第3頁 Fate abandoned him.

 いよいよサヴェナ城に求めていた客人が到着し、バルサート王と側近の老婆はじっと扉を見つめていた。王は興奮した面持ちで、期待を含んだ眼差しを、鋭く目の前に向ける。


 すると、なにやらその扉の向こうで、大きな鈍い音が鳴り響いた。ドスドスと重いものが床に叩きつけられる音かと思えば、それを引きずるような音も聞こえる。予想外の出来事に、2人は如何わしい顔つきで、互いを見つめ合う。

「あのさ、俺はずっと人間の事を言ってるんだと思ってたんだけど。」

 バルサート王が呆然と口を開く。老婆は言葉も出ない様子だ。


 すると、部屋の扉が勢いよく開いた。その切り裂くような音と突然の事に、2人は息を呑む。そして──!


「いよいぃぃぃぃしょっ!!!」

 2人にとって見覚えのない長い金髪の男が、苦悶の表情と共に何かを引っ張りながら部屋へと入ってきた。その何かの周りには、他にも何人か人がいた。1番後ろで必死にそれを押しているのは、あの隊長らしき男だった。2人はその光景を口を半開きにしたまま見つめていたが、やがて全員が部屋の中に入り終わると、息を切らしてうなだれている一行を凝視しながら口を開いた。

