第7頁 That is, you want to go to somewhere, but there is no place to go.

 夜明けと共に大陸が見えてきた。もうすぐカディナルタへ到着する。ロットバーンズより南に位置するおかげで、暑さはますます強烈になった。


 そんな中、デメルザとオーシャルは次なる大陸を見つめ、オーシャルは──。


「ウヴオォォエエェェ!!」

 二日酔いだった。


「弱いのに飲みまくるからだろ、バカかよ。」

「うるせぇ、クソシーラ!話しかけんじゃね──オォォエエェ!!!」

 オーシャルは海に戻し続けている。




 ──カディナルタは温暖ながらも乾燥した気候で、「ヒミア・パレス」という谷から切り出した岩を用いた石造の建物が特徴的だ。淡い空色をした建物が並ぶ景観は、爽やかで目に心地よい。


 しかし──。


「おぉや……。」

 デメルザはポカンとして呟くが、シーラとオーシャルは声すら出なかった。ロットバーンズやヤーハッタで過ごしてきた彼らには、到底信じられない光景が広がっていたのだ。

「人、誰もいないのか……?」

 オーシャルが呟く。デメルザはあたかも予想通りだったかの様に、ニヤリと笑った。


 その街は、忽然こつぜんと人が消えてしまったの如く、静まり返っていたのだ。人影など見かけるはずもない。


「おら、どけどけ!積荷を運ぶんだからよ!」

 呆然と立っている3人を押しのけて、船員達は木箱を運んでいった。そして、一軒の建物の中へと入って行く。

屋内なかにいるのか……。」

 シーラの言葉に、デメルザは声を上げて笑い出す。

「おいおい!貿易は全部お外でやるもんだと思ってんのか?世界が狭いねぇ、ったく。」

 2人はデメルザを睨みつける。


 他にやる事があると言ってどこかへ行ってしまったデメルザを尻目に、シーラとオーシャルは、船員達を追うようにして、建物に入った。



 中は涼しげな色合いの刺繍が施された家具や、美しい模様の絨毯など、高級感に溢れた内装だった。椅子に座っている中年の男も、高価そうな身なりだ。

 しかし、それにしては違和感がある。こんな豪華なものに囲まれた生活を送れば、誰しも得意げになって浮かれがちになるものだ。だというのに、この男ときたら怖気づいたようにビクビクとして、物腰も低いのである。謙虚なのだとしても、自信がなさすぎだ。


