ツクル、終ワラナイ未来ノ為ニ



 9



 止めなければならない。

 あの作り続ける脅威を、野放しにしておいてはいけない。


 セルリアンは進化する。

 ツチノコのピット器官に引っかからない黒セルリアンなどが良い例だ。

 破壊力。

 耐久力。

 機敏性。

 挙げていけばキリがないが、そういった純粋な『力』を増幅させるのがセルリアンの特徴であり、脅威であり、最も恐れるべきことだった。


 では問題。

 たとえ一個体が弱くとも、圧倒的な量産力で小型セルリアンが溢れかえった時、そして、そのセルリアンが一斉に他の黒セルリアンに引けを取らないほど劇的な進化を果たした時、世界はどうなるか。

 そんなこと、一々弁論しなくても明白だろう。


 量より質。

 たとえ数が多くても、すぐ倒せればいずれ終わりが来る。


 そんな単純な話ではない。

 そんな簡単な話ではない。

 量を確保した上で、質も最上と言えるものを用意する。


 それが、地球上で最も賢い動物と呼ばれるヒトのフレンズ、かばんのやり方だった。


 サーバルたちが対処すべきことは二つ。

 既に量産されたギアリアンの群れと、今もギアリアンを作り続けるロボリアン。


 やることは単純だ。

 ギアリアンを外へ出ないように足止めし、量産を続けるロボリアンを倒した上で、ギアリアンを全て片付ける。


 口に出せば簡単そうでも、実際はそうではない。


「……危険なのはあのビームだ。おそらくオレのビームより上、相殺できればラッキー程度だな。あんまり期待しないでくれよ」


 ツチノコが暗い顔で言った。

 現在サーバルたちは工場を抜け出し、少し離れたコンテナの裏に隠れている。

 こうしている間もギアリアンはその形を変え、工場から飛び去っていった。

 フェネックは正座を崩し、飛び去っていくセルリアンを目で追いながら、


「イマイチあのロボリアンの弱点が分からないんだよねー。石も見当たらなかったしさー」


 どれほど息込んだとしても、そこを解決しなくては意味がない。

 弱点らしい弱点がない。機動力の無さは弱点といえば弱点だが、倒す方法を思いつくまでには至らない。


「あのロボリアンだが、もしかしたら腕が無ければギアリアンを作れないんじゃないか?」

「どういうこと?」


 ヘラジカの発言にライオンは首を傾げる。ヘラジカはいつも通り腕を組んだまましかめっ面で目を瞑る。


「どうにもあのロボリアンはギアリアンを内部で完成させるのではなく、未完成品をセルリアン化することでギアリアンにしているように見えた。ならあのロボリアンの腕さえ破壊できれば──」

「ギアリアンの量産を止められるかもしれないってことか……」

「あぁ」


 あくまでも仮定の話だ。黒サーバルが"サーバルならこうするから"で行動を決めていたように、"工場やロボットはそういうものだから"という理由で、形だけ再現しているだけかもしれない。

