第5頁 I asked you what are you coming here for.

 デメルザ達は、洞窟に住み着く怪物を倒すべく、アトメティアの東方へと向かった。洞窟を開けてもらう為、まずは東北東へと向かい、「メルベス」という男を訪ねる。


 だが、またしてもデメルザ・ドゥリップは不満があるようだった。

「いやいや待てよ。なんでお前ら来ないの?」

 4人の出発と同時に城へ向かおうとしていたラーダとベリーオの親子に向かって、デメルザは疑問の声をあげた。やはり土地勘のない場所は不安が残るようだ。

「メルベス様は陛下と仲悪いから。無理。俺が行ったら殺される。」

 ベリーオは淡々とした口調でそう述べた。

「どんな奴だよ……。」

 シーラが極力声を殺して呟く。

「なぁ、もう行こうぜ。何度言ったって来ねぇよ。」

 オーシャルがそう言い、やっとデメルザも諦めた。苛立ち気味に鼻を鳴らして、コートの裾をバサバサとはたく。


 すると、ラーダが真剣な面持ちで口を開いた。

「しかしお気をつけください。今夜は“黒い夜”です。メルベス様がすぐに条件をお呑みになるとも限りませんので、出来る限りお早めに。」

「黒い夜ねぇ……。」

 デメルザはふと、はた迷惑な「月影の使者」を思い出し、目を細めて呟いた。攻撃的になる白い夜と違い、黒い夜に起きていると悲観的になり、最悪、自殺願望まで抱いてしまう。一刻も無駄には出来ない。




 とはいえ、やはりすぐに目的地に着く訳でもなかった。いくら歩いて丘の麓を凝視しても、小屋らしきものなど見当たらないのだ。

「あら……?おかしいわね。」

 マリーナは辺りをキョロキョロと見渡しているが、あまりじっくりとは見ていないようだ。一方のシーラは注意深く慎重に、追いかけ合う小鳥すら見逃さぬよう見つめていた。意外な事に、これはオーシャルも同様であった。船乗りの血であろうか。

「実は見当違いの場所に来てんのかもな。それか向こうさんがお引越ししたのか──ん?」

 シーラが何か見つけたようだ。残りの3人も彼の目線を追う。どうやら人のようだ。若い小柄な女性が、空のバスケットを持って歩いていた。

「ちょうどいいな、彼女に聞こ──あぁ、おい!!」

 シーラが叫ぶのも無理はない。若い女性と知るやいなや、自らの愚かな弟がまたも手を出していたのだ。

「ハロー!!ねぇねぇ、どこか行くの?」

 女性は当然困惑していた。

「あのバカ!もう!!」

 バカの兄貴は行動が早い。後の2人が呆れるより早く、彼は駆け出していた。

「やめなさいってば!」

「あ、ごめんねぇ。うっせぇ男がやって来ちゃってさ!!」

 この弟も強情である。この兄弟はいつものように口喧嘩を始めた。女性は晴れ渡る嵐の過ぎ去った空のような青い目をぱちくりさせ、口をポカンと開けていた。

「全く!!嫌な男達ね!」

 マリーナは腰に手を当て、よく人が苛立った時にするようにヅカヅカと歩み寄った。

「やめなさい!迷惑になってるでしょ!!」

 しかし、彼女の制止は焼け石に水どころか、火に油を注ぐ結果となった。結果として、デメルザと相変わらず戸惑い続ける女性が見守る中、10分程の激しく愚かな口論──後々ただの罵り合いになったのだが──が続いた。大した進展もないまま時だけが過ぎ去ったが、唯一の収穫は、オーシャル・クロックメイカーの愛人という名の話し相手が47人になっていたという情報だった。


 デメルザも流石に耐えかねて、いつもの覇気はどこへやら、寝起きの時のような声音で3人を止めた。

「いい加減にしろって。今すぐやめないと目ん玉くり抜いて、さっきそこで見つけたカタツムリ入れるぞ。」

 覇気はないが、言っている内容はいつもと変わらなかった。

「あの……大丈夫ですか?」

 と、出会ってからずっと黙っていた女性が、恐る恐る口を開く。彼女は雪のような銀色の髪を風になびかせ、ほんの少し薔薇色に染まった頬を、不安がるように右手で覆った。

「あ、そうだわ。ごめんなさい。道をお聞きしたいの。“メルベス”というお方のご自宅はご存知かしら?国王陛下の使いで、お会いしたいのだけど。」

 マリーナが少し改まって尋ねると、女性の顔つきがパァっと変わり、明るい笑顔となった。

「メルベス様ですか!それでしたら、あちらの丘の反対側の麓に、小さな小屋があります。そこにおいでですよ。時々出掛けてしまわれるので、今いらっしゃるかは分かりませんが……。」

