第一章 感染者──十三項
南京錠がガチャガチャとやかましく音を立てて外れ落ちた。ギデオンのアイコンタクトを受けて雷路と淑慰が前へ出る。赤錆の柵扉は指先で触れただけでもよく軋んだ。剥がれた塗装が花びらのように散って、足元の汚れたコンクリートの上のゴミと同化していく。
「最後に聞かせてくれ。私は君らが死んでも構わないから止めはしないけれど、本当に入るんだね? いや、いくら私だってこっそり鍵を閉めたりするほど嫌な奴じゃない、 逃げ道は残しておくよ。だけど」
ギデオンが早口にそう問いかける。心の底では心配しているのか、あくまでも良心がそうさせているだけの上辺なのか、つらつらと堰を切って雪崩出る言葉の所々にはふたりの命知らずたちを気遣うような色が滲んでいた。それを雷路は掌で制し、柵扉を押して中へと足を踏み入れた。
「死ぬやら死なないやら、俺たちはそんな惨めな理由で進むことを躊躇ったりはしないんだギディ。人間であれば死ぬ時は死ぬ、迷ってどうする、決めるのは俺じゃない」
「らいじ、あっちから嫌な匂いがする。たくさんする」
明かりが足りなくて表情は読めなかったが、ゆったりとギデオンを諭す雷路の声はいつもに増して低く、嗄れていた。怒りでも哀れみでもない、もっと複雑で単純な感情で語られるそれを、ギデオンは黙って聞くことしか出来なかった。格が違いすぎたのだ。死に怯え、暴力に怯え、無差別に脅威を蔓延らす病に怯えて毎日を喘ぎながら生きる自身とは意志の強さが桁違いにずば抜けている──雷路という男は、まさに恐れるものを持たない無敵の者。ギデオンには彼を止めることも励ますことも出来やしないのだ。
「
「それはノープロブレムだよ。……けど、中は感染菌の温床だ、君たち対策はあるのかい?」
淑慰が雷路の掛け声を皮切りに淀んだ闇の中へと勢いよく飛び込んでいったが、一瞬にして足音も姿もくらんでしまった。まるで異世界へと通じる魔の穴へと消えるように、後に残されていたのは静寂と黒だけであった。雷路が、ああ、と声を漏らす。
「心配は要らないぞ。むつかしい部分を省いて単刀直入に言うところの、つまり──俺と淑慰は平気だからな」
彼はそれだけ告げると、淑慰を追って歩き出した。ひとりぽつねんとその場に佇みながら、ギデオンはひたすらに混乱する自身の頭との戦いに意識を投じる他なかった。
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