第一章 感染者──二三項
「彼らに死なれるのは胸が痛むが、生きてあの子を連れ出されたりしては頭が痛む……!」
ギデオンは眼窩に据わった目玉をギロりと一往復させ、慌てた足取りで地下とは反対へ急いだ。雷路と淑慰が目的へ辿り着いてしまう前に、何としてでも彼らを足止めしなくてはならない理由があったからだ。
彼らが欲している少女、この少女こそがギデオンにとって自身の命より大切なものなのだった。ある者から、何があっても財団の人間にだけは接触させるなと念を押された、いわば預かり物。これに触れられるどころか、連れ出されなどしようものならギデオンの命は恐らく無い。加えて、依頼主はひどく嘆き悲しみながら余生を送る羽目になるだろう。だからこそ、どうしても守らなければならないのだ。それほどの義理というものが、ギデオンと依頼主にはあるのだから。
「私では彼らに敵わないだろう。しかし、あの子を幾らかでも遠ざけることなら、もしくは──」
ギデオンはいつしか駆けていた。階段手前の角を曲がり、廊下の突き当たりから伸びる狭い非常用通路を抜けて、また角を曲がり中程の一室へと転がるように飛び込む。自身の焦りに付いてこられなかった足が縺れて、そのまま埃と虫の死骸まみれの床に強く放り投げられた。だが痛みに悶えている暇など彼には無い。歯を食い縛り、痛む膝を擦りながらもすぐさま身を起こした。
頭を擡げてみれば、すぐ目と鼻の先に古びた木製のテーブルが置かれていた。根元から先にかけて徐々に細っていく装飾のないシンプルな四本の脚。それを支えるはずの貫はすっかり折れてしまっていた。真四角の厚い天板は裏側の角が内側に向かってカーブを描いている。近頃のデザインにしては古めかしいような、年代物といったふうな品だった。
──その上の方、ちょうど死角になっている辺りから、ぼんやりとした明かりが漂っているのが見えた。ギデオンはこれを求めてここへとやって来たのだ。暗視ゴーグルを荒々しくずり下ろせば、あたたかなオレンジの光が彼を迎え入れた。
「待っていておくれよ、私が守るべき貴女」
半ば縋り付くようにテーブルをよじ登り、薄明かりを放つ旧式の電球式ランタンへと震える手を伸ばす。破れたボロボロの布手袋から飛び出した指は砂や塵にまみれて黒く汚れていた。乱暴にランタンを掴んだそれは焦りからか強張り、筋を浮かせているのだった。
「私はやるぞ。私を信じてくれている“お前さん”の大切な存在を、やつらの玩具にするわけには、いかないのだから!」
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