第14頁 Wear this, or you will be in danger.

 神殿の存続をかけた1体1の決闘が急遽中止となり、辺りは騒然としていた。不安そうに顔を見合わせる者、文句を垂れ流す者、事に飽きてあくびをする者──。そして、ひたすらコイントスをする者もいた。

「……何故だ。」

 デメルザはかなり落ち込んでうなだれてしまった。他3人は冷ややかな目で、それを見ている。

「ここまで当たらないのも凄いわよ。」

 マリーナは呆然としながら言った。オーシャルも少し驚いたようだったが、シーラは全て分かりきったような顔をしていた。


 すると突然、4人の目の前に2人の人物が現れた。1人は、モーネリアの側にいた女騎士。もう1人は、昨晩ヴィスターに物申していた反対派の男だった。

「ごめんなさいね、皆さん。閣下は少し気分屋で……。」

 女騎士の言葉が終わらない内に、オーシャルは嬉々として顔を上げた。

「いやいや、全然!君がここに来てくれただけで充分満足だよ。」

 そう言って肩に手をまわそうとするが、あっさりと避けられてしまった。

「ところで皆さん。あのお二方が話し合いで、どう決着をつけるとお考えですか。」

 女騎士の問いに対し、4人は口を揃えて答えた。

「知らん。」

 女騎士は戸惑った様子を見せるが、反対派の部族の男が躍り出た。

「まぁほら、エレーヌ。あの2人はちょっと読めない所あるだろ?仕方ないさ。」

 エレーネと呼ばれた女騎士は不満そうな表情を浮かべた。

「ダフターは甘いわ。答えはきっちり出さないといけないのよ。」

 男の方──ダフターは面食らったような顔をして、一歩身を引いた。女がここまで男を批判するのは珍しい。

「ていうか、なんで私たち巻き込まれてんの?関係ないじゃん。」

 と、ブロンドの女が言ったのを見るに、そうでもなかった。ブルネットの女は顔を寄せて、小声で呟く。

「バカか?国境を越えてアトメティアに行こうってのに、なんも準備しないで行く訳ねぇだろうが。お前が予想以上に使えない上に、辺境の貴族なんぞ当てにならねぇから、王国騎士団を使う。」

「……当てにならなくて悪かったわね。」

 デメルザはふてくされるマリーナなどお構い無しに続けた。

「とにかく、どうにかしてあのブサメンに取り入る。女が邪魔だと思ったが、あの部族とイチャコラしてんなら問題ない。」

 マリーナは尚も不機嫌そうに言った。

「で、どうやって取り入るのよ?」

 するとデメルザは、よくやる不敵な笑みを浮かべた。良からぬ事を企んでいる時の表情だ。

「そこでお前さんの出番だよ。」



 陽の光にほんのりと赤みがさした頃、ようやくヴィスターとモーネリアが戻ってきた。デメルザは待ってました、と言わんばかりに期待の表情を浮かべ、オーシャルは余程エレーヌの家に泊まりたいのか、両手を握りしめて懇願の表情をしていた。シーラは相変わらず呆れた顔で彼等を見つめ、マリーナはやけにソワソワとしていた。

