第3頁 There is always light at the end of the path I am seeking.

 デメルザはラナシードを廻り、暗雲の行方について調査していた。だが、流石人が恐れるものなだけあって、そう上手くいかない。


「はぁ!?テメェ、ふざけた事聞いてんじゃねーぞ!!」

 ドゴッ!


 デメルザは押し倒され、家から追い出されてしまった。珍しく彼女は怒りはせず、頭を掻きむしってため息をついた。

「全く……。なんで暗雲様はこんなに意地悪なんだよ。17年も頑張ってんのに!」

 デメルザは立ち上がると、次の家へと歩き出す。


 すると、とある女性がデメルザとぶつかってしまった。どこかで見覚えがある。

「おっと!悪いね。」

 女性が顔を上げる。そうだ、ミレイナの家の前でコソコソと何かしていた女性だ。名前は……ドリスだったか。

「……気をつけてよ。」

 ドリスは無愛想にそう言うと、足早に去っていった。手を持った何かを確認する。チャリンと音がした。

「甘いね……。」

 それは、デメルザがいつも金を入れている袋だった。ぶつかった時に掠め取ったのだ!ドリスはほくそ笑んで袋を開ける。


 が──。

「あら?」

 その袋には、その辺に転がっているような石しか入っていなかったのだ。慌てるドリスの頭に、何かが突きつけられる。

「甘いな……。」


 そこにはデメルザが、手をピストルの形にして、ドリスの頭に当てていた。顔つきは、いつものアレだ。

「女さんよ……。舐めてた?舐めてたろ?ハハハハハッ!!」

 挑発の表情で高らかに笑うデメルザに、ドリスは歯ぎしりした。そんな事はお構い無しに、デメルザは袋を取り上げる。

「念には念を、だろ?スリの腕じゃ、あたしが一枚上手いちまいうわてだったな。」

 デメルザは袋を揺らして、チャリチャリと音を鳴らす。


 ドリスは黙ったまま、その場に立ち尽くしていた。デメルザは何か言いたげだが、何も言わなかった。恐らく、質問したい内容は通じているだろう。

「──ミレイナをどう思うの?」

 ドリスがやっと口を開く。デメルザは軽い調子で肩をすくめた。

まあまあかなNot bad。」

「嘘言ってもムダよ。彼女を好く人間は、早死にするもの。アンタも知ってんでしょ!?」

 デメルザは目を閉じて微笑んだ。微笑むといっても、優しい笑顔という訳ではない。

「で?」

 しかしその声は、別人のように優しかった。

「で?って……。そんな奴に関わるなんておかしいで──!!」

「命を宿して24年。これだけ確実に言えるのは、“災いは伝染しない”ってことかな。」

 ドリスは驚く。デメルザはコートの襟をいじっていた。

「仮に伝染するんだとしても意味無いのさ。人はみんな不幸だ。これ以上悪くなりようがない。」

「でも、気ぐらい紛らわせられる。でもアイツはそれすら出来なくするのよ。気味が悪い!」

「そういう奴を救ってやるのが、倫理ある人間のする事なんじゃねぇの?」

 ドリスは険しい顔で首を横に振る。

「この時代に、倫理なんて考えてられないのよ。幸せを掴むには、犠牲が要る。」

 デメルザは縦に振った。

「ごもっともだ。でも犠牲を出していいのは、その後良い未来があるって言いきれる時だけだぜ。」

 デメルザは先程とは別の袋を取り出す。それはドリスの金の入った袋だ!


「あたしの求める道の先には、必ず光がある。だから犠牲者を出せるんだ。」


 ドリスはデメルザに駆け寄る。

「ちょっと──返してよ!キャッ!?」

 デメルザがドリスの顔を蹴飛ばした。女性の顔を、だ。しばらく見ぬ内に忘れていた。デメルザ・ドゥリップの本分とは、本来こういうものなのだ。

「バーカ!」

 デメルザはそう叫ぶと、後ろを向いて逃げていった。取り残されたドリスは、ギュッと拳を握る。



 一方ミレイナの家では、オーシャルとリミアムスが何やら話していた。内容は──。

「いやいや、ちょっと待てよ。女は巨乳でナンボだろ!?」

 オーシャルが言うと、リミアムスは手を振ってる抗議する。

「見る目がないなぁ。小さいならではの良さってモンがあるんだよ!」

 2人の論争は尚も続く。


 シーラとユーシルは黙ってその様子を見ていた。どんな表情だったかは、言わなくとも分かろう。

「くだらねぇな……。」

「そう言ってると、いつまで経っても女性にモテませんよ。まぁ、くだらない事にはくだらないですが。」


 ミレイナは黙りこくって椅子に座っている。やはり手には何か持っていた。シーラが近寄って尋ねる。

「それは?」

 ミレイナが持っていたのは、ペンダントだった。大きさからして、子供がつける用だろう。

「……娘の、誕生日にあげようと思っていたものです。誕生日に海に行く予定だったんですよ。」

 ミレイナは静かに言った。無理やり笑顔を作ろうとするも、目だけは笑えていない。

「それで、娘さんは?」

「──他界しました。17年前、主人と一緒に。」

 シーラはうろたえる。

「あぁ!すみません……!」

 ミレイナは首を横に振った。シーラを許したというよりは、自分の気を紛らわせているようだ。

「お気になさらないで。もう、どうしようもありませんから。」


「絶対デカい方がいいっつーの!!」

「いや!ちっちゃい方が至高だ!!」

 くだらない争いは未だ続いていた。ミレイナはそれを見て、微かに笑う。シーラはほんの僅かに気が楽になった、ような気がした。


 すると──。


 バアァーーン!!!

