第17頁 What is this miserable situation?
オーシャルとヴィスターは地下室を抜け出すと、足音を立てぬように廊下を歩いていた。
「お、おい。どこ行くんだ?」
オーシャルが小声で尋ねる。怯えているのか、声は震えていた。
「あらかじめ合流場所を決めてるのよ。腰抜かすくらいなら黙っててちょうだい。」
ヴィスターはそれだけ言うと、さっさと歩いて、近くの部屋に入ってしまった。オーシャルは何か言い返そうとしたが、背後で物音がしたような気がし、そろそろと彼女を追いかけた。
その頃のデメルザ達はというと──。
「隠し通路多すぎやしないか?」
シーラがぼやく。3人は未だ壁の通路を探していた。どうやら、この辺りの部屋は全て繋がっていたようだ。すると、壁を漁っていたデメルザが声を上げる。
「ん?通路がねぇな。ここで終わりか?」
3人は部屋の扉に目をやり、互いの顔を見つめあった。そして──。
「はい、じゃあお願いしますね。」
シーラはそう言いながら、デメルザの背中を押す。マリーナはシーラの後ろについて、彼の背中を押している。
「おい、ちょっと待て!落ち着け!早まるな!」
デメルザは足でブレーキをかけながら、扉の前で必死に抵抗する。
「ちょっと、早く行きなさいよ。」
マリーナはそう言うが、やはりデメルザは嫌がっていた。3人はしばらく押し合いを続ける。
すると、3人が出てきた隠し通路から、ヴィスターとオーシャルが顔を出した。
「何してんの?」
ヴィスターが何とも言えぬ表情で呟く。オーシャルは呆然と見つめながら、首を横に振った。ヴィスターは構わず前へ進み出した。
「ちょっと。」
「おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?」
3人は後ずさりし、扉に背中を押し付けた。ヴィスターは呆れた表情で、黙ったまま彼らを見つめる。
「な、なんでお前いるの?」
シーラは戸惑いを隠せないまま尋ねた。が、デメルザはヴィスターの顔を見た途端、一気に安堵の表情を見せた。
「なんだお前かよ……。」
「えっ!?」
シーラとマリーナは驚いて、同時にデメルザの方を見た。
「……だから飯は大丈夫って言ってたのか。」
シーラがそう言うと、ヴィスターはデメルザを睨んだ。
「よく言うわね。全部を毒味出来た訳じゃないのよ。」
「1個平気なら、大体平気だろ。」
ヴィスターは肩をすくめて扉を見つめた。
「出るなら早く出なさいよ。」
彼女がそう言うと、シーラとマリーナはデメルザを見る。デメルザは戸惑いながら、頭を掻きむしる。
「あぁ、クソッ!!なんなんだよ!つか誰だよ、コイントスで先頭決めようとか言い出したの────あたしだ。」
デメルザは握りしめていたコインをポケットにしまった。
「早いとこ行くわよ。」
見兼ねたヴィスターが扉を開けようとすると、慌ててデメルザが止めた。
「待て!どこで合流するんだ?」
シーラとマリーナは理解が出来ていなかったが、オーシャルは驚いていた。
「なんでも知ってんな、お前……。」
デメルザは珍しく誇りはしなかった。ヴィスターは全く動じず、淡々と告げる。
「正面の広間よ。そこまで辿り着かなくちゃならないわ。」
デメルザは眉間にしわを寄せ、床を眺めて唸った。
「……ホントに大丈夫か?」
ヴィスターは目を閉じて深く息をついた。
「自信はないわ。でもやるのよ。結果に囚われすぎると、ホントに悪い結末を迎えるわ。」
ヴィスターは扉を開けて出ていった。デメルザが気に食わぬような顔をしている事に、後に続いたオーシャルとマリーナは気づかない。もう1人はチラリと目をやるも、何も言わなかった。
5人は次々に部屋から出ると、ヴィスターを先頭に警戒しながら廊下を歩く。その様子を、背後から見つめる者がいた。先程デメルザ達を貶した、傲慢な顔つきをしていた少女だ。しかし今は、その様子はどこにもなかった。
「一体何をしてるの?もしや広間に……?」
少女は慌てた様子で、1番近くの部屋に駆け込む。
5人が広間に繋がる扉に辿り着くまでに、使用人達は1人として現れなかった。ヴィスターは扉に背中を預けて、デメルザ達の方を向く。
「これはマズイわ。合流場所がバレてるのかもしれない。私が忍び込んでる事も、きっと気付かれてるわ。」
ヴィスターの表情が揺るぐ。彼女にも予測出来なかった事態のようだ。
「そもそも、どうして追いかけられなくちゃいけないのよ?」
マリーナが不安そうにして言うと、ヴィスターは首を横に振った。
「ワタシが悪いわ。ここが亡霊の巣窟と知っていたのに、アンタ達を止めなかった。」
「亡霊──!?」
シーラとマリーナが驚くと、デメルザの視線がヴィスターから逸れる。そして彼女が剣を抜いて振り返ったその時──!
──ザシュッ!!
