第11頁 You are loved in the world?
「死ねぇぇぇぇぇ!!!!」
人喰い悪魔が剣を逆手に持ち替え、勢いよく突き下ろす。デメルザは咄嗟の判断が出来ないまま、その場に座り尽くしていた。
が────。
デメルザは再び怒りの表情を露わにすると、人喰い悪魔の攻撃を避け、彼のコートを思いきり引っ張る。突然の事に対処出来ず、人喰い悪魔はバランスを崩して膝から倒れ込んでしまった。するとデメルザは、彼の胸ぐらを乱暴に掴むと、傷だらけの顔に重い拳をぶつけた。
「──っが!?」
デメルザは力の限り、衝動に任せて人喰い悪魔を殴り続けた。彼女は必死だ。ただただ必死だった。
やがて我に返ったデメルザは、衝撃で倒れている人喰い悪魔を見下ろしながら、ヨレヨレと立ち上がった。
「お前が死ね!!!」
涙声でそう叫ぶと、デメルザはシーラ達が歩いていった方向へ走り去る。人喰い悪魔は痛みと悲しみに顔をしかめながら、降りしきる雨に背中を打たれていた。しばらくすると、あの夢を見るような目つきに戻り、怪しげな笑みを浮かべる。
「ククク。…………残念な子だ。」
いつの間にやら、人喰い悪魔は姿を消した。
デメルザが3人に追いついた時には、不思議と雨は止んでいた。デメルザはずぶ濡れになりつつ、3人のもとへ急ぐ。
「あ、来た!!」
マリーナが叫ぶ。見ると、彼らも全身濡れている。3人は川から少し離れた平野に佇んでいた。あまり高くない木々が、辺りに点々としている。
「おい、遅かったじゃないか。……なんで怪我してんだ?」
シーラが怪しんで尋ねる。
「ちょっと転んだ。悪い所に石があってな。」
デメルザは事実を告げなかった。無論、3人は嘘に気付いてはいたが、敢えて詮索はしなかった。どうみてもデメルザは疲れきっている。無闇に踏み込まない方が良さそうだ。
「にしてもさ、雨で川が増水してるだろうから、あんま近寄れないよな。どうする?」
オーシャルが話題を切り出した。デメルザも気を持ち直し、濡れた髪を直しながら話す。
「そうだな……。まぁ、川が見えてる状態で進んでけばいいだろ。とりあえず東に進みゃいいんだ。」
「じゃ、早いとこ行きましょ。野宿は極力避けたいわ。」
マリーナが言うと、シーラは驚いた顔で彼女を見る。
「野宿嫌なのについて来んのか……。」
「極力、よ。極力って言葉知ってる?」
マリーナはとっとこ歩き出し、シーラは呆れ気味に後に続く。オーシャルは1つあくびをした。
「ちょっと眠いかな……。子守唄の上手い女の子いないかねぇ!」
軽快な足取りで、オーシャルも歩いていった。デメルザは立ち止まり、少し振り返る。
「世界に愛されてるだと?──ふざけるな。」
夜になっても、町らしき町は見当たらなかった。歩き疲れた4人は、濡れた草地に腰を下ろす。マリーナは一瞬はばかっていたが。4人は重い顔つきで、互いの顔を見つめ合っていた。
「……どうする?」
オーシャルが静かに尋ねる。
「……どうしよ。」
シーラも静かに話す。
「……どうしよう、ね。」
デメルザも静かに言う。
「もう!野宿は嫌って、言ってるそばから野宿の危機じゃない!!」
この女は静かではなかった。
「仕方ない!じゃ、野宿〜!!」
デメルザが手を叩いて言うと、シーラとオーシャルは無言で散っていった。
「え?ちょっと、どこ行くのよ?」
「乾いた木を探しに行くんだよ、アホタレ。どうせ寒くても文句言うんだろうが!」
デメルザが叱るように言うと、ようやくマリーナは納得したような表情を浮かべた。
「あ、なるほど。」
デメルザはマリーナの襟を引っ張り、木々のある場所へ向かった。
しかし──。
「……まぁ、無いよな。」
オーシャルが草地に座り込んで呟く。表情は重たかった。
「……無いな。」
デメルザも呟いた。シーラとマリーナに至っては、喋る気力もなかった。
「そりゃあ、……雨降ったしね。」
オーシャルは何とか会話を続けようとするが、遂にデメルザまでもが黙ってしまった。
「枝とか、濡れてて火付けらんねぇな!どうしよっか!気合いで乾かすか!!」
反応がない。
「…………頼みますよ。」
オーシャルは涙声で囁いた。
やがてデメルザが顔を上げる。
「うん、やめ!なんでこのメンバーは、何かあるたんびに黙るんだ!疲れたから諦める。今夜は火はなし!」
オーシャルも便乗する。
「よーし!騒ぐぞ!!」