 だが、博士は顎に手を当てながらこう言った。


「……確かに、試してみる価値はありそうなのです」


 勝算なんて何処にもない。

 根拠なんてあるわけがない。

 でも、やってみなければ分からないものだ。


「……決まったな。じゃあどうやってロボリアンとギアリアンを倒すかの作戦会議を始めるか」



 10



 そのセルリアンは動かない。移動する必要が無いからだ。

 作る。

 造る。

 創る。

 ツクリツヅケル。同胞ヲ増ヤス為ニ。

 終ワラナイ、アノ未来ノ為ニ。

 邪魔する者は排除する。

 たとえ相手が何者であっても、与えられた『咎』に従って。

 それ以外に持つ感情は無い。

 それ以外に抱く欲望は無い。


 ほしい。

 ホシイ。

 欲しい。

 だけど、無い。存在しない。隣にいない。


 だから、ツクル。


 目の前に何かが立った。

 数は三つ。



 セルリアンには理解出来なかったが、その影は言葉を紡いでいた。


「百獣の王を顎で使うとはねぇ~。やっぱり博士おさには頭が上がらないなぁ」

「昨日の今日で合戦だが、覚悟は良いか? 私はとっくに出来ている」

「どれだけの間ヘラジカに付き合ったと思ってるんだ。心配はいらないよ」

「オレは出来るだけ遠距離からの援護に回る。前衛は頼むぞ」


 へいげんちほーを収める二人。その言葉を聞いて口角を上げた。

 戦意が宿る瞳を輝かせながら、声を揃えて告げた。


「「任せな!!」」



 邪魔者が現れた。

 己の意味を、役割を、存在意義を阻む者が現れた。

 側面から伸びるパイプから大量のサンドスター・ロウを噴き出しながら、背面にある歯車を高速に回転させる。

 ただ一つだけ存在する感情。それに従い、零と一で構成された言葉を紡ぎ出す。




『────排除スル』



 11



 ロボリアンが動き出す。

 量産から、撃滅へ。

 その瞳が敵意を持って下ろされた。

 それこそが開戦の合図。


 フレンズとセルリアン。

 群れと群れの戦いが始まる。


 直後。

 その命を刈り取るために一筋の雷光が放たれた。


 それぞれが横に飛ぶ、体を捻ることで第一波を回避する。

 威力は絶大だが、攻撃自体は直線だ。よく見てタイミングを計れば、至近距離でも躱せないモノではない。


「よし、それじゃあ──」


 ライオンは爪を出し、ヘラジカは槍を構える。

 ツチノコはその一歩後ろで、その瞳が青く発光する。


「一丁揉んでやるか!」


 ライオンがその一言を発すると同時に、三者の猛攻が始まった。



 12



 それとは少し離れた場所、壁を伝うように伸びる鉄で出来た通路の上にサーバルたちは立っていた。サーバルと博士、アライグマとフェネックの二組に分かれ、その手には細長い金属製のチェーンが握られている。


「……いけそうですね」


 四人のいる場所はライオンたちの正面、つまりロボリアンの背後だった。真後ろであれば背面にある大きな歯車で視界を覆われるが、床よりも天井に近い位置に設置してある通路の上では工場内を見渡せるため、ロボリアンの構造も見ることが出来た。

 アームの付け根は関節部分だからなのか他の場所より脆そうで、一撃でも当てれば破壊出来そうに見えた。


 作戦はこうだ。

 まずロボリアンとギアリアンの注意を惹くためにライオンたちが囮になる。これにはギアリアンの殲滅も含まれており、唯一遠距離攻撃が出来るツチノコのおかげでロボリアンの警戒を向かせられることからツチノコも参加した。

 その間にサーバルたちが奇襲をし両腕を破壊、無力化した所で石の捜索も兼ねてギアリアンの殲滅に移るという流れになっている。


「お前たち、準備はいいですね?」

「大丈夫!」

「いつでも平気だよー」

「どんと来いなのだ!」


 その返事が作戦開始の合図だった。

 今でも目の前ではライオンたちがギアリアンを薙ぎ払っている。

 いつまでつか分からない。

 どこまで削れるかも不明瞭だ。


 だから。

 迅速で、確実に。


 サーバルとアライグマはその両手にチェーンを握りしめたまま、金属の通路を飛び降りた。

 そして、床に足がつきそうなギリギリの位置で落下が終わる。

 手に握られているチェーンは通路の落下防止用の柵を介して博士とフェネックの手の中にある。

 つまり、それ以上落ちることがないように寸前でチェーンを引っ張っているのだ。

 四人はそれぞれ顔を歪ませた。

 チェーンが食い込んで激痛が走る。

 腕にかかる体重で、半端ではない負担がのしかかる。


 だが、その二つを気合だけで無視した。

 ジャングルでは蔦を使って別の木に飛び移る移動方法があるが、サーバルとアライグマはその要領でロボリアンの腕にチェーンを巻き付けるように回転する。

 ロボリアンはその現象に反応することすら出来なかった。

 チェーンは確実にその関節部分を捉え、ギチギチと締め付けていく。

 そして。


「うみゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「なぁのぉだぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 チェーンが引きちぎれるかと思うほど強く引き、ロボリアンの関節からは奇妙な音が響いて、やがて、その時は訪れた。



