ソノ眼ニ映ルハ似テ非ナル己ノ影
4
対峙する二人のサーバル。
色以外は瓜二つの自分が、嬉しそうに笑っている。
何処か不気味で、もやもやとする何かが胸の中にある。
だがそんなことを気にしている余裕はない。ヒグマを簡単にあしらう脅威は目の前にいるのだ。
「狩りごっこ 始めよう!」
最初に動いたのは黒サーバルだった。片足で地面を蹴り、その力でアスファルトを砕きながらも地面を舐めるように直線移動する。
その時点で、目の前のセルリアンは自分たちの知っているサーバルとは大きな違いがあるのだと悟る。
黒サーバルのしたことは簡単だ。地面を蹴って、近付いて、頭部を狙って蹴り上げる。
「……っ!?」
元々構えていたサーバルは体をバネのように使い、後ろに跳躍して回避する。
体を
「そっか サーバルはそうやって避けるんだね あっ わたしの戦い方 サーバルっぽくないね」
初めて会った時も黒サーバルは言っていた。『サーバルに近づく』と。
「わたしに……なりたいの?」
「そうだよ わたしがサーバルになって かばんちゃんを助けるんだよ 前のきみみたいにね」
その言葉が胸に刺さる。
そうだ。ずっと傍にいて、隣にいた。素敵なコンビって、胸を張って言える二人だと思っていた。
『───だって、もう僕たち友だちでもなんでもないでしょう?』
頭が痛い。
心が、痛い。
「そのためにも あなたたちを倒すんだよ かばんちゃんがそうしてって 言ってたから」
「悪いですが、お前の心境なんて知ったことではないのです。我々はかばんを止める。そのためにここまで来たのですから」
「知ってるよ だから壊すの あなたたちの希望も 夢も 決意も ここで全部 壊すんだよ」
黒サーバルが再び地面を蹴った。
今度はサーバルらしい跳躍。
数メートルの上空から体を細くして急降下し、その黒い爪を振り下ろす。
「っ!!」
どれほどの威力を持つか分からない鉤爪を、横へ飛ぶことで回避する。
獲物を失った爪は勢いを殺さず、そのままアスファルトへ突き刺さり───、
「わぁ 割れちゃったね でもこれ すごく柔らかかったよ」
割れていた。大きく、深く、その石で出来た大地は割れていた。いや砕けていたと言ったほうが正しいのかもしれない。
(……まずいですね)
たった数回の攻撃だったが、明らかになったことがある。
今の自分達は、どうやってもあのサーバルには勝てない──。
戦闘能力が違いすぎる。先程の黒セルリアンは動きが鈍いという欠点があった。パークの黒セルリアンは一体であれば対処できる強さだった。
だが、黒サーバルは、黒サーバルだけは違う。機敏に動き、石も見当たらず、攻撃力は今までで一番強い。
はっきり言って、その実力は今まで見てきたどのセルリアンよりも上だった。
「サーバル! 一旦
その言葉を遮ったのはサーバルではなく、黒サーバルの方だった。笑顔が消え、無表情のまま博士を睨む。
「ダメだよ あなたたちはここでお終い 逃げたら 希望 持っちゃうでしょ? ダメだよ ここでみんな わたしに倒されるんだから」
笑った。
楽しいのか、嬉しいのか、この状況がそれほど愉快なのか、黒サーバルは笑っていた。
「だから 逃さないよ」
その笑顔を崩さないまま、顔を傾けた時だった。
周囲の匂いが変わった。
周囲の温度が変わった。
周囲の音の響き方が変わった。
博士とツチノコ、二人のブレインは同時にそれを認識する。
おおよそ黒サーバルと自分たちの距離の中点を中心とし、半球状の何かが辺り一帯を覆うように展開した。
少し景色が見づらくなるそれ、アライグマは慌てて疑問を口にする。
「な、何が起きたのだ!? 周りが囲まれたみたいなのだ!」
「何故……いや、セルリアンが出来ることは知っていたのですが……」
「まさか、かばんのヤツ……」
「かばんちゃんは関係ないよ これは わたしが作ったものだから 他のセルリアンも関係ないよ」
その告白に、二人は驚きを隠せない。
それは、図書館の文献にあったモノ。
それは、偶然見つけたヒトが残した資料の紙片から知ったモノ。
曰く、それは外部からの干渉を遮断するものである。
曰く、それはセルリアンには効果が無いものである。
曰く、それはセルリアンの共鳴反応による分子構造の多層で、その発動は『女王』を核とする。
曰く、それはバリアと呼ばれている。
だが、黒サーバルは自分だけで作ったと言った。かの『女王』ですら出来なかった所業を、片手間でやってのけた。
「でも かばんちゃんから許可貰わないと 出来ないんだけどね えへへ」
右手で自分の後ろ髪を掻きながら、照れるように彼女は笑っている。
対して二人は焦っていた。
