第一章 感染者──二七項
少女が小さく悲鳴を上げた。続いて暴れ回る金属物の音。訪問者たちの強引な入室を察知して、慌て始めたらしい。雷路は淑慰を近くに寄せて、ノブを握り込む。少女は絶え間なく品の無い罵詈雑言を喚きながら必死に威嚇しているようだった。雷路の耳から見えてくるのは彼女の震える膝、震える手。構えたハンドガンの引き金に掛けられた指先が徐々に力を帯びるのがわかる。押し入るタイミングを見誤れば、正面から鉛玉を受けてしまうだろう。
「対象は興奮状態、拳銃を所持、十一時方向へ五メートルの位置だ。足元の放置物品注意。行け」
「わかった」
雷路は悩みなどしなかった。わかる範囲での対象の情報をつらつらと呟き、間伐空けずに勢いよく扉を押し開ける。通れるだけの隙間が出来るか出来ないかという内に、淑慰が閃光筒を捨てて室内へと飛び込んだ。雷路はすかさず身を引いて、扉の真ん前から避ける。それと同時に連続した二発の発砲音が弾けた。
「とんでもない血の気と度胸だ」
数秒前まで雷路が立っていた辺りの扉板に、ふたつ穴が空いていた。弾痕だった。丈夫さが特徴のチーク材も、デザインによって厚さが控え目な部分はやはり撃ち出された銃弾の衝撃には耐えられないらしい。そんなことを考えていると、部屋の中から少女の離して、という切実な叫びが発せられた。銃撃を受ける危険性は消滅したと判断して、足元の閃光筒を拾いつつ悠々と部屋へ踏み入ってみると、そこにあったのは。
──壁一面が赤レンガで囲まれた、温もりある隠れ家風の広い部屋。石造りの床には赤い織物の絨毯が敷かれていて、その所々に金糸での賑やかな装飾が施されていた。目の高さの少し上ほどに等間隔で備え付けられた真鍮のフックには、年季のある猟銃、鹿の頭の剥製、朝焼けと湖を描いた絵画、青い鳥が住む木箱を模した時計などが丁寧に飾られている。そして四隅では太い蝋燭らが煌々と燃えており、これらを一望するのに申し分のない明るさが確保されていた。
「離せ、離してって言ってるのよこのやろ!」
「らいじ、女の子捕まえたよ。この子が探してた子?」
部屋の中央で雰囲気に相応しくない大声を張り上げているのは、淑慰に羽交い締めされ大暴れするひとりの少女。歳は十代半ばそこらだろうか。垢抜けない幼さを残した、しかし大人の女性の面影を孕んだ顔が怒りと焦燥でくしゃりと歪んでいた。乱雑にまとめただけの黄金色の髪は埃を抱いてすっかり汚れきっている。雷路をキツく睨むアーモンド型のくりりとした目は息吹く青葉の輝きに濡れて、白く張りのある肌と相まりより一層鮮やかに見えた。背丈は淑慰の胸元よりも低いくらい、細さに至っては彼の三分の一にも満たないのではないかと思うほどに華奢な体つきをしていた。
「淑慰、グッボーイだ。上から事前に知らされていた情報なんざせいぜい年頃の話くらいだったからな、断定は出来かねるが、ギディの話しぶりと居場所からして十中八九こいつだろう」
「近づくな、こっちに来るな! あんたは早く離して!」
「おいバカタレ、スピーカーみたいな音量で騒ぐな。場所が場所なら奴らが死ぬほど集まってきてるぞ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます