第4頁 I hear that Guillen, the 4th generation lord, was a brilliant one.
馬車に揺られてどれ程経ったか──。
御者の呼びかけで、マリーナは瞼を上げる。眠ってしまっていたようだ。
「さぁ、シャキッとなさって!寝ぼけているようでは、ご挨拶など出来ませんぞ!」
御者が忙しく促す。
「分かってるわよ……。」
マリーナは些か不機嫌に言うと、馬車から降りて地に足を着ける。黄昏の光が、宵の闇に飲み込まれきろうとしていた。
「帰りは明日の予定よね?戻っていいわよ。」
「はっ。」
馬車が引き返すと共に、マリーナは目の前に見える門へと歩き出した。
「マーシュル領主・マーシュル子爵令嬢、マリーナ・ベルジアンテ・ノゼ・マーシュルで御座います。ソーノット侯爵へご挨拶に伺いました。」
マリーナは頭を下げた後に、持っていた紙切れを差し出す。門兵は確認し終えると、さっぱりした態度で答えた。
「お待ちしておりました、マリーナ様。閣下は既にご用意を済まされたので、すぐにご案内致します。」
門兵の先に、1人の女性が待ち構えていた。恐らく屋敷の使用人だろう。マリーナと軽くお辞儀を済ませると、使用人は庭園を歩き出した。マリーナも後に続く。
ソーノット侯爵の屋敷は、マーシュル子爵のものとは比べ物にならぬ程、素晴らしいものだった。精巧な造りの柱が立ち並び、その間を見事に磨き上げられた壁が張っている。入口を入り、長い廊下を抜けた先にある大広間には、壁という壁から滝のように水が流れ落ち、壁際の床に造られた溝へと吸い込まれて行く。雨が降っているのかとも思える水音は、自然と耳に入り込んで溶ける、心地よい音だった。設計者は、非常に豊かな感性を持った人物だったのだろう。
「ようこそ、マリーナ嬢。お待ちしておりましたよ。」
大広間には、これまた1人の女性が、凛々しい佇まいでマリーナを待ち受けていた。魅力的な女性だ。海溝を見ているような深い青のドレスを纏い、しっかりとした──しかし闇ではない程の長い黒髪を、ゆったりと結ったその姿は、まさに貴婦人と呼ぶにふさわしい、気品に溢れたものだった。しかし、男性のようなキリッとした眉と目つき、老いを感じさせない堂々たる雰囲気は、果敢に戦う戦士のような出で立ちでもあった。──戦の女神。そう呼べばしっくり来る。
マリーナは慌てつつも頭を下げ、か細い声で答える。
「お、お初にお目にかかります。マーシュル領主・マーシュル子爵令嬢、マリーナ・ベルジアンテ・ノゼ・マーシュルでございます。この度は、
ぎこちないマリーナに、女性は思わず声を漏らす。
「フフフッ!そんなにお堅くなさらないで。ソーノット領主・ソーノット侯、ラミアッサ・デルフィーニアス・ノゼ・ソーノットです。どうぞ、頭を上げてください。」
マリーナは体を起こす。ラミアッサは、やはり女神のような笑みを浮かべていた。
「こんな所では何ですから、どうぞこちらへ。夕食もご用意していますよ。」
ラミアッサは下手の扉に向かって歩き出した。マリーナは早足で後を追う。
「お夕食だなんて……。お手数お掛けして──。」
「良いのですよ。“客人は王より敬え”。我が
辿り着いた先は、長いテーブルのある広間だった。テーブルには豪勢な食事が置かれ、壁にはいくつもの肖像画が飾られていた。そして──。
「あぁ!なんて事!」
ラミアッサが頭を押さえて叫ぶ。よく見ると、テーブルには大柄な青年が1人ふんぞり返っていて、既に食事を始めていた。
「ミリート!!何をしているのですか!?誰です、こんな真似を許したのは!?」
使用人の1人が口を開く。
「申し訳ございません!ミリート様がどうしてもとおっしゃいますので……!」
こんな状況でも、ミリートはまだ食べ続けていた。ラミアッサはため息をつく。
「全く……!ごめんなさい、マリーナさん。こんなのを貴女の夫にする事になってしまって……。」
「い、いえ。食べる事はいい事ですもの。」
マリーナはなんとかフォローする。ラミアッサも気持ちを察したのか、フッと笑った。
「さ、お着きになって。食事を摂りながら、お話でも致しましょう。」
マリーナとラミアッサ、そしてミリートは、しばらく食事を摂っていた。1番奥にミリートが、マリーナとラミアッサは横に向かい合って座っている。そして、今は大きないびきが聞こえる。
「グガー!!ガーー!!!」
ラミアッサは泣きかけていた。
「ごめんなさい……。」
「いいのですよ!寝る事はいい事ですもの!!」
マリーナの必死のフォローも敵わず、ミリートは使用人に運び出されていった。
「少し外してくれるかしら?2人で話をしたいの。」
ラミアッサは他の使用人達にそう告げると、広間には2人きりになった。
「たまには、こうしてお話しないとね。」
ラミアッサは微笑む。
が、その時──。
ギィ!!
