• Dark Clouds

  • 第6頁 What I know is memories, not pasts.

第6頁 What I know is memories, not pasts.

 デメルザ達は、引きずり込まれた感覚の後、見しらぬ空間に立ち尽くしていた。怪しさはありつつも、神秘的な場所だ。


 床はまるで水のように透き通っているのに、足で踏むと大理石のような硬さがあった。壁という壁、天井という天井はなく、透明感のある空間は、無限に続いているように思える。辺りは鮮やかな青に染まっているかと思えば、じんわりと赤みを含み出し、黄昏のように真っ赤になったかと思えば、今度は漆黒に染まり、そしてまた青く輝く──。それを繰り返していた。


 何より4人の目を引いたのは、空中に浮かぶ無数の分厚い本だった。それらは、あたかも見えない本棚にキチッと仕舞われているかのように、規則正しく並んでいる。


 呼吸の音、服の擦れる音、足音──。それらが一切聞こえない、無音の空間だった。

「なんだよ、これ……。」

 シーラが呟く。声はしっかり聞こえるようだ。




「扉は開け放ったままにするものじゃないぞ。」

 突然、どこからか声がした。落ち着いた男性の声だ。声のする方を向くと、本の列の端から、1冊の開いた本を持った手が見える。しかし、その手はすぐに見えなくなった。


「風が吹き込むのは嫌いなんだ。」

 4人は後ろを向く。いつの間にやら、先程の本を持った1人の男性が立っていた。

「あっ……!」

 マリーナはハッとした。海のような鮮やかな青の服を纏い、しっかりとした──しかし闇ではない程の長い黒髪をゆったりと結んだその姿は、まさに紳士と呼ぶにふさわしい、威厳に溢れたものだった。男性らしいキリッとした眉と目つき、若さに違和感を覚える程の堂々たる雰囲気は、世界の真理を見た賢者のような出で立ちでもあった。──知恵の神。そう呼べばしっくり来る。


