第8頁 The void man found the possibility in the emptiness of the end of the death.

 人喰い悪魔は黙って夜空を見上げていた。無数の星達が、まるで笑っているかのように瞬いている。ベルドは、話を聞いている内に眠ってしまったようだ。夜の冷え込みが襲う中、火も炊かずに寝ているベルドに、人喰い悪魔はそっと自分の血塗れのコートを掛けてやった。

「全く……。」


 彼はそう呟くとくるりと振り返り、背後の闇を睨みつけた。何人かの人影が見える。

「おい。持ってるもん、置いてけ。」

 下卑た男の声が聞こえると同時に、自分の首に向けられた何かが、月明かりを受けてキラリと光った。人喰い悪魔は慌てない。

「宜しくないよ。まだ──。」

「いいから言われた通りにしろ!このガキが死んでもいいのか!?」

 盗賊の1人は怒鳴ると、ベルドにも剣を向けた。人喰い悪魔はそれを静かに見つめる。


「おい、聞こえてんのか!?」

 人喰い悪魔に剣を向けていた男が怒鳴りつけた途端、傷だらけの手が剣の刃をガシッと掴んだ。突然の事に男はうろたえる。

「宜しくないんだと言ってるだろう。マダ──!」

 人喰い悪魔は剣を掴みながらゆっくりと立ち上がる。声は震え、体中から血がダラダラと流れていた。そして、頬まで避けた口をニンマリと笑わせると、男の方へ振り向いた。

「──マダお子様ハ寝テンダゼ?」



 一瞬の出来事だった。


 恐ろしい音と共に、真っ赤な液体が辺りに飛び散る。そしてもっと恐ろしい音が、未だ響いていた。他の男達は、血相を変えてその光景を見ている。

「お、おい!アレ──!」

 音が止んだ瞬間にそう言いかけた男も、悲鳴もないままに、胸部と口から血を吐き出した。目の前には、右手で目を塞いでいる人喰い悪魔が、おぞましい笑顔を向けていた。

「静カニ、ナァ?」


 残った盗賊達は、悲鳴をあげながら散り散りになって逃げ出す。その光景を、人喰い悪魔は開いた指の間から覗き込んだ。


 ──その目は、もはや人間のものではなかった。本来なら毒々しい緑色の目があるはずの穴には、太陽の沈みきったような重い闇色の目と、山羊のように横に長い金色の瞳が、恐ろしく輝き────。それは正しく、「悪魔」の目であった。


 人喰い悪魔は自分の剣を引き抜くと、高らかに、おぞましく笑い出した。そしてその影が横切ると、鮮血が草原を真っ赤に染め上げていた。




 ようやく太陽が顔を出し、ベルドは眩しさに目を瞑りながらも、辺りの様子を感じ取った。誰かが隣に座っている。あの亡霊おとこが、まだ居るのだろうか?