「なんか急に腹が減った──ぞ……。」

 デメルザが突然扉を開けて入って来たが、空気を察して辺りを見回した。


 オーシャルとリミアムスは顔を見合わせる。

「アレは?」

「いやぁ、論外だろ。」

 デメルザは2人を指差す。

「おい!どういう意味かは知らんけど、確実に褒めてない事だけは分かるぞ!!」

 2人は無表情で拍手する。


「あ、お腹空きました?もうお昼ですものね。今作りますわ。」

 ミレイナが急いで鍋を取ろうとすると、再び扉が開いた。


 バアァーーン!!!

「おぉ、ビックリした!やめてよ。」

 デメルザが驚いて振り返ると、そこに立っていたのはラナシードの村人達だった。

「おい!そこの男をここに置いとくのはやめろ!!」

「そうだ!とっとと出てけ!!」

 デメルザは苦笑いを浮かべて家の奥へと逃げていった。

「そこの男?」

 シーラが尋ねると、村人の1人がデメルザを指差す。4人は彼女の方を向いて一斉に叫ぶ。

「お前か!!」

「え、誰?」

 デメルザはすっとぼけて、後ろを振り向く。


「とにかく、そんな盗賊をこの村に置いとくなんざゴメンだぞ!!うちの金の大半持っていきやがって!」

 クロックメイカー兄弟は、呆れつつも納得の表情だったが、騎士団2人は異様に驚いていた。



 だがその瞬間──。


「アッ!?」

 デメルザは腰の短剣を引き抜くと、ミレイナの後ろに回って彼女の首元に当てたのだ。

「よぉーし、全員動くなぁ?ちょっとでも動け。息でもしてみろ。この女の首はズバァンだ──あ……。」

 デメルザは言葉を途切らせる。村人達は全員口元を押さえてジッとしていた。

「……いや、息はしていいよ。ゴメン。」

 全員が「ハァァー!!」と息をつく。デメルザは気を取り直して続けた。


「お前らの家で、誰が1番金持ってるかをコイツに吐かせようと思ったのに、この女ときたら一言も喋らねぇんだよ。な?」

 ミレイナは困惑している。デメルザはそんな事気にも留めなかった。

「それによ、お前らも!」

 デメルザはミレイナに剣を当てたまま、リミアムスとユーシルの方を向く。

「あたしの仲間になったフリして、実は隙をついてあたしをとっ捕まえようって魂胆なんだろ?バレバレなんだよ!」

 2人も戸惑うが、兄弟の方は全て分かったらしく、のそのそと立ち上がった。


「てな訳で、バレちったんで……。」

 デメルザはそう言いかけると、ミレイナの耳元で何か囁いた。そして再び顔を上げる。

「ヘヘッ……!逃げまぁ〜〜〜す!!!」


 デメルザは駆け出すと、窓から飛び出した。そのまま走り出す。残された4人はしばらくポカンとしていたが……。


「じゃ、じゃあねー!!」

 オーシャルも窓から飛び出した。


「ゴメンなさーい!!」

 シーラも後に続く。


「え、えっと、どうすれば──?」

「待てー。」

「お、おう!待てーー!!!」

 やる気のないユーシルと、未だ困惑気味のリミアムスも飛び出し、ラナシードの村人達だけが、その場に残された。


「おい!ミレイナ、大丈夫か!?」

 村人達は全員、ミレイナを取り囲む。そこにはドリスの姿もあった。いつもと違う対応に、ミレイナは驚いていた。

「あ……、あの──。」

「あの盗賊に脅されてたってホントか!?」


 その時、ミレイナはデメルザの囁いた言葉を思い出した。

「──嘘をつけ。」


 ミレイナは苦笑いして、小さな声で答える。

「ええ……。」

 すると村人達が、一層どっと湧いた。

「マジかよ!?」

「脅迫にずっと耐えてたのか?」


 今度は真っ直ぐに、大きく答える。

「ええ!」


 村人達は次々とミレイナに言葉をかけた。それは決して侮蔑の言葉ではなく、「すごいな!」や「そうだったのか、ゴメンな……。」といったものだった。


 ミレイナの顔に、心からの笑顔が咲く。




 一方のデメルザ達はというと──。


「何してんだよ!?」

 リミアムスが叫ぶ。デメルザは笑いながら答えた。

「テメェらのメンツだって守ってやったろ?たまにゃ、こういうのもいいだろ!」

 デメルザは笑うのをやめると、少し真剣な顔になった。

「この村での収穫はなしか……。次行く方角は、こっちでいいんだよな?」

「いいですよ。」

 ユーシルは呆れ気味に言った。

「じゃ、誰が1番に村を抜けるか、よーいスタート!!」

 デメルザは足早に駆けていく。


「少しバカですね、彼女。」

 ユーシルが言うと、オーシャルは頭を押さえて言った。

「大バカだろ。で、次はどこ行くんだ?」

 ユーシルはやはり冷静に答える。

「“トモサ”という村ですよ。早い所行きましょう。」


 一行は、次の目的地トモサへと向かう。

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