第一章 感染者──三三項

 初期感染区域の認定から数日、WHOの元へ新たに中国、アメリカ合衆国での集団感染報告が上がる。どちらもグレートブリテン島自体からかなり離れた場所であり、これまでの騒動の間、一度もこの不可解な病と関わりの無かったはずの地であった。

 まず中国。感染区域指定されたのは、山西省南一部地域、河南省北一部地域、安徽省、広西自治区東一部地域。次ぐアメリカ合衆国。アイダホ州、ワイオミング州南西一部地域、カンザス州北一部地域、オクラホマ州、インディアナ州北東一部地域、オハイオ州北西一部地域、ノースカロライナ州。

 注目すべきなのは、これら感染区域ブロックは不規則に位置していながら、すべてが同じタイミングで集団感染を引き起こしていること。共通点も関係性もない離れたブロック同士が、まるで示し合わせたように同時に大量の感染者集団を出したのだ。皮膚を溶かし、理性を奪い、身体を異形化させる恐るべし原因不明の病。発生源も感染経路も、有効な処置すらもはっきりとしない、呪いのような悪夢。感染区域に残された人々は、いつどこから己を迎えに来るかわからないに付きまとわれる恐怖の中で、ただひたすら祈る他なかった。

 この報告を受けてWHOはウェールズ内で発生した初期アウトブレイク及び中国・アメリカ合衆国での次期アウトブレイクを“暫定的災害級パンデミック”に指定し、英国研究倫理委員会REC及び米国機関審査委員会IRBの助力介入の元、事態の鎮圧と該当地域の洗浄作業を行うことを計画。任務遂行にあたっての臨時拠点として“指定暫定的災害級パンデミック対策委員会”を特設し、当件の早期収束に向けた本格的な活動が始まった。

 しかし、事態はそう簡単に収まらなかった。それどころか指定感染区域は瞬く間に範囲を拡大し、ゆっくりと確実に感染者の数を増加させていった。始めは突発的に発生したアウトブレイク地点と隣接する地域。それから、そのまた隣に接する地域。そしてひとつ山を越えた向こうの地域。常軌を逸する早さで拡大を続ける感染エリアはいよいよ、海や山を越え世界各国の至るところへと飛び火し始めてしまったのだった。


 そして来たる二〇四一年、八月十九日。WHO率いるパンデミック対策委員会と全協力機関の三年以上にも渡る粉骨砕身の奮闘虚しく、国際連合UN・総会は厳粛なる審議の果てに、人類の歴史上初となる“世界崩壊宣言”を声明した。宣言の内容は読んで字のごとく、今現在の我々が持てる知識、技術、財産、人的資源、そのすべてを集約したとしてもこの忌まわしき感染病を排除または抑圧することが不可能であった、との意。声明は世界の人々から唯一の期待や希望を拭い去った。人類と人類の歴史は緩やかな死へ向かって後の時間を消費していくだけ。いつかのそう遠くない最期の瞬間までを時限とする爆弾の導火線に、冷たい火が灯されたのだった。

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