第2章 In Delience

第1頁 It is expected that the war spreads soon.

 5人は平原を歩き続ける。しかし、国境には辿り着いていた。国と国を仕切る巨大な壁と門が、一行の行く手を阻む。

「よし!ルーフィン、お前の出番だぜ!」

 デメルザが機嫌良く話し出す。ルーフィンはマントを整えた。

「もう一度言っておきますが、確実に上手くいく保証は出来ませんぞ。万が一許可が下りなかったとしても、突然殴りかかるのはお止めください。」

「なー、もう!わぁーってるよ!」

 これだけは確実だ。分かっていない。


 ルーフィンは門へ近づく。すると、とある人物を見つけたようだ。

「これは丁度いい……。」

 ルーフィンは占めたという顔をして、その人物に歩み寄る。甲冑に身を包んだ、威厳のある男だった。佇まいから、歴戦の証が見て取れる。男はルーフィンの姿を見ると、途端にたじろいだ。

「なっ……ルーフィニス殿下!!」

「殿下などと、よしてください。フラデュレ騎士団長殿。しかしご無沙汰ですな。お変わりないようで。」

 帽子を脱ぎ、左胸に手を当てて頭を下げるルーフィンを見て、フラデュレはますます慌てた。無理もない。相手は、以前自分が仕えていた青年なのだから。

「し……、して、何用でございますかな?」

 ルーフィンは頭を上げると、手は胸に置いたまま話し出した。

「私と──それからこの者達の、デリエンス入国を許可して頂きたいのです。是非とも、閣下直々にお許し頂きたく。」

 フラデュレは考え込んだ。ルーフィンはそんな彼をジッと見つめている。

「しかしですな……。いえ、許可したいのは山々なのですが、殿下──あ、いえ、貴公のお立場が……。」

 ルーフィンは少し悩むと、再び口を開く。


「左様でございますか……。ならば──いえお待ちを。現在の情勢は如何いかがですかな?」

 フラデュレは渋い顔で答える。

「現在は、我が軍が僅かに優勢でございますが、この所睨み合いが続きましてな。近い内に戦乱は拡大する事が予想されます。」

「戦場は?」

「バッフレ平原です。」

 ルーフィンは再び考え込むと、チラチラとデメルザ達を見た。

「閣下、少し話し合いますが故、お時間を頂けますか?」

「はっ!承りました。」


 ルーフィンは4人の元へ戻る。

「デメルザ様、申し訳ございません。アトメティア王国との戦争が、未だ続いておりました。」

 オーシャルが口を挟む。

「え、戦争してんの?」

 ルーフィンの顔が険しくなる。

「ああ。5年前、我が国の街に何者かが火を放ち、多大な被害が出た。それを口実に、デリエンスの方から、隣国“アトメティア”に宣戦を布告したんだ。」

 ルーフィンは腕を組んで、呆れたように息をつく。

「ただの夜盗の仕業だというのは明確だったが、どうしてもアトメティアを征服したかったのだろう。父は俺の言う事を聞き入れなかった。」

「お前が勘当された理由って、それか。」

 シーラが言った。ルーフィンは静かに頷く。

「だが、現在戦場となっているのは、北部にあるバッフレ平原だ。デメルザ様、北部はあらかた回られましたな?」

「ああ。」

「でしたら、そういう事で……。残念ですが、私の首には値がついてしまいましたので。」

 デメルザは渋々了承したように、肩をすくめた。


 ルーフィンは再びフラデュレの元へ行く。

「閣下。やはり私が入国するのは危険ですので、あの3人のみを入国させるよう、許可の程をお願い致します。我々は別に行動致しますので。」

 フラデュレは焦りを隠せずにいたが、すぐに落ち着きを取り戻した。

「そういう事でしたら、承知致しました。」

「感謝致します。」

 ルーフィンはもう一度頭を下げると、デメルザ達へ呼びかける。

「デメルザ様!許可が下りましたぞ!!」


 ルーフィンとベルドとは、別れることになってしまった。

「ベルド……。お兄ちゃん、君に会えて心から嬉しく思うよ。」

「は、はい……。」

 グッと手を握るシーラに、ベルドは困惑していた。オーシャルはそんな彼のひざ裏をガツンと蹴飛ばす。シーラは倒れ込んだ。

「まぁ、我々も動きますが故、どこかでぶつかるやもしれませんな。」

 ルーフィンが言うと、デメルザはあくびをしながら答えた。

「ふぁ〜、そうだな……。ま、どうでもいいけど。」

「酷い……。で、デリエンスでの事ですが、騎士団員が数名、付き添いで安全な場所へ案内するとの事ですので。」

「ちゃっかりしてんな。」

 ルーフィンは不敵に微笑む。


「では、ご武運をお祈り致しております。」

「お世話になりました!!」

 ルーフィンとベルドは、来た道とは別の、南方へ向けて歩き去っていった。



 フラデュレは3人に歩み寄った。

