第12頁 It is not a clever act, Excellency.

 ──朝になった。ベルドはよく眠れたのか機嫌が良さそうだが、シーラとオーシャルは眉間にしわを寄せ、むっつりとした顔だ。


「お前らさぁ……、どっちがベッドで寝るかで、夜中に口喧嘩するのやめてくんない?」

 シーラが不機嫌に言う。デメルザとルーフィンは目を逸らした。

「いやだってさ──。」

「で、その後メチャクチャ大騒ぎしてたけど何?」

 シーラが問うと、2人は横目を合わせた後、同時に目線を前に戻す。

「え、あ、やぁ……。だってゴッキー居たんだもん。」

 デメルザは指をいじくる。シーラの目は更に釣り上がった。

「おい。ゴッキー怖くて結局2人共ベッドで寝てたとか言ったら、俺キレるぞ。」

「おぉ、よく分かったな。」

「ああぁぁぁ……!」

 シーラとオーシャルはため息混じりの声を漏らした。

「とにかく、真夜中に騒ぐのマジやめろよ。ベルドだけ“グースカピー”だったんだけどさ。」

 オーシャルはベルドの方を見る。状況を理解出来ていないので、ベルドは小首を傾げてルーフィンを見た。

「よくあるゴッキー騒動だ。そんな深刻にならなくていい。」

 ルーフィンの言葉に、キョトンとした顔をする。

「あ、はい……。」



 5人は更に東へと進んでいった。

「今日中には、アレイデルを抜けたいよな。」

 デメルザは道脇で尻尾を振る子犬を見つめながら言った。ルーフィンは片手で提督帽の位置を直す。

「宜しいのですか?街を抜けてしまうと、野宿になってしまいますが。」

「別に問題ないだろ。」

 どうやら、出来るだけ急ぎたいようだ。ルーフィンは肩をすくめる。

「え、白い夜にその辺で寝んの!?」

 オーシャルは驚きを隠さなかった。シーラも腑に落ちない様子だ。

「いいだろ?どうせ夕方には寝ちまうんだろうが。」

「それは、ガキん頃からそうしろって言われてたからであって──。」

「とにかく行くぞー。」

 抗議するオーシャルを無視して、デメルザはスタスタと歩き去った。オーシャルはポツリと独り言を言った。

「聞く耳を持たないねぇ……。」

「話す口はあるのにな。」

「お前と話す口はねぇよ!」

 オーシャルは不機嫌なまま歩いて行く。シーラは当然理不尽な態度に怒りを見せるが、すぐに気を取り直して後について行った。


「白い夜ですか……。」

 ベルドが呟く。どことなく寂しそうだ。ルーフィンの目が泳ぐ。

「……悪いね。」

 ベルドの背中を軽く叩く。少年は黙ったまま頷いていた。



 途中で、一行はとある現場を目撃する。


「おい!ちゃんと取ってきたんだろうな!?」

 比較的豪華な服を着た髭面の男が、とある家の前で怒鳴り散らしていた。恐らく、貴族辺りの上流階級の者なのだろう。その貴族の男の前に、2人の男女が這いつくばっていた。鹿の角であろうものを差し出している。

「こ……、これが限界です……!これより立派なものは……、高すぎて……とても!!」

 貴族の男は、差し出された角を乱暴に蹴り飛ばす。

「なんだぁ!?こんなちっぽけなので許されると思ってんのか?買えねぇなら、自分で取ってくりゃいいだろ!!」

 男は更に大きな声で怒鳴った。男女は一層縮こまる。

「お願いします!必ずお気に召すものを取ってきますので、子供は──!子供は返してください!!」

 女性の方が泣きながらすがりつく。しかし貴族は女性を押し倒し、反吐が出そうな程に醜い笑みを浮かべる。

「そんなにガキが大事か?なら、お前らの目の前で殺してみようか!」

 貴族の高笑いに、男女はなす術なく地面に額を押し付けていた。


「──それは賢い行いではありませんな、閣下。」


「あ?」

 男の後ろに立っていたのは、マントを羽織り、提督帽を被った金髪の青年。彼は穏やかながらも鋭い目つきで、目の前の男を見据えている。その感情は、言うまでもないだろう。

「なんだ貴様?」

 男はルーフィンを睨みつける。

「いえ、通りすがりの親不孝者でございますよ。それより、なんですかな?随分とお怒りのご様子ですが。」

 ルーフィンの口調は飄々としていたが、依然として表情は険しかった。

「コイツらが脱税なんかするからだ!当然の報いだろ、なぁ?」

 貴族の言葉を聞き終えると、ルーフィンはため息をついて目を閉じ、嘲るように笑い出した。

「フフッ、笑止笑止。メイディアには些か性根の腐った者が多いと聞いてはいましたが、これ程までとは。」

 それを聞いた貴族は、目をカッと開いて怒り出す。

「なんだと!?」

「やはりメイディアなどに平和を見出した私が愚かだったと言う事ですかな。落胆落胆。」

「貴様──!!」

 ルーフィンは後ろへ下がる。貴族は彼に殴りかかろうとズカズカと歩み寄った。


 ──すると。


「オラァ!!どけどけぇぇぇぇ!!!」

 なんと、昨日の盗賊がまたも荷車に乗って、坂を下ってきたのだ。

「はぁ!?なんで!!?」


 ゴゴゴゴゴゴゴーーーッ!!!