 ガゴンッッッ!! と工場内を反響し、同時にロボリアンの両腕が千切れ落ちる。



 ベルトコンベアはその速度を緩め、歯車も回転を止めていき、噴出するサンドスター・ロウもその勢いを落としていった。


「やったのか……?」


 その様子を遠くから眺めていたツチノコが呟く。

 刹那。


 先程とは比べ物にならないほどの極太の光線が突き抜け、凄まじい衝撃波と共に工場を半壊させた。



 13



 ロボリアンのアームを破壊すれば量産は止まり、ビームさえ気を付ければあとは簡単だと思っていた。

 でも違った。考えが甘すぎた。

 ロボリアンがビームを放った直後の一定時間の硬直。その意味を正しく理解していなかった。

 動物が活動すれば疲労を感じ、息切れや力が入りづらくなるのと同じように、ロボリアンのビームは大量のエネルギーを消費するため、その反動で動けなくなるものだと思っていた。

 それは間違いではない。

 だが、


 これはコンピューターにも動物にも当てはまることだが、複数のことを同時に片付けていたらその分リソースが割かれ、当然だが単体で見た時の作業効率は悪くなる。


 ロボリアンもそうだとしたら?

 今までのビームは既にリソースを割かれた状態で、弱体化していたとしたら?


 つまり、本当の戦いはここからだった。

 ロボリアンが無機質で不気味な摩擦音を鳴らす。

 その目は特定の場所を見ず、荒ぶるようにあちらこちらを見渡している。


 ガシャン! と背面の歯車が砕ける音がした。

 それはサンドスター・ロウへ姿を変えて、元々腕の部位があった場所に集まり、ある形に再構築していく。


 その右腕は高速に回転していた。

 先端に近付けば近付くほど鋭くなり、その表面には渦巻くように凹凸が存在している。

 その左腕はまるで鉤爪の付いた手のようだった。

 皿のような器に数本の鋭い爪が備え付けられている。

 その腕は縦横無尽に辺りを壊し、サーバルたちはその腕の意味を知る。

 ツチノコがその様子を見て、苦虫を噛み潰したかのように吐き捨てた。


「ドリルとバケット……とうとう本領発揮ってところか」

「なんなのさ、そのって……」

「どっちもヒトが使っていたロボットの一種だ……だが、今まで見てきたロボットだと思うなよ。あれは……」


 その眉間にシワを寄せて、こちらを睨むように見下ろすロボリアンを警戒する。

 そして、叫んだ。


「作られたものを破壊するためのロボットだ。一撃でもまともに食らったら命の保証は出来ねぇぞ……ッ!」


 ドリルは硬い岩石を砕くためのものだ。場合によっては岩盤すら砕く物が柔らかい肉に向けられたらどうなるかなんて火を見るよりも明らかだろう。

 一方バケットはショベルカーと呼ばれる物に取り付けられているものを指すが、ショベルカーは本来整地を目的として開発されたものだ。土砂を運搬する姿が一番馴染み深いかもしれないが、違った用途で使われることもある。


