第4章 In Atometia
第1頁 Demelza is beautiful.
エレーヌ・ノゼ・コービュットの騒動の噂は、瞬く間にカシャール中に広がった。「永遠の命を得る為に生き血を啜っていた」、「人喰い悪魔に取り憑かれた」などと言った、根拠もない尾ひれをつけて。
共犯者であり被害者である妹のカレットは裁判にかけられ、正当防衛とは言えぬ形でエレーヌに刃を向けた、亡きダフター・ノゼ・ヴィシェードをかくまったデューブル族の立場も危うくなったが、ヴィスターの弁解とモーネリアの主張により、デューブルとの関係は崩壊せずに済んだ上、カレットはメンタルケアも兼ねて、モーネリアの別宅へ軟禁されるという形に収まった。
その間、巻き込まれる形となった3人の異国者達とマーシュル子爵令嬢は、決着するまでモーネリアの下で監視されるという事となった。とは言え、待遇は実に良いものであった為か、その件に関しては誰も嫌な顔1つしなかった。
4人が解放されたのは、エレーヌの死から6日後だった。
「やっとか……。」
シーラが伸びをしながら呟く。(見ると全員、武器は取り上げられていた。)この6日間、4人は大した楽しみもなく、目にした恐怖も綺麗さっぱり忘れ、ただ無気力に座り込む日々を過ごしていた。
しかし、この女だけは常に例外を行く。
デメルザ・ドゥリップは常に椅子にふんぞり返り、窓から外を眺め続けていた。苛立ちから、指で窓枠をコツコツと叩く。そして、決着の報告をしに来たモーネリアを鋭く睨みつけると、低い声で話し出した。
「今まで何してたんだ……?」
モーネリアは気まずそうな表情を浮かべまいとしていたが、隠しきれていなかった。
「すまない。何せ国家の問題だからな。これでも早くに片付いた方だ。」
それを聞いても、デメルザは大きくため息をつくだけだった。モーネリアはいよいよ隠さず口角を下げるが、マリーナがそっと話しかけた。
「申し訳ございません。」
モーネリアは眉間に皺を寄せた。
「ずっとアレなのか?」
「ええ……。カレット嬢に言われた言葉が、相当頭に来たらしく……。」
「“汚らわしい”か。」
モーネリアは腕を組んで、マリーナを見た。
「彼女の言うソレは、殺人者を意味すると思うのだが。」
マリーナは少し戸惑いながら、言葉を選んで答える。
「私は、誓ってそのような事はしておりませんわ。彼等に関しては存じ上げる所は無いのですが、今回の様に、亡霊による襲撃にあったのやもしれません。」
モーネリアは僅かにうつむいた。
「そうか。まぁ、根拠の無い事をウジウジ言っていても仕方がない。アトメティアに行くんだな?」
マリーナが頷くと、モーネリアは笑顔を見せて続けた。
「準備は整っている。今すぐにでも出られるが、まぁ、好きな時に言って──。」
「今だ。」
デメルザ・ドゥリップの苛立ちを含んだ声が、モーネリアの言葉を遮った。
「ここまで時間を無駄にした。モタモタしたくない。」
モーネリアは頷き、ついて来るように言って部屋を出ていった。それにマリーナが続き、後の2人もそれを追い掛けた。デメルザは少し躊躇ってから鏡を見ると、頬を叩いて呟いた。
「汚らわしい?そんな訳あるか。デメルザ様は美しいんだ。」
4人はモーネリアと別れ、馬車で国境まで移動した。流れる景色を見る内に、淀んでいた心もだんだんと晴れていき、4人の表情はいつもの活気溢れるものへと戻っていた。しかし、オーシャルは浮かない顔をしている。
「なんだぁ?まだ落ち込んでんのか?」
デメルザが呆れた表情で彼を見る。オーシャルはため息混じりに声を漏らす。
「ヴィスター……。」
「お前が恋をするとはな。」
「うるせぇんだよ!殺すぞ!!」
シーラが何食わぬ顔でからかうと、オーシャルの態度もいつものに戻った。しかしシーラが取り合わないので、オーシャルはすぐに落ち着いて話を続ける。
