第11頁 Originally, the king should perish with the country.

 デリエンス王国へ行くには、アレイデルを東に向かって横切らなければならないのだが、アレイデルはヤーハッタの倍ほど広い為、抜けるには時間がかかる。一同はとにかく進んでいった。


「ちょっと気になったんだが、デリエンスに行こうとしたところで、入国出来んのか?国境を越えるだろ?」

 足を進めながら、シーラが口を開く。ルーフィンは静かに答えた。

「安心しろ。絶対──とは保証出来ないが、俺が顔を利かせられるはずだ。」

 オーシャルは眉をひそめた。

「え、マジ?お前そんなに顔広いの?」

 するとデメルザが、これまた大層意地の悪い笑みを浮かべて、首を突っ込んだ。


「フンフーン!オーシャルくん、見る目がないね〜!入れるに決まってるのさ!何故なら!この方、2だから!!」


「──だった。」

「だったから!!」

 ルーフィンの訂正はさておき、オーシャルは気まずそうな表情を浮かべた。一方シーラは、なんとなく分かっていたようだ。

「ほら。やっぱりお偉いさんだよ。」

「え、どうしよ。メッチャ横柄な態度とっちゃったよ……。」

 焦るオーシャルに、ルーフィンは相変わらずスタスタと歩きながら声をかける。

「いや気にするな。今となっては横柄でも構わん。国王陛下ちちに縁を切られて、身分としては君と同じだからね。」

 デメルザはオーシャルに耳打ちする。

「優しい奴でよかったなー。」

 オーシャルはムッとした。



「あ、あとさ。デメルザの乗った荷車、スリップ事故起こしてたけど、何アレ?」

 オーシャルが尋ねると、デメルザは些か不機嫌に答えた。

「いや、スリップじゃなくて暴走。犯人コイツ。」

 ルーフィンを指差す。当の本人は、何故だか少し得意げだ。

「どうやったんだよ?」

 シーラが尋ねると、ルーフィンは少し悩んでから話した。

「時折、術士の存在を無きものにしようとする輩がいるが……。」

「あ、コイツそれだ。」

 デメルザが口を挟む。ルーフィンはすかした笑いを浮かべた。

「なら、信じてはもらえまい。残念残念。」

 シーラはため息をつく。

「なるほどね。お前も術士か。」

 ルーフィンはフッと笑うと、言葉を続けた。

「それにしても、危うく小さな命が失われる所でしたぞ。安全運転を心掛けて欲しいものですな。」

 ルーフィンはベルドの頭を軽く叩く。当然だったので、ベルドは驚いて帽子を掴んだ。

「えっ、そうなの!?大丈夫だったか?」

 シーラが声をかける。ベルドは慌てて、もじもじと答える。

「え?あ、はい!なんとか、ルーフィン様が助けてくださったので……!」

「お前さっきから何も喋ってないな。」

「えっ!?え、えぇ、あの……。」

 突然デメルザが話しかけるので、ベルドは更に慌ててしまった。

「おい、やめろよ。初対面の奴で緊張してんだから。」

 シーラが止めに入る。

「そうなの?じゃあ、初対面の奴に対して放った第一声が、“うわ、なんだ!?可愛くねぇな!”だったミスターOはなんなんだ?」

 オーシャルの顔が引きつる。

「忘れてなかった……。」

「未だに根に持ってるぞー。」


 ルーフィンは静かに鼻で笑った。

「ダメだぞ。デメルザ様には“美人”か“マジ惚れる”などと言わないと。ご気分を害すと面倒な方だからな。」

 デメルザはルーフィンを睨む。

「当たり前だろ?“どんな絶世の美女にも勝る奇跡の女”だぞ、あたしは。相応の評価が無きゃあな!!」

「え、まさか“どんな絶世の美女にも勝る奇跡の女”と言わなければならぬのですか?」

「普通でいいよ、そこは。」



 アレイデルには大きめの宿があり、日が暮れるとそこに泊まった。部屋は小さなベッドが1つと小テーブルが1つ、更に窓が1つという、質素なものだ。デメルザとルーフィンで1部屋、シーラ、オーシャル、ベルドで1部屋とった。