 例えば、見たことはないだろうか。その爪を持って、その力をもって建物を解体する姿を。


 ヒトは応用する。本来とは違った目的でも万物を利用する。

 ショベルカーは破壊するための物だと間違った認識を誰かに植え付けることも出来る。


 だから、ロボリアンは『再現』した。その破壊を、その機能を。


 破壊された壁からそよ風が頬を撫でる。

 創造から破壊にその意味を変えた兵器がその腕を伸ばしてくる。

 だが、それは時には自身の弱点を晒すことになるのだ。


 突然、博士の声が轟いた。


「お前たちよく聞くのです! セルリアンの石が見つかったのですよ!!」


 それは吉報だろう。ロボリアンは調整中なのか動くことはなく、博士は続けて言う。


「石はロボリアンの背面にあったのです! あの大きな歯車で隠れていたのですよ!! 良いですか! ここが正念場なのです、我々の力を見せるのです!!」


 言葉が終わる。同時に、その場の全員が己の武器を構える。

 その顔には笑みが浮かんでいた。


 目の前の脅威は強大だ。その破壊力は受けることはおろか掠るのも許されない。

 でも状況が違う。

 やるべきことが見える。

 出口が分からない迷宮に迷い込むような、そんな漠然とした不安と焦りは無い。


 その目に闘志が宿っていた。

 ギチギチと、改造が終わったロボリアンがその腕を構える。

 掠めるだけで命を刈り取られるかもしれない必殺の腕。


 しかし怯える必要はない。倒すための情報は出揃った。

 だから、あとは討伐ゴールに向けて突き進むだけだ。


 フレンズとセルリアン。

 同じサンドスターから生まれた、全く別物の種族。

 その二つが、再び動く。



 14



 バケットを再現させた左腕が振るわれる。床に散乱する瓦礫を巻き込みながら、標的に迫る。

 その先にいたのはサーバルとアライグマだった。


「「……っ!!」」


 地面を舐めるような一撃にサーバルは跳躍で上方へ、アライグマは後方に大きく飛び込むことで回避する。

 ロボリアンの左腕の大きさは大木程度の太さしか無い。それが地面すれすれを通過するのだから、高く跳ぶことの出来るサーバルにとって回避は容易かっただろう。

 だから、その行動は簡単に予測された。

 空いているもう片方の腕。無慈悲にもドリルを模るその右腕を、空中から重力に従って落ち始めるサーバルへ向けられる。


「──っ!!」


 強く目を瞑ってその時を待つ。

 気休めでも、何も意味が無くても、それでも恐くて目を逸らす。

 サーバルは何も出来ない。空を飛ぶことなんて出来ないから、その術を知らないから彼女は絶対にその一撃をかわせない。


 しかし、ロボリアンの右腕がサーバルを捉えることはなかった。


「まったく……先を考えないからこうなるのですよ。相手の二手先くらい読めるようになるのです。そうじゃないとお前のことが心配で夜に眠れないのですよ」


 頭上から呆れた声がする。

 少しの浮遊感の後、その体は地面に降ろされた。

 目を開けて周りを見渡せば、アライグマやフェネック、陽動を行っていたツチノコたちも集まっている。

 助けてくれた友人の方へ、サーバルは顔を向けた。


「ありがとう博士。助かったよー……」

「礼ならアレを倒してから言うのです。……お前たち、アレが本気を出した以上こちらもうかうかしてられないのです。幸い石の場所はもう分かっているので、不意をついて一気に倒すのですよ」

「了解なのだ!」

「はーいよー」


 ツチノコが何かを言いかけ、口を閉じた。

 フードの奥からロボリアンを睨みつける。


「オレたちはアイツの注意を惹けばいいんだな?」

「頼むのです。くれぐれも攻撃を受けないようにするのですよ」

「うむ、私たちなら平気だ!」


 ガシャガシャとロボリアンが無機質な音をたてる。振り向けば振り抜いたり突き刺した腕を元の位置に戻し、こちらの様子を伺っていた。もしかしたら射程の距離を測っているのかもしれない。

