第10頁 If the blood splashed on the ground, something blossoms will certainly bloom there.

 遠くに川を見つけた4人は、秘密基地を作り上げた子供のようにはしゃいでいた。そんな中、喜びながらマリーナが話す。

「あははは!!ねぇ!!……なんで喜んでんの!?」

 すると突然、デメルザがマリーナを突き飛ばした。マリーナは強く尻を打ち、訳が分からないという表情で彼女を見上げる。

「川があるってこたぁ、近くに集落だのなんだのあるだろ?」

「え、ええ……。」

 マリーナはヨタヨタと立ち上がり、4人は川に向かって歩き出した。


 ──が。


 デメルザは何かを察してその場に立ち止まる。人の気配を感じ咄嗟に振り返るも、背後には何も居なかった。

「なんだ……?」

 そう呟き再び正面を向くと、目の前には不気味な笑みを浮かべた、傷だらけの男の顔があった。

「ハーイ!結局、出会ったね。」

 人喰い悪魔は嬉しそうに言葉をかける。しかし、デメルザは如何わしい顔をしていた。

「……あー、ゴメン。ホントにゴメン!誰だっけ?」

 人喰い悪魔から笑顔が消える。

「本気で言ってる?」

「割とマジ。」


 すると、先に歩いていた3人が戻ってきた。

「どうしたのよ?」

 マリーナが問うと、人喰い悪魔は彼らの方を振り向き、マリーナをまじまじと見つめる。マリーナは困惑した。

「へぇ……。」

 人喰い悪魔は不意に笑顔に戻ると、デメルザの方へ向き直った。


「誰の紹介だ?」

 デメルザが軽い態度で尋ねると、人喰い悪魔も同じく、軽い態度で答えた。

「えっとね、青っぽい服装で金髪の、君のお友達が……。」

 3人はこぞってシーラを見る。シーラは驚いて、キョロキョロと目を泳がせていた。

「あ、彼じゃない方ね。」

 デメルザは人喰い悪魔をしばらく見つめると、ほんの僅かに眉をひそめた。

「なるほどね……。」

 デメルザは人喰い悪魔から目を逸らす。

「ちょっと、先行って水遊びしててくれ。その内追いかける。」

「え?……おう。」

 シーラの返事を合図に、その場はデメルザと人喰い悪魔のみとなった。




「あぁ、お前。ヤーハッタで酒おごってくれた奴か。あんときゃ、どうも。」

 デメルザは再び人喰い悪魔を見ると、馬鹿にするような表情で言い放った。人喰い悪魔は相変わらず、ぼんやりとした目つきをしている。

「勝手に飲んじゃうから、ビックリしたんだよ?まぁいいけどね。ところでさ、君、デメルザちゃんって言うの?お友達が言ってたけど。」

 人喰い悪魔は愛想良く笑いかけた。デメルザは少し不愉快だと言うような表情を浮かべるが、すぐに不敵な笑みに変えた。

「デメルザ・ドゥリップだ。……アンタは?」

 人喰い悪魔の優しげな笑顔は、途端に邪悪な笑みへと変貌する。

「月影の使者は俺の事、“人喰い悪魔”って呼んだんだ。お宅、ご存知?」

 デメルザから笑顔が消える。

「……一時期変に邪魔してくれたの、お前か。」

「邪魔?身に覚えが無いなぁ。ま、いいでしょ。今日は機嫌良いし、誰も殺したくないな。」

 人喰い悪魔が笑い続ける反面、デメルザの顔つきはどんどん険しくなって行く。



「それでさ、ミス・ドゥリップ。どこ行くの?」

 人喰い悪魔が問いかける。デメルザは吐き捨てるように答えた。

「お前に言っても分かんねぇよ。」

「いいから教えてよ。」

 胸を踊らせているような表情の人喰い悪魔を見て、デメルザはため息をつきつつ答える。



「──ランビレスを滅ぼす。暗雲を消すんだよ。」



 デメルザの言葉に、人喰い悪魔は目を見開いた。

「……ランビレス?」

 か細い声は、今にも泣き出しそうに震えている。デメルザは蔑むような目で見ていた。

「知らねぇだろ?だから──。」

「どういう意味だ?」

 人喰い悪魔がデメルザの言葉を遮る。その目つきは、かつてない程に鋭い眼光を放っていた。

「ランビレスは17年も前に滅びたはずだろう。それを今更滅ぼすとは、どういう意味だ?」

 人喰い悪魔の口調は未だ震えているが、底の無い怒りを含んでいた。彼はランビレスの存在を知っているのだ。しかし、デメルザは動じることなく、淡々と答える。

「分かってないなぁ。暗雲が何なのかすら知らないんだろ?……アレはな、人の感情。だよ。」

 人喰い悪魔は如何わしい表情を浮かべる。


