第18頁 In fact, you were OK.
本性を露わにしたエレーヌに向かって走る人影と共に、キラリと光るものがある。
「な、何を──!?」
ヴィスターがそう叫び終えない内に、金属同士のぶつかる音が鳴り響いた。呆気にとられた一行の目線の先には、近くの壁に掛けてあった剣を持ち、怒りのあまり目を見開いたエレーヌと、小さなナイフを持って彼女を睨みつける男がいた。
「あ、あの人!!」
マリーナが囁くように叫んだ。エレーヌと
「こんな……、こんな事が……!」
エレーヌは声を震わせているが、その手が剣に込める力は増していた。
「全て自分に都合良く行くと思うなよ……。」
ダフターは苦しげな表情を浮かべるも、引けは取らない。すると、彼の首から鮮血が流れ出し、目は充血し始めた。
「どういう事だよ?」
シーラが戸惑いつつ尋ねる。
「ワタシが入れたのよ。でも、何で勝手に……!!」
返ってきたヴィスターの言葉は、普段冷静沈着な彼女がかなり慌てている様子を、ありありと映していた。
「この……、薄汚い部族の分際で!!」
エレーヌはそう叫ぶと、違えていた剣を離し、
「私に逆らうかぁ!!!」
思いきり振りかざした。ヴィスターは前に飛び出しかけるが……。
何か柔らかいものが切れる音と、液体が飛び散る音が、緊張と恐怖に包まれた空間を塗り替えた。怒り狂ったエレーヌの前に男の姿はなく、ただ血溜まりがあるだけだった。
「オマエ……!ダフターをよくも!」
ヴィスターは怒りを露わにしてエレーヌに向かって怒鳴る。しかしエレーヌは、決して劣らぬ程の恐ろしい表情で、ヴィスターを睨みつけた。
「黙れ、この見苦しい下劣女が!私の意図に反するのなら、あの男とて要らないのよ!!」
一行に不吉な感情が芽生える。エレーヌは怒りに任せて怒鳴り続けた。
「何で誰も分からないの!私はただ、最も美しい人間の形にしてあげただけなのよ!?使用人も出会った人も、あの男だって、死の形をとりながら生きる、美しい亡霊にしてあげただけなのよ!?」
彼女以外の全てのものが、驚き呆れた。
「生きた痕跡を残しながら死んで行くのは、最高に美しい。そう思ってた。でもそれ以上に、死の痕跡を残して生きる方が美しいと知ったのよ!そう思わないの!?感情を持つ人間だからこそ成れる、究極の形なのよ!それが理解出来ないの!?どうかしてるわ!!」
ヴィスターは当然、シーラもオーシャルもマリーナもモーネリアも、デメルザでも、この女は救いようがないと思った。それだけ悪虐非道の「人間」だった。突然、シーラが口を開く。
「そんなに亡霊が美しいと思うなら、なんでお前はならないんだ?」
エレーヌは血走った目をシーラに向ける。
「私が亡霊になれたら、他の奴なんて要らないわよ!でも私はなれない。私を亡霊にしてくれる人はいないの!どんなに頑張っても、私は亡霊になる術がないのよ!」
誰もその意味を理解出来なかった、その時だ──!
ギィィィィ!!