 もう、時間が無い。

 少なくとも博士はそう判断した。


「目標はロボリアンの石の破壊、それまで一発も当たらないように心掛けるのですよ。ロボリアンとの戦いは、これで終わらせるのです!」


 蒸気のようにサンドスター・ロウを噴き出しながらその腕を振りかぶるロボリアンに対し、サーバルたちは散開する。

 ロボリアンは散り散りになる彼女たちを目で追いながら、一番近くで武器を構えているものにバケットを振り下ろす。


 地面が割れる音が空気を震わせる。床の破片は飛び散り、その床だった地面は粉々に砕けていた。


「確かに大した怪力だ……だが、セーバルはもっと強かったぞ?」


 そこにそれはまだ立っていた。

 まるで当然かのようにバケットを受け止めながら、その顔にはしたり顔とも言える不敵な笑いが浮かべていた。

 角を模る槍をまるでつっかえ棒のように使い、今も真正面から対抗している。


 森の王とも呼ばれるヘラジカは、そのままバトンを戦友ライバルに投げつけた。


「今だ! ライオン!!」

「バカ野郎、無茶すんじゃねぇーよ……っ!」


 後方にいた彼女はそのまま真っ直ぐヘラジカの脇を走り抜け、その爪をロボリアンの腕に振り上げた。

 鈍い轟音が耳をつんざく。

 ロボリアンの腕は破壊されなかったものの大きく亀裂が入り、ヘラジカにかかる力が抜けた。

 余裕の表情はハッタリだったのか、ヘラジカは思わず膝をつく。

 それがロボリアンには大きな隙に見えた。回転するドリルをヘラジカに向ける。


 だから、その者は攻め込むことが出来た。

 サーバルはロボリアンを大きく迂回するように地面を滑りながら、足の裏で起こる摩擦で勢いを殺す。


 見える。ロボリアンの背面、おおよそ中心から少し下の位置に黒い結晶のような石が暗く輝いている。

 ロボリアンとの距離は一〇メートルもない。跳躍することもなく数秒もあれば走っても届く。

 爪を構え、体を傾ける。

 そして、石に向かって一直線に駆け出した。



 15



 コンピューターは様々な能力を持っているように見えるが、蓋を開ければ大きく二つに分けられる。

 一つは膨大な数にも対応できる演算能力。コンピューターの動作の全てと言っても過言ではなく、あらゆる機能はこれによって成り立っている。

 そしてもう一つは、驚異的な学習能力だ。

 例えば将棋の相手をする人工知能に最新技術の学習能力を持たせた場合、プロの棋士でも僅か数局で勝てなくなるだろう。

 例として学習する人工知能を用い、セキュリティを突破したという事例がある。

 試行錯誤を繰り返し、計算に計算を重ねて進化する。

 その時点で思い出すべきだった。

 陽動からの不意打ちという作戦は確かに初見の相手には有効打ではあるが、ロボリアンは既に経験している。


 故に。

 だからこそ。


 、ロボリアンの首が一八〇度回転した。

 サーバルは止まらない。いや止まることが出来ない。方向転換も、回避行動も意味を成さない。

 動物である限り、脳から体へ送られた命令を実行に移す時に必ずタイムロスが生じる。

 だから間に合わない。

 だから避けられない。

 この状況では、誰も庇いに行けないのだ。


 そして、その矢先。

 地面を何メートルも抉りながら、サーバルに向けて極太のレーザーが放たれた。


「「サーバル!!」」


 ライオンとヘラジカが叫ぶ。

 その場所に、サーバルはいない。


「クソッあのバカ、注意しろってアレほど言ったのに……ッ!」


 ツチノコは顔をしかめ、その場所を見る。

 悔やんでも何も変わらない。そんなことは分かっていても。




「………………………………………………………………………………あれ?」




 ふと疑問に思った。

 その違和感は先程まで無かったはずだ。

 その存在は先程まで無かったはずだ。

 振り切れない疑問を、ツチノコはそのまま口に出す。


「あんな穴、さっきまであったか?」



 16



 目の前が真っ白に染まり、直後に暗転した。

 次に襲ったのは浮遊感で、直後に全身を強く打ち付けた。


「……あれ? わたし、生きてる……? あれれ?」


 生きているという実感や安堵感より、何故無事なのかという疑問が先だった。

 そして、後方から声がした。


「だから言ってたじゃないかー。あのビームには気をつけてって。全力疾走という点ではアライさんといい勝負だよー?」

「……フェネック?」


 腰に手を当てて、呆れ顔で立っていた。

 上を見上げて、ようやく自分がどうなったかを理解出来た。

 落ちたのだ。しかもかなり深い穴の中に。

