第一章 感染者──十六項

「淑慰! モルターには構うな、とにかく周りの三体を手っ取り早く仕留めろ!」

「頑張る!」


 ギリギリで人型を保った感染者三体が、がむしゃらな動きで宙へ飛び上がった。ここまで理性を失っていても、協調性は普通の人間よりあるらしい。彼らは身構える淑慰ただ一人をその見開かれた瞳に据え、出処のない殺意を剥き出しにして襲いかかった。


「はあっ!」


 普段は拙い話し方をする淑慰が、凛と張り詰めた掛け声をあげる。と、同時にしなやかに身体を捻って反転、さらにもうひと捻りするのに合わせて長く逞しい脚を頭上高くまで突き上げた。回転の遠心力を乗せた渾身の踵は見事感染者のひとりの脇腹を捉え、衝撃で身体をくの字に曲げたそれによって巻き込まれた他のふたりごと強く、ひどく強かに壁へ叩きつけられた。感染が進んでいた男などは、圧力に耐えかね派手な血飛沫を上げて完全に千切れてしまっていた。


「グッボーイだ、淑慰」


 この凄まじいまでの威力と破壊力。これこそが淑慰という男の武器であり、他の追随を許さない精度を誇る特技であった。鍛え抜かれたボディは常軌を逸した体幹によって支えられており、それを軸として行う回転には一切のぶれは生じない。エネルギーを少しも逃すことなく溜め込んだ重い重い一撃は、彼の鈍重な軍用ブーツの踵からフルパワーのままで打ち出されるのである。これはまさに鍛錬の賜物、煩悩に屈せず黙々と努力を積んだ者にしか成し得ない、純粋なチカラの術なのだ。


「らいじ、モルターはどうするの!」

「少し待て! 今を探している!」


 残すはぐずぐずの異形、モルターのみとなった。モルターは呻きこそするが、何か行動を起こすわけでもなくその場に鎮座している。気色の悪い置物、と思えば害は無さそう──と、普通の人間なら考えるのである。


「……見えない、なぜこんなに見えないんだ! これは面倒な個体に当たったぞ」


 モルターと呼ばれるこの重度感染者の成れ果てたちは、体内で増殖したウイルスが筋組織の一部を肥大化させ活動源とする心臓部位、“核”を身体のどこかに持つ。これは元となる人間の心臓とはまったく別の位置、それも個体差を以て形成され、恐ろしいことにその再生力は全体の八割程までの破壊であれば一夜で元に戻すとまで言われている。

 雷路は絶え間ない呻き声の反響に神経を集中させていた。核は大概、彼らの内側に深く埋まるようにして存在する。個体によっては出会い頭にこれを発見出来ることもあるが、今回の個体はどうもそう簡単には見つけられない位置にあってしまっているようだった。

「見つけたら教えて、必ず一発で仕留めるからね」

「ああ、絶対に最後までり潰せ。オーバーキルでも足りないくらいだからな」

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