第6頁 And?

「それで?」

 メルベスはマントを脱ぐとフィオナに投げ渡し、テーブルのそばの小さな椅子に足を組んで座った。このそろそろ若いとも言えなくなってきた年頃の男の態度に腹が立った者は居ないはずもなかったが、ここは刺激しないのが英断と考え、誰も余計な事は言わなかった。4人がどう切り出そうかと悩んでいる最中に、フィオナが渡されたマントを見ながら、張り詰めた空気を震わせた。

「メルベス様。また破かれたのですか?」

「いいから黙って繕え。」

 メルベスの態度は尊大だった。視線はデメルザ達から一時も外さず、ただ淡々とと答えを待っていた。


 しばらくして、マリーナが口を開く。

「国王陛下より、“洞窟の中にいる怪物の首を取ってくるように”と仰せつかりました。その洞窟を開け──。」

「何!!?」

 メルベスは突然立ち上がると、小屋が揺らいだのではないかという声で叫んだ。その表情は絶望のそれであったが、誰しもの目には怒りの顔としか映らなかった。

「ダメだ!いくらバルサートがそう言ったのだとしても、それだけは許容できんぞ!!」

「しかしメルベス様。国王陛下の──。」

 マリーナが説得を試みるも、メルベスは首を振って拒否を表す。やがて再び椅子に座り込むと、気を落ち着かせようと頭を押さえながら、静かに呟き出した。

「バルサートは何をしている……!?だからおんな間抜けを王位につかせるのは間違いだと言ったのに、フリスラめ……。」

 その間は誰も口出しせず、気落ちするメルベスと破れたマントを繕うフィオナをチラチラと見つめてが、その内デメルザが事の進まなさにうんざりして口を開いた。

「あのさ。ダメならダメでいいけどこっちも事情があるから、お前が協力しないっつっても勝手に洞窟行くけど、いいの?」

 メルベスは鋭い目つきでデメルザを見つめた。

「……せいぜい行ってくるがいい。そう易々とは行けないが、お前達のどれかが術士ならば、不可能な事はないだろうしな。扉の術も解けるだろう。」

「術?」

 オーシャルが驚いて言うと、メルベスの顔つきは一層厳しくなった。オーシャルは少し身を引く。

「馬鹿者め。怪物1つを封じておくのに、鍵かなにかで済むと思うのか?私の術で扉には近づけんようになっているのは当然だろう。」

 メルベスは再び腕を組むと、4人を心底見下しつつ話を続ける。

「それで、行くのなら行ってもいいが?私としても、ここに居られるのは迷惑だ。」

 4人は何も言えなかった。4人の中に術を使える者はいない上、バルサート王があれだけ大丈夫だと言っていた手順が、驚く程使えないのだ。メルベスは強情だった。しかし、デメルザ達とて諦める訳にはいかない。王の頼みを聞くのには、大きな目的が関わっているのだから。

「メルヴェス様、お願い致します。どうしても。暗雲を消す為には、ツァルターへ行かなければならないのです。その為にも貴方のご協力を得なければ……。」

 暗雲を消す、という言葉を聞いた時のメルベスの反応は、他の者達と変わらなかった。口には出さなかったものの、彼は心の底から自らの耳を疑ったし、目の前の人物に嫌疑の目を向けざるを得なかった。故にこんな事を言われれば、ますます許す事は出来なくなるのだ。マリーナの発言は逆効果だった。彼女の発言は、メルベスに更なる不信感を募らせるきっかけに他ならなかった。デメルザはそう考えていた。


 ここで、マントを繕いながらフィオナが口を挟んだ。

「ですがメルベス様。いつまでも、という訳にはいきませんし、そろそろご決断なさった方が──。」

 メルベスは再び勢いよく立ち上がった。が、今回はそれに留まらず、フィオナの肩をがしりと掴む。

「何だと……?」

 メルベスの声は僅かながら震えていた。肩を掴む力がだんだんと強くなる。

「メルベス様、あのっ……!」

 フィオナも流石に怖くなったのか、言葉を途切らせてしまう。少ししてメルベスが座り直った後も、微かに手が震えていた。

「分かった……。」

 メルベスの太い、明らかに気落ちした声が響いた所で、呆然と事を見つめていた4人も我に返った。メルベスはどう見ても動揺していたが、なるべくそうは見えないように振舞って4人に告げた。

「どうせ、今日はもう行けないだろう。明日あすだ。明日の朝、お前達がここに来たタイミングで、改めてどうするか言おう。」

「つまり……?」

 オーシャルが促し、メルベスは一呼吸置いてから続けた。

「1晩、時間をもらう。」

 4人はこの優柔不断な男の決断にホッと息をついたが、すぐにデメルザが違和感に気づいた。

「おい待て。“ここに来たタイミングで”って何だ?」

 メルベスは少しずつ、最初の尊大な態度を取り戻していた。

「お前達4人が、こんな寝床もない小屋で寝られると思っているのか?フィオナの所にでも行け。」

 オーシャルはこれに顔を輝かせたが、フィオナは逆に曇らせた。メルベスが何かと尋ねると、彼女はもじもじとこう告げた。

「あ、あの……。私の家は……。父が……。」

「またか!!」

 メルベスは呆れたように叫んだ。フィオナは慌てて付け加える。

「あっ!でも、女性の方だけなら、問題ないと思います。男性はちょっと……。」

 しかしメルベスは横目で4人を見つめる。

「勘弁しろよ……。3人もここにプラスされるのは嫌だぞ。」

「えっ!2人、2人!!」

 デメルザが慌てて訂正するが、メルベスとフィオナには届かなかった。

「あー、でも!もう遅いし、仕方ありませんねぇ!あ、マントはここに置いておきますね。ささっ、行きましょう!!」

 フィオナはわざとらしく焦り、マントを棚の上に置いて、マリーナを引っ張って行ってしまった。メルベスは立ち上がって止めようとしたが間に合わず、一言何かぼやいてから再び座った。オーシャルは膝から崩れ落ちた。デメルザは拗ねて、メルベスに当たり散らす事を決めた。