 そう、彼の姿はラミアッサとそっくりだったのだ。瓜二つとまでは行かないが、どんなに目の悪い老人が見ても似ていると言うだろう。



「何を呆然としている?私に会いたくて、今まで散々探し回ってきたんだろう?」

 デメルザとシーラ、そしてオーシャルは驚いた。

「え、これは……。まさか……!?」

 オーシャルの反応に男は不敵に微笑むと、開いた本をパタンと閉じて言った。


「おめでとう!君達は、“虚ろの者”にぶつかった。」


「え、あ!やった!やーったっ!!」

 3人は手を合わせて喜び出した。それを尻目に、マリーナは恐る恐る尋ねる。

「あ、あの……?」

「なんだね?」

「貴方はひょっとして、ソーノット領主様と血縁関係にございませんか?」

 虚ろの者は怪しく、しかし嬉しそうに笑った。

「やはりそう思ったか。我が子孫とそんなに似通っているとは……、今知って自分でも驚いたよ。」

 マリーナは慌てて頭を下げる。

「あ!わ、わたくしはマーシュル領主──!」

「それには及ばんよ、マリーナ嬢。私にソーノットの血が流れていたのは、過去の話だ。」

 マリーナは驚いて顔を上げる。

「──名前を!?」

 虚ろの者は尚も微笑みながら、本の角を弄り始める。

「勝手に調べてしまって、申し訳ない。まぁ、気を悪くしないでくれ。」

 マリーナはゆっくり体勢を戻す。

「あの……、貴方の事はなんとお呼びすれば?」

 虚ろの者はキョトンとした表情になり、顎に手を置いて上を向いた。

「虚ろの者で構わんが……、まぁ確かに、対面していては呼びづらいな。それなら“ギレン”と呼んでくれ。私のかつての名だ。」

 マリーナはまたもハッとした。

「貴方が、ギレン様なのですか!?」

 しかし腑に落ちない点がある。

「で、でもギレン様は既にお亡くなりになったと……。」

 ギレンは声に出して笑うと、再び本の角を弄り出した。

「1度命を落とした人間が、再びこの世に姿を現す術は1つしかない。」

 ギレンの目は、どことなく座っているように見えた。

「──亡霊……。」

「そういう事だ。そんなに気を落とすなよ。私はそう簡単に屍人化などしない。この姿が、既に屍人化したものなのかもしれんがな。」

 ギレンはそう言うと、未だにわちゃわちゃと喜び合っている3人に向かって、ふわりと歩き出した。

「おーい。お三方、そんな事している場合じゃないぞー。」

 ギレンの気だるい呼びかけに、3人は動きを止める。シーラと手を繋いでいる事に気がついたオーシャルは、手を勢いよく振って剥がした。


「……さて、君達は自ら私に会いたがっていた、変わった人間な訳だが、要件は何だ?」



「“ランビレス”の場所を教えて欲しい。」



 デメルザから放たれたその言葉に、顔には出さないがギレンは困惑した。しかしデメルザの方は、いつになく真剣な様子だ。

「なるほど……。いや、そうだとは思っていたが……。ふむ……。」

 デメルザは眉を吊り上げて問い詰める。

「虚ろの者は、あらゆる過去を熟知してるんだろ?ランビレスの場所だって分かるよな?」

 だが、ギレンは頷きはしなかった。

「いいや。私には分からん。」

「はぁ!?」

 ギレンは手に持っていた本を、浮いている本の列に加えると、そこから新たに別の本を取り出した。よく見ると、「600 Years Ago」というタイトルが書かれている。

「私が知るのは、過去ではなく“記憶”だ。人の記憶を元にした事柄が、ここでは本として現れる。私はそれを読んでいるだけだ。誰の記憶にも残らぬ事実は知り得ないし、唯一の記憶の保持者が命を落とせば、それの記載は消えてしまう。」

 デメルザは焦りを見せる。

「え……じゃあ?」

「誰の記憶からも、ランビレスの場所は見い出せない。残念ながら。」


 するとシーラが口を挟む。

「おい待て。ランビレスって何だ?」

 ギレンはデメルザの様子を伺ってから、静かに答えた。

「ランビレス王国は、特殊な力を秘めた者達の小国だ。一島のみを領地とする。そこの民は全ての者が術士であり、他国との交易は長らくして来なかったという。」

 今度はオーシャルが出る。

「暗雲のルーツがそれなのか!」

 ギレンは頷いて続けた。

「暗雲はランビレスより生まれ、それによりランビレスは17年前のあの日に滅亡した。恐らく、今のランビレスは暗雲の溜まり場になっているのだろう。並の術士ですら、平凡な人間に等しくなるはずだが……。」

 ギレンはデメルザを見つめる。彼女の顔は険しかったが、機嫌が悪いという訳ではなさそうだ。

「術士が無力になるのか……。」

 シーラが呟くと、ギレンはパラパラとページをめくり始めた。

「当然個人差はあるが、ほとんどの術士は大した力を持っていない。ただ2人、暗雲にも対抗し得、瞬きの間に世界を滅ぼせるとも言われる術士が存在する。」

「世界を滅ぼす……!?」

「もちろん、そんな事はしないだろうが。1人は“狂術士きょうじゅつし”と呼ばれている。“月影の使者”の方が有名かな。」

 ギレンは本を閉じる。


「狂術士はとある人間を差すのではなく、ある条件を満たした者がそう呼ばれる事となる。メイディアに、“狂乱の丘”と呼ばれる場所が存在し、そこで月と契約する事で、莫大な力を得られるとか。ただし代償は支払わねばならない。満月の日、理性を失う“白い夜”、新月の日、生きる気力を失くす“黒い夜”。この現象を、人間に姿を見られぬようにしながら引き起こさねばならないんだ。姿を見られれば、狂術士は死に至る。」


 聞いていた3人、デメルザ以外の全員が、生唾を飲み込んだ。


「そしてもう1人が──。」

「最期の王。」

 ギレンの言葉を遮って、デメルザがポツリと言った。

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