 フェネックの姿が見当たらない時点で、気付くべきだったかもしれない。


「助けてくれてありがとう……ごめんね?」

「お礼も謝罪も後ででいいよー。ほら、今ならロボリアンも隙だらけだからさっさと倒しちゃおーよ。結構深くまで掘ったつもりだけど、サーバルならきっと出られるよー」

「うん! 行ってくるね!」


 上を見上げながら膝を曲げ、体をバネのように使って大きく跳躍する。

 深い穴から脱出すると、すぐ傍に石があった。

 綺麗に着地するとその爪を構え、今度こそ仕留めるために走り出す。


 それをロボリアンが許すわけがない。

 なんとしてでも阻止しようと、無機物の爪で薙ぎ払う。


 ……しかし何も起こらなかった。


 ギチギチと不愉快な音を鳴らすだけで、左腕は動かない。

 それもそのはずだ。バケットを再現させた左腕は、ヘラジカの槍が杭のように床ごと貫き、ライオンと二人がかりで抑えつけられているのだから。


 ならばと空いている右腕を振りかざす。

 バケットよりも恐ろしい、岩盤も砕く凶器。


 ……だが、それも意味を成さなかった。


 遠くの方で声がする。


「ふはははー! 思い知ったかロボリアンめ! これがアライさん特製のチェーンロープなのだ!」

「……鎖をつなげて長いロープにしたのは感謝しているのですが、危険を冒してまでアレに巻き付けた私も称賛されてもいいと思うのですよ?」

「む、それなら博士とアライさん特製のチェーンロープなのだ!!」

「はぁ……まぁそれでいいのです」


 ロボリアンの両腕は封じられた。

 ビームも既に撃ってしまった。

 あれだけいたギアリアンも、もういない。


『────ギィッッッ!!』


 だが、ロボリアンは最後の最後で抵抗した。

 一度ビームを打てばエネルギーを蓄える時間のため何発も連続で撃つことが出来ない。

 であるなら、たとえ蓄積が充分でなくても放ってしまえばいい。

 射程範囲も短くなるし、その太さは格段に細くなる。

 だがそれでも、『咎』がある限り負けることは出来ない。


 幸い標的との距離はもう無い。細くても金属を断ち切るほどの威力は備えている。

 だから抗うために、その一撃を放つ。

 サーバルは躱せなかった。回避しようと考える時間すら与えなかった。


 でも、そのはずなのに。

 放たれた雷光は逆方向からのビームによって明後日の方向へ進路を変えた。

 その元凶。

 フードを被り、奥で青い瞳を輝かせる少女は、笑いながら告げたのだ。


「……チェックメイトだ」


 直後、サーバルが振り下ろす爪がロボリアンの石を的確に捉えた。

 パキンッとヒビが入り、まるで建造物が倒壊するようにロボリアンはあっさりと瓦解した。



 17



「つ、疲れた……」


 サーバルがへたれこむ。無理もない。彼女は張り詰めた緊張感の中で戦ったのだ。博士やフェネックの助けが無ければ何度命を落としたかなんて数えたくもない。


「終わった~……疲れたなぁも~」


 そんな声を上げながら、サーバルの元にライオンとヘラジカが、少し遅れて博士がアライグマを運びながら集まってきた。


「これで終わったわけじゃないが……まぁ、少なくともかばんの妨害にはなっただろうな。あのまま放っておけば今頃ここら一帯はギアリアンで埋め尽くされてただろうし」


 ポケットに手を突っ込んだままツチノコが歩み寄る。フェネックも穴から出てきたのか、気付けばアライグマの隣にいた。


「これで次に進めるね! ……博士?」


 見れば博士がしかめっ面でロボリアンの残骸を眺めている。腕を組み、その手を顎に当てて何やらうんうんと唸っていた。


「……妙なのです」

「何が?」

「セルリアンはその活動を強制的に停止されたら粉々に砕け散ってサンドスターになるはず……なのにこうしてまだ残骸が残っているのはおかしいのです」

「考えられるとすればサンドスター・ロウが尽きていた……エネルギーとして消費してただけで本体は別物だった……くらいか。いや、……いや!」


 血相を変えて後退りをする。それにつられて、ロボリアンの残骸に目を向けた時だった。




 ぎょろりと、ロボリアンの瞳がこちらを睨みつけるように動いたのだ。




「お前たち! 急いで距離を取るのです!」


 博士の指示で全速力で後退する。

 まるで映像を巻き戻すかのように、ロボリアンの肉体が元に戻っていく。

 直方体の胴に、ベルトコンベア。背面には巨大な一枚と、一組の回転し続ける一回り小さい歯車。両側面にはバケットとドリルの他に、ギアリアンを量産するための腕も復活していた。


