第7頁 Why do people grieve?
最期の王──。その言葉を口にしたのは、険しい表情のデメルザだった。ギレンはそのまま続ける。
「ランビレス最後の国王にして、祖国を滅ぼした張本人であると言われる。ただ、ランビレスを知る者が少ないように、最期の王を知る者もまた少ない。」
するとシーラが口を出した。
「何でランビレス、そんなに知名度ないんだよ?」
「交易をしなかった事が原因だろうが、どうやらある1国とは、かつて盛んに繋がっていたようだ。」
そう言うとギレンは、自分の持っている本を4人に見せた。そこに書かれていたのは、童話のような物語だった。
メイディアでは、相変わらずベルドと人喰い悪魔が一緒に座っていた。夜もすっかり更けきり、寒さはピークに達していた。2人は互いに全く喋らず、ベルドは延々と星を見ていた。
「夜空なんか見て、楽しいの?」
人喰い悪魔が話し出す。ベルドは少し驚くが、慣れてきたのか冷静に対応した。
「星の光は、何百何千という
「あらそう。」
人喰い悪魔はあまり関心を持っていないようだ。流石のベルドも見上げ疲れたのか、下を向いてため息をつく。
(ルーフィン様とはぐれるなんて……。)
その様子を見て、退屈そうにしていた人喰い悪魔が声をかける。
「1つ、ちょっとした昔話をしてあげようか。別に俺の思い出話じゃないけどさ。」
ベルドは少し間を置いて答えた。
「お願いします……。」
昔、ツァルターの一地方を治める1人の男がいた。その男は貧しい平民の生まれだったが、圧政を敷く領主に耐えかねて、たった1人で彼を殺し、自ら領主の座に着いた。
彼は、海より深い愛情と優しさを持った人物だった。貧しい者には食べ物を与え、罪人にも情けをかけ、全ての民を平等に扱った。人々の笑顔、それが彼の生きる意味だったのだ。
しかし幸せは
ある日、海の彼方から不穏な影が忍び寄って来た。ツァルターと繋がりを持っていた、ランビレスのある方角からだ。その影──否、分厚い黒い雲は、あっという間に空を覆い尽くしたかと思うと、その
生き残った人々は恐れおののいた。一瞬の出来事であったが、家族や友人を一気に失ってしまったのだ。男の治めるその地方には、悲しい思いで満ちていた。
そこで、優しい
──だが彼を待っていたのは、人の笑顔ではなかった。
元気づけようとした人々は、男の姿を見る度に怒り出したのだ。中には、彼を殺そうとする者も現れた。人々は口を揃えて言うのだ。まともに外にも出ていなかったお前に何が分かるのか、と。
人の喜ぶ姿が生きがいだった、男は絶望した。誰かが自分を殺しに来るかもしれないと、日々怯えるばかりだった。そして、恐怖か絶望か、はたまた怒りか、何かの拍子に気が触れてしまった男は、最初に妻を、次に息子を、使用人を、老人を、夫婦を、恋人達を──次々と殺していった。
そして最後に、ただひたすら自らの体を傷つけ続け、男はどこかへ姿を消した。
汝、決して嗤う事なかれ。彼の者の心は、傷つきながらも彷徨い続ける。
「悲しいお話ですね……。」
マリーナが呟くと、シーラも後に続けた。
「これは、誰かの記憶にある出来事なのか。」
ギレンは本を静かに閉じると、表紙をジッと見つめながら答えた。
「そうだ。だが、この記憶の保持者は、この話は他の者から聞いたと記憶している。そうなれば、これは作り話だろうな。」
事実ではないと聞いて、シーラとマリーナは安心したようだ。
「ランビレスは、ツァルターと……。」
デメルザが独り言を言う。
「そこへ行けば、何か掴めるかもな。保証は出来ないが、これで満足いっただろう?」
デメルザは少しの間黙っていたが、やがて普段の意地悪い顔つきに戻る。するとマリーナが口を挟んできた。
「何?アンタはランビレスに行くのが目的なの?」
デメルザは少し不機嫌になって返した。
「バカンスみたいに言うなよ。ランビレスに行って、暗雲を根っこからぶちのめす。それが目的だ。」
マリーナの表情が強ばる。
「暗雲を……。」
それを無視して、デメルザはギレンに話した。
「じゃ、あんがとさん。もう用は済んだから──。」
「待て。」
ギレンは厳しい表情でデメルザを睨んだ。
「虚ろの者が
「あぁ、何か聞いてくんだっけ?」
ギレンは得意気な表情に変える。
「そうだ。ここの本を読むだけでは、人間を理解しきれない。だからこういう接点が必要なんだ。」
するとシーラが口を出す。
「俺達を選んだのか?」
「いいや。選別などしない。ある特定の言葉を発して扉を開くと、ここに繋がるようになっている。今は、“ボンボン嬢ちゃんには関係ねぇよ、だぁーってろ!”だったな。」
