第13頁 You really aren't good at coin toss.

「賛成派と決闘して。」


 ヴィスターは突然、突拍子もないことを頼み込んできた。やはり、彼女以外の全員が、キョトンとした表情のまま固まる。

「いや……。ホント殴るよ?」

 しばらくして、ようやくデメルザが真顔のまま囁いた。それを合図に、周りもどよめき始める。しかし、ヴィスターは全く動じない。

「結局、話し合いでは時間を無駄にするだけよ。ならいっそ、殴る蹴るで決着つけた方が、後腐れなくていいでしょ。」

「なんで俺らが……。」

 シーラが愚痴を零すと、ヴィスターは涼しい顔のまま、目の前の2人を交互に見つめた。

「だってほら……。喧嘩、得意でしょ?」

 ヴィスターはデメルザを見る。

「アンタは多分常習犯だろうし──。」

 そう言うと今度は、シーラを見た。

「アンタは今でこそ真面目くさってるけど、昔は結構切れてたでしょ。で、多分ご兄弟かご友人が、そのせいでグレたわね。」

 いくつもの驚き呆れた視線が、シーラに向かって注がれる。が、デメルザは笑い出した。

「はぁ!?お前、そりゃ盛りすぎだろ。いくらなんでもコイツがそん──。」

 横を見たデメルザの瞳には、両手で顔を隠しているシーラの姿が映った。デメルザは呆れと申し訳なさで、何も言えなくなってしまった。


「とにかく頼むわよ!多分相手は賛成派の奴らよ。騎士団がそんな簡単に手を上げたりしないもの。」

 ヴィスターの強い押しにデメルザはしぶしぶ承諾し、口を尖らせて文句を呟いた。

「ったく……。なんで同じ部族が神殿の有無で喧嘩すんだよ。しねぇだろ、普通。」

 ヴィスターは目を閉じて、少し考え込みながら答える。

「騎士団は国のめいで来てるから、これがね。太っ腹なのよ。」

 ヴィスターは手の指を擦り合わせてみせた。デメルザは納得したように頷きながら、視線を逸らす。

「じゃあ、いいんだな?ケチョンケチョンにしちゃって大丈夫なんだな?」

 デメルザが恐る恐る尋ねると、ヴィスターはいつに無く満面の笑みで親指を立てた。

「全然大丈夫。相応の代償はお支払いするわ。」

 デメルザとシーラはしばらく顔を見合わせていたが、やがてデメルザが口を開いた。

「なら……、今後の寝床と飯を。」




 翌日──。

 ヴィスター率いる神殿取り壊し反対派の部族達と、例の赤ら顔騎士率いる騎士団と賛成派の部族達は、昨日の川沿いの草原に向かい合って立っていた。

「モーネリア卿、改めてお話し致しますわ。あの神殿は、我がデューブル族が代々守り継いできた、云わば歴史と伝説を語る場所なのです。それをあっさりと捨てたその者達を、ワタシはもう仲間とは思いませんし、貴方がたに容易くお譲りも致しません。」

 ヴィスターは目の前の騎士に向かって、きっぱりとした口調で言い放った。対するモーネリア卿も、相変わらず動じる様子はない。

「ヴィスターオス・ミーサ殿。貴女のご意向は、我々も重々承知です。しかしながら、件の神殿の場所は環境が大変良く、我が騎士団を育成するのに最適と見たのです。特に、隣国であるデリエンスとアトメティアが交戦中である今、騎士の育成は最重要とせざるを得ません。もちろん、無理にとは言いませんが、しかし──。」