「石を割られても、自己修復が出来るのか……」


 倒せない。

 倒せるわけがない。

 自分たちの常識が通じない。石を砕けば倒せるというセオリーが存在しない。

 勝ち目など、最初から無かったのだ。


 その時、一歩決心するように前へ出たけものがいた。


「ここはアライさんに任せて、サーバルたちはセーバルを追いかけるのだ」

「そんな……っ」


 アライグマに声を掛けようとするサーバルを、ツチノコが腕で静止する。


「……囮になるのは構わんが、それはオマエがいなきゃ匂いを追えないということも考えているのか?」

「ツチノコは鼻が利くのだ。お前ならアライさんの代わりに匂いを追えるのだ」

「チッ……気付いていやがったのか」


 おそらく、ツチノコはそれを材料に止めるつもりだったのだろう。しかし通じなかった。

 確かに、ツチノコはあの時言ってしまったのだ。



『何で行き止まりの方向に全力疾走してんだよ! どう考えてもあっちだろォ!!』



 この言葉は方向を知らなければ言うことが出来ない。

 アライグマとツチノコは行動の方向性のせいで接点が少ない。だからどちらも相手の得意なことを深くは知らない。この旅の中で知ったことの方が多いのだ。

 だからこその策だったが、説得するには弱すぎた。

 横から声がする。


「じゃあ私もアライさんに付き合うよー。今まで通りにねー」


 そう言って、フェネックはアライグマの傍に近寄っていく。

 その先では、ロボリアンが修復を続けていた。


「早く行くのだ。かばんさんを止めるまでこいつはなんとかするのだ!」

「無茶だよアライグマ! みんなで一緒に──「分かったのです」 博士!?」


 次にサーバルの言葉を遮ったのは博士だった。

 真剣な眼差しで、アライグマの背中を見続ける。


「お前の決意はよく分かったのです。しかし一つだけ、約束してほしいことがあるのですよ」

「……何なのだ?」

「全て終わったら、お前のその奔放さを我々に見せるのです。勝たなくてもいい、逃げても構わないので、それだけは約束してほしいのですよ」


 アライグマは止まらない。そんなこと、一緒に行動しなくても分かることだった。

 それならせめて、辿り着く先を用意するのが本当の優しさではないだろうか。

 止めることだけが慈悲ではない。

 安全地帯に置いとけば幸せだと思うほど単純なことではない。


 だから背中を押す。たとえその先が地獄であっても。やらなかったことへの後悔ほどの地獄は存在しないのだから。


「約束するのだ。絶対に、全部終わったら博士たちに嫌っていうほどアライさんの凄さを教えてやるのだ!」


 顔は向けない。言いたいことはその背中で語っている。

 早く行け。ここで道草を食ってる場合ではないのだと。


 その言葉を受け取った。その想いは伝わった。


「行こう、みんな。セーバルを追うぞ」


 ライオンがそう言って背中を向ける。ヘラジカは短く返事をするとその後を追い、ツチノコは何も言わずに続く。

 サーバルは意を決したように口を開いた。


「頑張ってね……アライグマ、フェネック」

「任せるのだ」

「サーバルもねー」


 それ以上言葉は交わさなかった。サーバルは泣きそうな顔で顔を背け、工場を後にする。博士もそれを追った。