逃げ道が塞がれた。
動ける範囲が制限された。
相手は無制限に行動できるが、こちらは狭い空間で戦わなければならない。
「負けないよ……」
呟いた。
サーバルが、その瞳に闘志の炎を宿しながら。
「そうだな。私たちが力を合わせれば勝てない相手なんていない!」
「じゃあ、私も本気で行くかな」
ヘラジカとライオン。王と呼称されるけものがその野生を解放する。
「アライグマ、フェネック。お前たちは回避に専念するのです。一撃も、当たってはならないのですよ」
「あのセルリアンの攻撃力はシャレにならない。戦うのが得意じゃなければ下がっておけ。いいな?」
「……分かったのだ」
「はーいよー」
こんな時、自分たちは何も出来ない。
賢いわけじゃないから、作戦を立てることが出来ない。
戦えないから、助太刀に行くことも出来ない。
ただ身の安全を優先して、下がっているしかないのだ。
目の前で、仲間たちが戦うというのに。
5
「うーん サーバルになりたいけど 今は かばんちゃんの頼みが優先 かな? うん きっとそうだよね サーバルっぽくないけど かばんちゃんの頼みなら しょうがないよね!」
黒サーバルが再び地面を蹴る。目の前のサーバルへ、その爪を振るう。
薙ぎ、切り上げ、蹴り上げる。
持ち前の身体能力でサーバルは回避していき、蹴りに合わせて後ろへ跳躍する。
そのまま前方へ大きく跳んで、その爪を振り下ろした。
「効かないよ」
振り下ろした爪は手首を掴まれて届かない。そのまま黒サーバルは後方へ投げ飛ばす。
「次は私だ!」
攻防一転。
黒サーバルの右方からヘラジカが槍を携えて突進する。こちらより強いのであれば、必殺とも言える一撃を全力で打ち込むしか無い。
自動車に並ぶほどの速度。その速さを
「速い! すごい! でも」
誰もが怯むような光景に一瞬だけ目を見開いた。だが本当に一瞬で、黒サーバルは自分に突きつけられる槍に対し、その場から動かないまま手を横に振るう。
いわゆる受け流し。勢いを殺さず、流れる力の向きをずらすことで攻撃を逸らす技。
「わたし 直線の攻撃 効かないんだ」
「そうかい」
続いてライオン。
その瞳に金色の光を宿らせたまま、爪を眩く発光させる。
双方が同時に地面を蹴った。
ライオンは上から、黒サーバルは横から薙ぐように爪を振るう。
至近距離で、二人の攻撃が衝突した。
黒いサンドスターとけものプラズムが舞う。大気が衝撃で振動する。
それだけでは終わらない。一撃必殺が通じないのであれば、多くの手数で処理落ちさせる。
斬り下ろす、斬り上げる。
蹴り下ろす、蹴り上げる。
突き刺し、フェイントを交えて戦う。
一息つく暇を与えないように、そのラッシュを続けていく。
黒サーバルはそれをいなし、かわし、最後に後ろへ大きく跳躍する。
「うん 強いね」
「はぁ……はぁ……。……?」
息を切らすライオンに対し、黒サーバルは感心している。自分の手を握ったり、開いたりしながら、少しだけ、ゆらりと体を前へ傾けた。
「少しだけ 本気だすよ」
一瞬だった。
消えて、揺れて、暗くなった。
「うっ……あ?」
背中に叩きつけられるような痛みを感じながら、揺れる頭を振る。目の前に黒サーバルはおらず、少し離れた所に手を突き出したまま停止している。
見えなかった。
いや、正確には見えていた。だが反応する前に突き飛ばされたのだ。
何より驚異的なのは、攻撃を認識できても反応できない速度だということだ。
直線の攻撃が効かないわけを、ライオンは理解する。
効くはずがない。効くわけがない。
何故なら、向こうはそれを超える直線攻撃を持っている。
おそらく、黒サーバルは狙ってその速度に
例えば二人の武道家がいたとする。
その二人は互いに同じ体格で、同じ武術を習っている。その二人が戦うことになった時、果たして勝つのはどちらだろうか。
体格も同じ、使う武道も同一であれば、当然、経験や技術を積んでいる方が勝つだろう。
得意な技は使いやすいと同時に、その弱点も知り得ている。
例えば、掴まなければ投げられない。
例えば、足を警戒していればかからない。
例えば、フェイントだと気付かれれば意味を成さない。
これは、つまりそういう戦いだった。
ヘラジカの突進は効かない。向こうはそれを超える技を持っているから。
ライオンの猛攻も効かない。向こうはそれを超える攻撃が出来るから。
サーバルの奇襲も効かない。向こうも同じサーバルなのだから。
「勝てないでしょ? だから諦めて これでバイバイだよ」
笑顔で手を振っている。
あれだけ戦っても、息切れ一つしていない。
力は黒サーバルの方が上だ。
技術も黒サーバルの方が上だ。