「ベルド?起きたか!!」

 いや、違う。聞き覚えのある、懐かしい声だ。ベルドはゆっくりと目を開ける。


 そこには、いつも一緒に居た真面目な顔つきの青年が、こちらを心配そうに見つめている姿があった。

「ルーフィン様……!」

 ベルドはホッとしたのか、しばらくルーフィンの顔を見つめると、ワッと泣き出した。ルーフィンはベルドを抱き締めると、優しく背中を叩いてなだめた。

「よしよし、よかった!すまなかった。」

 ルーフィンも心底安心したようで、いつも以上に優しい表情を浮かべた。


 ベルドが泣き止むと、2人は気を落ち着かせて、静かに話し出した。

「いつからここに居たのですか?」

「本当にさっきだ。暗闇で探すのは難しくてな。」

「すみません……。僕が迂闊に動いたりするから……。」

 うつむくベルドを、ルーフィンは肩に手を置いて、下から覗き込んだ。

「謝るのは俺の方だ。お前を見失うとは……。だがもう心配するな。」

 ベルドは苦くも笑顔を浮かべる。


「そういえば、あの方は?」

 ベルドの発言に、ルーフィンは眉を寄せる。

「あの方?」

「はい。はぐれてしまっていた間、そばに付いていてくださったんです。お会いしていないのですか?」

 ルーフィンはしばらく愕然としていたが、すぐに首を横に振った。

「いいや。俺が来た時には、もう……。」

「そうですか……。お礼も言ってないのに……。」

 ベルドが落ち込む中、ルーフィンは険しい顔で背後を見る。


 そこには、木の下に隠されるように置かれた、死体の山が、真っ黒になった血に塗れていた。




 一方、ソーノット領の屋敷では──。


「おー!戻って来れた!」

 シーラ、オーシャル、マリーナの3人が、扉から元の世界へ戻って来た。オーシャルが感激のあまり叫ぶので、シーラは慌ててそれを止める。

「虚ろの者……。結構変わってたよな。」

 シーラが呟くと、オーシャルは相変わらず食って掛かる。

「アイツも、お前にだけは言われたかねぇだろうけどな!」

「シーラは、お前にだけは言われたかねぇだろうぜ。」

 デメルザも扉から出て来た。直前までの真剣な表情はどこへやら、飄々とした態度で現れる。


「で、結局どうすんだよ?」

 オーシャルが尋ねると、デメルザは得意気になって話し出した。

「当然!ツァルターに手掛かりがあるか〜も〜なら、そこ行く以外ねぇだろ!?あ、でも……。」

 デメルザは嫌そうな表情で、シーラとオーシャルを見つめる。

「お前らさ、そろそろ帰ってもいい頃なんじゃないの?」

 オーシャルは小馬鹿にするように笑う。

「いや、折角の気遣い申し訳ないんだけど、意地でも帰らないって決めてんだ。悪いね。」

 デメルザは呆れたように何度か頷くと、再び口を開く。

「…………うん、ちょっと伝わらなかったかな?帰れって言ってんの。」

「伝わらなかったか?帰らないっつってんの。」

「いや、帰れよ。頼むから。」

「そうだぜ。あんまり長く帰らないでいると、俺が家を飛び出した意味無いだろ?」

 そこにシーラも加わるが、オーシャルは噛み付くように反論する。

「お前が飛び出してきた意味なんて端っからねぇよ、バカ。んな事も分かんねぇのか?あ、そっかぁ!!石頭だから分からないんだ、ゴメ〜ン!」

 シーラは大きく舌打ちする。

「お前、ぶっ殺されたいのか?」

 すると、デメルザが兄弟喧嘩に首を突っ込む。

「おい、兄貴がキレてんぞ〜。カッチン堅物の言う事は聞いといた方がいいんじゃないのか?」

 シーラの怒りはフツフツと煮えくり返る。


 が──。


 突如咳払いが聞こえ、3人は声の主を見つめる。そこではマリーナが、呆れた様子で立っていた。

「……忘れてない?」

「え?」

 デメルザが聞き返す。

「アンタ達、忍び込んでるのよ?」

「あー、うん。……確かに。」

 後の2人も相槌を打って、マリーナは話題を戻す。

「で、帰る帰らない問題に火がついてる中悪いんだけど──。」

「あー、待て待て!悪いと思うなら何も言うな!」

 デメルザの必死の制止も、マリーナは軽々と無視する。

「私もついて行く!」


「お断りします!」


「応募!!」


「不採用!!」


「推薦!!!」


「受付拒否!!!」



「何でよ!」

