第一章 感染者──十二項

 暗視ゴーグルの下で見開かれたギデオンの目には、ふたりのちぐはぐで奇妙な男らが好奇心をくすぐる興味の塊として写っていた。世界が崩壊するもっと前から存在し、かつて己も所属していた財団“Vulgar”の、今を担う若き遂行者エージェントたち。大した地位も名声も手柄も無い、走らされるだけの探索者が何人束になっても適うことの出来ない、圧倒的な生存術、戦闘術と知識の持ち主。あの頃の憧れであり目標であり、がむしゃらに追いかけた背中であった、瓦礫の街の救世主メサイア


「ギディ、ギディ? 突然黙り込んでどうした。こんなところでの長話は御免だ、急ぎで奥まで案内してくれ」

「あ、や、何でもない。小気味悪い化け物もいたもんだなと少々な」

「いで立ちだけで淑慰を化け物と呼ぶのはいささか気が早いと思うがね」


 雷路が歩き出せば、すかさずその横を淑慰が付いて歩く。主人の隣を守る忠実な犬そのものだ。ギデオンは彼らへ背を見せるのに抵抗を感じながらも、短い廊下の奥へ先導して進んでいく。

 閃光筒の明かりも届かなくなる辺りで、ギデオンがぴたと立ち止まった。もう到着かと首を傾げて前方を確かめる雷路の目に飛び込んできたのは、赤錆でびっしりと覆われた太く頑丈な柵扉だった。掛けられた南京錠は冗談のように巨大で、ほとんど小さめの岩である。閉鎖病棟跡というだけに唯一の入り口のセキュリティは厳しいのだな、などと考えていると、ギデオンが横顔のままに口を開いた。


「いいかい“首輪付き”、それからそっちのデカいの。この先は本当に危険な空間だ。感染者がうようよいるだけでもまずいというのに、それらのややが進行具合のひどい感染者、要は


 淑慰が柵の向こうから漏れ出てくるどんよりとした空気に反応してそわそわと落ち着かなくなってきた。雷路は両手をズボンのポケットに仕舞い、退屈と言わんばかりに首を回している。この男の余裕っぷり、一体どこからくる自信がそうさせているのか、ギデオンは不思議に思いつつ扉の南京錠へと手を伸ばした。


「……事実、君の部下たちは先日の彼らを含め何人かが既にこの中を目指して死んでいる。私は“あの娘”を守れるのなら何でもいいんだ、死ぬほど欲しいのなら、死んででも連れ出して見せるんだね」

「ああもちろん。言われなくても」

「君たち財団は彼女をなぜそこまでして?」

「やめた人間には関係ない。知りたければ頭下げて疾駆者ランナーからやり直させてもらえばいい」

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