第一章 感染者──三十項
五、
硬質な絨毯の上、円を描いてそれぞれ思い思いに腰を下ろした四人の男女は、中央で気まぐれに点滅するランタンを見つめながら黙り込んでいた。静寂の中では、遠く壁の向こうで降り続けている雨音すらも息を潜めているように静かで、忘れた頃に床を伝って轟いてくる雷鳴の鼓動以外に大したアクションは無い。
耐えかねたのかその気になっただけなのか、初めに口を開いたのは雷路だった。スーツにシワが寄るのも意に留めず胡座をかき、その膝の上で頬杖をついて。ランタンの
「ギディ。俺はあの三階でお前と会ってから地下まで行動を共にする内、幾つか疑問が浮かんでいてね。なに、そんな気難しい話がしたいんじゃない、素朴な疑問なんだがね」
「……私に答えられる範囲でなら」
「答えられるさ、ギディ。さっそく質問をしてもいいか」
「いいよ。どうぞ」
雷路の左隣で、ナチが訝しげに彼と淑慰とを見比べている。ボロ布を何とか着られる形に継ぎ合わせただけ、と表すのが最も相応しいような衣服から覗く白い腕と脚をすっかり縮めて丸くなりながら、この突如やって来た正体不明の来訪者らを品定めしているのだった。彼女の視線に気が付いて、向かいの淑慰がちょこんと首を傾げる。ナチが慌てて顔を伏せる。
「それじゃあ。“私のいるところに
「比較的安易な仕掛けだよ、なんてことはない。単純な話、ナチをここへ隠して行ったある男が、建物周辺に無数の罠を敷いて行ってくれたんだ。何せ彼は軍人でね、国軍の少尉なんだ──まあそれはともかく、地下の奴らやそこらに落ちてる死体共はほとんどが元からここに住んでた人間。私を除いてみんな死んだけれどね。今外からここへ入り込もうとするなら、明瞭な判断力と体力が無いと厳しいかもしれないね。つまり意識もハッキリしない感染者などはそもそも侵入は不可能ってことだ」
ランタンがいよいよ限界を迎えたのか、何度かの激しい点滅の後に消灯し、それっきり明かりを灯さなくなってしまった。部屋には蝋燭があるため真っ暗闇とはいかずに済んだが、どういうわけか、しんみりとした気持ちが全員の心に芽を出した気がした。
「それにしたって、万が一に抜け道から侵入してきた感染者までをゼロに出来ると言い切るのは難しいだろう」
「彼らが恐ろしいのは感染後間もなくの段階だけだ。病が進行してからはゴミの山みたいなグズグズの塊になってあんまり動かなくなるだろう? だからその間だけ意識して遭遇を避けていれば、数日もすると脅威じゃなくなる」
「感染自体の脅威を除けば、確かにそうだな」
「この頃はもう中で生き残った人間もいないから、新たな感染初期の奴らっていうのが出て来なくなって有難いよ。いくらでも歌えるからね」
ランタンを手に取り縦に横にくるくると回しては、どうにか直らないものかと色々な部分をいじくり出すギデオン。骨董品と呼んでも差し支えないようなこの古びたランタンには、余程の思い入れがあるのだろう。これを傍からナチが何も言わず、じっと見つめていた。雷路はまだ続ける。
「俺と淑慰はここまで車に乗ってきた。巣穴の近くに軍が装甲車を忘れ物していてな。ちょうど良かったんだ。建物のすぐ手前に乗り付けて、そこからは壁を伝って上層階の割れた窓から侵入した。それで、だ。結構地上も歩き回ったんだがその間、あんたの言うような罠らしきものには出くわさなかったぞ。……ザル設置みたいだが、ちゃんと機能しているのか」
「悪いけど、詳しい罠の置き場所やそれ自体の機能は知らされていなくてさ。ただ、これで誰も来れやしない、君とナチは絶対に安全だ、としか言われてないんだ。事実、あれからも野良犬はちらほら訪ねて来ていた。幸いみんなまともな人達ばっかりだったよ」
「ほおう、最高にファンタスティックな罠だな」
淑慰が己の肩から砂を払い落とした。隣で皮肉を口にする相棒が呆れた顔で仰け反っている。黒いレースのこちら側からギデオンを見やれば、彼はランタンを諦めて床へそれをそっと置いたところだった。
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