第10頁 You did what a stupid thing…….
アレイデル。メイディア王国の中枢部であるエンテレジー城がそびえる中、上流階級の者が多く住まう城下町だ。山を切り開いて作られた為、1本の大きな坂道があり、その両脇に家が並ぶ。住民の大半はやはり富豪で、平民との格差が激しい。しかし、それを感じさせぬ程明るくにぎわっていた。
「なんか、やっと落ち着いた気がする。」
オーシャルが呟いた。デメルザは目を合わせずに反応する。
「お前らの中の“いいとこ”、基準が高すぎないか?」
「そうでもないだろ。」
デメルザは歩き出す。が、一向に止まる気配がない。
「おい、どこ行きたいんだよ?」
シーラが尋ねるも、デメルザは気まずそうに黙ったままだった。
「……また考えてない?」
図星である。
「しゃーねぇだろ!ここは広すぎて、誰に聞きゃいいか分かんねぇんだ。」
「すれ違った人を片っ端から捕まえればいいじゃねぇかよ。」
「変な人だと思われたら嫌じゃんよ。」
「今更、
「あー、もうやめだ!面倒な事は後にして、酒飲もう!な?」
デメルザの催促にオーシャルは歩き出そうとするが、シーラが服を引っ張って止めた。
「待てよ。お前の為にここに来てんだろ?」
声音が苛立っている。
「嫌なら帰ればいいだろ!」
「帰らねぇっつってんだろ!!」
「いい加減帰れよ!!」
デメルザと突然会話に入ったオーシャルは、口喧嘩を始めた。シーラは唖然とする。
「いや、なんで!?」
しばらくして気も落ち着いたのか、デメルザはため息混じりに話し出す。
「とは言えな……。いやぶっちゃけ、ここは前に来たんだけど全く進展がなかったから、無駄な気がするわ。」
「なんだ、来たことあんのかよ。じゃあ長居しなくていいんじゃないか?」
シーラは腕を組んで言った。
「かもな。」
デメルザは頭を掻きむしる。
すると、突然声がした。
「泥棒ーーっ!!捕まえて!!!」
向こうからやってきたのは、1人の盗賊だった。……何故か荷車に乗っている。
ゴゴゴゴゴーーーッ!!
「どけどけぇぇ!!轢かれてぇのかぁ!!?」
盗賊を乗せた荷車は、猛スピードで坂を下っていた。見ていた者は全員、ポカンと口を開けている。
「手口、新しすぎるだろ……!」
デメルザが呟く。すると何を思ったのか、突然荷車の前へ躍り出た。
「えっ、何してんの!?」
シーラは慌てて叫ぶ。
「アイツぶん殴れば、盗ったモン横取り出来るだろ?」
「ハァァッ!!?」
デメルザは楽団に、指を鳴らして話しかけた。
「ヘイ!!BGMかけろ!カッチョイイの頼むぜ!」
状況に困惑しつつも、
ゴゴゴガガガガーーーッ!!
荷車はとてつもない速度で向かって来る。立ち塞がるデメルザ。そして、彼女は荷車に──!
「乗った!?」
シーラとオーシャルが同時に叫ぶ。荷車に飛び乗ったデメルザは、そのまま下へと走っていった。
「アイツも大概、手口新しいな……。」
オーシャルがポツっと呟いた。シーラも頷く。
「おい、なんだテメェ!?降りろよ、コラ!!」
「黙れ!!テメェの盗ったモンは全部、このあたしのモンだァァァーーっ!!!」
「何言ってんのぉ!!?」
嬉々として乗ってきたデメルザに盗賊は困惑するも、彼女を掴んで投げ飛ばそうとする。デメルザも同様だった。すると、2人があんまり激しく揉み合うので荷車が傾き、大きく右に反れた。デメルザはバランスを崩して倒れ込み、一方の盗賊は、
バンッ!ゴンッ!ドンッ!ベシッ!
「ぃだっ!がっ!おっ!のわっ!」
右脇に建つ家々の開かれた窓扉に、次々と顔面をぶつけていった。荷車のスピードはどんどん上がる。
「ハハハッ!!ざまぁ!」
デメルザは屈みつつ笑って見ていたが、盗賊はデメルザのコートをグッと掴むと、
「お前がな!!」
と言ってデメルザの顎を蹴り上げる。
バンッ!ゴンッ!ドンッ!ベシッ!
「ぃだっ!がっ!おっ!のわっ!ここっ!窓っ!おおっ!すぎっ!だっ!ろっ!」
完全に形勢が逆転した。しかし、デメルザは体重を傾けて、荷車を道の中央に戻す。スピードはまだまだ上がる。
「いい加減観念しろ!!」
「お前がだろ!何勝手に乗ってんだよ、ホントに!!」
2人は再び怒鳴りながら掴み合う。坂は終わらず、荷車は車輪から火花を散らしながら、未だスピードを落とさなかった。
その時──!