 女性は幼さの残る顔で4人の様子を伺ったが、マリーナが屈託のない笑顔で礼を言うと、再び笑みを浮かべた。

「ではお気をつけて!」

 彼女は軽やかな足取りで、4人が来た方向にある丘へと歩いていった。一方4人は、彼女の指し示した左手の丘を目指す。

「アイツな……。」

 デメルザの独り言に、マリーナが反応する。デメルザは無理に無感情を装ったような表情で続けた。

「いや、あんまり賢くないな、と思ったんだ。」




 女性の言う通り丘をぐるりと回ってみると、確かに小さな小屋があった。そこまで古いものではなく、木の禿げや歪みなどがあまり見当たらない。大変綺麗な小屋だった。扉にはノッカーが付いていたので、マリーナが品良く鳴らしたが、答える声がない。

「ごめんください。どなたかいらっしゃいませんか?」

 声を掛けてみるも返事はない。居留守でも使われているのだろうか?

「困ったわね……。」

 マリーナが腕を組んで立ちすくんでいると、突然オーシャルが前に出たと思えば、扉をガンガンと乱暴に蹴り始めた。

「ちょっと!やめなさいよ、バカ!!」

 当然マリーナは声を荒らげる。しかし、如何なるバカに何を言っても無駄なのである。

「だってさ、居留守とか気づかないとかなら向こうが悪いし、中に居ないなら怒られもしないだろ?」

 オーシャルがケタケタと笑っていたその時──!!



「ほう……。それはもしや、家の外に居ても怒られないのか?」



 背後から、明らかに怒りを滲ませた男の声がしたと思うと、オーシャルの首に、鋭い横一直線がキラリと光った。

「ひっ…………!!」

 彼の額から汗が流れ落ちる。剣の刃は、ゾワっとした感覚を味わう程に切れるスレスレにあてがわれていた。シーラは驚き焦り、マリーナは怯え、デメルザは大して何も考えていなかった。オーシャルを捕らえている男はフードとマントで顔が隠れていたが、隙間から覗き込む鋭い金色の瞳で、構えた剣よりも鋭く3人を睨みつけている。

「何をしに来た?」

 男は静かに言い放つ。こういった局面では、無心になったものが強い。

「あぁ。じゃあ、お前がメルベスか。」

 デメルザが得意気になって言うが、男は全く動じない。

「何をしに来たと聞いている。」

 剣がより強くオーシャルに当てられる。意外にも、ここで前に出たのはシーラだった。

「あ……、怪しい者ではないです。国王陛下の使いで来ました。お、お話がしたいので、まず、弟を離してくれますか?」

 意識的に改まって話をすると、人によっては逆に不自然になりがちであるが、彼は正しくそうだった。ただ、男はオーシャルを離さない。

「貴様らが奴の使いである証拠は?仮にそうであるとして、刺客でないという根拠は?ここに住んでいるのがメルベスだけとは限らぬと思わないのか?」

 男は畳み掛けるようにまくし立てた。彼がメルベスでない可能性が出てしまい、デメルザさえも少し戸惑う。しかし──。


「あら、メルベス様!やはりお出かけでしたか。」

 なんと、先程の若い女性がこちらに歩いてきたのだ。バスケットは花でいっぱいになっている。男は──メルベスは少し慌てたようだった。

「あら!その方々はメルベス様にご用だったそうですよ。剣などお抜きにならず、お話を聞かれて──。」

 と彼女が言い終わらぬ内に、メルベスは剣を納めて彼女に迫った。

「お前まさか……、ここを教えたのか?」

 メルベスが今、怒りで爆発する寸前である事はすぐに見て取れた。女性は怯えつつも頷く。が、それは爆弾の導火線の火を更に強めてしまった。

「なんだと!!?」

 怒声がビリビリと大地を震わせた。

「もし私を狙う輩だったらどうするつもりだったんだ?お前が全ての責任を取れるか?勝手な真似をするな、分かったな!」

 メルベスはそう叱りつけると、4人の事は気にも留めず、小屋へ向かって歩き出した。

「お、お待ちください!」

 ここでようやく、マリーナが口を開いた。メルベスは何を言わずに立ち止まる。

「もし貴方が拒否なさる場合、国王陛下は如何なる手段を持ってしても、貴方に協力を命ずると思われますが、いかがなさいますか?」

 メルベスは振り向きもせず、ただ黙って立ち尽くすのみで、耳の痛くなる沈黙が長く続いた。しかしそれも2、3分経ってやっと破られる。

「フィオナ!」

 メルベスはそう言うと小屋の中へと入っていった。フィオナと呼ばれた女性は閉じかけた扉を押さえて4人の方を向く。


「どうぞ。お入りください。」

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