第16頁 Just so you know, it serves you right.

 デメルザは警戒心を絶やさず、常に辺りを見回しながら歩いていた。無論、他の3人もそうなのだが、事情を知らないというのがより彼等を不安にさせた。デメルザは何故黙ってしまったのだろう?使用人がいると話せない理由があるのだろうか?


 それにしても、ここの使用人達は不気味だ。笑み一つ浮かべずに黙々と仕事をこなすのだが、どうも挙動が怪しい。デメルザ、シーラ、マリーナはそんな自分達を案内する使用人に注目していたが、オーシャルは違った。彼は自分を睨みつけた、あの女の使用人を探していた。彼女はどこだろう?一体自分に何の恨みがあるのだろう?




 やがて4人は、とある広間に通された。質素でありながら広々としており、蝋燭の炎に照らされた大理石が荘厳な雰囲気を醸し出している。が、壁際に置かれたシカやイヌの剥製が、なんとも不気味だった。4人が席に座ると、テーブルの上には既に様々な料理が乗っていた。ローストチキンにエビのボイル、焼き魚、魚介のスープ、豚の足──などなど、その他野菜やパン等はあるものの、明らかに肉や魚が多かった。しかし、どれも豪勢なものばかり。シーラ、オーシャルそしてマリーナは、警戒するのも忘れて目の前のご馳走に目を輝かせた。だがデメルザは、腹が空くどころか食欲も失せ、眉を寄せてますます辺りに注意払った。


 4人はしばらく食事を続けた。その間、大した事は何も起こらなかった。そして、3人が完全に油断しきったその時──。

「このエビ、殻くらい取っといてくれたっていいのにな。」

 オーシャルの発したこの一言が、最悪の事態を招いた。そばに立っていた使用人の1人が、近くに飾られていた花瓶を思いきり叩き落としたのだ。花瓶の割れる大きな音が炸裂すると、周りの使用人は戸惑った様子を見せた。4人は確実に見た。あの使用人が、わざと花瓶を割った様子を。その瞬間の、怒り狂った表情を。


 そして、シーラの目にあの動物の剥製が目に止まった。その時彼は察した。自分達が今まで食べていた料理、よく見ると異様なメニューだ。チキンもエビも魚でさえも、ほとんど刃物を入れて調理していなかった。つまり、のだ。シーラは思わず顔を上げた。オーシャルとマリーナも気づいたようだ。


 この屋敷は、危険だ──!!




 3人の様子を見て、デメルザは立ち上がる。すると、すかさず使用人の1人が歩み寄ってきた。

「どちらへ?」

 デメルザは使用人を睨みながら答えた。

「少し外の空気を吸いたくなった。」

 すると使用人は、突然デメルザの手首をガシッと掴んだ。


「いけません。あなたがたは一生、外に出る事は叶いません。」


 その言葉を合図に、使用人達は一斉に4人に襲い掛かった。3人は慌てて広間から逃げ出し、デメルザも手を振りほどいて後を追った。

「やっぱりな……!おい、散らばるぞ!!」

 デメルザがそう言うと、4人はそれぞれバラバラの方向へ散っていった。




 オーシャルは近くにあった、地下室へ続く通路を通って行った。幸い扉は開いており、オーシャルは地下室へ逃げ込んた。安堵して扉を閉めようとしたその時、オーシャルの目の前にあるものが映った。


 その部屋には、数多くのおぞましい拷問器具が、いくつも用意されていたのだ。小型の断頭台や内側に針の付いた枷など、見るに堪えないものばかりだ。もはや殺す為のものだろう。オーシャルは愕然とした。愕然としていて、つい扉を閉めるのを忘れてしまっていた。

「なっ!?」

 気がつくと、2人の使用人が背後に迫っていた。その内の1人は、あの時オーシャルを睨みつけた、女の使用人だった。オーシャルは後ずさりするも、足がすくんで立つのがやっとの状態になってしまっている。睨んだ方ではない使用人が、そばにあった大きなノコギリを掴んで、無表情のままオーシャルに近づく。


 ──そしてそれが振り上げられ、血の飛び散る恐ろしい音が、地下室に鳴り響いた。




「え……!?」

 驚きの声を漏らしたのはオーシャルだった。なんと、突然ノコギリを持った使用人が、血を吹き出して倒れたのだ。その背後には、武器も持たずに鋭い目で目の前を見据える、あの使用人が立っていた。そして倒れた方の使用人は、生温かな鮮血を残して、跡形もなく消え去った。

