いてサーバルちゃん! そんな事考えてないから!」

『嘘ハ良クナイヨカバン』

「こっちのセリフですよ! 話がこじれるので黙っててください!!」


 なんだかあの戦争の一件以降やたらボスが口を出すようになった。危機が迫って忠告するパークガイドロボットというより、男女の進展しない恋愛模様をちょっかい出して進展させようとする外野に近い。ポロッと思ってもないことを割と言ったりするので正直心臓に悪い。

 ともあれ気になっていたのも事実。何かボスに後押しされた感じがあるのは微妙な心境にさせるが、思い切って聞いてみることにした。


「ご、ごほん……それでサーバルちゃんは何を悩んでたの?」

「うーん、隠し事は良くないよね。えーっと、これはヒトのちほーで聞いた話なんだけど……」


 サーバルから聞いたことは、かばんにとっては取るに足らないことだった。どうでもいいし下らない。別段気にする必要性を何も感じないことだ。だが、サーバルにとってはそうではないらしい。

 サーバルがヒトのちほーで聞いたこと。

 それは、


「ボクの名前が変わってる……?」

「うん……ヒトにはミライさんみたいに色々名前があるみたいなんだけど、ヒトの中でもかばんちゃんの名前は変わってるらしいんだ……」

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ふーん」


 あっ、という声がサーバルから聞こえてきた。見れば、明らかにサーバルには焦りの表情が浮かんでいる。


「あっ、え、えっと……サーバルちゃんは気にしないで良いよ? ボクも気にしてないし」

「それでもかばんちゃんが悪く言われるのは嫌だよ!」

「そ、そっかぁ……」


 サーバルの決意は強い。ことかばんに関してはそれが顕著にあらわれる傾向がある。

 そして。

 きっとかばん自身も、それに該当することに気づいていない。

 だからこそ、他人事のように提案できた。


「じゃ、じゃあもう一つ名前をつけるっていうのはどうかな?」

「え?」

「ヒトにはニックネームって言って、実際の名前とは違う名前を使うことがあるみたいなんだ。だから、どうしても嫌ならもう一つ付けてみれば良いんじゃないかな」

「もう一つの、名前……。うんっ、頑張って考えるねっ!!」


 それから、名前を考えてはボスに違和感がないか確認してもらい、変わった名前として思われるものは没にするのを繰り返した。

 サーバルからの要望で、ミライ以外にフレンズのことに深く関わるヒトのことを教えた。顔が引きつるのが自分で分かるほど気乗りはしなかったが。


 どのくらい経ったのだろうか。

 時にはヤケになり。

 時にはふざけて。

 決まった名前を、あの時と同じように。

 サーバルは笑って呼んだのだ。


「マイちゃんで! どう?」

「カコに紡がれた想いを、ミライに繋ぐためにイマを変えるヒトだから……『マイ』」


 ……散々悩んで決めた名前の由来を、改めて口に出す。

 頬が少し緩むのが分かった。

 ヒトに由来することも含まれているけれど、それを無視できるくらいにはそのけものにまた名前を付けてもらえたことが嬉しかったのかもしれない。

 だから。

 あの時と同じように、かばんも答えたのだ。


「……はい、ありがとうございます」



 2



(──なんてこともあったなぁ……)


 かばんは今では思い出になった過去に思いを馳せる。

 もう、あれから随分月日が経った。

 かばんの髪と背も若干伸び、髪はミライの髪型を伴って後ろで縛っている。

 かばんの生活も、これまでのものとは打って変わったものになっていた。かばんの理論は最善ではあったが最良ではなかった。だから、今度こそ本当の理想を叶えるために、かばんは研究者の道を選んだのだ。

 専門は言わずもがな。サンドスター及びフレンズとセルリアン。

 一度『女王』としてセルリアンの頂点に立っていたとは言っても、まだこれらには不明瞭な点が多い。

 それらを調べ、まとめ、活用方法を考える。

 大まかに言えば、かばんの主な活動はこれが基本だった。


 コンピューターの画面に表示されている、先程仕上げたレポートをヒトに送信する。完了したメッセージを確認すると、資料もまとめて引き出しにしまった。

 ずずず、とカップに注がれた飲み物を口に含む。

 黒くて苦い。ヒトの間ではコーヒーと呼ばれる飲料だ。

 紅茶も好んで飲むが、ヒトとしての役割を全うしているときはこちらを好んで飲んでいた。他にも、服装はいつかで対峙したヒトの研究員に伴い、真っ白な白衣を上に羽織っている。


「かばんちゃーーんっっ!!」

「っわぁ!?」


 突然背後から抱きつかれた。

 勢いでカップの中身を前方にぶち撒けそうになるのを、必死の思いで最小限の被害に留める。

 ……コンピューターに支障がなければ良いのだが。


「もう。いきなり抱きついたら危ないよ、サーバルちゃん」

「わわ、ご、ごめんね? 楽しみで居ても立ってもいられなくて……。えっと、こんぴゅーたー大丈夫?」

「んー、多分ね」


 僅かにこぼれたコーヒーを雑巾で拭き取りながら確認する。どうやらコンピューターは無事のようだ。


(楽しみ、か……)


