第一章 感染者──三一項

「もうひとつ。初対面時点で、俺が財団の人間だってことを確信していたのか」

「まあ半分そう、半分違うね。とは言っても、今冷静に考えてみれば、訓練もされてない野良犬程度がこんな雨降る夜にのこのこと廃屋探検なんか出来やしないんだよな」

「それもそうか」


 雷路の鼻笑いの声が後を引く。


「他に聞きたいことはあるかい?」

「ああ、いや、満足した。お前の番でいい。何が知りたい」

「……少し多くを語らせてしまうかもしれないのだけれど、いいかな」

「ああ、気にするな。口は達者な方だ」


 雷路が体を戻して再び頬杖をつく。つまらなそうな表情のナチと姿勢を正すギデオン、それから明後日の方向に気を取られる淑慰。部屋の東側の角で燃える蝋燭が、どこかからの風の流れに火を震わせた。


「教えて欲しいんだ。実際、世界崩壊が宣言されたあの日から、一体何が起こっているのか。なんで君たち財団Vulgarがナチを必要とするのかを」

「とんでもなく馬鹿長い話になるぞ」

「詳しければ詳しいほどいい。幾らでも、知っていることを教えて欲しい」

「そうだな、自分らが生きる世界がおかしくなった理由くらいは、ちゃんと知っておいてもいいかもしれないな」


 ナチと淑慰が雷路へ意識を向けた。ギデオンに関しては前のめりになって食い付いている。雷鳴の轟がまたひとつ足元を揺らした。雷路の口角が吊り上がり、白い歯が覗いた。部屋の空気が一瞬、時を止めたように張り詰めた。


「遡ること十二年前の、二〇三七年。前触れもなく発生した、謎の腐敗病がひとりの少年の命を奪ったことが始まりだったんだがね──」

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