第5頁 This body is not comfortable, too......

 マリーナはラミアッサと別れると、暗い廊下をツカツカと歩き、手当り次第扉を開け始めた。例の侵入者を探すのだ。


 1つ……また1つと扉を開ける。しかし──。

「うぅ……。何やってんのよ、あいつら。」

 3人の姿は依然として見つからなかった。通った跡も残っていない。

「全く!私をそそのかした上に、面目まで丸潰れにする気なのかしら。許せないわ!」

「ホント酷いよなぁ、そいつ。」

「ええ!見つけ次第とっちめてやらないと、気が済まないわ!」

「そうすべきそうすべき。」

「でしょ!?



 ────ん?」


 マリーナは後ろを振り返った。そこには、壁に掛けられた鏡を楽しそうに眺めている、片目のロングコートが立っていた。

「あぁ!?」

 マリーナは驚いて叫ぶが、デメルザはシッと言って指を立てた。

「レディーがあんまり騒ぐなよ。もう夜だぜ?」

「そういう状況じゃないでしょ。……何してんのよ?」

 デメルザは視線を鏡に戻す。

「いやぁ、なんか壁の向こうに信じられない美人が見えるもんで、つい……な。」

 マリーナは目を細める。

「あぁ、そういう事。」

「そう!はぁー、流石はデメルザ!美しいって罪だぁ!!」

 デメルザは顔の角度を変えながら、満面の笑みで自らの顔を愛でていた。確かに、美しい事に間違いはないのだが、こうも自惚れが過ぎると腹立たしい。そもそも彼女は、一般的なハッと目の覚める美人ではなく、どこか心の片隅に残って離れない、変わった美しさを持っているのだ。前者に至っては、マリーナの方が適している。


「おい、ナルシスト。サボってんじゃねぇよ。」

 苛立った口調で話しかける声が聞こえた。オーシャルが如何わしい顔で歩いて来る。しかし彼の顔も、マリーナの姿を目にした途端怯えに歪んだ。

「うわっ!?嬉しくない再会!」

「だよな。」

 デメルザは余裕を見せていた。


 ガチャ──。

「何騒いでんだよ?」

 突如、近くの扉が開いたかと思うと、空き部屋からシーラがのそのそと出てきた。

「あ。」

 やはりマリーナを見ると強張り、そのまま扉を閉めて部屋へ引き返そうとする。

「はーい、ストーップ!ダメー。」

 デメルザが扉を掴んで止めた。シーラは仕方なく部屋から出る。


「いい加減にしなさいよ、アンタ達!貴族に恨みでもあるの!?」

 マリーナの怒りは頂点に達しようとしていた。柄にもなく声を荒らげている。

「不法侵入者が全員、恨み持って忍び込んでると思っちゃダメだぜ。別にモノ盗ろうって訳じゃねぇんだからいいだろ?」

「言い訳ないでしょ!?」

 デメルザは両耳を叩きながら、シーラが出てきた隣の扉へ移動する。

「うっさいねー……。おい、シーラ。当たったか?」

「いや、そこは……まだだ。」

 シーラは些か、マリーナの様子を伺っている。

「ちょっと!何を──!?」

「あぁ、うるさい!ボンボン嬢ちゃんには関係ねぇよ、だぁーってろ!!」

 デメルザはそう怒鳴ると、乱暴に扉を開けた。


 しかし──。


「おおっ!?」

 デメルザは目を見開いて驚いていた。3人は戸惑うも、彼女の元へ行き、目線の先を確かめる。


 そこは、今までの部屋と同じ、埃まみれの空き部屋ではなかった。ぼやけていてよく見えないが、何か透明感のある神秘的な空間が広がっていたのだ。

「何よ、これ──キャッ!?」

 マリーナが叫ぶ。いや、実際にはそこにいた全員が悲鳴を上げていた。何か強い力で、押されたのか引っ張られたのか──、4人はその謎めいた空間へと引きずり込まれていった。




 その頃──。


 メイディア公国の南部、鬱蒼とした森の中を、1人の少年が歩いていた。闇色の髪に、星のような金色の目、そして大きなキャスケット帽。ベルドであった。

「あぁ……。うぅ……。」

 ベルドは今にも泣き出しそうなのをじっと堪え、辺りを見回しながら歩いていた。もうすぐ真夜中になる。今夜は妙な程に寒かった。

「どうしよう……。」


 すると、彼の背後から、枯れ木を踏む音が聞こえた。その音はゆっくりと、しかしだんだん大きくなっていく。恐怖に耐えかねたベルドは、目を瞑ってその場にうずくまってしまった。音は尚も大きくなり、


 そして──。


「こんばんは、僕。大丈夫かい?」

 太く響く、しかし温かい男性の声が聞こえた。口調も優しげだ。ベルドは僅かに安堵して、そっと目を開く。


 それを見て、消え去ったかと思われたベルドの恐怖は更に高まった。自身の目の前に見えた2本の脚。それが履いているズボンは、先程ついたのかと思える真っ赤な血が、おびただしい程にこびり付いていたのだ。ベルドは恐る恐る顔を上げる。彼の前に立つ男は、優しい表情を浮かべるもどこか恐ろしく、淡い緑色の目を輝かせていた。顔や手には、無数の切り傷がある。


 ──人喰い悪魔、その人であった。



 ベルドは彼の正体は知らないが、それでも悪しき雰囲気を感じ取る事は出来たようだ。恐怖の顔を浮かべて後ろへ逃げようとする。

「おーっと。」

 しかし人喰い悪魔は、ベルドの肩を掴んで引き留めてしまった。

「いきなり逃げ出すなよ。失礼だろ?」

「えっ……、あ……。」

 ベルドの息は刻一刻と荒くなる。汗もかき、体中が震えている。

「おい……。」

 人喰い悪魔の呟きが聞こえる。その声音には、悲しみが多分に含まれていたように思えた。


 するとベルドは、更に奇妙な感覚を覚えた。肩の辺りが温かい。何かで濡れているようだ。だんだんと広がってくる。

「くっ……!」

 突然、握る力が強まったかと思えば、人喰い悪魔はベルドから手を離した。ベルドが振り向くと、人喰い悪魔は全身の傷から血を流し、苦しそうに唸りながら、両手で目を塞いでいた。

「亡霊……!?」

 しかしその事態も、ベルドが驚いている内に収まっていた。

屍人化しびとかを自制した!何故……!?」

「ハァ──ハァ──!なんだい……、詳しいな。」

 人喰い悪魔は息を切らしつつも、無理な笑顔を見せていた。

「どうもいけないな。この身体も楽じゃない……。」

 ベルドは未だ唖然としている。

「この状況で屍人化……。まさか死因は──。」

「孤独死──とかじゃないから、安心しろよ。」

 ようやく落ち着いた人喰い悪魔は、殺人など犯しそうにもない程に優しい笑顔を向けた。ベルドは警戒しつつも、緊張はとる。

「で、どしたの僕?迷子?」

「は、はい……。」

ベルドは声にならない声で答える。

「そっか。そりゃ急に話しかけられたら怖いよなぁ。ゴメンゴメン。」

人喰い悪魔は人が良さそうに笑った。

「しばらくここに居るつもりならさ、一緒に居てくれない?おじさん、寂しがり屋なんだ。」

 ──「おじさん」と言うには若い顔。顔に似合わぬ年季の入った声音。なんとも奇妙な男だ。


 ベルドは身構えつつも、しばらくそばに居ることを承諾した。



 削れた月が、人を笑う。

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