第一章 感染者──四七頁

 あたたかな陽光射し込む連絡通路を抜けるとそこ待っていたのは、エントランスホールとはこれまた趣の違う、黒い世界だった。天井から壁から、何もかもが黒で統一された厳かな空間。床の黒大理石に無数に這う純白の模様が、雰囲気を上品に纏めている。

 雷路とナチは、吹き抜けのど真ん中に煙のように立ちのぼる巨大な螺旋階段を登ってゆく。支柱や手摺りに金箔を用いた、それは豪壮な階段だ。ナチは生まれて初めての螺旋階段に目を輝かせて、次の階層に着くまでの間、忙しなく辺りに視線を泳がせて楽しんでいる様子だった。


「すごい! とっても素敵ね! まるで物語のお姫様になったみたい」

「お姫様は喧しくしないぞ。静かにしろ」

「ここはなんていうところ?」

「本館だ。言うなれば、この支部の中核ってところだな」


 ──此処こそが、この組織の本拠点。公益財団法人“Vulgar”イギリス支部、その本館だ。凡そ三十年も昔、病院であった建物を改築して建てられたという宗教施設の抜け殻を八年前、ほとんどそのままの姿で財団が買い取り、研究者と探索者たちのとした。当時既に着工されたまま放置されていた西館の建設も急ぎ完成させ、このイギリス支部は広い敷地を有する本館と西館の二棟からなる大型施設となって今に至る。

 エントランスのある西館のほとんどは探索者たちの生活圏だ。一階には食堂やシャワールーム、二階と三階には居住区画を整えており、この組織に属する探索者たちのほとんどがここで生活をしている。対して本館は組織の中核となる組織員らの居住区画と研究室、様々な機能室等が整備されている。一階は主に支部が抱える莫大な物資を保管する大倉庫であり、二階、三階に居住区画と重要な設備等を置いてある。また、二階には組織の医療チームの拠点が置かれており、医療関係の従事者やそれら機能はこの本館二階にすべて集約されている。


「此処で、ずっと幸せに暮らせたらいいのに」

「勘違いするな、役割の無い人間のための部屋は用意してないぞ。お前が財団のために役に立てると証明されない限りは、お前は“いつ外に放られてもおかしくない”んだからな」

「そんなの有り得ない! だって、役に立てるから連れてこられたんでしょう?」


 二階のフロアに足を踏み入れながら、雷路が片眉をくい、と持ち上げる。ナチの背中を押して廊下を右折すると、しばらくして硝子張りの機械室のような場所が見えてきた。天井から降り注ぐ無数の管と配線、太いチューブ。それらが部屋の真ん中のベッドの上に横たえられた何か塊のようなものに向かって繋がれているのが見えた。厳重な衛生管理に身を包んだ数人の白衣がそれを取り囲んで話し込んでいる。


「ねえ、あれ」

「こっちだ」


 一体何があの中央に横たわっているのか、興味津々に身をのめらせたナチの視線を雷路が身体を以て遮る。硝子の部屋に向かって右手の部屋へいそいそと導かれ、結局あれが何だったのかを知ることは出来なかった。

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