体力も黒サーバルの方が上だ。
その実力の差を、三人は実感する。
「……ヘラジカ、サーバル。合わせられるか?」
だが諦めない。
低く、唸るようにライオンは言う。
その声は黒サーバルにも聞こえているはずだが、当の本人は首を傾げたままだ。
「勿論だ」
「大丈夫!」
了承の声を聞いて、ライオンは不敵に笑う。
一撃だけでいい。相手の意識を刈り取ることが出来さえすれば道は開かれる。
口元を拭い、口の中に溜まった血を吐きながら、その王は立ち上がる。
「来いよ、今度も私が相手だ」
「何度やっても 同じだと思うけど いいよ」
黒サーバルは無邪気に笑いながら、地面を蹴ってライオンに近付き、その爪を振るった。挑発をしたライオンはそれを体を捻り、最低限の動きだけで回避する。
「後ろががら空きだ!」
黒サーバルの後方、ヘラジカがその背中に向けて力いっぱい槍を突き刺す。それを黒サーバルは
「効かないって 言ったよ?」
後ろを振り向いて、また前方へ向き直って、黒サーバルは怪訝に思う。
いつ来るか分からない、前方と後方からの攻撃。黒サーバルはその両端に意識を向けざるを得ない。
それこそが狙いだった。
「?」
不敵に、その二人は笑っていたのだ。
上空。範囲がよく見えないためどれほどの規模のバリアが張られているのか分からないが、跳躍しても大丈夫であれば問題ない。
前方に向いている時の後方。それは最大の死角だ。二つを同時に対処できても、その更に上、最も死角になりやすい頭上にはまず意識が向かない。
だから、そうなるのは必然だった。
「みゃーーーーー!!」
力いっぱい振り絞り、フレンズの技を黒サーバルのうなじ、つまり首に向けて振り下ろす。
「それも効かないよって さっき言ったよね?」
黒サーバルはその攻撃を、僅かに体を反らすことで回避する。
躱された。三人がかりの不意打ちが──。
誇らしげに笑う黒サーバルは、自身の元となったけものを見る。
そして、その表情に疑問を抱いた。
(笑ってる?)
そう思った瞬間だった。
「知ってるよ! そのくらい!」
サーバルの特徴でもある跳躍。本来であれば高く跳び、上空からの奇襲が主流だろう。事実、自分が狙われている状態であればその対象を注視し、自身の真上を警戒する動物は少ない。
黒サーバルはサーバルを模している。どうやって生まれたかは分からないが、同じサーバルであれば狩りの仕方などすぐに気付かれるだろう。
なら、その奇襲の意味は何か。
「 あ」
気付いたときには遅かった。
既に身をかがめ、こちらに向けて拳を構える彼女が見えた。
そして、跳躍の要領で、空高く飛ぶように地面を蹴る。
背後からの不意打ち。相手にわざと避けさせる上空からの奇襲。
そこに隠した、必殺の一手。
それに反応する暇すら与えない。
まるで、最初の仕返しと言わんばかりに繰り出されたその拳は──。
「みゃあああああああああああああああああああ!!!!」
綺麗に黒サーバルの顎を捉え、その体を殴り飛ばした。
6
「はぁ、はぁ……」
今行える最善手。自分のマネをしようとする彼女に、自分の得意技は効かないだろうと思っていた。
だから切り捨てた。普段ならやらないような攻撃を、叩き込むために。
「うっ あ」
黒サーバルは顎を擦って起き上がる。目を回したのか、頭を数回振ると頭を抱えながらこちらを見た。
「すごいね あんな攻撃 分からなかったよ」
「……あれを受けても、立ち上がれるの?」
本気で叩き込んだはずだ。出し惜しみなんてせず、一発で意識を刈り取れるように手加減なしで殴り飛ばしたはずだ。
「うん フレンズとか わたし以外の フレンズみたいなセルリアンだったら 今の攻撃で やられてたと思うよ でもね」
ブワッ!! と溢れるように、黒サーバルの全身からドス黒い何かが噴き出した。
ゆっくりと、右腕を構えていく。全身から気持ち悪い汗を噴き出させるような何かが、その右腕に集まっていく。
その姿を見て、博士は叫んだ。
「お前たち! 早く構えるのです!!」
その姿は酷似していた。
自分たちも使う、あの状態に近かった。
つまり、フレンズの状態であれば誰もが持つもの。
───野生解放。
「わたしは 誰にも負けるわけにはいかないんだ かばんちゃんのために」
刹那。
黒サーバルの右腕の全体を包むように、巨大な『影』が現れた。
右腕を膨張させたような、凶悪で真っ黒な鉤爪を覗かして。
まるで、空間を斬り裂くように全てを薙ぎ払い──、
抵抗することさえ許さず、サーバルたちの意識を無情にも刈り取った。
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