何かが軋む音が、広間の隅から鳴り響いた。全員が一斉に音の主を見る。そこに居たのは、あの傲慢そうな少女だった。しかし今となってはそんな様子はなく、エレーヌに向かって鋭い眼光を向けていた。壁の飾りの1つである鳥の頭を、右に
「何してんのよ、あんた!!!」
エレーヌの恐ろしい怒声が響き渡った。すかさず剣をカレットに向けて、飛びかかる。だが──。
「アッ!?」
エレーヌは反対側の壁付近まで吹き飛ばされた。ヴィスターは手を構え、エレーヌの出方を伺った。その時だった。
「ダメよ、今すぐ逃げて!!」
突然カレットが叫んだ。その直後、一行は恐怖の音を耳にする。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……。
鈍い音が、頭上から聞こえてくる。それはだんだんと大きくなっていった。見上げるとなんと、広間の天井が彼らを押し潰さんとばかりにどんどん下がってくるのが見えた。
「
デメルザは顔をしかめて呟く。
「確かにマズイ。逃げるぞ!!」
シーラが叫ぶのを合図に、全員が一斉に出口に向かって走り出した。いや、1人だけは違う。
「──閣下!?」
ヴィスターは驚いて振り返った。モーネリアは出口とは反対の方向に走り出したのだ。勇気ある少女を、カレットを助け出す為に。しかし、彼の行く手を、剣を持ったエレーヌが阻む。
「このっ……!」
だがヴィスターが再びエレーヌを吹き飛ばそうとしたその時、彼女はヴィスターに向かって襲い掛かった。ヴィスターは反応が遅れて逃げられなかったが、エレーヌの剣に、湾曲した短剣がぶつかる。
「やってくれるな。」
落ち着いた、しかし怒りを存分に含んだ声音で、デメルザが言葉を放つ。エレーヌはかつてないほどの怒りに駆られていた。
「邪魔するなぁ!!!」
エレーヌとデメルザが交戦している間にも、広間の天井は下がり続けていた。
「何で3人共、来ないのよ!?」
屋敷を脱出したマリーナが、慌てて引き返そうとするが、シーラが腕を掴んで止める。
「よせ!俺達が行っても足でまといだ!」
「でも……!!」
マリーナ達は不安げな眼差しで、屋敷を見つめる。
ヴィスターは振り返って、出口から3人が入って来ない事を確認すると、天井に向かって手を伸ばし、その動きを止めた。が、完全に止められた訳ではなく、僅かに抑えられたに過ぎない。
デメルザは苦戦していた。騎士団に所属していたエレーヌは手強い。
「おい!!何グズグズしてんだ!早くしろ!」
デメルザはエレーヌの攻撃を避けながら叫ぶ。カレットは連れ出そうとするモーネリアを拒んでいるのだ。
「おい!このまま死んでもいいのか!?」
モーネリアは必死に手を引くが、カレットは壁飾りを掴んで離さない。
「いいのよ!もう、こんなの嫌!!」
そう言ってカレットは抵抗を続けるが、ヴィスターの術も長くは続かない。限界を感じたヴィスターは、デメルザとモーネリアに向かって叫ぶ。
「仕方ないわ!強行手段に出るわよ!!」
その場にいた者達が意味を理解するよりも早く、ヴィスターは天井を押さえていた術を解き、壁飾りを掴むカレットの手に術をかけた。
「あっ……!!」
カレットの手が、強制的に離れる。その隙にモーネリアが、彼女を抱え出口に向かって駆け出した。
「逃がすか!!!」
エレーヌが怒りの表情で叫んだその時だ──。
「えっ!?」
モーネリアを追い掛けようとした彼女の動きが止まった。エレーヌが振り返ると、長く伸びた自身のドレスの裾が、広間にある階段の手すりに
「コイツ──!!」
エレーヌが剣を振り上げたその時、彼女は不意に、鋭い衝撃と飛び散る赤い液体を感じた。デメルザが彼女の顔を斬りつけたのだ。
「
デメルザは満面の笑みでそう言うと、出口に向かって走り出す。エレーヌはドレスを引き裂こうとするが、その手をヴィスターが妨害した。
「残念ね。」
ヴィスターはデメルザの後を追い掛ける。エレーヌは迫り来る天井を呆然と見つめていた。が、その表情は刹那に悪魔のものとなる。
「アイツら……!!」