「…………え?」

 王はこれ以上何も言わなかったが、老婆は隊長の元へと歩み寄って問い掛ける。

「ベリーオ。これは……?」

 ベリーオと呼ばれた男は床に這いつくばりながら、やっとの思いで声を上げた。

「母さん……。聞いてないよ。俺の役職はを相手にする仕事とか、話が違うよ……!」

 老婆は怪訝な表情で、泣き言を言う息子の指差す方向を見る。そこには、息子同様に疲れ果てた3人の男女と、仰向けに寝そべって満足気な顔をしている眼帯の人物がいた。

「アイツ途中で、歩けないから引っ張れっつって、そしたらなんか知らんけどムチャクチャ重くて!4人がかりでやっと動いたと思ったら、早くしろとか駄々こねて暴れるて!」

 デメルザ・ドゥリップの悪行は相当のものだったらしく、後の3人も彼女に怒りの表情を向けていた。


「アンタね……。」

 マリーナが絞り出すように言うと、デメルザは起き上がりながら、せせら笑うように言葉を発した。

「まぁまぁ、いいだろ?結局着いたんだし、いい運動になったしで、悪い事何もないだろ?気楽に行こ──!!!」

 突然、ゴチンという鈍い音が響いたかと思うと、デメルザは再び仰向けに倒れ、拳を握りしめたシーラの姿が彼女の背後に現れた。

「コイツうっざ。」

 オーシャルが静かに言うと、それに同調するかのようにシーラは舌打ちをする。


 この一連の流れを見ていた老婆はますます驚きを隠せずにいた。ベリーオはうなだれながら、再び口を開く。

「母さん……。俺、近い内に転職する。ケーキ屋だ。これからはケーキ屋で家計を支えるぞ。」

 妙な方向へと開き直る息子をよそに、老婆は4人のもとへと歩み寄った。

「さ、陛下にご挨拶を。」

 4人の目線が、玉座に座って放心状態となっている若き王へと集まる。バルサート王はハッと我に返ると、軽く咳払いをして名乗りを上げた。

「よく来た、異国の地に生まれし者共よ。余はアトメ──。」

「で?なんか用?」

「あ!?」

 なんと、名乗り終わらぬ内にデメルザがとっとと話を進めてしまった。3人や老婆は大層驚いた──というより身の危険を感じた──が、何より王本人が最も打撃を受けていた。

「いや、ちょっと待ってよ……。」

 バルサート王はたどたどしく言うが、そんな言葉がデメルザ・ドゥリップを大人しくさせるはずもなかった。

「いや、待てないよ。早くしてよ。こっち急いでんだから。」

 彼女の表情からして、おおよそ馬鹿にしているのでもなく、自分のしている行動がおかしいとは欠片も思っていない。

「ちょっと!流石に国王の前ではダメでしょ!」

 マリーナが小声でいうが、あまり声を殺せてはおらず、王は顔を引きつらせて付け加える。

「いや、人としてもダメだと思うな、ソレ。」




 バルサート王は気を取り直して話を続けた。

「お前達に1つ頼みたい事があるんだ。」

 4人の意識が、再び王の言葉に向けられた。王はそのまま続ける。

「ここから北東に歩いていった所に、ある洞窟がある。その入口には頑丈な扉があって、精密な造りの鍵で封じているんだ。」

 王は一呼吸置き、僅かに声を重くした。


「お前達にはそこに行って、中にいる化け物の首を取ってきてほしい。」


 この言葉に老婆とベリーオが息を呑んだ事は、4人には分からなかった。バルサート王は気づいていたが、気にせず話している。

「どうだろう?少々危険だが、やってくれればそれなりのものを遣るし、お前達は国の英雄になれるかもしれないぞ。」

 4人は顔を見合わせた。そんな事の為に時間を割きたくないのは、4人とも一致していたのだ。しかし、そんな彼らを見たバルサート王はさらに付け足してきた。

「もし断ると言うのなら、この国から出る事を禁じなくちゃならない。お前達がデリエンスからのスパイであった時の為に、捕虜として捕らえる事になってしまうからな。ツァルター王国にも行けなくなるが……?」

 この追加項目が、あの女の心に火をつけた。

「よし!いいだろう。」

 デメルザが高らかに叫ぶと、他の3人は即座に落胆の声を漏らした。

「はぁ!?」

 シーラが呆れた表情を浮かべると、デメルザは彼の肩を強く掴んでこう言った。

「しゃーねぇじゃん。どの道ツァルターに行けなくなるのは困る。あたしだけで行ってきてもいいけど……、そうするとお前らはメイディアに帰れねぇし、お前もカシャールには戻れねぇな。どうする、んー?」

 デメルザはいつものような挑発的な顔で、3人を次々と指差す。オーシャルは別に構わないという面持ちだったが、シーラの鋭い睨みを受けて目をそらした。

「しょうがないな……。こんなババアしかいないとこも嫌だし。」

 オーシャルが言うと、デメルザは嬉しそうに飛び跳ねた。

「わっふー!!じゃあ決まりな。決定したよー!!!」

 デメルザが王に向かって手を振りながら呼びかけると、王は安堵した表情を浮かべた。

「そうか、ありがとう。まぁ、今日すぐにとは言わないから、明日の早朝に出て、洞窟の鍵を持ってる奴を尋ねるといい。」

 マリーナが目を丸くした。

「持ち主の方がいらっしゃるのですか?」

「そうだ。洞窟をずっと南──ここから東北東の丘の麓に、“メルベス”という男が住んでいる。そいつに頼んでくれ。俺の名前を出せば開けるはずだ。」

 この時デメルザは、王からただならぬ軽蔑の片鱗を感じ取った。

「だが奴の家は遠い。早朝に出たとしても、到着するのは夕暮れ時だろう。生憎と明日の晩は“黒い夜”だから、その次の日に行く事になるだろうな。」

「えぇ……。洞窟行くだけで2日もかかるの?」

 デメルザが肩を落とすが、バルサート王は笑って元気づけた。

「そう言うな!今日はラーダの家に寝泊まりさせてやるし、食事だって出すからさ!!」

 すると老婆が狼狽える。

「へ、陛下。私の家は……。」

「おい、ベリーオ!案内してやれ。」

 王が老婆を無視して言うと、髭面の男に連れられて4人の客人は姿を消した。ラーダは悲しげな表情で王を見る。

「よろしいのですか……?」

「構わんさ。運命はあの人を見捨てたんだから。」

 この時の王が誰よりも心を痛めていた事は、老婆にもよく分かっていた。

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