「デメルザ様の方が金持ちでございましょうに。何故私が……?」

 ルーフィンは帽子とマントを取り、不服そうな顔でベッドに座り、所持金を数えていた。デメルザは椅子にふんぞり返っている。

「いいだろ?金は盗むけど、使いたくないんだよ。」

「守銭奴という奴ですか……。最も質の悪いタイプですな。」

「どうも。」


 デメルザはテーブルに置いてあった安酒を飲み始める。自分で買ったものだろう。──いや、買ったのではないかもしれないが。

「ベルドはアイツらと一緒でよかったのか?」

「なかなか居心地が良いようで……。珍しいですよ、彼が他人ひとと居たがるのは。」

 ルーフィンはほんの少し寂しそうだ。デメルザは頬杖をつきながら、チビチビと飲み続ける。

「ま、あたしが居るから嫌なんだろうけどな。」

「フフッ!果てさて……!」

 ルーフィンがらしくもなく、声を上げて笑った。デメルザは、気を悪くして顔をしかめる。




「ところでデメルザ様。」

 笑うのをやめたルーフィンは、いつも以上に真剣な顔つきになった。

「……何故あの2人と?」

 デメルザは酒を飲むのをやめた。黙ったまま、杯をテーブルに置く。

「……なんでだろうな。理由があるのかもしれないし──いや、大して考えてないのかもな。ダメだな、自分でも何考えてるか分からん。」

 デメルザは全く笑顔を見せぬまま淡々と話した。1度目を閉じて黙ってから、再び口を開く。

「ただ1つ、確実なのは──。」

 デメルザは一呼吸置いた。


「お前について来るなって言ったのは、巻き込みたくなかったからだ。」


 ルーフィンの顔が渋る。黙ったままの彼を差し置いて、デメルザは話し続けた。

「あたしはなんとしてでも、“フェイルギース”の犯した罪を償わなきゃならない。それに巻き添えは要らないだろ?」

 ようやくルーフィンが口を開く。

「ならば、あの2人とも──!」

「もちろん、出来るだけ早くに別れるさ。変に予定を狂わされちゃ、困るからな。」

 デメルザは笑みを浮かべる。いつもの意地の悪いものではなく、確固たる意志──それ故の狂気が感じられた。


「……しかし、それが正しいとはどうにも思えませんぞ!」

 ルーフィンは険しい顔のままだ。デメルザも笑顔を消す。

「正しい事をしようなんて思ってねぇよ。」

「ですが、他に何か策があるはずでしょう!」


「本来──!!!」


 デメルザは一際大声で叫び立ち上がると、我に返ったようにハッとしてから、再び椅子に座った。ルーフィンは怯えたような、悲しむような表情だ。

「本来、王は国と共に滅ぶべきなんだ。だがフェイルギースはそれを拒んだ。許されない……。」

 デメルザはテーブルに置かれた杯を、ジッと見つめた。涙は無いが、その目は悲しみに満ちている。

「──それ程までならば、もう止めは致しませんが……。」

 ルーフィンは俯き、囁くように話す。


「確かに、他にも策はあるだろうけどさ。でもこうしないと、あたしが今生きてる意味が無いんだ。」

 デメルザは悲しげに笑う。

「相応のものを受ける為に、敢えて罪を犯してるのに──。」

 ふと彼女の表情が、いつも通りの性悪さを取り戻す。

「ま、それは流石に建前が過ぎるかな?元の性格を直しきれてないってだけだわ。」

 品性の欠けた彼女の笑い声に、ルーフィンの笑顔が少し戻る。


「ところで話は変わりますが、術士の存在が信じられていない事に驚きましたが、メイディアではあんなものなのですかな?」

 ルーフィンが明るく話題を変える。デメルザは再び、酒を飲み始めた。

「いや、ロットバーンズとヤーハッタくらいかな。あそこはちょいと他とは違うよ。住んでる奴が、みんな自分にだけは正直者だ。行動と思惑に矛盾がない。他人事には興味ねぇみたいだな。」

 ルーフィンは長い方の髪を少し弄った。

「なるほど。矛盾を紛らわす為に血迷って術士になる者が居らず、伴って、それが生み出す亡霊も生まれぬと……。術士が認知されない所以ゆえんですな、納得納得。」



「でさ、お前。」

 デメルザは杯を回しながら言った。

「どういうつもりなんだ?“月影つきかげの使者”になるだなんて。」

 ルーフィンは黙りこくる。

「ベルドの奴はどうするつもりだよ?」

 デメルザは少々、怒っているようだ。

「是非ともお願いしたいのですよ。デメルザ様を信用しての事です。」

「あたしが奴をちゃんと預かってるって保証は出来ないぜ。場合によっては、お前に刃先を突きつける事だってある。」

 ルーフィンはこれまでにない程思いきり、不敵な笑顔を見せる。

「あの2人がいる限り、デメルザ様とて下手な真似は出来ますまい。」

 デメルザは意表を突かれたような顔をした。

「……確かに。」

 最後の1杯を飲み干す。

「白い夜は明日です。その時はどうか、ベルドをお願い致します。」

 ルーフィンは頭を下げた。デメルザは口角を上げたまま大きく下を打ち、「はいはい。」と軽く返事をする。


「今夜は、なんだか長く感じますな。」

 ルーフィンが窓を見て言った。膨れ上がった白い月が輝き、闇を照らしている。だが同時に、星のか弱い光をかき消してしまってもいた。

「色々考えすぎると、時間の感覚がおかしくなるからな。なんかこう、パァーっと楽しい事考えよう。」

 デメルザは酒瓶をひっくり返して、なんとか一滴まで飲みきろうと奮闘していた。

「そうだ!この前会った妙なやつの話でもしてやろうか。」

「妙な男?」

 デメルザは諦めて、酒瓶をテーブルに置く。そして椅子に浅く座り直すと、脚を組んで話し出した。


「ヤーハッタの酒場に行った時にな、なんか全身血塗れの奴がいたんだよ!すごい傷だらけで、んでもってメチャクチャ飲むの!それで──。」


 もうしばらく、夜は続きそうだ。

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