第一章 感染者──三二項
西暦二〇三七年、六月二日。イギリス、ウェールズの西海岸沿いに所在する小病院で、ひとりの罪無き少年が命を落とした。正確には、担当医師の個人的判断により終了された。医師は自ら通報、到着した警察隊に対し、少年の身体異形化、異常なまでの運動能力の向上、豹変による暴走等、にわかには信じ難い被害を訴え少年殺害の罪を弁明しようとした。しかし彼の懸命な訴えも虚しく、この件で当時少年を担当した医療関係者は全員が懲戒処分となり、かの医師は終身刑を宣告されたのだった。これは世の人々を震撼させるには十分すぎるほどの衝撃を以て国内へ広まり、忌まわしき事件として語り継がれることとなったのだ。
それから二ヶ月が過ぎようとしていたある日のこと。ウェールズ南東に位置する首都カーディフの病院へ、原因不明の奇妙なあざに苦しむ若い女性が運び込まれた。彼女の全身は透明な粘着質の液体を分泌する赤黒いあざによって蝕まれており、医師へ強い痒みと不快感を伴うことを訴えた。そして搬送から四時間ほどが経過した頃、彼女は突如意識を失い、変異を始めた。当時の記録文書によれば、彼女は痙攣発作の中で頭部を除く身体の至る部分を脈動させ、赤黒いあざからとめどなく血液を噴出しながらのたうち回ったという。しばらくすると今度は意識の無いまま二本の足で立ち上がり、耳を
──これらが、世から安寧と秩序を奪い、我々人間に“世界の崩壊”とまで言わしめた悪夢の序章であった。
同年九月。異質で
初期感染区域に指定されたのは、二度目の事件の舞台となった首都カーディフを中心として近隣に位置するニース・ポート・タルボット州区、マーサー・ティドビル州区、ブライナイ・グエント州区、トルヴァエン州区、そしてポーイス州の南東一部地域。短期間での急激な患者数の増加により、ウェールズ内の医療機関はパンク状態に。隣接のイングランドへ助力を求め対応可能な受け入れ口を増やすなど尽力するが、結果的にイングランド内で感染者を出してしまう二次災害を引き起こし早々にその機能すら麻痺させてしまうこととなった。
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