第2頁 It may not be a shame to cry. ......, but that does not match with pride.

「ラナシード」は、中心地にカルム湖という大きな湖のある静かな村だ。豊かな水源により出来る栄養価の高い作物と、その水を使った発泡酒が名高く、デリエンス王国の中でも寿命が長い事で有名だ。また、草の育ちもいい為、牛の放牧がされている。静かながらも広い村だ。


「ここの酒はマジで上手いぜ!!後で飲もうや!」

 リミアムスが言うと、当然反応するのは彼女である。

「後でと言わず、今にしようぜ!最近、安いしか飲んでなくて死にそうなんだ。」

 シーラは呆れ返った。

「おい、暗雲の事を聞いて廻るんじゃねぇのかよ。」

「あ?いいんだよ、一緒にやれば!酒場に行きゃ人もいるだろ。」

 デメルザは相変わらずマイペースだ。


 すると、2人の会話を聞いたリミアムスとユーシルが、突然立ち止まった。

「……おい。暗雲ってなんだよ?」

 リミアムスが問いかける。その顔は凍りついていた。ユーシルも同様だ。

「そのまんまだよ。暗雲を消したいんだが、肝心の頭がどこにあるのか分かんねぇんだ。」

 2人は顔を見合わせた。やはり顔は強ばっている。

「やめた方がいいですよ!死にに行くようなものでしょう。」

 ユーシルは珍しく声を張り上げた。しかしデメルザは聞き入れない。

「死ぬのが怖いと思うのか?そういうお年頃は卒業したんだよ。口出すな。」

 表情も声音も普段通りだが、シーラとオーシャルには、デメルザが気分を害している事が分かった。



 デメルザが他の4人を置いて先へ進もうとすると、1人の女性がほとりで湖を見つめているのが見えた。困り果てているようだ。

「よう。どした?」

 デメルザが話しかけると、女性が驚いて振り返る。喪服のような黒い服を着た、三十路に差し掛かるくらいの女性で、庶民ながら気品に溢れた顔立ちだ。

「あ……。じ、実は、荷物を誤って落としてしまって……。」

 女性は妙に早口で話すと、湖を指差した。デメルザが湖を見つめると、確かに、だいぶ離れた所に買い物カゴのようなものが見える。中身は落ちていないようだ。

「どうやったら、あんな向きに落ちるんだ?」

「す、すみません……。落ち着きがないもので、よく分からない内に……。」

 女性は申し訳なさげに言う。


 デメルザは後ろを振り返って叫んだ。

「おぉーい!!シーラ、ちょっと来い!!」

 シーラは駆け足でやって来た。他の者はゆっくりと後に続く。

「なんだ?」

 シーラが尋ねると、デメルザは湖を差した。

「なぁ、あそこにカゴあるの見えるか?」

「カゴ?」

 シーラは湖をジッと見つめる。するとデメルザは、素早く彼の後ろに回り込んだかと思うと、


 ドスッ!!

「うわっ、ちょ──!!?」


 ザッパァァーン!!!


 デメルザがシーラの背中を蹴飛ばし、彼を湖へ突き落とした。

「ぶはっ!おい、何すんだよ!!」

 シーラは水から顔を出すと、怒りながらデメルザを見上げる。

「じゃ、カゴ取って来い。早くなー。」

 デメルザは笑いながら手を振る。

「は?」

「いいから早く行け!この女に、何としてでも恩を着せるんだ!!」

 女性は驚いた顔でデメルザを見る。

「チッ!」

 シーラは大きく舌打ちして、カゴの方へ泳いでいった。



「ったく……。」

 シーラはカゴを持ったまま、ずぶ濡れになって上がってきた。女性はカゴを受け取ると、深々と頭を下げる。

「ありがとうございます!お手数かけて、申し訳ありません。」

 女性は頭を上げると、話を続けた。

「あの……、よろしければうちにいらっしゃって、ご飯でもいかがですか?もうすぐお昼ですし、お詫びに……。」

 シーラは首を横に振る。

「いえ、結構ですよ。俺た──うぉっ!?」

「フフーン!フフフーン!!そんなに言うなら……、お言葉に甘えちゃおっかな?なぁ、お前ら!!」

 シーラを突き飛ばして、デメルザは身勝手な事を言っていた。流石に女性も困惑した様子だ。しかし、無理に笑顔を作ってくれている。

「で、では……、皆さんいらしてくださいな。」

 5人は、ご馳走になる事にした。


 女性についていく途中、デメルザはある事に気がついた。すれ違う村人全員が彼女達の方を見て、何やらヒソヒソと話しているのだ。足早にその場を去る者もいる。


 そして女性の家の前まで来ると、建物の入り口に別の女性が立っていた。

「あら?ドリス、何を……?」

 その人は女性を見て、ビクッと肩を上げる。扉に手を掛けようとしていたようだ。

「ミ、ミレイナ……。」

 ドリスはそう言って辺りを見渡すと、せかせかとどこかへ歩き去った。ミレイナと呼ばれた女性は、少しの間その場に立ち尽くしていたが、すぐに入り口へ歩き出すと、5人を中へ案内した。