「わっ!?こっち来た!おい、来るなあぁぁぁーーーっ!!!」

 男は荷車に追われながら、坂の下へと走っていった。荷車をどんどん引き離していく。足が速い!


「ハハハハハ!!デメルザ様、あの男の手口も馬鹿にしたものではありませんな!ハハハッ!」

 ルーフィンはとてつもなく嬉しそうに大笑いした。この男がこれほどまでに感情を露わにするとは!


 オーシャルはポカンと口を開けて見つめていた。ベルドは怯えて彼の後ろに隠れ、シーラは呆れたように地面を見つめた。

「どいつもこいつも新しい……!」

 しかし、デメルザでさえ唖然としていた。

「……素晴らしいな。」



 昼をだいぶ過ぎて、ようやく街を出た。5人は更に東へ向かい、平原を歩く。足首の辺りまで伸びた草が、歩くたびにファサッ、ファサッと音を立てて揺れる。西から吹く風が心地よい。

「結構長いもんだな。」

 シーラが歩きながら言った。

「君は体力があるからその程度で済むかもしれないけど、本来はこうなるくらいなんだぞ。」

 ルーフィンも歩きながら答える。彼の背中には、疲れて寝てしまったベルドがおぶられていた。

「おチビちゃんが連れだと、大変だな!」

 デメルザは小馬鹿にしたように言った。ルーフィンの眉がピクッと動く。

「あなたもね……。」

「……え?」



 デメルザの足取りは重くなり、その前をシーラとオーシャル、そしてルーフィンが歩いている。デメルザの背中にはやはり──。

「おい!お前ら、ちょっと待てよ!!」

 デメルザが叫ぶ。

「いやぁ、軽くなった……。」

 ルーフィンはやけに涼しい顔で呟いた。目がなんとなく笑っている。

「デメルザ、あんまり騒ぐなよ。ベルド起きちゃうぞ。」

 オーシャルは隠さず笑っていた。デメルザは苛立って歯ぎしりする。

「クソォ……!つか、なんだこのガキ?思ったより重い……。」



 日が傾き、辺りがオレンジ色に包まれた。一行は足を止める。

「さて……、今日はこの辺かな?少し歩きすぎたかもしれん。」

 ルーフィンはオレンジ色の優しい光を放つ太陽を見て言った。

「早いとこ寝ようぜ。ったく……、野宿なんてな。」

 オーシャルが愚痴をこぼすと、デメルザがにカット笑いながら口を挟む。

「なんだ、暗いの苦手か?」

 オーシャルはぶっきらぼうに答える。

「別に!野宿が嫌なだけ──。」

「お前、昔から夜1人で寝れなかったもんな。」

 シーラが言った。結果はお察しの通りだ。

「なんだと、テメェ!!馬鹿にしてんのか!!?」

「事実だろーが!!」

 兄弟は殴り合いを始めた。デメルザは笑いながらその様子を伺っている。

「元気がいいねぇ。」


 2人を尻目に、ルーフィンはデメルザに言葉をかけた。

「では、そろそろ。」

 デメルザの表情が固くなる。ベルドは心配そうにルーフィンを見ていた。

「……分かったよ。」

 デメルザはため息をついてからこう言い、ルーフィンは安心した様な表情で、どこかへと歩き去っていった。

「ん?アレ、どこ行くんだよ?」

 殴りあっていたオーシャルが言うと、シーラも振り返った。ベルドは何か言いたげにしていたが、喋りかけたところで口をつぐんだ。デメルザは少し口角を上げる。

「ちょっとその辺ブラブラだってよ。さ、早いと寝ちまお──。」

「テメェふざけんなよ!?」

「ふざけてるように見えんのかよ!!?」

 兄弟はいつの間にか、殴り合いを再開していた。

「はぁ……。」

 デメルザはうなだれる。




 山に隠れた太陽が未だに光を漏らすも、空は深い青に染まっていた。柔らかな草を踏みつけながら、ルーフィンはあてもなく歩き続ける。


 空には白い満月が輝き、大地に冷たい光を落としていた。「白い夜」──。これが名前の由来である。



 ふと、ルーフィンは草を踏む音を耳にした。自分のものではない。もうひとつ、音が重なっている。人のいない場所を選んだはずなのに。いや、そもそも白い夜などに、人が平原を歩くはずがない。ルーフィンは前を見た。


 目の前にいたのは、1人の男だった。妙な出で立ちだ。頭に破いた白い布を巻き、高級そうな服を着た男。その布と服は鮮血に塗れ、男の体は傷だらけ。淡い緑色の目が、毒々しく思えた。


 知らない人物だが、耳には覚えがある。男はルーフィンを見つけると、ニンマリと笑って口を開いた。


「おや?こんばんは、お兄さん。こんな夜に何してるの?」

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