 マリーナはつい先程3人を注意したにも関わらず、1番大きな声で叫んでいた。デメルザも、それに負けじと叫ぶ。


「だってさ!まず、コイツらはまあまあ役に……、まぁ、立つかなぁ?と思ったから少しはOKしたけど、お前の場合、どぉー見たって足でまといにしかならねぇだろ!」


「変に決めつけるのやめてちょうだい!私だって役に立てる事くらいあるわよ!!」


「例えば!?」


「え、いや、分かんないけど……。」


「だろ!?採用してほしいなら、ちゃんとしたアピールポイントを作ってから出直して来い!以上!!」


 恐ろしい程の会話の銃撃戦が終わった。マリーナは悔しそうに歯を食いしばるが、やがて勝ち誇ったような表情を浮かべ始めた。

「ふぅ……。仕方ないわね。」

「ん?」

 するとマリーナはどこからか、拳大こぶしだいのベルを取り出した。

「私を連れていかないと、対侵入者究極兵器アルティメット・ウェポン、“警報スイッチ”を作動させるわよ!!」

 デメルザは慌てて腰を低くする。

「あー、マリーナ様。それは……、なるべくー使わないで頂いてもよろしいですか?」

「じゃあ、私も連れてってくれる?」

 デメルザは渋い顔をして答えた。

「潮時には帰れよ?」

 マリーナは嬉しそうに頷いた。


「婚約相手は?」

 シーラが尋ねると、マリーナは少し寂しそうな顔をして答える。

「申し訳ないけれど、結婚は先延ばしね。だって、暗雲を消すのは今しか出来ない。結婚してしまえば、国からも離れられなくなる。」

 やがてマリーナは顔を上げ、凛々しい態度で話した。

「人を統べる者として、人の為に出来る事をしないのは嫌なの。今もどこかで暗雲の日を恐れてる人達が、大勢いる。その人達の為に何もしないのは、私は許せないのよ。」

 マリーナはデメルザの方を向いた。

「貴方について行く事は、正直不満よ。賊の手を借りるなんて許されない事だもの。でも、自ら暗雲へ立ち向かう人なんて、貴方しかいないのよ。虚ろの者は、死の先の虚無に可能性を見出した。私だって──!」

 デメルザはため息をつく。

「いいから早くお別れして来い。」

 マリーナは満面の、しかし悲しげな笑顔を向けて、足早に去っていった。デメルザの目が据わる。




 マリーナはラミアッサを探して部屋を回った。とは言っても、最初にあたった大広間に居たので、時間はかからなかった。

「マリーナさん!どこにいらしたの?お探ししたのですよ?」

 ラミアッサはマリーナを見るなり、彼女に駆け寄った。マリーナは頭を下げる。

「ソーノット侯、お話があります。」



「なるほど……。」

 ラミアッサは、不満気な表情を浮かべていた。

わたくしはどうしても、暗雲を消したいのです。身勝手とは分かっておりますが、ここは──。」

「主人は……。」

 ラミアッサは、ドボドボと音を立てて溜まる水を手で掬いながら話し始めた。

「私の主人は、最初の暗雲の日に亡くなってしまったのよ。まだ話せもしないあの子を置いて。あっという間だったわね、死んでしまうのは。」

 マリーナはうつむいた。

「私の兄達も、揃って出掛けていた時でしたので……。姉達は嫁いだ後で、父と私だけが残されてしまいました。」

「そう……。」

 ラミアッサは静かにそう言うと、マリーナの方を向いた。

「マリーナさん。私は貴方を敢えて止めませんわ。止めてもきっと無駄でしょう?貴方は道に迷っていませんもの。だから、せめてこれだけは約束して。」

 彼女はマリーナの手をギュッと握る。

「必ず帰って来てください。私にもあの子にも、支えてくれる方が要ります。それに、お父上がさぞ悲しまれることでしょう。」

 マリーナはいたたまれない気持ちに悩まされた。

「閣下……。父には、どうか黙っていてください。必ず帰って来ますわ。暗雲を消して。」

 ラミアッサは静かに、そして全く笑わずに頷いた。

「さ、お友達が待っているのでしょう?」

「え?」

ラミアッサはようやく微笑む。

「貴女が賊の侵入を隠している事は知っていますよ。彼らについて行くのでしょう?」

マリーナは驚き、しかし照れ臭そうに答えた。

「はい……!」

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