「ルーフィニス殿下よりお話は伺っております。デリエンス王国騎士団長、ナズリム・ヴァル・フラデュレ伯爵にございます。」

 頭を下げるフラデュレに、シーラは慌てた。

「えっ!?何もそんな──!」

「いえ。殿下のご友人とあらば、敬意を払うのは当然の事であります。殿下は現在、身寄りがごさいませんので。」

 フラデュレは一呼吸置いて、再び話し出す。

「本来ならば私がお付き致すのが良いのですが、多忙な身でございます故、団員の者を2人付かせます。宜しいですかな?」

「いいから、さっさとしてくれ。」

 デメルザはそっけなく答える。フラデュレは門のそばから2人の、比較的若い男を呼び出すと、会釈をして去っていった。


「あぁ、どうも!!案内する事になりました!リミアムスです!!」

 長身で痩せ型の方が、満面の笑みを浮かべて話した。フラデュレとの態度の差に、一行は戸惑う。

「おいバカ!!殿下のご友人だぞ!」

 背は高くないが恰幅の良い、割とむっつりとした方の男が言った。リミアムスは慌てて頭を下げる。

「あっ……えっと、すみません!」

 デメルザは面倒くさそうに、手を振って言った。

「いや、頼むから普通にしてくれ。慣れない。」

 シーラとオーシャルも頷く。

「あ、じゃあ普通にお願いしまーす!!」

「はぁ……。」

 この2人は凸凹コンビのようだ。

「じ、自分はユーシルです。よろくしお願いします。」

 恰幅の良い方が言うと、リミアムスが口を挟む。

「てな訳で、門をくぐって、レッツ・ゴー・トゥー・デリエーンスッ!!」

 リミアムスが元気よく歩き出した。ユーシルはため息をついて後に続き、3人は顔を見合わせてから、2人の後を追った。




 門をくぐると、大して景色が変わる訳ではないが、シーラとオーシャルは、なんとなく気が引き締まったような気がしていた。我々の世界で例えるなら、海外旅行に行った時、飛行機から降りただけなのに異国に来たという感覚があるだろう。あれと同じだ。


「嫌じゃないのか?こんな案内だけの仕事とか。」

 オーシャルが歩きながら口を開くと、やはり先に答えたのはリミアムスだ。

「いいや?むしろありがたいよ。こんなんで済むんだもん。」

「ありがたい?」

 シーラが問うと、デメルザがニヤつきながら首を突っ込む。

「バカかよ!戦場に出向かなくて済んだからだろ?」

 ユーシルが頷く。

「その通り。」

 クロックメイカー兄弟は納得したような表情だ。


「ぶっちゃけ、俺達も戦争とかしたくねぇんだけどな……。」

「国王陛下のご意向ですからな。」

 2人の話に、オーシャルが口を開く。

「アトメティアとのだよな?侵略戦争みたいなもんだろ?」

 ユーシルは再び頷く。

「ええ。現・国王、グランヒルト7世陛下は、正直な事を言うと、野心家で……。」

「ルーフィニス殿下は、戦争を望む陛下を必死に説得しようと試みた。でもダメだったんだよね。」

「殿下は縁を切られ、王位継承権も剥奪された挙句、逆賊として首に値打ちがつく事となりました。」

 デメルザを除いて、全員が呆気にとられていた。シーラが口を開く。

「散々だな……。」

「まぁな。でも、殿下は国民からの人望も厚いし、騎士団でも嫌ってる奴なんて見た事ないから、狙われる事なんかそうそう無いと思うんだけどね。」

「迷惑をかけまいとデリエンスを出て、メイディアに向かってから、行方知らずだったのですが……。」

「今さっき見つかったと。なるほどね。」

 シーラは呆れたような顔をしていた。


「つっても、陛下には逆らえないしなぁ……。怒ると言葉遣い荒くなって、超怖いんだよ!」

 リミアムスが言うと、ユーシルもゆっくりと頷いた。相当なのだろう。

「1度、ルーフィニス様が陛下を殴った事がありましてな。実の子だというのに処刑しようとなされたのですよ。今は亡き王妃殿下の頼みで、監獄に入れるだけで済みましたが。」

「“済んだ”なんだ、それ。」

 オーシャルは複雑な顔つきで相槌を打つ。

「扉蹴っ飛ばして、“おい、コラボケェーーッ!!出せやごらぁ!!”。メチャクチャ怒鳴ってたよ……。」

 周りの景色をボーッと見ていたデメルザが、ようやく口を開く。

「あいつも大概、怒ると言葉遣い荒くなって怖ぇよな。」

 リミアムスが答える。

「そういう所、親子だよな。」



「さて、戦場を避けて南部を移動しますが、もうじき“ラナシード”という村へ着きます。」

 ユーシルの言葉でデメルザの活気が戻る。

「おっ!!思ったより早かったな!」

 暗雲の調査が出来るので嬉しいのだろう。


 遠くに門のようなものが見えてきた。村の入り口だろうか?


 ラナシードへは、まもなくだ。

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