「亡霊……!!」

 オーシャルが唖然としていると、上から声が聞こえた。

「言っとくけどアンタ、自業自得よ。全く。」

 オーシャルは目を見開いた。その妙に落ち着いた声は彼をこの上なく安心させるものだったのだ。聞き覚えのあるものだったのだ。




「ホント、大変な事になったわね。」

 使用人は髪を掴むと勢いよく引っ張る。すると、髪はズルリと滑り落ち、その下から、綺麗な赤い髪が現れた。そして顔を拭うと化粧が取れ、目の覚めるような美人が現れたのだ。

「よかった。マジでよかった。」

 オーシャルは思わず座り込んでしまった。ヴィスターは呆れた表情で彼を見下ろす。

「正直、ガッカリしたわ。あれ程危険を知らせてあげたし、身につけてと言ったのに。」

 ヴィスターに言われ、オーシャルはポケットから彼女にもらった赤いバンダナを取り出す。

「いや、だってさ……。」

「それは、神の加護を受ける為に必要なものなの。神に見えるように付けとかないと、アンタこの先、ホントに死ぬわよ。」

 ヴィスターは本気で怒っていた。口調は相変わらず落ち着いているが、目つきはこれまでにない程に鋭さを増していた。強く言われたオーシャルは渋々、首に巻き付けた。


「で、なんでここにいるんだ?」

 オーシャルが尋ねると、ヴィスターは扉の外を気にしつつ答えた。

「ここが危ないって分かったからよ。モーネリア卿に頼んで、わざと到着時間を遅らせてもらって、ワタシは先に潜入してたの。」

「スゴイ技術だな……。ところで、さっきの奴倒したのって、アレ、術か?」

「ワタシだって術士の端くれだものね。ちょっとくらいは使えるわよ。」

 そしてヴィスターは扉の向こうを見ると、

「今なら行けるわね。出るわよ。」

 と言って、地下室から飛び出した。

「え、あぁ!おい!」

 オーシャルも慌てて後を追う。




 一方、とある空き部屋では──。


「ヤベェな……。一緒になっちまったな。」

「まぁ、私1人で逃げられる自信ないからよかったわ。男の人がいるってホント頼もしいわね。」

 シーラとマリーナが、扉の前にテーブルやタンスでバリケードを作り、息を潜めていた。

「コレ、破られるかしら……?」

 マリーナがバリケードを指差して恐る恐る尋ねると、シーラは引きつったように笑い始めた。

「ハ……そんな、まさか、ね……。ほら、だ、大丈夫だろ。そんな、ハハ、ね。」

 彼は完全に錯乱していた。そして、マリーナもこれに釣られて笑い出した。

「そ、そうよね……ハハハ。そんな、バカなこと、ね、な、ないわよね。」


 2人して奇妙な笑いを続けていると、突然──!!

「何してんだ?」


「ギャアアアアアアアア!!!!」


 シーラとマリーナは抱き合って叫び、即座に身を引いた。いきなり壁が開いたと思うと、デメルザがそこから現れたのだ。

「ビックリした……。おい、なんだよ。」

 デメルザも自分の左胸を押さえている。シーラとマリーナは互いに抱き合っている事に気づくと、気まずい様子で離れた。

「どっから出てきたんだよ……?」

 シーラが冷や汗を拭いながら尋ねる。

「隣との隠し通路があったから見てみたら、お前らなんか笑ってるから来たんだよ。」

 と言うとデメルザは、扉のバリケードに目をやり、顔をしかめた。

「……アレ、効果あると思ってんの?」

「思ってないから笑ってたんだよ、アホ!!」

 シーラは涙声になっていた。デメルザはため息をついて呆れつつも、2人を促す。

「とにかく行くぞ。死ぬまでここに居たいのか?」

 そう言うとデメルザは、元来た隠し通路を通って、隣の部屋へ移動した。

「とんだ惨事に巻き込まれたわね。」

 マリーナがゆっくり立ち上がりながら呟き、通路に向かって歩き出した。

「ホント、全くだ──。」

 シーラがそう言いかけた時だった。


 突然、通路とは反対側の壁から、妙な物音がした。鈍い足音と、剣を鞘から抜く音だ。

「何……!?」

 マリーナは慌てて振り返る。シーラは驚いてはいたが振り返らず、素早く立ち上がってマリーナの背中を押した。

「早く行こう。デメルザと一緒の方がいい。」

 2人は急いで通路を通り、元通り壁で塞いだ。すると隣の部屋から、扉の開く音が聞こえ、足音が鳴り響き、先程まで3人がいた部屋の扉をガチャガチャとこじ開けようとする音が轟いた。更には乱暴に扉を叩いて破ろうとしていたが、バリケードのせいで上手く開かず、諦めたのか再び足音が響き始めた。


 ──それはデメルザ達のいる部屋に向かっていった。

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