「え、えぇっ!?」
なんと、荷車の進路方向に1人の小さな少年が立っていたのだ。驚いた少年は咄嗟に動く事も出来ない。
「嘘だろ!!?」
盗賊とデメルザは同時に叫び、なんとか方向を反らそうとすると、間に合わない。
「のわああぁぁぁ────っ!!!」
3人が悲鳴を上げた時だった。
「はぁ──っ!!」
突然、脇から青年が姿を現し、手を振りかざしたかと思うと、
ギャギャギャギャァァァーー!!
と、荷車の片輪が浮いた。荷車は再び右に大きく曲がり、
ズドーーーンッ!!!
家の壁に衝突した。
盗賊とデメルザは、衝撃で目を回し、その場に倒れていた。少年はホッと息をつき、青年は動じることなく、被っていた提督帽を直し、少年に話しかける。
「ベルド、怪我はないな?」
「あ、は、はい!大丈夫です。ありがとうございます。」
少年は恐怖で震えていた。青年はヨレヨレと起き上がるデメルザの方へと歩み寄る。輝かしい金髪は、右側は肩のあたりまで伸ばし、左側は短髪にするという、少し独特な髪型だ。デメルザを鋭く睨みつけるグリーンの目はキリッとした切れ長で、鼻筋もスっと通っている。極めて端正な顔立ちだ。
「なんだね、この最新アトラクションは?この街に遊園地でも作る気なのか?」
青年は冷たく言い放つ。甘いマスクとは裏腹に、声音は含蓄のあるものだった。
「う……。そうしたかったけど……!」
デメルザはそう言うと、起き上がってきた盗賊を殴って気絶させ、言葉を続けた。
「開発は中止だ。安全確認のテスト運行で事故が起きた。」
「懸命だな。すぐさま撤去すべきだ。」
青年の声には、明らかに怒りが含まれていた。
「あ、いた!おい、デメルザ!!!」
シーラとオーシャルがようやく追いついた。あの荷車は相当なスピードだったようだ。
「デメルザ……!?」
青年は眉をひそめてデメルザを見つめる。そして目を見開いたかと思うと、屈んで話し出した。
「まさか、デメルザ様!?」
デメルザは青年の顔をしばらく見つめていたが、やがてハッとすると、立ち上がって叫んだ。
「お前ルーフィンか!!」
「やはり!デメルザ様ですか!!」
2人は驚いて、思った事を次々と口に出していた。
「え、何?知り合い?」
シーラとオーシャル、それに少年は、互いに顔を見合わせていた。
「お前こんな所で何してんだよ?なんでメイディアにいんの?」
デメルザの問いに、ルーフィンと呼ばれた青年は顔を曇らせる。
「……勘当されました。」
デメルザは例を見ない程驚いていた。
「マジで……?」
「まぁ、反抗的な事ばかり言ったので当然でしょう。分かってもいましたしね。」
ルーフィンは苦笑いを浮かべる。デメルザはすぐに涼しい顔に戻った。
「ちょっと、勝手に話進めないで。」
オーシャルが割り入ってきた。
「こちらは?」
ルーフィンが問うと、デメルザは面倒臭そうに答えた。
「んーとね……連れ。オーシャル……と、ジェイソン。」
「シーラだってば!」
「なるほど。」
ルーフィンは2人の方を向くと、帽子を軽く直した。
「ルーフィニスだ。呼び方はお好きに。」
ルーフィンの横に、先程の少年も立つ。少年はキャスケット帽を取り、ペコッと頭を下げた。
「ベルドと言います!よろしくお願いします!!」
8歳くらいであろうか。年齢に似合わず、とても礼儀正しい。
「お、いい子だな!偉いねぇ!」
久しぶりにまともな人間に出会え、シーラは嬉しそうだ。デメルザはルーフィンに尋ねる。
「この坊やは?せがれ?」
「連れですよ。」
ルーフィンは不敵に微笑んだ。
「ところでデメルザ様、やはり目的は変わっていないのでしょう?アレイデルに滞在致しますかな?」
デメルザはしばらく顎に手をやって黙っていたが、そこまで悩んでもいなかったようだ。
「いや、デリエンスに行こうかな。前行かなかったとこ、案内してくれよ。」
「承知致しました。しかし、それならば急がねばなりませんな。もうすぐ“白い夜”です。」
デメルザが動きを止める。
「まさか……、お前──。」
「後ろめたさはありませんぞ。私がえらんだのですから。」
デメルザは完全に笑顔を失うが、ルーフィンは静かに笑っていた。
「え?デリエンスに向かうのですか?」
ベルドが話に入ってきた。
「あぁ。早い所出発しよう。いいね?」
「はい!」
ベルドは笑顔で返事をすると、テケテケと歩き出した。他の3人も後に続く。
デメルザは1人、立ち止まっていた。
「馬鹿な事を……。」
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