「お、おや……。今日は交渉人が多いですね……。お、お、驚きです。」

 男は2人を見て手を震わせながら、無理に笑顔を見る作っていた。

「あ、いえ。我々は商人ではないので。」

「あぁ、そうでしたか。すみません……。」

 シーラの訂正に深々と頭を下げ、男は船員と品を見せ合う。その間に、2人は男の家を後にした。


「お、意外と早かったな。つまんなかったのか?それとも精神に来ちまったか?」

 デメルザは建物前で待っていた。オーシャルは目を丸くする。

「もう用済んだのか!?」

「済んだっつか……やめた!話になんねぇや。」

 デメルザはやや苛立っている事が分かる。無論、彼女はいつでもイライラしているのだが。

「ここの住民って……。」

 シーラが言いかけると、デメルザは冷ややかな目で話し出す。

「奇妙だろ?これでも、昔は元気な所だったんだぜ。ロットバーンズ程じゃねぇけどな。」

「なんでこうなったんだ?」

 デメルザはほんの少し間を置く。


「“人喰い悪魔”の被害にあってから、こんな風になっちまったらしい。聞いた話だがな。」


 2人は凍りついた。人喰い悪魔──。近頃頻繁に耳にするようになった言葉だ。

「あれだろ?胸を刺したあとに、喉を噛みちぎる奴。ヤーハッタでは全く聞かなかったけど。」

「島だしな。あと、被害者は顔の皮膚を剥がされるらしい。剥がしたブツは、その辺に放ったらかしておくみたいだけどな。」

「でも、実在はしないだろ。悪魔なんて……。」

 シーラは相変わらず、超自然的な事は信じない。

「目撃した奴が、光る目と血塗れの姿を見て、悪魔だー!って言い出したのが始まりらしいぜ。多分、人間の殺人鬼なんだろ。知らねぇけど。」

 シーラはまだ如何わしい顔をする。


「で!そんな奴より暗雲だよ!手掛かりなしか……。しゃーねぇな。」

 デメルザは落ち込んでうなだれた。

「どうすんだよ?これから。」

 オーシャルが尋ねると、デメルザはムクっと顔を上げる。

「とりあえずメイディアをくまなく回りたい。効率は悪いがそれしかないだろ。とりあえず、今日はココな。」

「ココねぇ……。」

 オーシャルは不満そうな顔をするが、それとはお構い無しに、デメルザはとっとと歩いていってしまった。



 翌朝は雨だった。3人は空き家に寝泊まったが、心地は良くなかったようだ。雨漏りしている。

「なんで夜出掛けるとワーギャー叫ぶんだよ、アイツら……。」

 オーシャルは怒って、机を指で叩き続ける。シーラやデメルザまでもが疲れきっていることを見るに、落ち着かせるのに一晩中苦労したのか……。

「流石にここまで酷いとは聞いてねぇよ。どんだけだよ、すごいな!」

 デメルザは昨日飲みそびれた酒をチビチビと嗜みながら、声を張って文句を言う。シーラは頭を押さえて黙りこくっていた。


「なぁ、寒くね?」

 オーシャルが腕を擦りながら話す。デメルザは酔いながら答えた。

「前と同じくだりにすんなよ!……まぁ、確かにちょっと寒いけど。」

「これ寒いの!?」

 ようやくシーラが口を開く。

「中途半端な寒さが1番寒いんだよ!クソッ!!」

 デメルザはひたすら飲み続けた。


 すると──。

「あれ?雨上がったな。」

 オーシャルが窓をのぞき込む。シーラの顔が少し明るくなる。デメルザは飲み続けた。

「んだよ!一日中のんびり行こうと思ったのによ!!」

「何かにつけて文句言うなよ。」


 雨上がりのカディナルタはとてもきらびやかな街となった。青い建物に雫の煌めきが美しい。3人は外へ出る。陽の光が、仄かに暖かい。


 しばらく歩いていると、何やら人だかりが出来ていた。街の住民が外へ出るとは珍しい。余程重大なことがあったのだろうか?

「なんだなんだ?」

 デメルザが人混みを掻き分ける。先にあるものを目にすると、

「おぉ……。」

 彼女は平静を保つが言葉が見つからなかった。後ろからシーラとオーシャルも現れる。シーラは一瞬身を引き、オーシャルは声を上げて人混みの中へと戻っていった。


 彼らの目の先にあったものは、1人の男性だった。死んでいる。胸部からは大量に血を出し、喉にも噛みちぎられたような跡があった。そして、その顔面には、皮膚が残っていなかったのだ。


 耳には覚えのある手口。紛れもない、くだんの殺人鬼であった。

「おい!ここの奴らは滅多に外出しねぇだろ!なんで──!」

「知らねぇよ!!俺はカシャールから来た商人だから、コイツとは面識ないんだよ!」

 デメルザの隣にいた男が答える。デメルザは一層表情を険しくした。

「コイツら、全員よそ者か……!」

 街の住民は、こんな騒ぎが起きても窓から顔すら出さないのだ。それどころか、いくつかの家の扉には、


 Don't open the door開けるな


 と書かれた張り紙まである。より警戒し出したのだ。

「人喰い悪魔の野郎!面倒な事してくれやがって!!」

 デメルザは憤慨する。元々少なかった暗雲について聞き込める可能性が、これでゼロになってしまったのだ。


「どうする……?」

 シーラはなんとか落ち着きを払っていた。しかし動揺は隠せない。

「物騒すぎるだろ!早いとこ出た方がいいんじゃねぇの!?」

 オーシャルはあからさまに怯えていた。

「当然だ、長居はしない。奴の近くに来ちまうとは思ってもみなかった……。出来る限り動くぞ!」

 3人はすぐさま空き家へ戻り、荷物をまとめた。オーシャルはいつの間にか、鎖の先端に湾曲した刃がついた、独特な武器を腰に付けていた。

「お前、何それ?」

 シーラが眉をひそめる。

「何かあるかと思って昨日買ってきた。正解だったぜ。」

「不正解だろ……。」



 3人はカディナルタを出て、草原を歩いていた。雨上がりの匂いが、心地よいそよ風に運ばれてくる──。とても先程の惨事が起きたとは思えなかった。だが、3人にそんな風景を楽しんでいる余裕はない。張り詰めた表情で黙々と足を進めていた。

「なぁ……。」

 オーシャルが口を開いた。

「僕達さ……、歩いてるよな?」


「歩いてるな。」

 シーラが答える。


「歩いてるってことは……、目的地があるんだよな?」


「そりゃあ、そうだろう!!」

 デメルザが笑いながら答える。


「じゃあさ……、どこへ向かってんだ?これ。」




 しばらくの間、沈黙が流れた。


「シーラが止まったら、止まる。」

 デメルザが言った。


「オーシャルが止まったら、止まる。」

 シーラが言った。


「デメルザが止まったら止まるけど、シーラが止まったら止まらない。」

 オーシャルが言った。




「だぁぁぁぁーーっ!!!なんだよ、これ!!いいから止まるぞ!」

 3人は立ち止まった。

「あんま、のんびりもしてられねぇぞ。早く、を見つけないと。」

 デメルザが焦りながら言う。


 すると、草原の中に人の姿を見つけた。若い男性だった。やけに一張羅な服を着ている。男は3人に気づくと、気さくな態度で声をかけた。

「やぁ!こんにちは、お三方。お出かけですか?」

「お出かけだとよかったな。」

 デメルザがぶっきらぼうに答える。男はクスクスと笑った。

「へぇ!どこへ行くんです?」

「それを探してるんだ。」

 シーラが言うと、男はポカンとした表情になった。

「へ?」

「頼む!僕達に目的地をくれ!!」

 オーシャルは男の肩をガシッと掴んで頼み込む。男は困惑するが、なんとか状況を飲み込んだ。


「な、なるほど。つまり、どこかへ行きたいが、行きたい場所が無いと……。」

 こんな3人に絡まれても、男は笑顔で振舞っていた。

「なら、ボクの故郷の“リーウェイ”なんてどうです?案内くらいは出来ますよ。」

「頼んます!ありがとう!!!」

 オーシャルは再び肩を掴んで、泣きながら礼を言った。


 男に連れられ、3人は次の目的地「リーウェイ」へと向かう。しかしそこが、3人を恐怖に貶める場所とは、この時誰ひとりとして知らなかった。

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