 そして、工場にはアライグマとフェネック、ロボリアンだけが残された。


「フェネック、巻き込んで悪かったのだ……」


 風が仰げば消えてしまいそうな声だった。アライグマの拳は小刻みに震えていて、フェネックでなければその声を聞き取ることは出来なかっただろう。


「ずっと、ずっと考えていたのだ……。もしあの時、アライさんがヒトに近付かなければかばんさんは変わらずに済んだんじゃなかったのかって……」


 零れ落ちたのは普段のアライグマからは想像もつかないような『弱音』だった。

 いつだって明るく、どんな時だってそんな姿は見たことがなかった。


 あの時、初めてヒトのちほーに辿り着いた時、アライグマは脇目も振らずヒトに近付いていった。確かにそれが発端だったかもしれない。それを、彼女はずっと後悔してきたのだ。

 自分を責めて、罪悪感に苛まれて、でもその一切を悟られないように気丈に振る舞っていた。他の誰でもない、いつも傍に居続けてくれた親友に心配をかけないために。

 きっとロボリアンの相手をするという行為は、そういう贖罪の意味もあったのだろう。

 その顔は見えない。自分よりも前にいるアライグマの表情を窺うことは出来ない。

 でも、そんなことをする必要は無いのだ。

 きっと、今のアライグマに生半可なフォローは逆効果だ。中途半端な言葉では、抱えてる重荷を更に重くさせるだけだろう。


 それを冷静に分析して、優しい微笑みを浮かべたままそっと、震える肩に手を乗せる。


「アライさんだけのせいじゃないよ。私も、博士も、サーバルも……パークの皆だってかばんさんの異変に気付けなかった。これは皆の責任なんだよ、アライさん。だから、私にも一緒に背負わせて。一人で全部抱え込まないでよ。『困難は群れで分け合え』でしょ?」


 震えが、止まった。

 そしてこらえるようにまた小さく震える。

 目をグシグシと腕で拭い、アライグマは勢いよく顔を上げた。

 その時ようやく、フェネックは彼女の顔を見た。


 変わらない、輝かしいあの笑顔がそこにあった。

 変わらない、いつもの相棒パートナーがそこにいた。


「だからそのためにも、あのロボリアンを何とかしなくちゃねー?」

「心配ご無用なのだ! アライさんとフェネックがいれば、どんなことだって出来るのだ!」


 アライグマは乗り越えた。

 だからもう大丈夫。

 横に並ぶいつもの二人。

 自由奔放で腕白なアライグマに、冷静沈着なフェネック。

 そんな凸凹コンビでも、二人が揃えば怖いモノなんて何も無い。


 ロボリアンが修復を終えた。ギアリアンの量産を始め、無機物の凶器をアライグマたちに誇示する。

 でも、不思議と恐怖も不安も無かったのだ。

 ここからは防衛戦。サーバルたちへの妨害を防ぐための持久戦。

 恐れる必要はない。

 怯える必要もない。

 ただ真っ直ぐ見据えて、立ち向かえばいい。それだけの話だった。


 三者が同時に構える。

 そして、宣言するようにアライグマは言い放った。


「アライさんたちに、お任せなのだー!!」

「はーいよー!」


 直後に衝突が起こり、終わらない戦いが始まった。

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