「ランビレスの連中は、何とも馬鹿な事に挑戦した。その結果がアレだ。憎しみそのものを具現化した──目に見える形にし、膨大な力を持たせただけのものなんだ。」

 デメルザはふと空を見上げる。暗雲の話など似合わぬ程に、高く高く澄みきっていた。

「思念の具現化……。術士の本質……。」

 一方で、人喰い悪魔は地面を見つめていた。足首の辺りまである草達が、風に吹かれてサワサワと音を立てている。

「17年前の暗雲の日、ランビレスの民は滅した。だが、奴等が残した憎しみだけが残っているんだ。」

 デメルザが話し続けると、人喰い悪魔は顔を上げて尋ねた。

「何故、感情だけが独立して存在する?」

 デメルザは悲しげな、しかし小馬鹿にするような表情で、空を見続けていた。

「大きくなりすぎた憎しみを、最期の王が──ランビレス最後の王が消さなかったんだ。」

 デメルザは人喰い悪魔に向き直る。

「先人達の過ちで祖国が危機に瀕した時に、その過ちと共に国を滅ぼす。それが、王の使命だった。だが最期の王は、それを放棄したんだ。」

 人喰い悪魔は複雑な心境でいた。

「その代わりを、お前が……。」

 デメルザは頷く。



 すると、突然人喰い悪魔が声を上げて笑い出した。喜びと悲しみと、狂気を秘めて──。

「アハハハハハッ!!何だ、そうか!そうなのか!」

 デメルザは少し困惑する。人喰い悪魔は目を見開いてデメルザを見つめた。

「でも残念だな。お前の言い分も分かるけど。俺が誰も殺したくないって考えた時は、何故だか必ず、誰かを殺サナキャイケナクナルナ!」

 人喰い悪魔の傷口から血が流れ始め、目も恐ろしいものへと変わった。デメルザは目を細めて、僅かに身構えた。

「お前、何言ってるんだ……!?」

「ソウ!残念ナ事ニ、人ッテ我儘ダカラ!!残念ナ事ニ、蔓延ッタ正義達ハ無駄ナ争イヲ生ムカラァ!!フッフハハハハハハッ!!!」

 狂ったように笑い続け、右手で目元を隠す。しかし、ふと大人しくなったかと思えば、指の間から緑色の目を覗かせ、憤った声で静かに言い放った。

「残念な事に、正義は一つに決めなきゃならんのさ。」



 人喰い悪魔は突然剣を抜き、デメルザに斬りかかった。デメルザは咄嗟に剣で防ごうとするも間に合わず、手に切り傷を負い、慌てて左に退いた。

「おい!どういうつもりだ!?」

 デメルザの怒鳴る声などに、人喰い悪魔が怯むはずもなかった。彼は悪魔ではない、感情に支配された人間の形相を浮かべ、デメルザに剣を向ける。ルーフィンに向けていた殺意などとは、比べ物にならない。

「ランビレスが滅んでいないのなら、まだ手遅れでないのなら、たかが1人の王の為に滅ぼす訳にはいかない!」

 人喰い悪魔は再び斬りかかる。彼の言葉に、デメルザは驚きの表情を見せた。

「何を言ってる!?ランビレスを滅ぼさずに暗雲を消す方法はねぇぞ!!」

 競り合いながら、互いを睨みつける。人喰い悪魔は泣き出しそうな顔をしているようにも見えた。


「方法など探せばいい……。見つける事ではない、探す事が重要なんだ。血飛沫の散った大地には、必ず何かの花が咲く。……それがどんな意味を持っていてもな!!」


 人喰い悪魔はデメルザを蹴飛ばし、連続でデメルザに攻撃を加える。デメルザはそれを防ぎつつ後ろへ逃れるので精一杯だ。




 やがて風が強まり、辺りが暗くなったかと思えば、水の匂いが漂ってきた。いつしか強い雨が降り出す。だが、2人の戦いは尚も続いていた。


 デメルザは一方的に押されている。人喰い悪魔の太刀筋は単純だが正確で、一切の無駄がない。剣の腕が言い方ではないデメルザが、適う訳もなかった。雨のせいで足場も悪く、後ずさりをしているデメルザにとっては最悪の事態だ。

「いい演出じゃないか。世界に愛されてるんだなぁ、お前!」

 人喰い悪魔は些か嬉々として叫ぶ。デメルザは雨に濡れたのと同じ位の冷や汗をかきつつ、必死に彼の攻撃をかわしていた。何度かかわしきれず、顔や手に傷を負っていた。

「冗談だろ……?医者に目ぇ診てもらえ!!」


 その時!!


 デメルザは泥濘ぬかるみに足を滑らせ、尻餅をつく形で転倒してしまった。人喰い悪魔は蔑み返す笑みを浮かべて、剣の柄を強く握る。

「それじゃあ、俺の目がちゃーんと治る事、あの世で祈っててくれよ……!」

 デメルザの顔に、絶望の色がぎる。人喰い悪魔は怒りの剣幕で、剣を振り上げた。


「死ねぇぇぇぇぇ!!!!」

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