第4頁 I am just looking.

 翌日、デメルザはまたいつものように愚痴をぶつけていた。

「なんだ、アイツ!?マジムカつく!8時間しか寝られんかった!!」

 他の3人はあまり呆れたような顔はしていなかった。それもそのはず、この3人もデメルザと同じ思いをしていたのである。




 前日の夜まで遡ってみよう。洞窟の怪物を倒す事を承諾した後、4人はベリーオにつられ城から出発しようとしていた。が、出口へ辿り着く前に1人の女性が現れた。

「おや……。」

 女性はそう呟くと、4人をマジマジと見つめる。上等な服に身を包んだその姿は美しいものの、滲み出る老いと傲慢な心を隠しきれずにいた。

「陛下……。これはどういう?」

 女性が4人の背後に向かって問い掛ける。いつの間にやら、バルサート王がそこに立っていた。

「なんだ?文句があるのか?」

 若き王は苛立ちを含ませて言った。女性は眉間にしわを寄せつつ、首を横に振る。

「いいえ。陛下に何かしらのご意向がおありなのでしょう。わたくしは何も申し上げません。が、説明くらいは頂けないでしょうか?」

 すると、王の側近のラーダ老婆が躍り出た。

「フリスラ王太后様。実は……。」

 老婆はこの女に耳打ちをする。するとフリスラの顔つきは一層意地の悪い色を増した。

「なるほど。それでこの者達は何処いずこへ?」

「ラーダの家に宿泊させ、明日メルベスの元へ向かわせる。」

 王が説明すると、初老の王太后は嘲笑うかのように静かに笑い出した。

「陛下!ゴミにゴミを会わせてどうなさいます?あんな汚らわしい男、兵でも差し向けて脅せばいいだけの事。その後この者達には洞窟に行かせるだけで充分でしょう!」

 この言葉は特にデメルザを大変不快にさせたが、それは王も変わらないようだった。バルサート王は腕を組んで自らの母を睨みつける。

「黙れ、フリスラ。メルベスは俺の言う事は何だって聞くが、奴を無駄に刺激して反抗心を高めるような事は避けねばならない。お前に口出しする権限は無いはずだが?」

 王太后は顔を引きつらせるも、深々と頭を下げて後ずさりした。

「申し訳ありません。下がりますわ……。」

 フリスラの鋭い目線が4人の異国者を射抜いた事は、その場にいる全員が気付いていたが、不快な人物に対してよくやるように、呆れつつ気にはしなかった。


 そして4人と親子は、夜の城を抜けると例の長い階段をどんどんと駆け下りた。本当に疲れている時には上りよりも下りの方が辛いと言うが、上り階段で地獄を見た者にとっては、下りのその辛さは虫に刺される程度に感じた。

「なんでこんな高台に町を作るんだ?」

 ふとシーラが尋ねると、見かけによらず機敏な動きを見せる老婆が答えた。

「この国では、王の位に就いた者は、同時に太陽を司る神となると信じられています。元々この地にあったいくつもの丘は、その神の加護を受けるための者とされており、アトメティアの民はほぼ全員が、丘の上に家を構えているのです。」

「ほぼ?」

 今度はオーシャルが口を開く。ラーダは特に面倒に思う様子もなく続けた。

「先程陛下が申し上げたように、メルヴェス様だけは丘の麓に住んでいます。あの方は陛下の命令には絶対に従うよう言いつけられており、いつでも動けるように丘の上に住む事は禁じられているのです。」

「酷い……。」

 マリーナの反応に、この老婆も何か心痛める事を思い出したようだが、その内邪念を払うように首を振って、歩く速度を速めた。

「私はどうこう言える立場ではないので、仕方ありません。」


 しばらく歩くと、こじんまりとした木造の家に辿り着いた。暖炉のある質素な広間に、左右から伸びる階段が特徴的だ。王の側近の住まいにしてはあまりに粗末で、使用人のいる気配もなく静まり返っていたが、独特の刺繍が施されたタペストリーが壁に掛けられており、民族的文化の尊重が感じられる。

