第一章 感染者──四十項
「淑慰、ナビゲートしてくれ! 俺は今まったく目が見えない、面白いくらいに真っ白さ……!」
雷路が半ばやけくそといった様子で声を荒らげた。手探りでライトスイッチを捻り、右の手で感覚のままにシフトレバーを操作する。本当に視界が定かでないらしく、その動作の一つ一つに指が迷うのが見て取れた。淑慰が返事をするか否かの内に車体が急発進し、後部座席の下方から男女の呻き声が聞こえてくる。
「聞いて、向こうにもたくさん……しゅくいたち、感染者の群れの中だ!」
「お前を外に出さなくて正解だった、とてもじゃないが頭数勝負の相手に単騎で迎え撃てるとは思えないからな」
後方に限らず、前にも横にも斜めにも、いつの間にかぞろぞろと集まってきていた感染者が群れを成して迫ってきていた。彼らが寄ってきたというよりは、雷路たち四人が彼らの群れの中へ迷い込んだようなのだった。理性のない恐ろしい狩人の縄張りに、獲物が自ら飛び込んだような具合だ。判断を誤りあの場で立ち往生していたら、間違いなく命はなかっただろう。
「らいじ、四十度くらいの右カーブ十メートル! 直進……三十度くらいの左カーブ十五メートル!」
「目が見えないままでの運転なんざ生まれて初めてだ、雨がやかましすぎて“聞こえ”もしない!」
「直進、二百メートルオーバー、誰も追ってきてないよ!」
幾人かの感染者を轢き倒したり突き飛ばしたりしながら暗がりを延々と駆け抜けていく。しばらくすると感染者の姿が見えなくなり、カーブを繰り返す獣道が安定した直進に差し掛かった。淑慰は未だこちらを追跡する影が無いのを確認してから、座席下でひっくり返ったギデオンとナチを一人ずつ引っ張り出してやる。ふたりはしばらく逆さまになっていたせいか、血が上って顔が真っ赤だった。ギデオンが首を振り、ふう、と息をつく。
「……私としたことがうっかりしていた、そうだね、ここは外の、さらに屋外だ。感染者と長いこと顔を合わさずにいて平和ボケしていたんだ。こういう危険が山ほどあることすら忘れてね……!」
「ギディ、反省会は後でたんまりやってくれ。下手すれば
雷路の視界が正常を取り戻し始め、覚束無かった運転が確かなものになる。踏み込んだアクセルにエンジンが嬉々とした叫びを上げた。車体は道の些細な石にもひどく揺れたが、快速で感染者らの住処を抜けられるならばこれっきし、どうということはなかった。
感染者の影がまったく見えなくなった頃、今までのぬかるんだ獣道が突如として舗装されたコンクリート道へ変わった。とはいえ舗装状態はかなり悪く、大きな亀裂や隆起、陥没が頻繁に窺えた。そこそこの速度を保ったまま大穴の上をタイヤが踏み越えた際の衝撃の凄さといったら、幼児ならば車から放り出されてしまいそうなほどだった。そういった揺れの度に思い思いの呻き声を漏らしながら四人は先へと進む。雨もピークを過ぎたのか、ほんの少しだけ軽くなったようなそんな気がした。
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