 モーネリアは自分の前に躍り出た賛成派達を呆れた目で見た。賛成派は反対派に向かって口汚く怒鳴りつけている。

「金が手に入んだからいいだろ!!」

「飢え死にしそうな暮らしも、これで終わるんだ!!!」

 対して、反対派も負けじと怒鳴り出した。

「信仰を捨てるのか、裏切り者!」

「大体飢え死にしそうなのは、お前が好き嫌いするからだろ!バランス良く食え!!!」


 モーネリアもヴィスターも、ものも言えない様子で、首を横に振っていた。

「とにかく、話し合いでは彼らが納得しない事を理解しました。ここは、力の強い者が決断を下すことと致しましょう。」

 ヴィスターが切り出すと、モーネリアも頷いて答えた。

「分かりました。こちらから1人、代表を戦わせるとしましょう。1体1の決闘です。」

 するとヴィスターは不敵な笑みを浮かべる。

「いいでしょう。では……。」

 ヴィスターは血を強く踏みしめる。それを合図としたかのように、反対派の部族達も一斉に身構えた。そして──。


「お願いしま〜す!!!」


 反対派の全員が、輝かしい笑顔で一斉にはける。その場には、困惑ぎみのシーラと、苛立った様子でコインを手に持つデメルザがいた。

「やっぱあたしかよ……。」

「お前ホントにコイントス弱いな。」


 そして次は、周りの部族や騎士達が立ち退き、賛成派代表の挑戦者が現れた。

「え?」

 デメルザとシーラは愕然とする。


「あ。」

 目の前に現れた2人も、デメルザ達を見て動きを止めた。とてつもなく知っている顔だった。




 デメルザとシーラ、そしてオーシャルとマリーナは、互いの顔を見つめたまま、しばらく動かなかった。周りの誰も喋らず、耳に入るのは、風にそよぐ草のサワサワとした音ばかりだ。鳥のさえずりまで聞こえる。


「とおぉぉわああぁぁぁぁぁぁーーー!!」


 デメルザとオーシャルが突然雄叫びを上げたかと思うと、拳を振り上げて走り出そうとした。シーラとマリーナは、咄嗟にそれを止めて叫ぶ。

「待てコラ!!何してんだ!!!」

「アンタら目見えてんの!?」

 しかし、もがきながら相手を殴り倒そうとする2人に、そんな言葉は通じなかった。

「うるせぇ!コイツをぶっ殺せば、あたしの生活も安泰なんだ!飯に困らない生活が送れんだ!!」

「お前、別に困ってないだろ!!」

 シーラは腕をデメルザの肩に回すと、なんとかオーシャルから離れさせた。マリーナも同じようにしようとするが、オーシャルの方が力が強く、なかなか後に下がれない。

「離せよ、マリーナ!デメルザをコテンパンにすれば、あの姉ちゃんが家に泊まらせてくれんだ!!」

 モーネリアのそばに居た女騎士が、ゾッとした表情を浮かべる。するとシーラは突然デメルザを離し、オーシャルを指差しながら精一杯の叫び声を上げた。

「ぶっ殺せぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 それと同時に、デメルザは凄まじい形相でオーシャルに殴り掛かる。いつしか辺りには、雄叫びと殴り合う音、そして頭にきたマリーナの怒声が響いていた。

「なんだこれ。」

 ヴィスターはただただ、こう言うしかなかった。




 太陽が最も高くなった位まで、その戦いは続いた。怒鳴り疲れたマリーナは、とうの昔に座り込んでその光景を見つめていた。しかし、デメルザもオーシャルも元気である。終いには、1発殴る度に相手へ暴言を吐くという争いになっていた。


「この性別不明女が!!」


「黙れ、この太眉!!」


「青眼!!」


「緑目!!」


「薄着!!」


「シーラに似てる!!」



 やがて痺れを切らしたのか、モーネリアはヴィスターの所へ歩み寄ると、何やらヒソヒソと話し始めた。そして、大声で呼び掛ける。

「この戦いは、一旦中止だ!!!」

 デメルザとオーシャルは、揉み合ったままピタリと動きを止める。

「えっ!?」

 その場にいた全員が騒然とした。どよめきが収まらないので、ヴィスターが立ち上がり、左手を挙げて注目を集めた。

「この戦いは、代表の力量が釣り合い過ぎている為に決着はつかないものと見なし、再度話し合った上で、続行の有無を決定いたします。」

 どよめきが、騒がしさを増して再発した。未だ揉み合った体勢の2人は、ガッカリしたような表情で、困惑の声を漏らしている。

「はぁ?」

 デメルザはようやく立ち上がると、ヴィスターに向かって怒声を浴びせた。

「ちょっと待てよ!じゃあ、今後の飯の話はどうなるんだよ!?」

 オーシャルは後ろを指差し、モーネリアに向かって叫ぶ。

「あの子の家泊まれないの!?」

 モーネリアはかなり嫌な顔をしたが、ヴィスターは相変わらずの無表情で答えた。

「それもこれから決めるわ。だから、ちょっと時間をちょうだい。」

「え〜……。」

 デメルザとオーシャルは、大変落ち込んだ様子でうなだれた。



 ヴィスターとモーネリアは、人のいない離れた場所に2人で移動した。

「ミーサ殿。分かっておいでですね?」

 歩きながら発せられたモーネリアの言葉に、ヴィスターはいつになく真剣な表情を見せる。

「ええ。」


 ──2人の背後を、何者かが見つめていた。

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