第13頁 If it is all the human beings following a rule, Naptia is more peaceful!!!

 ルーフィンは目の前の男を見つめる。白い光に照らされ、まだ中身のある酒瓶を持ったその男。その目はまるで、ルーフィンなど見ていないようだった。どこかもっと明るくて楽しげな、夢のような世界を見ている、そんな目だった。


 だが、それよりもルーフィンを驚かせたのは──。


「何故人間が……?俺は……、無事?」

 慌てるルーフィンに、男は首を傾げた。

「どうかしたか?」

 さして心配そうではない男の問いに、ルーフィンは問いで返した。

「貴様、何者だ?何故白い夜に出歩いている?」

 男はクスクスと笑うと、酒瓶の蓋を歯で開けた。それを咥えたまま話す。

「いやね、あんまり今の人間に関わると──。」

 蓋を地面に吐き捨てた。

「──危険かなって。」


 当然だ。白い夜なのだから──。


「それに、。でも今夜くらいは、俺が手掛けなくてもいいだろ?」

 ルーフィンは目を見開く。だが、すぐに吊り上げた。嫌な予感はしていたが、そうか。この男が……!


「なるほど……。貴様がくだんの殺人鬼か。」

 男は酒を飲み続けていた。目の前の青年の憎悪など気にも留めていないようだ。男は1度飲むのをやめると、蕩けた瞳をルーフィンに向けた。

「へぇ……。そう、俺も有名人になったな。」

 相変わらずクスクス笑いをやめない。ルーフィンは苛立っていた。互いに目を合わせたまま、動かない。ルーフィンが先に口を開いた。

「貴様が何故人を殺めるのか……。そんな事は聞きたくないが、ここで消してくれる。せいぜい2度目の人生を悔やむんだな。」

 ルーフィンは腰の刺突剣レイピアを半分抜いた。男はキョトンとしている。

「2度目……?」


「とぼけるな。貴様が事は分かっている、“人喰い悪魔”……!!」



 殺人鬼そのおとこは──、人喰い悪魔は、空になりきらない酒瓶を草地に落とし、そして右手で目元を押さえてケタケタと笑っていた。

「あぁ、そうか!!そう呼ばれてんのね!……すごいね、君。どうして分かった?」

 ルーフィンは剣を抜きかけたまま動かなかった。

「今夜、俺の前に人間が現れて何も起こらないはずがない──!!」


 人喰い悪魔の顔が強ばる。笑顔も消えた。右手の指の間から目を覗かせる。それは先程の蕩けた目つきではなく、目の前の真実を見せられて絶望したような目つきだった。

「──お前が……そうか。」

 人喰い悪魔の声音が変わった。怒りを含んでいる。


 人喰い悪魔はルーフィンを見据えたまま、右手をそっと降ろした。

「……今夜くらいは手掛けなくていいって言ったけど、やめたよ。」

 彼も、左手で剣を抜く。


「──決闘だ。“月影つきかげの使者”。」




 男はいきなりルーフィンに斬りかかる。ルーフィンは抜きかけた刺突剣を完全に引き抜き、剣先を下にしたまま、人喰い悪魔の剣を受け止める。そして右に大きく避けると、口を開いた。

「決闘ならば形式にのっとった方が良いのではないかな?」

 人喰い悪魔は殺意たっぷりの目つきで、ルーフィンを見続けていた。

「形式などより守るべきものがあるだろう!!」

 人喰い悪魔は再び剣を振りかざすが、ルーフィンは今度は左に避ける。それと同時に、身につけていたマントと提督帽をファサリと脱ぎ捨てた。

「いいだろう……!」



 戦いは長い事続いた。お互い、一言も話すことなく、剣での攻防を繰り広げている。元々王族であるルーフィンの腕が立つのは当然だが、意外な事に、人喰い悪魔もなかなかの手練てだれだった。動きが素早い。


 それに加えて、おかしい。本来、今は人間と顔を合わせてはならないルーフィンが何ともないのだから、人喰い悪魔は亡霊のはずだ。しかしこの男ときたら、剣を手に相手を殺そうとしているのに「屍人化」しないのだ!

「死を意識しないのか──!?」


 人喰い悪魔の剣が、ルーフィンの脇を突き抜ける。

「くぅっ──!!!」

 ルーフィンはここぞとばかりに、その刃を掴んだ。それに怯んだ人喰い悪魔に向かって、刺突剣レイピアを前に突き出す──!


 ──僅かに手応えがあった。しかし人喰い悪魔は、ルーフィンを思いきり蹴飛ばし、自分の剣から彼の手を離させる。

「クソ……。」

 人喰い悪魔の左手の甲には、深い切り傷がザックリと入っていた。真っ赤な血がツーッと流れ落ちる。

「やっぱり、格上相手じゃマズイかな?」


「たあぁぁぁっ!!!」


 ルーフィンは更に剣を突き出していった。

「観念しろ!貴様のせいでどれだけの人間が苦しんでいるか分からんのか!!」

 人喰い悪魔の目が吊り上がる。

「お前が言うな!!!」

 人喰い悪魔も剣を振る。剣を違えて競り合いながら、互いの顔を見つめた。


「月影の使者などに成り下がっておいて、自分は何も害を及ぼしていないとでも言うのか?慢心が過ぎるぞ!貴様のくだらん術のおかげで、“白い夜には理性を失って殺し合い”、新月になって“黒い夜が来れば自殺者が増える”んだからな!!」