 ──真夜中。皆が寝静まった後、デメルザはまたも出かけようとしていた。ある種の癖のようだ。すると、とある部屋の扉の隙間から、明かりが漏れている事に気づいた。微かに泣き声が聞こえる。デメルザはそっと扉を覗いた。


 中ではミレイナが、小さなテーブルに突っ伏してすすり泣いていた。手に何か持っている。気になったデメルザは、そのまま部屋に入っていった。

「あっ──!!」

 デメルザに気づいたミレイナは、慌てて涙を拭う。デメルザは近くにあった椅子の背もたれに寄り掛かり、目を合わせずに言った。

「この世には、人前でやると恥となる事が掃いて捨てるほどあるが……、それに“泣く事”は含まれないと思うぜ。」

 ミレイナは驚いて顔を上げる。デメルザはしばらく部屋の隅を見つめていたが、すぐに意地悪い笑顔を浮かべた。

「……って、あたしの知り合いが言ってたんだが、どう思う?」

 ミレイナは涙を拭いきり、気を落ち着かせてから答えた。

「恥ではないでしょう。……ですが、プライドとは釣り合いません。どちらかが邪魔をする。」

 デメルザは肩をすくめて、彼女の方を向く。

「何が悲しい?」

 その問いに、ミレイナの顔つきは一層悲しげに曇った。


「……昔、今もなのですが、私は人と関わるのが苦手で……。いつも変わり者扱い。友人すらまともに出来なかった。そんな私に、彼は手を差し伸べてくれた。笑った顔が素敵だと言ってくれた!」


 ミレイナは再び涙を流した。


「子供も生まれ、私は人生で1番幸せだと感じました。彼は家族が最も大切だと言った。本当に嬉しかったんです。なのに、あんな事が──。」


 デメルザの目が泳ぐ。


「家族で、子供を連れて初めて海を見に行こうとした前日の事でした。娘と夫は散歩に出かけていて……。ですが──その時──、アレが!!」


 ミレイナは再び机に突っ伏す。その声は、憎しみをも含んでいた。


「暗雲が──!!」




 デメルザはミレイナに背を向けた。冷たく凍った表情で。

「すみません。つまらないお話をしてしまいました。」

 ミレイナは涙を腕で拭うと、深く息をついてから口を開いた。

「もうお眠りになられたら?旅をしておられるのなら、お疲れでしょう?」

 デメルザは強ばった表情のまま、ゆっくりと扉の方へ歩き出した。

「……あぁ。そうだな。」

 デメルザはそっと扉を開け、部屋から出ていった。


 閉じた扉に背中を預け、デメルザは目を見開いていた。息も荒く、泣き出しそうな表情で扉に爪を立てる。

「待っていろ……。必ず滅ぼしてやる。」




 朝になり、オーシャルは窓を眺めていた。同じく起きていたシーラが話しかける。

「何してんだ?」

「うっせぇよ!なんで1秒も黙ってられねぇんだよ!!」

 シーラは少しだけ黙ってから、また話し出した。

「……何してんだ?」

「うっせぇっつの!!」

「1秒は黙っただろ!」


 そんなたわいもない兄弟の会話から、この日は始まる。2人が食卓に行くと、ミレイナとリミアムス、それにユーシルだけがいた。

「おい、デメルザはどうした?」

 オーシャルが尋ねると、ユーシルが静かに言った。

「暗雲の調査に向かうと言って、早朝から出かけていきましたよ。元気ですね。」

 兄弟は顔を合わせるも、オーシャルの方から不機嫌に背けてしまった。


「おい!家は何軒あるんだっけか!?」

 突然、デメルザが入り口の扉から顔を出す。

「……だから、17軒だってば。」

 リミアムスが呆れて言う。デメルザは頭を叩いて答えた。

「あー、そうね。OK!」

 バタンと扉を閉めて、また出ていってしまった。


「いつまでここにいるんだ?」

 リミアムスが尋ねると、シーラは肩をすくめつつ言った。

デメルザあいつの気が済むまで。」

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