おぞましい音がしたかと思うと、使用人が1人、血を飛び散らせて吹き飛ばされた。そして動くことがないまま、血溜まりを残して消え失せる。
「……やるな。」
デメルザは血溜まりを見ながら呟いた。何やら手を前に出していたヴィスターは、体勢を整えながら軽返事をする。シーラは目を見開いて動揺しつつもマリーナの視界を塞ぎ、オーシャルは顔をしかめて目を閉じていた。
「こうしちゃいられないわ。急ぐわよ!」
ヴィスターが切り出し、扉を開けて広間へと踊り出す。
ヴィスターが広間に立ち入った途端、次々と使用人の亡霊達が襲い掛かった。
「掛かったな!」
使用人の1人がそう叫ぶと、ヴィスターは落ち着き払って尋ねた。
「誰が?」
数人の亡霊達がいっぺんに吹き飛んだかと思うと、その姿を消した。それを余所目に、デメルザは剣を構える。
「よし!正面から出るぞ!」
デメルザが叫ぶと、シーラは慌てた様子で叫び返す。
「待てよ!戦おうとするなって言ってたろ!」
「
その通りだった。周りを取り囲む亡霊達は、至る所から血を流したり、人間としての原型を留めていなかったり、首に何かの跡が残って目が飛び出していたり──、既に屍人化していた。シーラは鉤爪を取り出し、武器を持たないマリーナを守りながら、正面口を目指した。オーシャルは名前の分からぬ例の武器を使う事なく、亡霊の攻撃を避けながら目的地へと向かう。
亡霊のほとんどが、デメルザとヴィスターによって消えていった。しかしあまりの多さにデメルザはなかなか前に進めず、ヴィスターもその場に留まるのがやっとだった。
「おい、何してる!ちゃんとしねぇと死ぬぜ!!」
デメルザは亡霊を斬り殺しながら、丸腰で動くオーシャルに向かって怒鳴った。
「そんな余裕ないから!」
オーシャルも負けじと怒鳴り返すが、その瞬間──!
「うわっ!?」
亡霊が1人、2人に向かって剣を振り下ろした。デメルザは急いで防ごうとするが、このままでは間に合わない。絶体絶命と思ったその矢先、亡霊の剣は勢いを殺して床に落ちた。亡霊は血を流しているが、ヴィスターの術ではない。剣によるものだった。
「無事だな!?」
赤ら顔の大男が、その姿を現した。男は剣にこびりついた血を振り払うと、次の亡霊へと斬り掛かる。
「かっこ悪ぃ……。」
デメルザはなんだか悔しそうだが、オーシャルは命拾いしたという顔で、再び出口を目指す。
しばらくすると、戦いも執着が見えた。モーネリアが最後の亡霊を斬り殺す。
「手間取ってしまって申し訳ありません、閣下。」
ヴィスターは冷静に頭を下げた。モーネリアは手を前に出し、顔を上げるよう促す。後は屋敷を抜け出すだけ。そう思ったが──。
「何なの、これは?」
どこからか、女の声が聞こえた。聞き覚えのあるその声に、全員が警戒する。気がつくと広間の奥の階段に、ドレス姿のエレーヌが恐ろしい顔で立っていた。
「何なの、この惨状は?」
彼女の声は怒りに震えていた。が、怒りを覚えているのはこの女だけではない。
「黙りなさい。あなたの舞台はここで終わりなのよ。」
ヴィスターのその言葉に、エレーヌの顔は更に狂気を増した。ヴィスターとモーネリアを交互に見つめる。
「私が気付かないとは……。一体いつから……?」
「アンタがここに帰ってくる前から、ワタシはここに潜入してた。正面口以外に罠を仕掛けてあるとは思わなかったけどね。」
エレーヌは拳を握りしめ、歯を食いしばりヴィスターを睨みつけた。そしてモーネリアに目線を移す。
「貴方も……!自分の屋敷に帰るのではなかったの?」
モーネリアは呆れた様子で答える。
「お前が何をしているか、それは前々から分かっていた。だからデューブル族の
デメルザ以外の3人が、気まずそうに顔を見合わせる。モーネリアは構わず続けた。
「私が普段通りここに立ち寄った所で、上手く隠される事は分かりきった事だ。私は自分の屋敷に帰ると偽り、この屋敷に侵入した。分かるな?」
モーネリアとヴィスターが攻撃の体勢に入る間、エレーヌは体を震わせていた。微塵も怯えてなどいない。全ては目の前の者達への怒りなのだ。
「あ、もしや先程の物音は、閣下だったのですか?」
突然マリーナが口を挟んだ。モーネリアは正面を向いたまま、如何わしい表情を浮かべる。
「物音?」
「ええ。この広間を出た廊下にある部屋に、潜んでいらしたのでしょう?」
モーネリアの顔が険しくなる。
「……いや。私は使用人達が混乱している隙をつき、この広間で待機していた。」
シーラとマリーナの顔が強ばる。
「え、ならアレは一体──?」
シーラがそう言い終わらない内に、人影が1つ、エレーヌに向かって襲い掛かった。
「貴方──!?」
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