「大抵のものは日が傾けば床につく!そう教えられているはずだが!?」

 人喰い悪魔の顔は、更に怒りに支配された。


「規則を守る人間しかいないのなら、ナプティアはもっと平和だ!!!」

「直接人を殺める奴の言えた事か!!!」

 ルーフィンとて負けていない。


 2人は再度、攻めては引き、攻めては引くを繰り返した。決着はつきそうになかった。


 ──のだが。




「ハァ──ハァ──!!」

「ハァ……!!」

 2人は息を切らすも、剣を構えたまま目を逸らさなかった。表情は一層険しくなっている。


「くだらん思想で……、デメルザ様にも同じ事を垂れ流したのか?」

 ルーフィンが言うと、人喰い悪魔の表情が僅かに揺らぐ。

「デメルザ?」

「とぼけた事を……。ヤーハッタの酒場で女性にあっただろう。」

 人喰い悪魔は少し目を見開いた。

「女性……?会ったのは男──あぁ、なるほどね。」

 あの怪しい笑顔が戻る。

「君の知り合いだったんだ。近くにいるのかい?」

 ルーフィンは慌て、強く剣の柄を握りしめた。

「行かせはしないぞ!!」

「クッ……ハハハ!!!」

 人喰い悪魔は再び右手で目元を押さえ、高らかに笑った。それと同時に構えもやめる。

「クックック……!行かないよ。賭けてんだ。あの子と運命で繋がってるかどうか……。」

「何?」

 人喰い悪魔は剣を鞘に納めると、ニヤつきながらルーフィンを見た。

「自然に巡り合わなくちゃいけないんだ。あの子とは何かある気がしてね。君なんかにかまけて、それをおじゃんにしちゃダメだな。この場はおいとまするよ。」

 人喰い悪魔は足速にルーフィンの左を通りすがる。目だけは彼を追いながら。


「でもだからって、気を抜いちゃいけないぜ?お坊ちゃん。」


「──なっ!!」

 ルーフィンはすかさず振り返る。しかしそこには、白い月に照らされた草地があるだけだった。所々に赤い点を残して──。


「なんだ……?」

 ルーフィンは刺突剣を握りしめたまま、その場に立ち尽くしていた。




 少し離れた崖の淵に、人喰い悪魔は座り込んでいた。目つきは再び、夢見たようなものに変わっている。

「なんだかなぁ……。悲しくなっちゃったよ。」

 人喰い悪魔は後ろの草地にドサッと倒れ込んだ。夜風が頬を撫でる。彼は3度みたび目を押さえると、突然──。


「ヒッ……ヒヒヒヒハハハ……!!」

 甲高い声で笑い出した。すると、口は頬いっぱいにまで裂け、全身の切り傷からは血がダラダラと溢れだした。そして尚も、狂ったように笑い続ける。


「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒ……!!ヒャーッハハハハハハッ!!!」

 その狂笑は、満月の夜の大地に響く。





 太陽が山から顔を出し、ルーフィンはデメルザ達の元へと戻った。デメルザ以外、まだ寝ているようだ。

「よう。どうした?汗すごいな。」

 デメルザは草地に座って、夜営地に焚いた火の燃えカスを草で弄って遊んでいた。

「あ……、あの。デメルザ様。」

 ルーフィンは少々戸惑いながら言った。あの男がデメルザと接触する可能性がある以上、危険を知らせた方がいいだろう。だが──。

「どうした?」

「あ……!い、いえ。なんでもありません。」

「そうか。」

 なんて事だ!話した方が良いだろうに、話せば嫌な事が起こる気しかしない!ルーフィンは悩み続けた。



 後に3人も起き出し、再びデリエンスとの国境を目指す。突然、オーシャルが叫び出した。

「なぁおい!ベルドも術士だとか初耳だぞ!!」

 ルーフィンは戸惑う。

「あれ?言ってなかったか?」

「言われてない!その上“予言士”ってなんだよ!?」

 ベルドは少し呆れたように説明する。

「ですから、星の輝きや位置から、未来を予言するんですって。」

「お前も出来るのか?」

 シーラがルーフィンに尋ねる。ルーフィンは首を横に振った。

「いや、俺にはその才はない。今の所、ベルド以外で予言士は見た事がないしな。」

 シーラとオーシャルは感心したようにベルドを見つめた。本人ははにかむ様子だ。


 東へ歩く最中でも、ルーフィンは未だに胸のざわつきが治まらなかった。

「ルーフィン様。」

 ベルドの呼びかけに驚くも、ルーフィンはどうにか平静を装おうとした。

「お、おう。なんだ?」

昨夜ゆうべ、何かをご覧になって、迷っていらっしゃるでしょう?デメルザ様にお話しするかどうか。」

 ルーフィンは意表を突かれた。

「そんな事まで見えたのか……。」

 予言士の力は侮ってはいけないらしい。


「その、それに関してですが、デメルザ様にお話しすることは、お勧めできません。」

「何故だ?」

 ベルドは少し怯え、言葉につまりながらも、なんとか答えた。

「そうすると、“世界の脅威は確実に消えるが、人間の脅威は残る”と出ました。」

 ベルドはたじろぐ。

「あ、いえ……。分かりませんが……。」


 ルーフィンは微笑んだ。

「分かったよ。ありがとう。」

 それを聞いてベルドも笑顔になり、ルーフィンはわだかまりが消えたような気がした。


 人喰い悪魔──。何者かはまだ分からないが、いずれ巡り合う気がする。


 しかし今は、国境を目指すのが先だ。デリエンスまで、そう遠くはない。



〜第1章 完〜

To Be Continued...

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