 サーバルが口にした言葉を頭の中で反芻はんすうする。

 そう、今日は特別な日なのだ。

 フレンズにとっても、ヒトにとっても。

 無論、それはかばんも例外ではない。

 だが、楽しみにしているサーバルとは裏腹に、かばんの表情には影が落ちていた。

 そして、かばんが明確に嫌厭けんえんしているものなど一つしかない。


(ジャパリパークの限定オープン……。まだ早いと思うんだけどなぁ)


 しかし、決まってしまったものはしょうがない。ヒトとかばんの間で会議を重ね、無害だと思われる一般人を数人招待した。

 そして、かばんはその案内人。暫定ではない、正真正銘のパークガイドになったのだ。


「……もうそろそろ時間だね。着替えるからちょっと待ってて」

「うんっ」


 元気よくサーバルが外に飛び出すのを確認すると、白衣や普段着を脱ぎ、とある洋服に手をかける。

 それは、ジャパリパークのパークガイドであることの証。

 以前ミライが着ていたものと同一の、スタッフの制服だった。それ以外にも、度の入っていない丸めのメガネを掛け、背負い慣れた鞄を背負い、やはりこちらもかぶり慣れた帽子を被る。どちらも新調せず、ボロボロのままだが、かばんにとってはこれで良いのだ。


「……よしっ」


 コンピューターの電源を切り、頭の中の情報を整理する。

 ルート。動物の解説。パークガイドとしての振る舞い方。トラブルが発生したときの対処法。

 確認して、手首のボスの表面を優しく撫でた。


「一人で出来るように頑張りますけど、サポート、よろしくお願いします。ラッキーさん」

『マカセテ』


 思い返してみれば、ボスがパークガイドとして共に行動していた時、フリーズに陥ったのはいつも本来あるべきのモノが存在していなかった時だ。

 つまりは情報の風化。

 計算した行動と、目の前の状況が一致しないからフリーズしたと考えるのが妥当だろう。

 だが、それもボスの情報をアップデートしたことで解消済みだ。そのため、今回はきちんとパークガイドロボット──正確にはパークガイド補助サポートロボット──として頼りになるはずだ。

 ……はずだ。


(……うーん)


 そんな一抹の不安を握りつぶして、拠点にしている『家』を後にする。

 現在、かばんの『家』は三つあった。

 一つ目は、ジャパリパークのとある森にあるヒトとしての活動拠点。

 二つ目は、ジャパリパークのどこかにある研究者としての研究施設。

 そして三つ目は、目に見えなくとも存在する場所。大切なトモダチが言ってくれた、帰るべき、帰りたいと思う誰かの隣なわばり

 ここは、その中の一つ目だ。

 木々の合間から差し込む日差しに目を細めた先で、既に外へ出ていたサーバルがこちらに振り向いた。


「おまたせ、サーバルちゃん。行こっか」

「うん、今日は頑張ろうね! かば……マイちゃん!」


 きっと。

 この先も幸せな日々が続くとは限らない。

 想定された未来じごくは、かばんの機転と周囲の協力により事なきを得た。

 だが、この世界はそれだけで全て終わり。めでたしめでたしで終わるほど優しくない。


 でも。

 だけど。


 悲劇の過去から逃げることなく。

 絶望の未来は否定する。

 希望の現在いまを紡いでいく。

 それも、かばんがヒトとして名乗る名前の意味でもあるのだ。

 だから、これもその一歩。

 サーバルと話しているうちに、いつの間にかその目的地に着いていた。


 日の出港。


 出立と別れを重ねた、かばんたちにとっても特別な次の世界への扉。

 だが今回は出迎える立場であり、これより来るのは歓迎すべき客人である。

 船が見えた。

 ヒトの何人かが、我慢できずにこちらを伺っているのも見える。

 表情が曇っていたのだろうか。自覚はないが、サーバルはかばんの手を握り微笑んでいた。


「大丈夫だよ、マイちゃん。きっと、二人わたしたちならどんなことでもへっちゃらだよ!」

「サーバルちゃん……。そう、だね……そうだよね」


 やはり、ヒトは好きにはなれない。

 きっと、これからも彼らに好意的な感情を向けることはないだろう。

 だが、折り合いをつけて歩いて行こう。

 だから、これもその一歩。


 船が到着し、ヒトがその地に足を踏み入れた。

 幸せな日々を守るために、全てをここから始めよう。

 まずは、最初にこの一歩。


 かばんとサーバル。

 ヒトのフレンズとけもののフレンズ。

 どちらも、片方の手は繋いだままで。

 どちらも、もう片方は大きく広げて。

 それは、まるで二人で一人だということを表すかのようだった。

 そして、太陽にも負けない輝かしい笑顔で言ったのだ。

 何の変哲もない、どこででも聞くような。

 だけど、それでも温かいこの言葉を。




「「ようこそ、ジャパリパークへ!!」」

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ヒトの業 白狐 @Cellien

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