効果はなかった。シーラもマリーナも黙りこくったままだ。
「これってさ、術士だったらブワァーって、火出せたりすんの?」
オーシャルが落ち込みつつ尋ねる。デメルザも落ち込みながら答えた。
「出せんじゃね?」
「ルーフィンとベルドも出来んのかな?」
オーシャルは黙っている2人をチラチラと見ながら話を続けた。デメルザはジッと地面を見ている。
「ルーフィンは余裕だろうな、多分。ベルドは分かんねぇや。」
──すると。
「え、ベルドって予言士だろ?予言する以外も出来んの?」
シーラがようやく口を開いた。デメルザは一瞬、彼を見る。
「“術士”と“予言士”は違うぜ。予言士は術士の1種じゃなくて、予言をする奴の事だけを言うんだ。術士は前言ったように、思念を具現化する奴の事。」
オーシャルは目を丸くした。
「じゃあ、ベルドってヤバいんじゃん。」
「ヤバいよ。サラっと流しちゃったけど。そもそも術士はゴロっと居たりするけど、予言士なんてなぁウルトラレアだぜ。アイツ以外に居んのか?」
しばらくして、3人の話を聞いていたマリーナが口を開いた。
「ちょっと。置いてかないで。」
デメルザは露骨に嫌そうな顔をする。
「頑張ってついてきて。」
「無理だから。」
「そういう奴もいるって話だよ。」
デメルザはまともに取り合わない。マリーナは不機嫌そうな顔をするも、あまり文句は言わなかった。
「じゃあ、ギレン様は何なの?虚ろの者って有名だけど。」
マリーナが「虚ろの者」という単語を出すと、僅かにデメルザは眉をひそめた。
「アイツは普通の術士だよ。能力はある方だけどな。行動が突拍子もなさすぎて、変なとこで噂になっちまっただけだろう。後、絶対性格悪いから。」
デメルザはギレンの事をすっかり嫌ってしまったようだ。
辺りはすっかり暗くなってしまった。地面は未だ湿っており、やはり火を起こせそうにない。
「ナプティアって結構夜寒いんだよなぁ……。僕、パイロキネシスに目覚めたりしないかな?」
オーシャルはそう言うと、手から火を出すような真似をしてみせる。シーラは足元に生えている花を弄りながら答えた。
「お前が目覚めると火事になるぞ。色んな意味で。」
「そうなの?」
マリーナが驚くと、オーシャルは嫌な笑顔を浮かべて言った。
「そう、僕そこに油ぶっこむタイプだから。」
「ナプティア滅びるわ……。」
マリーナの言葉に、デメルザは少し目を泳がせたように見えたが、3人は見ていなかった。
「……寒いっ!!頼む、僕!パイロキネシスを発現させてくれ!!」
オーシャルはなんとなく手を動かすが、一向に火が現れる気配はない。
「気合いが足んねぇんじゃねぇの?もっとこう、声張ってさ──。」
デメルザが冗談混じりに言うので、オーシャルはからかうように笑うと、
「
と叫んだ。その時──。
バァァァーン!!!!
4人の背後から、何やら銃声のような音が聞こえた。4人は一斉に振り返る。するとなんと、大勢の人間が、まるで溢れるように地平線から姿を現した。
「……なんか、マズイことしたかな?」
オーシャルが顔を引きつらせて言うが、
「いや、関係ないだろ。無視しようぜ。」
デメルザは涼しい顔で笑うと、元の位置に座ろうとした。
しかし──。
デメルザ達が顔を戻すと、そこに見えたのは同じくらい大勢の人間が、こちらへ迫ってくる様子だった。デメルザからも、流石に笑顔が消える。
「やっぱ嘘。」
デメルザの言葉を合図に、4人は一斉に駆け出した。しかし、全員が同じ方向へは向かわなかった。
「な、アレ?人足んない!!」
左側へと走っているデメルザの後ろには、シーラの姿しかなかった。オーシャルとマリーナは右側へと走っていたのだ。
「ちょっと!なんでついていかないのよ!?」
マリーナはオーシャルを追いかけながら叫ぶ。オーシャルはなんだか嬉しそうに叫んでいた。
「この際だ!シーラと同じになりたくない!」
「こんな時に私情を持ち込むのやめなさいよ!!!」
「あの野郎、絶対俺が嫌で別れやがったな!!」
シーラは怒り心頭で、後ろを気にしつつ走っていた。デメルザは呆れ返る。
「頼むから仲良くしてくれよ……。」
やがて、左右から流れてきた人の塊に挟まれ、互いの姿は全く見えなくなった。
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