「おい。なんでここ椅子1個しかないの?」

 デメルザの絡みにも動じず、メルベスは冷徹な態度をとった。

「黙れ。お前達は適当なとこ──わぐっ!?」

 なんと、デメルザはメルベスを蹴り飛ばすと、自分が椅子にふんぞり返ったのである。シーラはやめさせようとするが、何を言っても効果がない。

「ハン!!このあたしが地べたで寝る事自体大変な騒ぎだってのに、お前が座ってるようじゃ、この世の不条理をどれだけ掻き集めても足んないっつーの!」

 そう言って笑う彼女を、メルベスは倒れたまま見つめていたが、突然起き上がるとデメルザの襟首をむんずと掴んで引きずった。

「え、え、ちょ!」

 そしてそのまま入口の扉を開け、デメルザを思いきり蹴り飛ばして、小屋の外へ追いやってしまった。そしてデメルザが戻ろうとするよりも早く、小屋が崩れるのではないかという勢いで扉を閉め、鍵を掛けた。


 外からデメルザが怒鳴る声が聞こえるが、この一瞬の出来事に、シーラとオーシャルはしばらく驚いたままだった。メルベスは2人の方を向き、静かな声で言い放つ。

「他におそと行きたい奴いるか……?」

 シーラとオーシャルは互いに肩を組んで親指を立てた。普段あれだけ仲の悪い兄弟であっても、崖っぷちではこの上ない絆を見せるものである。




 一方のフィオナとマリーナは、ベッドに腰掛けながら話をしていた。フィオナの父親に怪しげな目で見られつつも、なんとか泊まらせてもらえたようだ。

「ねぇ、フィオナさん。お聞きしてもよろしいかしら?」

 マリーナが尋ね、髪をとかしていたフィオナは首を傾げつつも、はいと返事をする。

「メルベス様は、何故国王陛下に信頼を置かれてるの?あまり仲は良さそうではないのに。」

 フィオナは髪をとかすのをやめた。そして、悲しそうな顔で答える。

「マリーナさん。メルベス様はあのような態度をとっていらっしゃいますが、悪い方ではないのですよ。メルベス様は……。」

 少し間を置く。

「メルベス様は、前・国王陛下の妾腹めかけばらです。」

「え……?」

 マリーナは驚く。つまりメルベスは、王の側室の子供、王族であるという事だった。それにしては、扱いがらしくない。


「メルベス様はかつての国王、アビリシオ様の側室であるカミラスタ様のお子様です。バルサート陛下より10年上でいらっしゃいます。


 バルサート様がお生まれになる以前よりメルベス様はアビリシオ様の後を継ぐという事が決定していたそうです。と言うのも、正室であるフリスラ様にお子様が生まれなかったので、必然的にメルベス様に継承権が渡されました。


 ところが、フリスラ様がバルサート陛下をお産みになって、事は変わりました。フリズラ様が、バルサート様こそが次代の王に相応しいと主張されたのです。結果的に、メルベス様は負けてしまい、第一権利者がバルサート様に移りました。」


「そうだったの……。」

 予想を外れた事実に、マリーナは困惑した。フィオナはそれを読み取ってはいたが、あえて話を続ける。

「それだけてあれば、メルベス様はあまり怒りはしなかったようです。しかし、アビリシオ様が病でお亡くなりになってからが悲惨でした。始めのうちは、まだ幼いバルサート陛下の補佐をフリスラ様がなさっていたのですが、メルベス様を人のようには扱わなかったと聞きます。結果、それに耐えかねたメルベス様は城を出ていかれました。その時に訪ねて来られたのが、私の家だったのです。5年前の事ですが。」

 マリーナはすっかり聞き入っていた。

「では、それ以来貴女と?」

 フィオナは頷く。

「ええ。妾のお子様と言えど、王族の方ですので、メルベス様ご自身が出来ない事は、私が。本来ならばここに居て頂けると嬉しいのですが、フリズラ様のご命令と、以前よりお父上と約束されていた事から、あの小屋に住まわれています。」

「約束?」

 フィオナは少し体勢を変える。

「バルサート陛下をお守りするようにと、そういったお約束だそうですよ。」

 酷い扱いを受けても約束を守り続ける男──言うなれば「王子」の姿を思い浮かべ、マリーナは感服した。その内、「黒い夜」がやって来て、ナプティアは静寂に包まれた。


 ところで、「黒い夜」に「王子」と来れば、あの男を忘れてはいけない。物語からは少し外れるが、彼が何をしているのかを、次回見てみよう。

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