「事が決まったわよ。」

 ヴィスターはやはり冷めた態度で、デメルザ達に歩み寄った。

「取り壊しは見送り、事実上の中止になったわ。アンタ達に迷惑はかけたけど。」

 ヴィスターの冷えきった言葉にシーラとマリーナはホッとしたが、まだ執念深い2人がいる。

「おい!?飯は?」

「泊まれる!?」

 デメルザとオーシャルはぐいと顔を寄せて詰め寄る。ヴィスターは特に動じる様子はなかった。

「ご飯はここにいる限りは、私たちの方から出してあげるわ。変な事に巻き込んだものね。で、彼女の家にそんなに泊まりたいなら、もう勝手に行ってきてちょうだい。」

 この言葉に、一方は安堵の息をつき、もう一方は歓喜の叫びをあげた。

「OK!分かった!!今から頼みに行ってくる!」

 オーシャルはそう叫ぶと、満面の笑みを浮かべたままエレーヌの元へ駆け出した。

「元気いいのねぇ。」

 4人が呆れる中、ヴィスターはとてつもなく落ち着いて呟いた。しかしその目は、何かを見透かすように鋭い光を放っていた。


「オーシャルの奴……。」

 シーラはやはり呆れ返り、苛立ちから腕を組んで歯を食いしばっていた。

「アイツ、あの女も彼女にする気だよなぁ。隠し子とか何人いるんだろうな。」

 デメルザがそう言うと、シーラは目を閉じて答えた。

「いや、アイツが子供作ろうとする奴には思えない。そんな度胸無いだろ。」

 デメルザは目を丸くした。

「え!?それが目的じゃないの?」

「単におしゃべりしたいだけだぜ、あの野郎。結婚話持ち出すとキョドるし。」

 デメルザは胸の奥底に、なにかゾワゾワしたものを感じた。

「でも、そんな簡単に許可がおりる訳──。」


「OK頂きましたー!!!」


 マリーナの言葉を遮って走って来たのは、満面の笑みを浮かべたオーシャルだった。

「はやっ!」

 デメルザは驚愕したが、シーラはもはや言葉を発する事すら出来ず、ガックリと顔を地面に向けた。

「なんで?何がOKなの?」

 マリーナは顔を引きつらせて言った。が、高揚したオーシャルには、何を言ってもその意図は伝わらない。

「そりゃそうだろ!モテ期=年齢のこの僕が、そーんな簡単に断られる訳がないっての!」

「死ねばいいのに。」

 僅かに涙目になってこう呟いたシーラを、オーシャルは表情を一変させて睨む。

「うるせーよ、バカ。この期に及んでひがんでんじゃねーよ。」

 オーシャルの反論に、シーラも眉を吊り上げる。

「ひがんでるように見えてんのかよ?目ぇ腐ってんのか?」

 シーラが喧嘩に乗った。

「あーりゃま、とんでもカミングアウトされちゃったから本性出してきたな、アイツ。」

 デメルザが横目でマリーナを見ながら、ニヤニヤと笑って言う。マリーナは理解が出来なかったようだが、シーラを挑発するのには効果てきめんだ。

「うるせぇよ……。」

 しかし、デメルザはそう簡単に挑発には乗らない。

「はいはい、怖い顔すんなって。それよか、いつ出発すんのかちゃんと言ってもらわねぇと困るよ。」

 デメルザにそう言われ、オーシャルは腑に落ちないという顔つきでシーラから離れた。

「日が傾いてきたから、出来るだけ早く出るってさ。」

 デメルザはオーシャルを睨んだ。

「まさか、出来るだけ早く出るってのに、2人でパンチの応酬祭りを開催しようとしてたのか?」

「そうっすね。」

「ぶっ潰されてぇのか、テメェ!」

 デメルザがオーシャルに殴り掛かろうとするので、マリーナは腕を掴み、必死になって止めた。

「なんで今日はみんなして喧嘩したがるのよ!」

 デメルザが大人しくなると、シーラが話を続けた。

「で、もう行くの?」

 オーシャルは嫌な顔をしつつも答える。

「だから行くっつってんだろ?向こうで彼女と、あのオッサンも待ってるからさ。」

 すると、デメルザが顔を強ばらせた。

「え、マジ!?あのブ男も一緒なの!?」

 オーシャルが頷くと、デメルザは頭を押さえた。

「マジかよ……。あんなのと一緒とか、勘弁してくれよ。」

 するとマリーナが、厳しめの表情で話しかけた。

「何が嫌なのよ?見る限り、閣下は良い方よ。」

「あんなのがあたしのそばに居たら、あたしのこう、美しさが、霞む!」

 デメルザは一言ひとことを噛みしめるように言った。マリーナは不満げな表情を浮かべる。

「なんで私達は良いのよ?」

「お前らとて良かねぇよ!ただ、特にお前なんだけど、良い引き立て役になってるだろ?」

「はぁ!?」

 デメルザの傲慢な態度と自慢げな表情に、マリーナは憤りを感じた。だがデメルザは、そんな事は気にせずにヴィスターの元へと歩き去る。


「じゃ、そういう訳だから。」

 デメルザがヴィスターに軽く伝えると、ヴィスターは全く態度を変えずに頷いた。

「ええ。ま、好きにやってきてちょうだいね。」

 この「好きに」という言葉に、一体何の意味が含まれていたのかは分からない。が、デメルザ達が歩き出した時、ヴィスターはオーシャルに歩み寄った。

「アンタ……。」

 ヴィスターはオーシャルを呼び止める。

「ん?なんだよ?」

 オーシャルが尋ねると、ヴィスターは持っていた杖に巻いてあった赤いバンダナを取り外し、オーシャルに差し出した。

「何これ?」

「ワタシ達の文化では、赤い布は族長が持つ護りの品よ。つけて。」

「は?」

 オーシャルは唖然としたが、ヴィスターの目は真剣だった。

「身につけて。でないとアンタ、危ないわよ。」

 ヴィスターの気迫に圧されるまま、オーシャルはバンダナを受け取る。ヴィスターはそのまま、後ろを向いて歩き去っていった。


「なんなんだ……?」

 オーシャルはバンダナを見つめていた。

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