ヴィスターが出口に辿り着いた数秒後、激しい地響きと轟音が辺りを震わせた。屋敷の中からは悲鳴も断末魔も聞こえなかったが、人が生きている気配もなかった。気がつけば、既に辺りは光で溢れている。
「……大丈夫か?」
シーラの優しい声が聞こえる。カレットは泣き崩れていた。
「もう嫌!!本当に!!!」
一行はカレットが落ち着くまで待ち、それから事情を話してもらった。
「つまり、君は姉君に従わされていたと……。」
モーネリアの言葉に、カレットは嗚咽を漏らしながら頷いた。
「姉上は、最初は少し残酷な部分があるだけでした。子供の純粋な残酷さが、少し延びているだけだと、最初はそう思っていました。ですがある日、姉上は使用人を使って両親を殺害したのです。姉上と使用人達の間で密かに練られた計画だったらしく、私は脅されて従わざるを得なくなりました。」
一行が生唾を飲み込む間も、カレットは話を続ける。
「両親が死んだ後、使用人は次々と自殺をしていきました。姉上は術士である私に、死んだ使用人を亡霊にするように命じ、私はそのようにしたのです。ですが、使用人は私には逆らいませんし、姉上は術を扱えないので、自分が死んだ後に私が裏切ると見たのか、自分は亡霊にならないと言っていました。実際、その読みは正しかったのですが。」
「それで、ダフターの件は?」
ヴィスターは苛立ち気味に尋ねた。彼女の心情を読み取ったのか、カレットは言葉を選びながら話す。
「彼は姉上の婚約者でした。しかし、姉上に反発したようで、屋敷の地下で殺されてしまったそうです。その後、私が亡霊にしました。もう嫌なのよ!あの屋敷は汚らしい殺人の臭いで溢れてたの!!」
「そうでしょうね。彼はデューブルの生まれではありませんでした。事情は話してはくれなかったのですが、姉君に恨みはあったようで。そういう事なのですね。」
ヴィスターの冷たい物言いに、カレットはうなだれた。それを見たヴィスターは言葉を付け加える。
「別にアナタが悪いのではないのでしょう?ウジウジなさらないで。」
それでもカレットはうつむくので、モーネリアが切り出した。
「彼女については、こちらで処置を行う。」
ヴィスターは頷いた。
「お任せします。」
「それで、どこかへ向かっていたのではなかったか?」
モーネリアに言われ、マリーナは思い出したように答えた。
「そうでしたわ!!アトメティア王国へ行きたいのです。閣下に手配をお願いしたいのですが……。」
モーネリアは拍子抜けと言わんばかりの顔をした。
「そんな事か!それならもっと早くに言ってくれれば、こんな事に巻き込まずに済んだぞ。分かった、手配しよう。」
モーネリアがそういう間、デメルザが苦々しい表情を浮かべていた事は、誰も気がつかなかった。
オーシャルはヴィスターに歩み寄り、首に巻いていたバンダナを手に取る。
「これ、効くかもな。」
ヴィスターは冷めた態度で返事をした。
「最初から着けてれば、ここに来ないでよかったかもね。」
きつめの言い方に尻込みするも、オーシャルは何とか笑って、バンダナを頭に巻く。
「これでこの先、大丈夫だと思うか?」
オーシャルの問いに、ヴィスターは真っ直ぐ彼の目を見て答えた。
「アナタが大丈夫だと思う限りはね。」
「え?」
唖然とするオーシャルに、ヴィスターは静かに笑った。
「実はね、布を着けると守られるって、嘘なのよ。みんなにデマカセ振りまいてんの。だってそう言ってた方が、大丈夫そうな気がするでしょう?」
「はぁ?」
呆然と立ち尽くすオーシャルに、ヴィスターは微笑みかけた。
「でも、小心者にはいい薬になったでしょ?実際アンタは無事だった。あながちデマカセでもないのかもね。」
そう言って笑うヴィスターに対して、オーシャルもバンダナに触れてはにかんだ。
一行を照らす朝の光。次に向かう目的地は、アトメティア王国だ。
〜第3章 完〜
To Be Continued...
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