「では少し待っていてくださいな。夕飯の支度をしましょう!」

 老婆はいそいそと奥の部屋へと入っていった。手伝うと言って、マリーナは彼女を追いかける。


 ベリーオは3人について来るよう合図すると、入口の右側の階段を上った。

「ちょっと待ってな。準備出来たら呼ぶからさ。」

 ベリーオは3人を2階の一部屋に通すと、無愛想に言い放った。やっとくつろげる場所に着いたものの、デメルザは不服そうな表情を浮かべる。

「おい。コイツらと一緒の部屋なの?嫌なんだけど。」

 するとオーシャルも同調する。

「そうだぜ。この“ワガママクズドケチビト”と、よりにもよってシーラと同室は吐き気がする。」

 シーラは呆れ気味に眉をひそめた。デメルザは怒りを隠さずオーシャルを睨みつけ、静かに口を開く。

「おい。なんだよ、それ?」

「霊長目、ヒト科、ドケチビト属の動物。ワガママクズドケチビト。」

 オーシャルが半笑いを浮かべて言うと、いよいよデメルザも激昴した。

「テメェ、バカにしてんのか!!」

 こうして喧嘩を始めた2人を尻目に、シーラはベリーオに向かって活気なく言葉を向けた。

「で、こうだからさ。部屋、他のとこ使っていい?」

 ベリーオはなじる時に見せるような目つきで、一言放った。

「好きにしろ。」

 ベリーオが扉をピッチリ閉めて出ていっても、デメルザとオーシャルは口喧嘩をやめなかった。シーラは彼らから目を逸らすと、小さく舌打ちをした。



 夜もすっかり更けきり、その場にいた全員が、話をしたり眠ったりと食後の余韻に浸っていた。ベリーオは重そうな鎧をすっかり脱いでいたが、これまた形だけは大きい剣は、片時も離さなかった。しかし、1日の疲れを癒すゆったりとした時間も、扉を乱暴に開ける耳障りな音により、台無しにされてしまった。

「あぁ!?」

 驚きの表情を見せる者達と違い、デメルザは明らかに不快感を露わにした。それも、つい先程彼らに不愉快な思いをさせた人物の姿を、いち早く目にしてしまったからである。

「お、王太后様……。」

 ベリーオは些か苛立っている様子で、慌てて立ち上がった。ラーダはなんとか冷静さを保ち、ゆっくりと目の前の客人に歩み寄る。フリズラはたった1人でやって来たようだ。

「フリスラ様。どうされましたか?」

 フリスラは相も変わらず傲慢な顔つきで辺りを見渡し、深く息をついてから口を開いた。

「いいえ。ただ、陛下の客人がまことに信頼出来たものか、この目で見てみたかっただけです。気にせずくつろぎなさいな。私は見ているだけですから。」

 デメルザとオーシャルはこのあまりにもふてぶてしい態度に思わず立ち上がりかけたが、シーラが手を出して止めたため、歯を食いしばって堪えた。ベリーオやマリーナも、黙りこくっている。


 しかし、王の側近は側近であるだけの度胸があるのだ。

「殿下……。ここはどうか、私にお任せください。この者達の監視は、ベリーオと私が責任を持っていたします。どうか、ここはお引き取りください。」

 老婆の力強い説得に、王太后はしばらく黙っていたが、何か話そうと口を開いた。その時、すかさずラーダが話を続けた。

「しかし、フリスラ様がこんな夜分に、護衛もつけずに外出なさるとは……。この事を陛下がお知りになれば、如何なる処分が下されるか分かりかねますよ。」

 フリスラは恐ろしい顔で、目の前の老婆を睨みつけたが、ラーダが気圧されるはずもなかった。2人は目に力を込めてしばらく見つめ合っていたが、やがて王太后が沈黙を破った事により、決着した。

「そこまで言うのでしたら、せいぜい問題を起こさぬ事です。邪魔しました。」

 フリスラはへそを曲げたような表情で後ろを向き、引き返していった。




 この一連の出来事による苛立ちは、眠りによって完全に消し去る事は不可能だった。結局翌朝になっても、デメルザは文句を垂れ流すのだ。フリスラの人を蔑むような態度に腹が立ったのか、自分達が信用されていない事に憤りを覚えたのか。それは、彼らの中でも様々だった。

「いつまでも言ってたって仕方ないでしょ?もう忘れましょ。」

 マリーナがなだめた事により、ほんの僅かに場が和んだような気がしたのか、デメルザは拗ねた態度を取りつつも口を閉じ、オーシャルはため息をついて気を落ち着かせる。シーラは聞こえない程度の小さな音で舌打ちをした。


 そうして4人は、城の東北東に住まう「メルベス」という男を訪ね、洞窟の怪物を仕留める為に出発した。

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