故意かどうかは分からないが、ギレンの口調はデメルザを真似ているように聞こえた。しかし、当のデメルザは唖然としている。
「え、そういう事なの!?」
「そういう事だ。私の気分次第で、合言葉はコロコロ変えるがね。」
ギレンは何故か楽しそうだ。
「ここは会員制クラブか何かか……。つか合言葉がピンポイント過ぎるだろ。何人引っかかるんだよ?」
「月1、2人は来るぞ。そりゃ、今時の奴はこういう事よく言うだろうなぁとかは考えてるからな。」
ギレンとは正反対に、4人はもはや呆れていた。オーシャルがボソッと尋ねる。
「何でそこまでして人間に会いたがるんだよ?ここから出ればいいだろ?」
しかしギレンは、深刻そうな表情で深く息をつく。
「私は生前、死んだ人間を蘇らせる術がある事を知って、自分が死んだら即刻使おうと考えていた。事故を恐れて、他人には使わなかったがね。しかし、“最期の王”でも、そればかりか“狂術士”でもない者に、完全な術は扱えない。私はここから出られないし、この世の者ではないが故に、亡霊には寿命が存在しなかった。」
ギレンは切ない表情を浮かべてはいたが、悲しんでいるようには見えなかった。マリーナは胸を締め付けられる思いを抱きながら尋ねる。
「貴方は聡明な方だったと伝えられています。そんな方が何故……。」
ギレンは本の列から1冊取り出すと、開いて眺め始めた。
「それがどうにも思い出せない。完全な存在でないせいか、記憶に欠落した部分があるらしい。……こうして他者の記憶を表せるようになった時には、記憶の保持者は死んでいた。」
「それでもここにいらっしゃるのですね……。」
ギレンは不敵に微笑むと、パタリと本を閉じた。
「私は人間の未来が見たい。世界の行く末を見守りたい。終わりから生まれる始まりが、
もう一度息をつくと、真っ直ぐにマリーナを見据える。
「それだけだ。」
マリーナは納得はしていなさそうだが、彼の意志を尊重するかのように頷いた。
「それでは、君達の意志も聞かせてくれたまえ。1人ずつだぞ。むやみに語るのはよろしくない。」
ギレンが静かに質問を投げかける中、デメルザは1冊本を取り出すと、ペラペラと適当に
「そういう事でいいんだな?」
「はい。」
「そうか……。少し残念だが。」
「申し訳ございません。しかし、私は未練のない生き方をしたいのです。」
「分かったよ。」
ギレンとマリーナの会話が聞こえたと思えば、マリーナの姿はすうっと消えてしまった。シーラとオーシャルは既にいなくなっている。
「さぁ、最後は君だ。」
ギレンはデメルザに向かって歩き出す。手には先程とは違う本が、開いた状態で持たれていた。デメルザは背中を向けたまま、そっけなく返す。
「へいへい。何だよ?」
「人は何故悲しむ?」
デメルザの動きが止まる。表情は落ち着いていたが、目つきは恐ろしいものになっていた。それとは構わず、ギレンは本の文章を読み上げる。
少女は問うた。
「人はどうして悲しむの?」
しかし答えは返ってこない。
少女は問うた。
「人はどうして悲しむの?」
やはり答えは返ってこない。
少女は問うた。
「人はどうして悲しむの?」
返ってきた答えはひとつ。
「世界が──。」
デメルザはそう呟くも、言葉を詰まらせる。ギレンは本を閉じ、その場に立ち止まった。
「君は答えを知っているんだろう?何を惑う?」
ギレンに問われると、デメルザは険しい表情で言った。
「それはフェイルギースの答えだろう……!」
「だがそれは──。」
「あたしはフェイルギースとは違う!責任を逃れて死んだあいつなんかと一緒にするな。」
デメルザは半ば振り向き、横目でギレンを睨んだ。一方でギレンは難しい顔をしていた。
「そうとまで割り切るか……。良い流れとは言えないよ。」
「知るか。あいつと同じが最も不愉快だ。」「……まぁ確かに。君はフェイルギースとは──、最期の王とは違うようだ。」
ギレンは諦めたように顔を背けながら静かに話し出した。
「しかし、君が知っている答えは、どんなに君が嫌う人物のものであったとしても、君のものにする事が出来る。答えが見つからないのなら盗め。」
ギレンの声音には、怒りと焦りが滲んでいた。デメルザは拳を握り、歯を食いしばって答えた。
「──世界が悲しませるからだ……!」
ギレンはほんの少し目を閉じると、響く声で静かに言った。
「……もし迷ったら、また来るがいい。出会うには、運命にねだれよ。」
周りの景色が次第に溶けて行く。そして最後には何も見えなくなった──。
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