「別に好意とかじゃなくさ、まともに言うべき事言えなかったし。すぐ帰る事ないだろうに……。」
愚痴のように零す彼を見て、シーラとマリーナが顔を見合わせる。特にシーラの表情は驚愕を隠しきれていなかった。オーシャルがこんな態度を取るのが、余程珍しい事だったのだろう。
「あー、やだやだ。素直になれない男のぼやきって最悪〜。」
デメルザが茶化すように言った。オーシャルの機嫌が再び悪くなる。
「だから違ぇっての。」
「あっそ。」
デメルザは怒るオーシャルを軽くあしらった。3人共からかっているのだ。オーシャルは顔をしかめ、誤魔化すように外の景色を見た。
太陽が頂上まで昇りきらない内に、4人の乗った馬車はアトメティア王国へと到着した。4人は馬車を降りると、大した手続きもせずに関所をくぐり抜けた。モーネリアの手がしっかりと行き届いていた。
アトメティアはやはり草原が広がる場所だったが、遠くを見るとその特徴が見て取れた。平原ばかりのカシャールとは違い、アトメティアはいくつもの小高い丘が点々としており、基本的に街は丘の上にあるのだ。モコモコと連なる草に覆われた丘は、苔の生えた
「で、どうすんだ?」
シーラが口を開く。アトメティアの街は丘の上にしかない為、低地にある関所からはかなりの距離があった。
「とりあえず近場を当たろうぜ。」
デメルザが伸びをしながら言う。シーラ怪訝そうな顔を見せて尋ねた。
「うん。で、どこだよ近場?」
「知らんよ。歩いてりゃどうにかなるだろ?」
デメルザの無責任な言葉に、3人は苛立ちを隠せなかった。
「お前な……。」
オーシャルが呟くと、デメルザは腰に手を当てて反論した。
「だって、ここにいる誰も土地勘ねぇだろ?どうするってんだよ?」
するとマリーナが眉を吊り上げる。
「ちょっと!なんで私が隣国の事すら知らないって決めつけるのよ?」
デメルザは憐れむ目つきで見つめた。
「じゃあ任せていい?」
「いや、それは……困るけど。」
見栄を張っただけのマリーナに、3人は呆れて目を細める。そしてデメルザが再び口を開いた。
「つべこべ言わずに行こうぜ。うっせぇ奴らが3人もいて嫌ですよ、全く。」
そう言うと、彼女はせかせかと歩いていった。シーラはデメルザに聞こえるように舌打ちをしてから追いかけ、オーシャルとマリーナも後に続いた。
その頃、アトメティア王国・サベナ城では──。
「何?カシャールから尋ね人?」
玉座に座る、豪華な衣装を纏った若い男が、如何わしい表情で(しかし些か面倒臭そうに)尋ねた。その目の前には、腰が曲がりきった背の低い老婆が、垂れ下がった瞼から黒い瞳を覗かせていた。
「カシャールのアルドロン・ノゼ・モーネリア伯爵の紹介があったそうで。しかも商人や使者ではなく、内3人はカシャール人ですらないとか。」
老婆はその老いぼれた見かけに合わぬ、たくましさを含んだ声音で話した。それを聞いた男は、顎に手を当てて身を乗り出すと、再び尋ねる。
「そいつらはどこのだ?まさかデリエンスじゃないだろうな?」
「デリエンスを経由しておりますが、2人はメイディア人だそうです。しかし、後の1人は不明です。
男は手を顎に当てたまま、玉座の背もたれに背中を預けた。
「奇妙だな……。」
「ただ1つ解せない事が──。」
老婆が重い瞼をしっかりと開く。男も目を見開き、彼女の言葉の続きを待った。
「その奇妙な者の、目的なのです。」
老婆はそう言うと、あの妙な「片目の賊」の旅の目的を話した。それが何であるかは、最早言うまでもあるまい。しかし、それは男を大いに驚かせると同時に、子供のような悪知恵を働かせるものとなった。
「それは面白い事になりそうだな……。」
男は不敵な笑みを浮かべ、厄介な好奇心に染められた声音で呟いた。
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