突然、椅子の動く音がした。誰も座っていない方向からだ。
「な、何かしら!?」
ラミアッサは慌てるが、マリーナは嫌な予感がしてならなかった。そこで、わざと自分の肉用ナイフを落とすと、
「あ、申し訳ありません!ナイフを拾おうと思って──!」
と言って、拾うフリをしてテーブルの下を覗き込んだ。
「よぅ。」
聞こえない程度の声で挨拶しているのが聞こえたと思えば、片目のロングコートが手を振っていた。ムッツリ金髪男は胃の辺りを押さえながら必死に辛い態勢をとり、よく似た顔の男は体育座りをしてマリーナを見つめている。マリーナは呆れ返る所ではなかった。グルリと目を一周させると、おぞましい顔で口元に人差し指を当てた。とても人に見せられる顔ではない。
デメルザがOKサインを出すと、マリーナはナイフを持って立ち上がる。
「大丈夫ですか?」
ラミアッサは心配そうに尋ね、確認しようと身を屈める。
「あー!!大丈夫です、お気になさらず!奥の方に入ってしまっただけなので!」
すんでのところで、ラミアッサは体を元に戻した。
「そ、それにしても素晴らしい肖像画ですわね!歴代の領主の方々ですか?」
マリーナは慌てて話題を変える。ラミアッサは特に気がつかない様子で、穏やかに答える。
「ええ。奥から、初代領主・エビレス。2代目領主・マナシヴレ。3代目・ヒビリウ──。」
「あれ?4代目の方は、名前だけ……?」
奥から4番目の所には、下のネームプレートが取り付けられているのみで、肖像画はなかったのだ。1度つけられたという跡もない。
「あぁ、そうですね。」
ラミアッサは立ち上がると、初代の肖像画から辿っていくように歩き出した。
「4代目領主、──この屋敷の当主としては、初代に当たりますね──ギレンは、聡明な方だったと聞きます。ヒビリウの時代に没落したソーノットの家を立て直し、新たに繁栄をもたらしました。」
ラミアッサは、そのギレンの肖像画があるはずの場所で立ち止まる。
「博識な哲学者、優れた術士であったと共に、変わり者であったとか。何せ、自分を絵に描かれる事をことごとく嫌ったそうで!」
ラミアッサは笑い出す。
「それに、初代から続く伝統だったのか、3代目ヒビリウまで当主の死因は全て溺死だったというのに、自ら設計した屋敷を水浸しにするものですから、相当嫌われてしまったようです。」
マリーナは目を見開いて問う。
「連続して溺死なさったのですか!?」
ラミアッサは落ち着きを取り戻して答えた。
「ええ。とは言っても、5代目以降はそうならなかったようですが。少なくとも、ギレンは大広間の水場の中で、死んでいるのが発見されたとか。」
マリーナは息を呑む。
「え、まさか自殺!?」
「さぁ……。未だに謎ですわ。」
ラミアッサは微笑むと、再び席に着く。
「さ!こんな話をしていては、気が滅入ってしまいますわね。話題を変えましょうか。」
「ええ──。」
マリーナが返事をした途端、広間の扉へ向かって、3人の影がそそくさと歩いていくのが、彼女の目に映った。マリーナは顔をしかめる。
「どうかなさいましたか?」
ラミアッサは気づかないようだ。
「あ、いえ!別に──!」
バターーン!!!
扉が勢いよくしまった。ラミアッサは急いで振り向き、マリーナは呆れて顔をテーブルに叩きつけた。
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